乳児血管腫(いちご状血管腫 infantile hemangioma)とは、乳児期に最もよく見られる良性の血管系腫瘍の一つで、生後3〜4週頃から現れる赤いしこりのことです。
この名前は、腫瘍が鮮やかな赤色で、いちごに似た形状をしていることから名付けられました。
自然に消えていくことが多い一方で、早期に治療介入をおこなった方がいいという考えが近年のコンセンサスとなっています。
この記事では、乳児血管腫(いちご状血管腫)について詳しく解説していきましょう。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
乳児血管腫(いちご状血管腫)の症状
乳児血管腫(いちご状血管腫、infantile hemangioma )は、およそ5〜10%の乳児に認める良性の血管系腫瘍です1)。
日本人での発症は0.8〜1.7%と、海外の報告と比較すると少なく、多くのケースは顔や頸部といった部位に生じます2)。
生後3〜4週間程度から毛細血管拡張性の紅斑を認め、3〜6ヶ月かけて徐々に拡大し、隆起性のできもの(腫瘤)を形成。
腫瘤は柔らかく、鮮やかな赤色を認めることから「いちご状血管腫」と呼ばれることもあります。巨大なだったり、部位によっては潰瘍を伴う場合も。
病態
乳児血管腫では、血管内皮細胞の増殖を認め、血管芽細胞の細胞塊が正常の毛細血管組織として分化されないことによって発症します。
典型的な症状の識別
乳児血管腫では、上記に加えて、部位によってさまざまな症状が現れることもあります。
特定の部位における乳児血管腫の関連症状
血管腫の位置 | 関連する症状 |
---|---|
顔 | 視覚障害、呼吸困難、食事摂取の問題 |
頭頂部 | 痛みや不快感、帽子や枕への接触不快 |
手足 | 運動障害、摩擦や圧迫による不快感 |
生殖器や肛門周辺 | 排泄時困難、感染のリスク |
顔や頭頚部にできる乳児血管腫の中は、外見上の問題だけでなく潰瘍などを合併するケースも多く、早期処置が必要です。
中でも頭頚部の巨大な乳児血管腫はPHACE症候群と言いい、脳血管奇形や心大血管奇形などの合併のリスクがあったり、重症例では視野障害や哺乳困難、難聴などの機能障害を伴うケースもあります。
大きな病変の中には気道閉塞など生命にかかわるようなこともあるため、早期の医療的評価が必要です3)。
頭頚部以外にも発生することがあり、下肢では腎泌尿器系の奇形が合併することや、陰部に発生した場合は外性器の奇形を伴うこともあります。
症状の経過
血管腫の症状は時間とともに変化します。初期の数ヶ月間で急速に成長した後、多くの血管腫は徐々に退行し始めます4)。
一般的な乳児血管腫の経過5)
- 増殖期:数週間から数ヶ月(5〜8週が多い)で、血管腫は急速に拡大し、色も濃くなります。
- プラトー期:通常9ヶ月までに血管腫の成長が止まります。
- 退縮期:徐々に色が薄くなり平坦化します。
- 消退期:90%のケースで4歳までに退縮すると言われています。
経過は個人によっても大きく異なります。乳児血管腫は1ヶ月健診で見つかることがよくあり、適切な治療を受けるために診療連携の整った施設へできるだけ早期に紹介してもらうことが重要です。
参考文献
執筆の根拠にした論文等
1) Greenberger S, et al. Infantile hemangioma-mechanism(s) of drug action on a vascular tumor. Cold Spring Harb perspect Med. 2011; 1(1):a006460.
2) 令和2-4年度厚生労働科学研究費難治性疾患政策研究事業「難治性血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管腫症および関連疾患についての調査研究」班: 血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管奇形・リンパ管腫症診療ガイドライン2022,第3版
3) Frieden IJ, et al. Guidelines of care for hemangiomas of infancy. American Academy of Dermatology Guidelines/Outcomes Committee. J Am Acad Dermatol. 1997; 37(4):631-637.
4) Drolet, BA, et al. Hemangiomas in children. N Engl J Med. 1999; 341(3):173-181.
5) Labreze CL, et al. Infantile haemangioma. Lancet. 2017; 390(10089):85-94.
乳児血管腫(いちご状血管腫)の病型
乳児血管腫を含めた血管腫・血管奇形はISSVA分類と呼ばれる国際分類によって区別され、乳児血管種は良性の脈管腫瘍にカテゴライズされています。
ここでは乳児血管腫の病型について詳しく解説していきましょう。
病型分類
乳児血管腫にはいくつかの分類があり、古くからあるものでは血管の深さによって、主に3つのタイプに区別されます6)。
病型 | 外見上の特徴 |
---|---|
表在型(局面型) | わずかな隆起を伴う鮮やかな紅斑 |
深在型(皮下型) | 皮膚の色〜青っぽい皮下腫瘤 |
混合型(腫瘤型) | 赤い腫瘤 |
また、病変を認める範囲による分類もあります7)。
- 限局性
- 分節性:比較的広範囲で認め、部位によっては潰瘍になりやすい。
- 多発型:5個以上の血管腫を認める場合は肝臓の血管腫の合併が起こりやすいことが報告8)。
- その他
臨床では上記分類を、血管腫の成長段階による分類(増殖期・プラトー期・退縮期)と組み合わせることもあります。
参考文献
6) Strumila A, et al. Recommendations and a guideline for referral of infantile haemangioma to tertiary centres. Acta Med Litu. 2018; 25(1):38-44.
7) Darrow DH, et al. Diagnosis and Management of Infantile Hemangioma. Pediatrics. 2015; 136(4):e1060-104.
8) Ji Y, et al. Screening for infantile hepatic hemangioma in patients with cutaneous infantile hemangioma: A multicenter prospective study. J Am Acad Dermatol. 2021; 84(5):1378-1384.
乳児血管腫(いちご状血管腫)の原因・リスクファクター
乳児血管腫(いちご状血管腫)の原因は明らかでありませんが、乳児血管腫にはいくつかのリスクファクターが指摘されています。
リスクファクター
乳児血管腫のリスクファクター9)
リスク要因 |
---|
早産 |
低出生体重 |
双子や多胎妊娠 |
女児 |
家族歴 |
低酸素状態と血管新生
乳児血管腫では幹細胞あるいは既存の血管から、新生血管が形成される過程で異常が起こることによって引き起こされると考えられており、引き金の一つに低酸素状態が挙げられています。
低酸素状態があると低酸素誘導性因子(HIF-1α)によって血管内皮細胞(VEGF)などの血管新生因子の過剰発現を引き起こすことに10)。
ただし、このリスク要因は低酸素状態を引き起こす因子として考慮されますが、完全には解明されていません。
参考文献
9) Ding Y, et al. Risk factors for infantile hemangioma: a meta-analysis. World J Pediatr. 2020; 16(4):377-384.
10) Jong S, et al. Does hypoxia play a role in infantile hemangioma?. Arch Dermatol Res. 2016; 308(4):219-227.
乳児血管腫(いちご状血管腫)の検査・チェック方法
乳児血管腫(いちご状血管腫)は多くの場合、特徴的な外見により比較的容易に診断されますが、さらなる検査が必要になることがあります。
視診による評価
乳児血管腫では以下のような点を評価します。
- 色:血管腫の深さの指標になる
- 大きさ:整容的、あるいは機能的な問題はないか
- 部位:機能的な問題はないかどうか
加えて、問診により増殖期か、あるいはプラトー期や退縮期か、成長速度を判断します。
画像検査
状況に応じて、血管腫の位置や深さをより正確に理解するために、画像診断を行うことがあります11)。
検査方法 | 目的 |
---|---|
超音波 | 血管腫の深さや流れる血液の量を評価 |
MRI | 血管腫の正確な位置や関連する組織構造、隣接する重要な構造を特定、乳児血管腫では脂肪抑制T2にて高信号を認め、造影で強調 |
これらの検査は非侵襲的で通常は乳児にとって安全ですが、特にMRIの場合、静かに横たわっている必要があるため、乳児には軽い鎮静が必要になることがあります。
生体組織の検査
血管腫が他の皮膚病変と鑑別困難な場合は、皮膚生検が行われることがあります。皮膚生検では、小さな組織サンプルが採取され、顕微鏡で詳細に分析。
乳児血管腫が増殖期にある時は、CD31とGLUT-1*陽性と示す腫瘍細胞が塊を形成するのが特徴です。
退縮期になると、CD31は陰性化しますがGLUT-1は依然として陽性を示し、他の血管系腫瘍との鑑別に有用になります。
※・CD31…血管内皮細胞上に発現するマーカー・GLUT-1…乳児血管腫で特異度が高いマーカー
乳児血管腫と鑑別を要する疾患
検査方法 | 詳細 |
---|---|
海綿状血管腫 | 乳児血管腫と異なり成長に伴い増大 |
先天性血管腫 | GLUT-1陰性の血管腫で生下時にすでに隆起病変を認める |
房状血管腫 | 出生児から認めることが多い血管腫で痛みや多汗を伴うことが |
カポジ肉腫様血管内皮細胞腫 | 血小板減少や全身性紫斑を伴う巨大血管腫の一つ |
参考文献
11) 令和2-4年度厚生労働科学研究費難治性疾患政策研究事業「難治性血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管腫症および関連疾患についての調査研究」班: 血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管奇形・リンパ管腫症診療ガイドライン2022,第3版
乳児血管腫(いちご状血管腫)の治療方法と治療薬
乳児血管腫(いちご状血管腫)の多くは自然に消退するため以前はwait&seeが基本でしたが、近年では積極的に治療介入を行った方が、瘢痕などの予後がいいと考えられています。
治療目標
乳児血管腫の治療法についてはまだ議論の余地がありますが、治療目標については以下のようになります12)。
- 生命を脅かす合併症の発生を予防
- 血管腫の退縮後の瘢痕化をできるだけ軽減
- 患者さん及びその親御さんの心理的ストレスを最小限に
- 血管腫の潰瘍化のリスクを軽減
治療介入では時期も重要で、一般的な増殖期とされる生後数ヶ月で適切に評価し、機能障害などの合併症が起こる前に対処することが大切です。
薬物療法
・プロプラノロール(ヘマンジオル)内服:乳児血管腫の第一選択薬はプロプラノロール(ヘマンジオル)という内服薬です。この薬はβアドレナリン受容体拮抗薬で、もともと高血圧を治療するために使用されていました。
2014年に乳児血管腫の治療に対してFDAにより承認。血管の収縮を助け、血管腫の成長を抑制する効果があります。通常、1mg/kgを1日2回から治療を開始し、2日以上の間隔をあけて1mg/kgずつ増量し、3mg/kgで維持13)。
そのため子どもの体重増加に伴って投与量を再調整する必要があります。通常増殖期は生後半年程度続くこともあるため、新生児であっても6ヶ月は内服を継続。
・抗生剤:感染が疑われるような潰瘍形成を伴う血管腫に投与を検討することがありますが、日本のガイドラインでは推奨レベル2(弱い)となっています14)。
・外用薬:β遮断薬やイミキモド、ステロイド外用薬といった外用薬は、プロプラノロールの全身療法よりも副作用が少ないため、改善度は劣りますが選択肢の一つになることがあります14)。
レーザー治療
レーザー治療は、プロプラノロールの登場前に行われることが多い治療法でしたが、現在は単独で行われることはほとんどなく、プロプラノロールと組み合わせて用いることが多いです。
ヘモグロビンに吸収性の高いパルス色素レーザー(Vビーム)がよく使用。有効性は部位によっても異なり、これまでの報告で体幹(71%)や四肢(69%)において特に効果が高いことがわかっています15)。
通常、プロプラノロールの内服終了後に赤い部分が残存した場合にレーザー治療を検討することが多いです。
参考文献
執筆の根拠にした論文等
12) Frieden IJ, Which hemangiomas to treat–and how? . Arch Dermatol. 1997; 133(12):1593-1595.
13) 添付文書 医療用医薬品:ヘマンジオル 7.用法及び用量
14) 令和2-4年度厚生労働科学研究費難治性疾患政策研究事業「難治性血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管腫症および関連疾患についての調査研究」班: 血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管奇形・リンパ管腫症診療ガイドライン2022,第3版
15) Lin MY, et al. The application of 595-nm pulsed dye laser for vascular anomalies in a Chinese population: a 10-year experience. J Cosmet Laser Ther. 2019; 21(3):171-178.
乳児血管腫(いちご状血管腫)の治療期間
乳児血管腫(いちご状血管腫)の治療経過は患者さん個人によっても異なります。ここでは一般的な治療期間と、その期間がどのように患者さんに影響するかに触れてみましょう。
薬物療法の期間
プロプラノロールは、通常、血管腫の成長が最も活発な時期に開始され、血管腫の成長を遅らせ縮小させることを目的としています。
- 治療の開始: 通常5〜6ヶ月までに治療を開始すると効果が高い。
- 平均的な治療期間: プロプラノロールは6ヶ月以上内服を継続するケースが多く、およそ6〜12ヶ月程度が一般的な治療期間16)。症例の中には、2年以上治療が続くこともあるが、多くの場合は生後12〜18ヶ月程度で治療を終了。
この期間中、医師は定期的なフォローアップを行い、治療の効果を評価し、必要に応じて治療計画を調整します。
参考文献
16) 令和2-4年度厚生労働科学研究費難治性疾患政策研究事業「難治性血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管腫症および関連疾患についての調査研究」班: 血管腫・脈管奇形・血管奇形・リンパ管奇形・リンパ管腫症診療ガイドライン2022,第3版
薬の副作用や治療のデメリット
乳児血管腫の治療は、症状の改善と進行の防止を目的としていますが、使用される薬剤には副作用やデメリットもあります。
プロプラノロールの副作用
プロプラノロールは乳児血管腫の治療で最も一般的に使用される薬剤ですが、低出生体重児や新生児、生後5週未満の乳児に対する安全性は確立されていません17)。
プロプラノロールの副作用
- 低血糖
- 低血圧
- 心拍数の低下
特に新生児の場合は薬物動体に関わる臓器が急速に発達する時期であり、糖代謝など栄養面も理解したうえで投薬を検討する必要があります。
また、プロプラノロールは肝臓で代謝される薬で、肝臓の機能も新生児だと未熟であることから、生命や機能障害などのリスクがあるケースを除き、治療開始時期は修正週数5週以降に設定。
投与の際には低用量から開始します。
参考文献
17) 添付文書 医療用医薬品:ヘマンジオル 9. 特定の背景を有する患者に関する注意
保険適用について
乳児血管腫の治療に関しては、保険が適用されるものと適用されないものがあります。
保険適用される治療法
- プロプラノロール(ヘマンジオル):治療の第一選択薬であるプロプラノロール(ヘマンジオル)は乳児血管腫に対して保険が適用。薬価は263.5円/mlで、投与量によって薬剤費は異なります。
- レーザー治療:パルス色素レーザー(Vビーム)も、乳児血管腫に保険が適用されます。
・皮膚レーザー照射療法 2,170点
・色素レーザー照射療法 2,170点
照射面積が10㎠を超えた場合は10㎠またはその端数を増すごとに2,170点に500点が加算(ただし、8,500点の加算が限度)。
さらに、3歳未満の乳幼児がレーザー治療を行った場合、2,200点が所定の点数に加算。
保険適用外の治療法
一方で、次のような治療法は基本的に保険適用外となります。
- βブロッカー遮断薬外用
- イミキモド外用
- ステロイド外用
他に、初診料及び再診料などがかかります。詳しくはお問い合わせください。