透析治療を受けている方は、腎機能の低下にともなう免疫力の変化により、健康な方と比べて感染症にかかりやすい状態です。風邪やインフルエンザだけでなく、肺炎や敗血症といった重い感染症のリスクも高まることが報告されています。
だからこそ、日々の感染予防策に加えて予防接種を積極的に活用することが大切です。ワクチンによる免疫の獲得は、透析患者さんにとって命を守るための有効な手段の一つといえます。
この記事では、なぜ透析を受けていると免疫力が低下するのか、どのような感染症に注意が必要なのか、そして予防接種の種類やその効果を高めるための工夫について、解説します。
透析を受けていると感染症にかかりやすくなる理由
腎臓の働きが大きく低下すると、体の免疫システム全体がうまく機能しなくなります。透析患者さんが感染症にかかりやすい背景には、尿毒素の蓄積や栄養状態の変化、治療に伴う身体的な負担など複数の要因が絡み合っています。
腎機能の低下がもたらす免疫力への影響
健康な腎臓は老廃物の排泄だけでなく、エリスロポエチンやビタミンDの産生など、免疫にかかわる多くの代謝活動を担っています。腎機能が低下するとこれらの働きも弱まり、白血球やリンパ球といった免疫を担う細胞の数や機能が変化します。
とくに末期腎不全の状態では、体内に慢性的な炎症が起きやすくなる一方で、外部からの病原体に対する防御力は落ちるという、免疫バランスの乱れが生じます。これは「免疫の老化」と呼ばれる現象に類似しており、若い方であっても高齢者に近い免疫状態に陥ることがあるのです。
実際に透析患者さんでは、一般の方に比べて感染症による入院率や死亡率が著しく高いことが国内外の統計から示されています。この数字の背景にあるのが、腎機能低下に起因する複合的な免疫不全です。
透析治療そのものが免疫にかける負担
血液透析では血液を体外に導き出して浄化する際に、ダイアライザー(透析膜)との接触が避けられません。この過程で白血球が一時的に活性化したり、逆に消耗したりすることが知られています。
また、シャントやカテーテルなど血管アクセス部位は、皮膚のバリアが繰り返し破られる場所でもあります。この物理的な要因も、細菌が体内へ侵入する経路となりえます。治療を続けるかぎり、こうしたリスクと向き合い続ける必要があります。
さらに、透析液や回路内の微量なエンドトキシン(細菌由来の毒素)が血中に移行し、免疫細胞を慢性的に刺激し続けることも明らかになっています。こうした持続的な刺激は「慢性微小炎症」と呼ばれ、免疫細胞のエネルギーを消耗させる一因です。
栄養不良・貧血・ビタミンD不足と感染リスク
透析患者さんの多くは食事制限や食欲低下によるタンパク質不足、腎性貧血、そしてビタミンDの活性化障害を抱えています。タンパク質はリンパ球や抗体の材料になるため、不足すれば免疫力は当然下がるでしょう。
腎性貧血もまた白血球の機能低下に関連しています。さらに活性型ビタミンDは免疫調節に関与するホルモンであり、産生が落ちると炎症のコントロールが難しいです。こうした栄養面の問題を放置すると、感染症のリスクがいっそう高まります。
| 免疫低下の要因 | 影響 | 対策の方向性 |
|---|---|---|
| 尿毒素の蓄積 | 白血球の機能低下 | 十分な透析量の確保 |
| 腎性貧血 | 酸素供給・免疫力の低下 | エリスロポエチン製剤 |
| ビタミンD不足 | 炎症制御の破綻 | 活性型ビタミンD補充 |
| 低栄養 | 抗体産生の低下 | 栄養指導・補助食品 |
| 血管アクセス | 細菌侵入の経路 | 衛生管理の徹底 |
尿毒素が免疫細胞に与えるダメージとは
透析で除去しきれない尿毒素(ウレミックトキシン)は、白血球やリンパ球に直接悪影響を及ぼし、感染への抵抗力を弱めます。この問題を知ることが、感染予防の第一歩です。
好中球の「慢性的な疲弊」が起きている
好中球は体内に侵入した細菌を貪食(どんしょく=食べて殺す)する免疫の最前線です。しかし、尿毒素にさらされ続けた好中球は常に軽度の活性化状態、いわば「スタンバイ疲れ」を起こしています。
このため、いざ本当に細菌が侵入したときに十分な攻撃力を発揮できなくなります。殺菌に使う活性酸素の放出や遊走(目的地へ移動する力)が鈍り、感染初期の防御が手薄になるのです。
加えて、疲弊した好中球は通常よりも寿命が延びたり短くなったりと、アポトーシス(細胞の自然死)のバランスが崩れやすくなります。このことが慢性炎症を助長し、動脈硬化などの合併症リスクにもつながると指摘されています。
リンパ球の減少とワクチン応答の低下
尿毒素の蓄積は、獲得免疫の中心であるT細胞やB細胞にも影響を及ぼします。とくにナイーブT細胞(まだ抗原に出会っていない若いT細胞)が減少し、代わりに「老化したT細胞」が増える傾向が確認されています。
その結果、新しい病原体やワクチンに対して免疫記憶を作りにくくなります。B細胞の抗体産生能力も低下するため、ワクチンを打っても十分な抗体価が得られないケースが少なくありません。
樹状細胞の機能低下と抗原提示の鈍化
樹状細胞は、病原体の情報をT細胞に伝える「司令塔」のような存在です。末期腎不全の患者さんでは、この樹状細胞の分化や成熟が妨げられていることが明らかになっています。
司令塔がうまく働かなければ、T細胞やB細胞が適切に応答できません。予防接種の効果が健康な方より低くなる一因も、この抗原提示の鈍化にあると考えられています。
| 免疫細胞 | 尿毒素による変化 |
|---|---|
| 好中球 | 慢性的な活性化と殺菌力の低下 |
| T細胞 | ナイーブ細胞の減少、老化の促進 |
| B細胞 | 抗体産生能の低下 |
| 樹状細胞 | 分化・成熟の障害 |
透析患者さんに多い感染症と日常でできる予防策
透析患者さんの死因として感染症は心血管疾患に次いで第2位を占めています。予防の基本は手洗い・口腔ケア・シャント管理の3つであり、日常の小さな積み重ねが命を守る力になります。
血液透析に関連した血流感染症
シャントやカテーテルを介した血流感染症(敗血症を含む)は、透析患者さんにとって最も注意すべき感染症の一つです。一般の方と比べ、敗血症による死亡率は数十倍にも上るとする報告があります。
カテーテル挿入部の清潔保持はもちろん、発熱や悪寒が出たらすぐに医療機関へ相談してください。カテーテルから内シャントへの切り替えが可能であれば、感染リスクの低減につながります。
血流感染症が疑われた場合には、血液培養検査による早期の原因菌特定と、適切な抗菌薬治療が欠かせません。対応が遅れると敗血症性ショックへ進展するおそれがあるため、「おかしい」と感じた時点での早めの受診が何よりも大切です。
肺炎と呼吸器感染症への備え
免疫力が低下している透析患者さんは、肺炎球菌やインフルエンザウイルスによる呼吸器感染症にも弱い傾向があります。肺炎は入院期間を長引かせ、透析スケジュールの乱れにもつながりかねません。
人混みを避ける、マスクを着用する、室内の湿度を適度に保つ、といった基本的な対策が日常の防衛線になります。とくに冬場はウイルスが活性化しやすい乾燥した環境を避け、加湿器の活用や定期的な換気を意識しましょう。
後述する肺炎球菌ワクチンやインフルエンザワクチンの接種も、呼吸器感染症を予防する有効な手段です。透析施設への通院時に公共交通機関を利用する場合は、マスク着用がとくに推奨されます。
B型肝炎など血液を介したウイルス感染
B型肝炎ウイルス(HBV)は、透析施設内での交差感染として古くから問題視されてきました。透析患者さんはHBVワクチンへの応答率が低いことでも知られており、複数回の接種や高用量ワクチンが推奨される場合もあります。
定期的な抗体価の確認と、必要に応じた追加接種が予防の鍵で、施設スタッフの感染対策の徹底も、患者さんを守る大切な柱です。
手洗い・口腔ケア・シャント管理の徹底
感染予防の土台は手洗いです。流水と石けんによる手洗いは、最もシンプルかつ効果的な感染対策として広く認められています。透析前後はとくに念入りに行いましょう。
口腔内の細菌は肺炎や心内膜炎の原因になりえます。毎日のブラッシングに加え、定期的な歯科受診も推奨されます。シャント部位の観察も欠かせません。赤み・腫れ・熱感・痛みがあれば、速やかに主治医へ報告してください。
- 透析前後の手洗いを20秒以上行う
- 口腔ケアは朝晩2回以上のブラッシングに加え定期的に歯科を受診する
- シャント部位は毎日観察し、異変を感じたら早めに受診する
- 体温計で毎朝検温し、微熱でも記録を残す
予防接種が透析患者さんの感染リスクを下げられる根拠
免疫力が低下していても、ワクチン接種は感染症の発症や重症化を抑える有力な手段です。健康な方ほどの抗体価は得られない場合がありますが、接種しないよりも明らかに防御力が高まることが複数の研究で示されています。
ワクチンで「免疫の記憶」を作る意味
ワクチンは、病原体の一部やその類似物質を体内に投与し、免疫細胞に「敵の顔」を覚えさせる方法です。記憶を持ったB細胞やT細胞は、実際に病原体が侵入したときに素早く反応し、発症を防いだり症状を軽くしたりします。
透析患者さんの場合、この免疫記憶が作られにくい面はあるものの、部分的であっても記憶が残れば重症化の予防につながります。「効きにくいから打たない」のではなく、「効きにくいからこそ打っておく」という考え方が大切です。
接種のタイミングが抗体価を左右する
腎機能が低下し始めた早い段階(透析導入前)に接種を行うと、より高い抗体応答が期待できます。腎臓病のステージが進むにつれて免疫応答は弱くなるため、主治医と相談のうえ、できるだけ早い時期からワクチンスケジュールを組むことが望ましいです。
すでに透析導入後であっても、接種は遅くはありません。追加接種(ブースター)によって抗体価を高める方法もあり、状況に応じた柔軟な対応が可能です。
| 接種タイミング | 抗体応答の傾向 |
|---|---|
| CKDステージ1〜3(透析前) | 比較的良好な応答が期待できる |
| CKDステージ4〜5(透析導入前後) | 応答が低下しやすいが追加接種で改善の余地あり |
| 透析導入後(維持透析中) | 応答は低下傾向だがブースターで補える場合がある |
ワクチン接種が死亡率の低下に結びついた研究報告
インフルエンザワクチンを接種した透析患者さんのグループは、未接種のグループに比べて入院率や死亡率が有意に低かったとする報告があります。肺炎球菌ワクチンについても同様の傾向が示されています。
もちろんワクチンは万能ではなく、接種後も感染する可能性はゼロにはなりません。しかし、重症化を防ぐ「安全ネット」として機能する点は見逃せないでしょう。
家族や同居者にもワクチン接種を勧めることで、患者さんの周囲に「免疫の壁」をつくるという発想も有効です。免疫力が低い方の感染を防ぐには、周囲の協力がとても心強い味方になります。
透析患者さんに推奨されるワクチンの種類と接種スケジュール
主治医や腎臓専門医と相談しながら、自分に合ったワクチンスケジュールを立てることが感染予防の第一歩です。代表的なものとしてインフルエンザ、肺炎球菌、B型肝炎の3種が挙げられます。
インフルエンザワクチンは毎年の接種が基本
インフルエンザウイルスは毎シーズン変異するため、流行株に合わせて毎年ワクチンを接種することが勧められています。透析患者さんでは高用量製剤のほうが効果を期待できるとする研究もあり、主治医に相談してみてください。
接種時期は一般的に10月〜11月が目安です。流行のピークを迎える前に免疫を準備しておくことがポイントといえます。
肺炎球菌ワクチンで重症肺炎を防ぐ
肺炎球菌は、市中肺炎の原因菌として最も多いもののひとつです。透析患者さんが肺炎球菌に感染すると、重症化しやすい傾向があるため、ワクチン接種による予防が強く推奨されます。
結合型ワクチン(PCV)と多糖体ワクチン(PPSV23)を組み合わせて接種するスケジュールが各国のガイドラインで推奨されています。接種間隔やスケジュールは個人の状況によって異なりますので、必ず医師の指示に従ってください。
65歳以上の透析患者さんや糖尿病を合併している方は、肺炎球菌感染症の重症化リスクがさらに高まります。定期的にワクチンの効果を確認し、必要に応じて再接種を受けることも視野に入れましょう。
B型肝炎ワクチンと定期的な抗体価チェック
透析患者さんへのB型肝炎ワクチンは、一般的に通常よりも高用量で接種が行われます。それでも十分な抗体がつかない方が一定数いるため、接種後の抗体検査が欠かせません。
抗体価が低い場合は追加接種を検討し、年1回程度の定期的なモニタリングを続けることが推奨されます。施設スタッフの接種状況確認も、施設全体の安全に直結します。
| ワクチン | 接種頻度の目安 | 透析患者さんへの留意点 |
|---|---|---|
| インフルエンザ | 毎年1回(秋〜初冬) | 高用量製剤の検討 |
| 肺炎球菌(PCV+PPSV23) | 医師の指示する間隔で | 結合型と多糖体の併用を検討 |
| B型肝炎 | 初回3〜4回+追加接種 | 高用量投与と抗体価モニタリング |
ワクチンの効果を底上げする食事・運動・生活の工夫
ワクチンを打つだけでなく、日々の生活習慣を整えることで免疫応答の質を高められる可能性があります。無理のない範囲で取り組める具体策を紹介します。
良質なタンパク質の確保と栄養バランス
透析患者さんには透析日と非透析日でタンパク質の摂取目安が異なる場合がありますが、いずれにしても免疫機能の維持には良質なタンパク質が欠かせません。卵、魚、大豆製品などを毎食取り入れ、アミノ酸バランスを意識しましょう。
ビタミンB群や亜鉛など、免疫細胞の代謝に関わる微量栄養素の不足にも注意してください。管理栄養士と連携しながら食事内容を見直すことが、ワクチン効果を支える土台になります。
食欲が湧かないときでも、少量ずつ複数回に分けて食べる「分食」の工夫が有効です。栄養補助食品やサプリメントの活用については自己判断を避け、主治医や薬剤師に相談して安全な範囲で取り入れてください。
適度な運動がリンパ球の循環を促す
ウォーキングや軽いストレッチなどの有酸素運動は、血流を改善しリンパ球の体内循環を活発にします。運動習慣のある透析患者さんは、そうでない方に比べて感染症による入院が少ないとする報告もあります。
激しい運動はかえって免疫を抑制するため、「ややきつい」と感じる程度にとどめることが大切です。透析後すぐの運動は避け、体調の安定した時間帯に行いましょう。
運動は血圧の安定や骨密度の維持にも寄与し、結果として全身の健康状態を底上げします。主治医に運動の可否と強度を確認したうえで、週3回・1回20〜30分を目安に続けてみてください。
十分な睡眠とストレス管理
睡眠不足は免疫細胞の働きを鈍らせ、ワクチンへの応答にも悪影響を及ぼします。毎日6〜7時間以上の質のよい睡眠を確保することを心がけてください。
慢性的なストレスはコルチゾール(副腎皮質ホルモン)を上昇させ、リンパ球の機能を低下させます。透析治療そのものが心身の負担となることもありますが、趣味の時間を設けたり、深呼吸や瞑想を日課に取り入れたりすることで、ストレスを和らげる工夫ができます。
不安やつらさを一人で抱え込まず、医療スタッフや家族に気持ちを伝えることも大切です。精神的な安定は免疫機能の維持に直結しており、感染予防の見えない土台を支えてくれます。
- 1日6〜7時間以上の睡眠を目標にする
- 就寝前のスマートフォン使用を減らし、寝室を暗く涼しく保つ
- 好きな音楽や読書など、心が休まる時間を意識的に設ける
よくある質問
- 透析患者さんの免疫力はなぜ健康な方より低くなるのですか?
-
腎臓の機能が大きく低下すると、体内に尿毒素と呼ばれる有害な物質がたまりやすくなります。この尿毒素が白血球やリンパ球などの免疫細胞に直接悪影響を与え、細菌やウイルスに対する防御力を下げてしまいます。
さらに、活性型ビタミンDやエリスロポエチンの産生低下、慢性的な炎症状態、栄養不良なども加わり、免疫系のバランスが複合的に乱れることが原因とされています。
- 透析中でも予防接種を受けることはできますか?
-
透析中の方でも予防接種を受けることは可能であり、推奨されています。免疫力が低下しているからこそ、ワクチンによる予防が大切です。
ただし、生ワクチンは免疫抑制状態の方には使えない場合がありますので、接種前に必ず主治医に相談してください。不活化ワクチンやmRNAワクチンなど、透析患者さんに安全に使えるワクチンの種類は複数あります。
- 透析患者さんがワクチンを接種しても十分な効果が得られないことがありますか?
-
残念ながら、健康な方と同等の抗体価が得られないケースは報告されています。免疫細胞の機能低下や老化が主な原因であり、とくにB型肝炎ワクチンでは応答率の低さが以前から指摘されてきました。
とはいえ、部分的にでも免疫記憶が形成されれば感染の重症化を防ぐ効果は期待できます。追加接種や高用量製剤の使用によって効果を補う方法もありますので、主治医とスケジュールを相談することが大切です。
- 透析患者さんが感染予防のために日常生活で気をつけるべきことは何ですか?
-
まず基本となるのは手洗いの徹底です。透析前後だけでなく、外出先から帰宅したとき、食事の前後にも流水と石けんで丁寧に洗ってください。シャントやカテーテルの挿入部位を清潔に保ち、赤みや腫れなどの異常を見逃さないことも欠かせません。
加えて、バランスのよい食事で良質なタンパク質やビタミンを確保すること、無理のない範囲での運動、十分な睡眠を心がけてください。体温の記録を毎日続け、微熱でもすぐに医療スタッフに伝える習慣が早期発見につながります。
- 透析患者さんにインフルエンザワクチンの接種が推奨されるのはなぜですか?
-
透析患者さんがインフルエンザに罹患すると、肺炎や敗血症など重い合併症を引き起こすリスクが高く、入院期間の延長や透析スケジュールの乱れにもつながります。毎年の接種により、こうしたリスクを下げられることが複数の研究で確認されています。
インフルエンザウイルスは毎年変異するため、1回接種すれば済むわけではなく、毎シーズンの接種が推奨されます。10月から11月ごろに接種しておけば、流行シーズンまでに免疫を準備できるでしょう。
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