エーラス・ダンロス症候群(Ehlers-Danlos syndrome:EDS)とは、全身の結合組織を構成するコラーゲンの異常を主因とする遺伝性疾患です。
この異常により、関節の過剰な可動性(関節の柔らかさ)、皮膚の過伸展(極端な伸びやすさ)、血管の脆弱性など、多岐にわたる症状が現れます。
症状に合ったリハビリテーションやサポート体制の整備によって、日常生活での負担の軽減につながります。
この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)
日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師
2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。
エーラス・ダンロス症候群の病型
エーラス・ダンロス症候群(EDS)は2017年の国際分類で現在13の病型に細分類されています。
タイプごとに原因遺伝子が異なり、それぞれ特徴的な症状を示します。
全てのタイプについて、遺伝子変異が解明されたものは12タイプで、関節型(hEDS)のみ遺伝子不明です。
関節型(過可動型, hEDS)
最も一般的なタイプで、全EDSの80~90%を占めると言われます。
特徴は関節の過度な柔らかさ(過可動性)による脱臼・亜脱臼や慢性的な関節痛で、皮膚の伸びは中程度です。
原因遺伝子はまだ特定されておらず不明ですが、頻度は5,000~20,000人に1人と推定されています。
古典型(cEDS)
皮膚が非常に伸びやすく薄い、傷が裂けやすく治っても紙のように薄い瘢痕(萎縮性瘢痕)になるのが特徴です。
関節も過可動で脱臼しやすく、皮下出血(あざ)が起こりやすいです。
原因はV型コラーゲン遺伝子(COL5A1/5A2)の変異で、多くは常染色体優性遺伝します。頻度は2万~4万人に1人と稀です。
血管型(vEDS)
動脈や臓器の壁が極端にもろく、若年でも動脈解離や破裂、消化管や子宮の破裂を起こし得る最も重篤なタイプです。
皮膚が薄く静脈が透けて見える、関節の過可動は主に小関節に限られる、といった特徴的所見もあります。
原因はIII型コラーゲン遺伝子(COL3A1)の変異で常染色体優性遺伝し、頻度は5万~20万に1人程度の非常に希少なタイプです。
その他のタイプ
EDSには極めて稀なタイプが多数あります。
| タイプ | 特徴 |
|---|---|
| 後側彎型(kEDS) | コラーゲン修飾酵素遺伝子(PLOD1など)の変異が原因で起こり、先天的な重度の側弯と筋力低下を伴う。 |
| 皮膚脆弱型(dEDS) | 皮膚が非常に脆く裂傷を起こしやすい(ADAMTS2遺伝子変異)。 |
| 筋拘縮型(mcEDS) | 生まれつき関節拘縮(硬直)が目立つ(CHST14遺伝子変異)。 |
| 歯周型(pEDS) | 重度の歯周病を若年で発症(C1R/S遺伝子変異)。 |
これらは報告例が非常に少なく「同じ家系内でのみ発見」されるケースもあります。
エーラス・ダンロス症候群の症状
エーラス・ダンロス症候群(EDS)の症状は、全身の結合組織の脆弱性を反映して、主に関節と皮膚に現れますが、全身の臓器に影響を与える可能性があります。
関節の症状
EDSの最も大きな特徴は、関節の過剰な可動性(過可動)と不安定性です。
肘、膝、指のほか、肩や股関節などの主要な関節が通常よりも大きく曲がったり、可動域が広くなったりします。
関節が不安定なため、脱臼や亜脱臼(不完全に外れること)を頻繁に繰り返します。
その結果、日常生活の動作において、脱臼に伴う慢性的な痛みが発生しやすく、活動範囲を狭めてしまうおそれがあります。
皮膚の症状
皮膚の結合組織が脆弱なため、皮膚がゴムのように極端に伸びやすく、薄く感じる場合があります。
また、わずかな摩擦や打撲でも内出血や深い擦り傷になりやすく、傷跡(瘢痕)が治癒しにくい、あるいは「紙の破片」のように薄く広がりやすい(アトロフィー性瘢痕)点が特徴的です。
血管・内臓の症状
これらの症状は病型によって出現範囲やリスクが大きく異なります。
特に血管型EDSでは、動脈壁の脆弱性が高いため、深刻な合併症のリスクがあります。
動脈壁が脆くなることで出血リスクが高まるほか、消化管や子宮などの内臓が破裂する(穿孔)リスクも指摘されています。
筋力低下・疲労感
関節の不安定さを代償するために、姿勢を維持する筋肉に常に負担がかかったり、痛みを避けるために身体を動かさない状況が続いたりすることで、二次的に筋力低下や慢性的な疲労感を訴える方も少なくありません。
エーラス・ダンロス症候群の原因
エーラス・ダンロス症候群(EDS)は、主に遺伝子の変異によって引き起こされる遺伝性疾患です。
この変異が、全身の結合組織を構成するコラーゲンの生成や構造に異常をきたし、組織の強度や柔軟性の低下を招くと考えられています。
遺伝子変異とコラーゲンの異常
コラーゲンは、骨、腱、靭帯、皮膚、血管壁など、体内のさまざまな組織を支える主要なタンパク質です。
EDSの原因となる遺伝子に変異が生じると、コラーゲンの合成過程に支障が出たり、タンパク質自体の質が低下したりします。
コラーゲンの特徴とEDSとの関連
コラーゲンは、高い強度と弾力性で結合組織を支える役割を担っていますが、その構造と合成には複数の段階を要します。
EDSではこの生成工程のどこかに異常が生じるため、コラーゲン全体の質が低下します。
その結果、強度が低下すると関節のぐらつきや皮膚の脆弱性が生じ、血管や臓器を支える力が弱くなることで、関節や皮膚が異常に伸びやすくなり、血管や内臓が脆くなるのです。
遺伝的要素
多くの病型は常染色体優性遺伝の形式をとり、親から子へ約50%の確率で遺伝するとされています。
しかし、まれに常染色体劣性遺伝のケースや、遺伝とは関係なく、患者本人に新たに生じた変異によって発症するケースもあります。
そのため、両親や兄弟にEDSの診断歴がある場合は、早期の検査が重要です。
発症と環境要因との関係
EDSは遺伝子変異が原因であるため、生活習慣が直接的な発症の原因にはなりません。
しかし、関節の不安定性や組織の脆弱性があるため、身体を酷使したり、負荷の大きい運動を過度に行ったりすると、症状が悪化するおそれがあります。
したがって、日頃から自身の体調と相談しながら、無理のない運動や生活スタイルを心がけることが大切です。
発症タイミングの違い
皮膚の柔らかさや関節の異常が子どもの頃から目立つ場合もあれば、大人になるまで症状に気付かないケースもあります。
特に血管型などの重篤な病型では、20代後半から40代頃に動脈破裂などの重大な合併症がきっかけとなって初めて発見される場合があり、病型によって発症のタイミングや診断の契機が異なります。
エーラス・ダンロス症候群の検査・チェック方法
エーラス・ダンロス症候群(EDS)が疑われる場合、関節の過可動性や皮膚の状態、家族歴などを総合的に評価します。
身体所見や画像検査を通じて可能性を判断し、必要に応じて遺伝子検査を行います。
身体所見と問診
ベイトン(Beighton)スコアと呼ばれる指標を用いて、肘や膝、指、腰などが通常より過度に曲がるかどうかを評価します。
また、患者本人や家族に同様の症状がないかを聞き取り、遺伝的背景を含めた可能性を探ります。
| 評価項目 | 検査内容 |
|---|---|
| 指関節(第5指) | 小指が90度以上に反らせることができるか |
| 手の平を床につけられるか | 膝を伸ばした状態で前屈し、手の平全体が床につくか |
| 肘関節の反張 | 肘が過伸展(10度以上)するか |
| 膝関節の反張 | 膝が過伸展(10度以上)するか |
過可動域が高ければ高いほどエーラス-ダンロス症候群の可能性を示唆しますが、これだけでは確定診断には至りません。
皮膚の伸びやすさの程度や家族歴、ほかの合併症の有無などを加味しながら総合評価を行います。
画像検査
レントゲン検査やMRI検査は、骨や関節の状態、靭帯の損傷などを確認するために行われます。
EDS自体に特有の骨変形があるわけではありませんが、関節の不安定性や周辺組織の負担具合などを把握するうえで有用です。
また、血管型が疑われる場合には、血管エコーやCT、MRI血管造影などで血管の状態を詳しく調べます。
遺伝子検査
EDSの確定診断には遺伝子学的検査が有力です。
古典型や血管型など、原因遺伝子が判明している病型では、遺伝子変異の有無を調べる検査を行います。
セルフチェックのポイント
以下の症状や状況が当てはまる場合は、EDSの可能性を考慮し、専門医への相談を検討するとよいでしょう。
- 転倒や軽微な衝撃で関節が脱臼しやすい
- 授業中や仕事中など、長時間同じ姿勢を続けると関節が痛む
- 皮膚をつまんだときに異常に伸びる
- 親や祖父母に同じような症状の方がいる
エーラス-ダンロス症候群の治療方法と治療薬、リハビリテーション、治療期間
エーラス・ダンロス症候群(EDS)に対する根本的な治療法(完治させる治療法)は、現在のところありません。
そのため、治療の基本は、症状の緩和、合併症の予防、そして生活の質を保つための対症療法やリハビリテーションとなります。
関節痛や脱臼などの症状緩和に加え、血管型の場合は血圧コントロールを行うなど、病型に応じた対策が必要です。
保存療法
保存療法は、関節などに負担がかからないように生活指導やリハビリテーションを行う方法です。
安静を保つだけではなく、適度な運動によって筋力をつける必要があります。
痛みが強い場合は、鎮痛薬の使用を検討します。
- 筋力トレーニング: ピラティスや水中歩行など、関節に負担の少ない方法を選択します。
- サポーターや装具の利用: 関節の脱臼やぐらつきを予防し、安定させます。
- 物理療法: 温熱療法や電気刺激を用いて血行を促し、痛みを緩和します。
投薬治療
EDSに特化した治療薬はありませんが、症状に合わせた薬剤の処方を行います。
- 関節痛・筋肉痛: 消炎鎮痛薬(NSAIDs)で炎症と痛みを軽減します。
- 血管型の場合(血管保護): 降圧薬(β遮断薬、アンジオテンシン変換酵素阻害薬など)によって血圧をコントロールし、血管壁の負担を軽減します。
- 感染予防: 傷口が深くなるなど感染症のリスクがある場合、抗生物質を投与します。
投薬治療を行う際は、自己判断での服用開始や中止は避け、必ず医師と相談することが重要です。
リハビリテーション
リハビリテーションでは、理学療法士が個々の症状や体力に合わせてメニューを作成し、筋力アップや関節の安定性向上を図ります。
【リハビリテーションの主な取り組み】
- 関節を安定させる筋肉の強化(コア筋群やインナーマッスル)
- 姿勢や歩行指導(過伸展や脱臼を防ぐ動作の習得)
- 体の使い方を日常生活へ落とし込む(立ち上がりや物の持ち上げ方など)
治療期間と経過観察
EDSに対する治療は長期的なものになります。
症状緩和の段階は個人差がありますが、合併症の予防や再発防止を目的として、定期的な経過観察を続ける必要があります。
特に血管型の場合は、万一の出血リスクに備えるため、定期検査を行い血管の状態を調べなければなりません
症状が落ち着いていても、関節を守る筋力トレーニングや、定期的な医師の診察は重要です。
薬の副作用や治療のデメリット
エーラス・ダンロス症候群(EDS)の治療には、患者さんの症状や生活スタイルに合わせて複数の選択肢がありますが、使用する薬には副作用、手術療法などを検討する際にはデメリットやリスクが存在します。
NSAIDsなどの鎮痛薬による副作用
関節痛や筋肉痛に対して広く用いられる非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)は、胃腸障害やアレルギー症状などの副作用を引き起こすリスクがあります。
- 胃腸障害: 胃痛や吐き気、消化管出血など
- 腎機能への負担: 特に長期使用や高用量の場合
- アレルギー症状: 稀に皮膚の発疹や喘息発作など
長期にわたってNSAIDsを使用する場合は、定期的に血液検査を行って腎機能や肝機能をチェックし、必要に応じて処方を調整する必要があります。
降圧薬などによる循環器系への影響
血管型EDSの場合に用いるβ遮断薬やアンジオテンシン変換酵素阻害薬などの降圧薬は、低血圧やめまい、倦怠感などの副作用が出る場合があります。
日常生活に支障が出るほどの副作用を感じたときは、自己判断で服用を中止せず、医師に相談して薬剤や用量を調整することが大切です。
リハビリテーションの負担
リハビリテーションはEDSにとって不可欠な取り組みですが、筋力トレーニングやストレッチを毎日実施するには根気と時間が必要です。
また、間違った方法で行うと関節を痛めたり、筋肉を損傷したりするリスクがあるため、理学療法士の指導を受けながら慎重に進める必要があります。
手術療法のリスク
重度の脊柱側弯や関節変形などがある場合は手術を検討しますが、EDSは結合組織が脆弱であるため、手術時の縫合や組織修復が難しいケースもあります。
出血リスクや術後の経過観察の負担も大きいため、リスクとメリットを医師と十分に話し合うことが大切です。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
エーラス・ダンロス症候群(EDS)の治療にかかる費用は、症状の進行具合や合併症の有無によって変動します。
公的医療保険の適用範囲を理解し、その他の制度を適切に活用すると、経済的負担を減らして治療に専念しやすくなります。
保険が適用される主な治療
日本の公的医療保険では、医師の診断に基づく必要な治療行為の費用に保険が適用され、原則として3割負担(年齢や所得に応じて1割または2割負担のケースもあり)となります。
- 診察費: 初診・再診料
- 画像検査費用: レントゲン、MRI、CTなどの画像検査
- 投薬費: 鎮痛薬や降圧薬などの処方薬
- リハビリテーション費用: 理学療法など
- 手術費用: 治療上必要と判断された場合の手術
自己負担額の目安と注意点
自己負担額は、通院頻度や検査の種類によって変動します。
| 治療内容 | 頻度・期間 | 自己負担額の目安 |
|---|---|---|
| 通院・リハビリ(理学療法) | 月1〜2回程度 | 3,000〜5,000円 |
| 投薬(鎮痛薬、降圧薬など) | 毎日服用 | 2,000〜5,000円 |
| 画像検査(MRI、CTなど) | 必要に応じて実施 | 5,000〜10,000円 |
| 遺伝子検査(専門機関) | 状況に応じて1回のみ | 数万円〜10万円超 |
| 手術 | 病状に応じて不定期 | 数万〜数十万円 |
遺伝子検査は公的保険の対象外となる場合があるため、全額自己負担となる可能性があります。
検査機関や検査内容によって費用が大きく変わるため、事前に医療機関や保険組合へ確認すると安心です。
自立支援医療や障害年金の活用
EDSの症状が重く、日常生活や就労に支障がある場合は、障害者手帳の取得や障害年金の申請を検討できます。
医師の診断書や提出書類などの手続きが必要ですが、医療費の補助や経済的な支援を受けられるケースもあります。
民間保険の補助
公的医療保険の範囲内ではカバーしきれない自費診療や、長期的な入院・手術などに備えて、民間の医療保険に加入する方もいます。
しかし、EDSは既往症と見なされ、加入時に制限がつく場合があります。
長期の通院やリハビリが必要になる可能性があるため、経済面の準備も含めて治療計画を立てることが大切です。
以上
参考文献
PARAPIA, Liakat A.; JACKSON, Carolyn. Ehlers‐Danlos syndrome–a historical review. British journal of haematology, 2008, 141.1: 32-35.
MAO, Jau-Ren, et al. The Ehlers-Danlos syndrome: on beyond collagens. The Journal of clinical investigation, 2001, 107.9: 1063-1069.
MALFAIT, Fransiska, et al. The ehlers–danlos syndromes. Nature Reviews Disease Primers, 2020, 6.1: 64.
STEINMANN, Beat; ROYCE, Peter M.; SUPERTI‐FURGA, Andrea. The Ehlers‐Danlos syndrome. Connective tissue and its heritable disorders: molecular, genetic, and medical aspects, 2002, 431-523.
PYERITZ, Reed E. Ehlers–danlos syndrome. New England Journal of Medicine, 2000, 342.10: 730-732.
MALFAIT, Fransiska; DE PAEPE, Anne. The ehlers-danlos syndrome. Progress in heritable soft connective tissue diseases, 2014, 129-143.
MALFAIT, Fransiska, et al. The 2017 international classification of the Ehlers–Danlos syndromes. In: American Journal of Medical Genetics Part C: Seminars in Medical Genetics. 2017. p. 8-26.
TINKLE, Brad, et al. Hypermobile Ehlers–Danlos syndrome (aka Ehlers–Danlos syndrome Type III and Ehlers–Danlos syndrome hypermobility type): Clinical description and natural history. In: American Journal of Medical Genetics Part C: Seminars in Medical Genetics. 2017. p. 48-69.
BEIGHTON, Peter. Ehlers-Danlos syndrome. Annals of the Rheumatic Diseases, 1970, 29.3: 332.
MALFAIT, Fransiska; WENSTRUP, Richard J.; DE PAEPE, Anne. Clinical and genetic aspects of Ehlers-Danlos syndrome, classic type. Genetics in medicine, 2010, 12.10: 597-605.

