馬油は馬の皮下脂肪から抽出される天然オイルで、古くからアジア圏で肌の保護や保湿に使われてきた成分です。ヒトの皮脂に近い脂肪酸組成をもつため、肌なじみがよい点が大きな特徴といえます。
一方で「顔に塗ると黒くなる」「ニキビが悪化する」といった不安の声も少なくありません。この記事では、馬油の基本的な成分情報から期待できる効果、正しい使い方、注意すべきデメリットまで、研究論文の知見をもとに皮膚科専門医の視点で解説します。
自分の肌に合うかどうかを見極めるための判断材料として、お役立ていただけたら幸いです。
この記事の執筆者

小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
馬油とは — 読み方は「ばあゆ」、1500年の歴史ある天然オイル
馬油(ばあゆ、またはまあゆ)は、馬の皮下脂肪や首のたてがみ付近の脂肪から得られる動物性オイルです。読み方は「ばあゆ」が一般的ですが、「まあゆ」「まゆ」と呼ばれることもあります。
化粧品成分としては「保湿」「肌保護」を目的に配合されており、日本国内では特に九州・北海道の馬産地で長く親しまれてきました。馬油クリームや馬油シャンプーなど、多彩な製品に展開されている人気の高い天然成分です。
馬の皮下脂肪から生まれるオイルでヒトの皮脂に近い脂肪酸バランス
馬油の大きな特徴は、パルミチン酸・パルミトレイン酸・オレイン酸・リノール酸・リノレン酸といった脂肪酸を豊富に含む点にあります。馬油中の不飽和脂肪酸の割合はおよそ60〜65%と報告されており、この組成がヒトの皮脂に似ているとされています。
牛脂や豚脂に比べて融点が低いため、体温で速やかに溶けて肌にスッとなじむのも馬油の持ち味です。パルミトレイン酸はヒトの肌にも含まれる脂肪酸であり、傷口やひび割れの修復を助ける働きがあるといわれています。
なお、馬油は食用馬の副産物として生産されることがほとんどです。「馬油 かわいそう」という声もありますが、馬油のために馬を飼育しているわけではなく、食肉利用後の脂肪を有効活用している製品が主流です。
動物由来成分を避けたい方は、植物性のホホバオイルやスクワランなどを選択肢に入れるとよいでしょう。
中国の古典医書「名医別録」にも記された馬油の薬効
馬油の利用は約1500年前までさかのぼるとされています。中国の古典医書「名医別録」や「本草綱目」には、馬油がやけどや肌荒れ、しもやけに効くと記されていました。
その後、韓国・モンゴル・日本などアジア各地で民間薬として広まり、日本では特に熊本県や北海道で生産されるようになりました。現在では韓国を中心にスキンケア成分としての研究が進んでおり、科学的な裏付けも少しずつ蓄積されつつあります。
馬油の基本データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 原料 | 馬の皮下脂肪(たてがみ下・腹部など) |
| 主な脂肪酸 | オレイン酸、パルミチン酸、リノール酸、パルミトレイン酸、リノレン酸 |
| 不飽和脂肪酸の割合 | 約60〜65% |
| 融点 | 約30〜43℃(体温で溶ける) |
| 化粧品成分表示名称 | 馬脂 |
| 主な産地 | 熊本県・北海道(日本)、済州島(韓国) |
化粧品の成分名は「馬脂」だが医薬部外品の有効成分ではない
化粧品成分表示名称(INCI名)では馬油は「馬脂(Horse Fat / Horse Oil)」と表記されます。医薬部外品の有効成分としては認可されていないため、化粧品の保湿成分として配合されるのが一般的です。
薬局やドラッグストアで「馬油クリーム」として販売されている製品の多くは、薬機法上は「化粧品」に分類されます。そのため、効果効能に関して大きな主張はできませんが、保湿や肌の保護を目的とした使用が中心です。
馬油に期待できる肌への効果
馬油には保湿・抗炎症・抗酸化といった複数の作用が報告されています。動物実験や培養細胞を用いた研究が中心ですが、スキンケア成分としての可能性を示す知見がそろいつつあります。
人の皮脂に近い脂肪酸が肌のバリア機能を補う
馬油が「保湿に良い」と評価される最大の理由は、ヒトの皮脂に近い脂肪酸構成にあります。肌のバリア機能は角質層の細胞間脂質によって維持されており、外部から脂肪酸を補うことで水分の蒸散を抑えやすくなると考えられています。
馬油を肌に塗ると、まず肌表面に薄い油膜ができます。同時に、低分子の脂肪酸が角質層に浸透して内側からもうるおいを保つという二重構造の保湿効果が期待できるのが、他のオイルにはない馬油の特徴です。
Leeらの臨床試験では、馬油を含むマイクロニードルパッチを4週間使用した被験者で、皮膚の水分量と弾力が有意に改善したと報告されました。馬油が角質層に浸透して皮膚のバリア機能を物理的に補強した結果と考察されています。
炎症性サイトカインを抑えて肌荒れを鎮める
馬油には抗炎症作用も認められています。Leeらの動物実験では、DNCB(接触皮膚炎を誘発する化学物質)で炎症を起こしたマウスの皮膚に馬油を塗布したところ、紅斑や腫れが軽減されたと報告されました。
遺伝子レベルの解析でも、炎症に関わるケモカイン遺伝子の発現が正常値に近い水準まで回復していたことがわかっています。
馬油に含まれるリノレン酸は、体内で抗炎症性のエイコサノイド産生に関わるため、こうした脂肪酸の供給が炎症の鎮静につながっている可能性があります。
UVBによる酸化ダメージから細胞を守る抗酸化作用
Piaoらの研究では、ヒトの表皮角化細胞(HaCaT細胞)にUVBを照射する実験で、馬油が紫外線による活性酸素の生成を抑え、DNAやタンパク質への酸化的ダメージを軽減したと報告されています。
馬油自体がUVB帯域の光を吸収する性質をもつことも確認されており、物理的な紫外線防御と抗酸化作用の両面から肌を守る可能性が示唆されました。ただし、日焼け止めの代わりになるものではない点は強調しておく必要があります。
馬油に報告されている主な効果
| 効果 | 根拠となる研究 | 対象 |
|---|---|---|
| 保湿・バリア機能の回復 | Lee et al. (2018), Yang et al. (2019) | 臨床試験 |
| 抗炎症作用 | Lee et al. (2020) | 動物実験(マウス) |
| 抗酸化作用 | Piao et al. (2019) | 培養細胞 |
| コラーゲン合成促進 | Kim et al. (2020) | 動物実験(マウス) |
馬油の使い方 — スキンケアに取り入れるコツ
馬油はそのまま純度100%のオイルとして使えるほか、クリームやシャンプーなどさまざまな化粧品に配合されています。使い方にちょっとした工夫を加えるだけで、肌への実感が変わるかもしれません。
クリーム・石鹸・シャンプーまで幅広い化粧品に配合
馬油を使った化粧品は非常に多彩です。代表的な製品カテゴリとしては、馬油クリーム、馬油石鹸(洗顔料)、馬油シャンプー、馬油ハンドクリーム、馬油ボディソープ、馬油化粧水などがあります。
全身に使える製品が多いのは、馬油が比較的刺激が少ないとされるためです。純度100%の馬油をそのまま使う方もいれば、他の保湿成分と組み合わせたクリームタイプを選ぶ方もいます。自分の肌質や使用感の好みに合わせて選ぶとよいでしょう。
馬油シャンプーは温泉施設やホテルのアメニティとして見かける機会も多い製品です。頭皮の皮脂となじみやすい脂肪酸組成のおかげで、洗い上がりが適度にしっとりする点が人気の理由と考えられます。
「馬油シャンプーで抜け毛が増えた」「はげる」といった検索も見られますが、馬油成分が直接的に脱毛を引き起こすというエビデンスはありません。すすぎ残しによる毛穴詰まりが原因になっている可能性はあるため、シャンプー後は十分にすすぐことが大切です。
入浴直後の「少し湿った肌」に塗るのが鉄則
馬油の効果を引き出すポイントは、肌にまだ水分が残っているタイミングで塗ることです。入浴後や洗顔後にタオルで軽く水気を取った状態がベストといえます。
馬油はオイルですから、乾いた肌に塗るとベタつきが気になりやすくなります。水分が残った肌に薄く伸ばすと、肌表面に薄い油膜をつくって水分の蒸発を防ぐ効果が期待できるでしょう。
使う量は顔全体で米粒大〜小豆大が目安です。手のひらで温めてから伸ばすと、体温で馬油が溶けてさらになじみやすくなります。化粧水の前に使う「ブースター使い」も人気があり、その後の化粧水の浸透感が変わるという声も聞かれます。
ただし、馬油は不飽和脂肪酸が多いぶん酸化しやすいデメリットもあります。開封後は冷蔵庫で保管し、2〜3か月を目安に使い切るのが理想です。色やにおいに変化が出たら酸化が進んだサインですので、肌には塗らないようにしましょう。
シーン別・馬油の使い方一覧
| 使用シーン | 塗り方のコツ |
|---|---|
| 顔の保湿(夜) | 洗顔後に米粒大を手のひらで温め、顔全体に薄く伸ばす。化粧水の前に使う「ブースター使い」も人気 |
| 顔の保湿(朝) | 少量をTゾーンを避けて乾燥しやすい頬や口元に。油分が多いので日焼け止めとの併用を推奨 |
| ボディケア | 入浴直後にまだ肌が湿っている状態で全身に薄く塗布。ひじ・かかとなど乾燥が強い部分はやや多めに |
| ヘアケア | 毛先を中心に少量をなじませる。頭皮マッサージに使う場合はシャンプー前のオイルクレンジングとして |
| リップケア | 唇に直接少量を塗り、ラップで覆って5分ほどパック |
セラミドやヒアルロン酸との組み合わせで保湿力アップ
馬油は油分による保湿(エモリエント効果)が中心です。水分を抱え込む力をもつヒアルロン酸や、角質層のバリア機能を支えるセラミドと組み合わせると、保湿の相乗効果が期待できます。


ビタミンC誘導体やレチノールなど刺激が出やすい成分と同時に使う場合は、馬油を先に塗ると油膜がクッションになって刺激を和らげる場合もあります。
ただし、肌の状態によっては逆に成分の浸透を妨げることもあるため、使用順序は肌の反応を見ながら調整してください。
馬油のデメリットと注意すべき肌トラブル
天然由来の成分であっても、すべての肌に合うわけではありません。馬油を使って「合わない」と感じた経験がある方も一定数いらっしゃいます。トラブルを避けるために、使用前に知っておくべき注意点をまとめました。
馬油が合わない場合に起こりうる症状
馬油の使用後に赤み・かゆみ・ブツブツなどの症状が出る場合は、接触性皮膚炎やアレルギー反応の可能性があります。動物性油脂に対する過敏反応は頻度こそ高くありませんが、ゼロとはいえません。
とくに精製度の低い馬油には不純物が残っていることがあり、それが刺激の原因になるケースも考えられます。
はじめて使うときは腕の内側など目立たない部分でパッチテストを行うことをおすすめします。48時間経過しても異常がなければ、少量ずつ顔に試してみるのが安全な手順です。
アトピー性皮膚炎の方の中には「馬油で悪化した」という体験談も見られます。炎症がある状態の肌にオイルを塗ると、刺激を感じたりバリアの低下した部分から成分が浸透しすぎたりする場合もあるため、肌の状態が落ち着いてから少量で試すのが賢明です。
ニキビ肌・脂性肌の人は使い方に気をつけて
馬油はオイルですから、毛穴に詰まりやすい性質をもっています。脂性肌やニキビができやすい肌の方が厚く塗ると、毛穴をふさいでアクネ菌の増殖を促してしまうリスクがあるでしょう。
もし使いたい場合は、Tゾーンを避けて乾燥が気になる部分だけに薄く塗る方法が無難です。ニキビが悪化したり新たにできたりした場合は、使用を中止して皮膚科を受診してください。
化粧品の馬油と医療用の外用薬は別物
市販の馬油クリームは「化粧品」であり、治療を目的とした医薬品ではありません。アトピー性皮膚炎や重度の乾燥肌で医師から外用薬(ヘパリン類似物質やステロイドなど)を処方されている場合、馬油を代わりに使うことは推奨されません。
処方薬は有効成分の濃度や作用が管理されているのに対し、化粧品にはそうした基準がないためです。馬油をスキンケアに加えたいときは、まず主治医に相談してから検討するのが安全でしょう。【内部リンク:治療薬カテゴリの記事へ】
馬油のデメリットまとめ
- 精製度が低い製品では接触性皮膚炎のリスクがある
- 酸化しやすいため開封後の保管方法と使用期限に注意が必要
- 脂性肌やニキビ肌に厚く塗ると毛穴を詰まらせる恐れがある
- 処方薬の代わりにはならないため、治療中の方は医師に相談を
馬油とワセリン・ホホバオイルはどこが違う?
「保湿オイルならどれも同じでは?」と思われがちですが、馬油・ワセリン・ホホバオイル・スクワランは原料も保湿の仕組みも大きく異なります。それぞれの性質を理解して選ぶことで、自分の肌悩みに合ったケアが可能になります。
保湿の仕組みが異なる三大オイル成分
馬油は動物性脂肪で、ヒトの皮脂に近い脂肪酸を含む点が最大の特徴です。肌にすばやくなじみ、やわらかい油膜をつくりながら角質層に浸透する二重の保湿効果が期待できます。
ワセリンは鉱物油(石油由来)で、肌表面にとどまって強力なバリアを形成する「閉塞系」の保湿剤です。角質層には浸透しにくい反面、水分蒸散を防ぐ力はトップクラスといえます。
ホホバオイルは植物性ワックスエステルで、肌の皮脂膜と構造が似ています。酸化しにくく安定性が高いため、敏感肌の方にも使いやすい傾向があります。
肌質や目的別に使い分けるのが正解
乾燥が強い方やバリア機能が弱った肌には、皮脂に近い脂肪酸を補給できる馬油が向いています。一方で、アトピー性皮膚炎など炎症のある肌を外的刺激から守りたいときは、刺激が極めて少ないワセリンが選ばれるケースが多いでしょう。
軽い使用感を好む方や、ニキビが気になる方にはホホバオイルやスクワランのほうが合うかもしれません。最終的には肌質と目的によって使い分けることが大切です。
馬油・ワセリン・ホホバオイル・スクワランの比較
| 成分名 | 原料 | 特徴 |
|---|---|---|
| 馬油 | 馬の皮下脂肪 | ヒト皮脂に近い脂肪酸構成。浸透力が高く、保湿+抗炎症の報告あり |
| ワセリン | 石油(鉱物油) | 肌表面で強力なバリアを形成。角質には浸透しにくいが保護力は高い |
| ホホバオイル | ホホバの種子 | 植物性ワックスエステル。酸化しにくく軽い使用感。敏感肌向き |
| スクワラン | オリーブ・サメ肝油など | 皮脂成分スクワレンを水素添加した安定型オイル。さらりとした質感 |
それぞれの成分に向いている肌悩み
乾燥によるカサつきやゴワつきには馬油やスクワランが向いており、炎症後の肌保護にはワセリンがよく用いられます。
ホホバオイルはクレンジングオイルとしても人気が高く、メイク落としと保湿を兼ねたい方に支持されています。
どの成分も万能というわけではないため、自分の肌の状態を観察しながら使い分けていく姿勢が肌トラブルの予防につながります。
まとめ
馬油はヒトの皮脂に近い天然オイルで、保湿・抗炎症・抗酸化など複数の作用が研究で報告されています。古くからの民間療法を裏付けるエビデンスは徐々に蓄積されてきましたが、すべての肌に合うとは限らない点も忘れてはなりません。
- 馬油はヒトの皮脂に近い脂肪酸構成をもち、肌なじみが良い天然の保湿成分
- 保湿・抗炎症・抗酸化に関する研究報告があるが、ヒトの大規模臨床試験はまだ少ない
- 入浴後の湿った肌に薄く伸ばすのが効果的な使い方
- 脂性肌やニキビ肌の方は毛穴詰まりに注意し、パッチテストも忘れずに
- 処方薬の代わりにはならないため、気になる肌症状がある場合は皮膚科を受診してください
よくある質問
参考文献
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