化膿性関節炎(Septic arthritis)とは、細菌などが関節内に侵入して激しい炎症を起こす疾患で、関節の痛みや腫れ、発熱が生じます。
放置すると軟骨や骨が破壊され、関節機能に永続的な障害を残す危険性があるほか、死亡率も約10~15%と高く、緊急での治療が必要です。
好発部位は膝関節(全症例の約半数)で、次いで股関節、肩関節、肘関節、足関節などが多く報告されています。
この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)
日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師
2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。
化膿性関節炎の病型
化膿性関節炎は、原因菌や発症の経過によって大きく3つの病型に分けられます。
病型により治療方針が大きく変わるため、専門医による早期の見極めが重要です。
病型 | 主な原因菌 | 進行速度 | 主な特徴 |
---|---|---|---|
急性 | 黄色ブドウ球菌、レンサ球菌 | 非常に速い | 激しい痛み、腫れ、発熱が出やすい |
亜急性 | 黄色ブドウ球菌など | 中程度 | 症状が徐々に強くなる、高齢者に多い |
慢性 | 結核性や真菌性 | 遅い | 痛みや機能障害が長引きやすい |
急性化膿性関節炎
突然、激しい痛みや腫れが生じるタイプで、歩行困難や関節の可動域制限、患部に触れるだけでも強い痛みを伴います。
多くの場合、細菌が血流に乗って関節に運ばれるのが原因です。
黄色ブドウ球菌やレンサ球菌などが主な原因菌で、急性期に治療を行えば症状の進行を抑えられる可能性があります。
亜急性化膿性関節炎
急性ほど激しくはないものの、痛みや発熱が比較的ゆっくりと進行するタイプです。
高齢者や抵抗力が落ちている人に多くみられます。
症状が緩やかに進むため、気づいたときには関節内部に広範囲な炎症が広がっているケースもあり、早期発見が非常に重要です。
慢性化膿性関節炎
急性期に対応がなされなかったり、治療が遅れたりした結果、慢性化します。
慢性化すると、関節の痛みや機能障害が長期化し、関節周囲の組織にも影響が及びかねません。
原因菌が特定できない、あるいは抗菌薬が効きにくい菌が関与している場合もあり、長期的な治療が必要です。
化膿性関節炎の症状
化膿性関節炎の代表的な症状を理解しておくと、早期発見につながります。
痛みが軽度でも見過ごさず、関節周辺の変化に注意することが大切です。
症状 | 特徴 | 見られやすい病型 |
---|---|---|
関節痛 | 安静時でも強い痛みを感じやすい | 急性型、亜急性型 |
腫れ | 赤みと熱感を伴う | 急性型 |
発熱 | 38℃以上になるケースもある | 急性型、亜急性型 |
可動域低下 | 痛みにより動かしづらくなる | すべての病型 |
強い関節痛
化膿性関節炎で最も特徴的な症状が強い関節痛です。押すと痛むだけではなく、安静にしていても耐えがたい激痛に発展する場合があります。
立ち上がる動作や階段の昇降など、日常生活の動作でも激しい痛みを伴います。
腫れと熱感
関節部位が赤く腫れ、触れると熱感があるのは炎症の証拠です。
急性型では短期間で腫れが顕著になり、激痛で関節を動かせなくなるケースがよくあります。ただし、亜急性や慢性型では熱感がはっきりしない場合もあるため注意が必要です。
発熱と悪寒
細菌が関節に入り込むと、全身の免疫応答で発熱や悪寒が起こります。38℃を超える高熱になる場合もあり、倦怠感や疲労感を伴います。
関節可動域の低下
痛みと腫れのために関節を動かすのがつらくなり、可動域が狭まります。特に、急性期には激痛が走るため、動かす回数が減りがちです。
長期間動かさないでいると関節の固さ(拘縮)が増し、リハビリが長期化する可能性があります。
化膿性関節炎の原因
化膿性関節炎の原因としては、細菌や真菌など多様な病原体が挙げられますが、細菌が中心となります。
これらの微生物が血液を介したり、傷口から直接侵入したりして関節内で増殖すると、炎症が起こりやすくなります。
細菌感染
最も一般的な原因は細菌感染で、黄色ブドウ球菌が全体の50%以上を占めます。
小さな傷や虫刺されが侵入のきっかけとなる場合もあり、皮膚や粘膜に付着した菌が血流やリンパに乗って関節に到達します。
レンサ球菌、大腸菌、緑膿菌など原因菌の種類は複数あり、重症度にも影響します。
外傷や手術後の感染
骨折や関節への外傷があると、組織がダメージを受け、病原体が侵入しやすくなります。手術後も同様で、人工関節(インプラント)設置後に感染リスクが残ります。
手術創の管理や術後ケアが不十分だと、化膿性関節炎を発症する可能性が高まるため注意が必要です。
免疫力の低下
糖尿病、慢性腎臓病、がん治療などにより免疫力が低下すると、感染症のリスクが高まります。
免疫機能が低い状態では、通常なら排除できる少量の菌でも関節内で増殖しやすくなります。また、長期ステロイド療法など、免疫抑制剤の使用もリスクを高める要因です。
特殊な病原体
細菌以外にも、真菌や結核菌などが原因となる場合があります。
症状が緩やかに進行するため、診断が難しくなり、治療が遅れるリスクが高いため注意が必要です。特に、肺結核の既往がある人や免疫不全の人は、結核菌による関節炎が疑われる場合があります。
原因を突き止めることの重要性
化膿性関節炎の治療では、原因菌の特定が治療薬の選択や治療方針に直結します。
原因菌が不明なままだと、効果的な抗菌薬の投与が遅れ、病状が進行するリスクが高まるため、検査を並行して行い、速やかに原因を突き止めることが重要です。
また、感染経路の特定も重要で、一番多い血行性感染は咽頭炎・皮膚感染・肺炎・尿路感染など身体別部位の感染巣から菌が血流に乗り関節に播種されます。
また、隣接組織からの波及では、骨近傍の関節(股関節や肩関節など骨端が関節包内にある部位)で骨髄炎から関節腔へ膿が破棄して発症する場合があります。
小児の化膿性股関節炎では、大腿骨近位の骨髄炎から関節炎へ進展するケースが知られています。
- 高齢者(80歳以上)
- 基礎関節疾患(関節リウマチや変形性関節症など)
- 糖尿病や肝硬変などの慢性疾患
- 免疫不全(HIV/AIDS、ステロイド・生物学的製剤など免疫抑制療法中)
- 関節の外科手術歴(関節置換術後の人工関節は特にリスク高)
- 最近の関節内注射(ヒアルロン酸やステロイド注射後)
- 皮膚の感染や潰瘍(そこから菌が血行播種)
- 静脈注射薬物乱用者(非滅菌手段での注射により菌血症を起こしやすい)
- 慢性透析や臓器移植後などの状態
化膿性関節炎の検査・チェック方法
化膿性関節炎と疑われる場合、医師はさまざまな検査を組み合わせて診断を進めます。
痛みの程度だけではなく、原因菌を判定するための検査や画像診断が大切です。
問診と身体所見
問診では、痛みの発生時期、増悪条件、既往歴や外傷の有無などを確認します。身体所見では、関節の腫れ、熱感、皮膚の変色などを丹念にチェックします。
正確な診断のためには、関節の可動域や痛みの程度を詳しく伝えることが重要です。
関節液の採取と培養検査
関節液(滑液)を注射針で採取し、培養する検査は、化膿性関節炎を確定診断するうえで極めて重要です。
採取した液が濁っていたり、黄緑色だったりする場合、細菌感染が強く疑われます。培養により原因菌の種類が特定されると、抗菌薬を選ぶための決定的な指標となります。
項目 | 意味 | 参考となる点 |
---|---|---|
外観 | 色や濁り具合 | 化膿の程度の推測に有用 |
白血球数 | 炎症の程度を反映 | 高値(白血球数50000/μL以上)なら細菌感染の可能性大 |
グラム染色 | 細菌の有無や種類(陰性・陽性菌)を確認 | 菌種同定の手がかり |
培養検査 | 菌を培養して種類を特定 | 抗菌薬の選択に必要 |
画像診断
X線(レントゲン)、MRI、CTなどの画像診断は、関節内部や周辺組織の状態を把握するために行われます。
初期にはX線で大きな変化が出にくいものの、骨の破壊や関節周囲の膿瘍形成が確認できると、治療方針を決定する重要な手がかりになります。
血液検査
炎症マーカー(CRP)や白血球数、赤沈などを測定し、全身の炎症状態を把握します。これらの数値が高ければ、体内で感染症や炎症が進行している可能性が高いです。
ただし、数値だけでは化膿性関節炎と断定できないため、他の検査結果や身体所見と総合して判断します。
化膿性関節炎の治療方法と治療薬、リハビリテーション、治療期間
化膿性関節炎の治療は、原因菌に応じた抗菌薬の使用と、関節内の膿を排除する処置が中心です。
一般的には、痛みの軽減と関節機能の回復を目指して、これらにリハビリテーションを組み合わせて進めます。
治療法 | 目的 | 主なメリット |
---|---|---|
抗菌薬投与 | 菌の増殖を抑え、炎症を鎮める | 病因自体にアプローチできる |
関節内洗浄 | 関節内の膿や感染源を直接除去する | 感染巣の除去 |
ドレナージ | 汚染された関節液を排出し再蓄積を防ぐ | 感染巣の除去 |
抗菌薬(抗生物質)の使用
治療では、培養検査で特定された原因菌に合った抗菌薬を使用します。
急性期は、主に点滴で投与し、症状が安定してから内服薬に切り替えるのが一般的です。
投与期間は2週間から4週間が目安ですが、菌の種類や患者の状態によって延長される場合もあります。
関節内洗浄・ドレナージ
関節内に溜まった膿や汚染物質を排除するため、関節内の洗浄(ウォッシング)やドレナージ(排液)といった外科的処置を行います。
特殊な針や内視鏡を用いて膿を吸引し、生理食塩水などで洗い流すのが一般的です。
状況によっては、関節を外科的に切開し、広範囲を洗浄する場合もあります。この処置は診断後、できる限り早急に行うのが望ましいです。
リハビリテーション
感染が治まり症状が落ち着いたら、関節機能の回復を目指してリハビリテーションを始めます。
急に負荷をかけると痛みや炎症が再燃するおそれがあるため、理学療法士の指導のもとで段階的に進めるのが重要です。
可動域訓練や筋力強化運動などを行い、再発や拘縮(関節が固まること)の防止を目指します。
治療期間の目安
治療期間は個人差が大きいですが、感染を完全にコントロールし、関節機能を回復させるためには、焦らずに継続する必要があります。
- 急性期:2週間から4週間程度の集中的な治療
- 亜急性期:4週間から8週間程度、症状の進行度に応じて調整
- 慢性期:2カ月以上の長期治療を要する場合がある
薬の副作用や治療のデメリット
化膿性関節炎の治療には抗菌薬や外科的処置が不可欠ですが、副作用や治療に伴う負担も存在します。
デメリットを理解し、自身の身体の状態に合った治療を選択しましょう。
抗菌薬の副作用
抗菌薬を服用すると、下痢、発疹、かゆみなどの副作用が起こる場合があります。
特にペニシリン系の薬でアレルギー反応を起こす人がいるため、アレルギー歴を事前に医師へ伝えることが重要です。
また、長期使用によって腸内細菌のバランスが乱れ、別の感染症を引き起こすリスクもあります。
関節洗浄やドレナージのリスク
針や内視鏡を関節に挿入する洗浄・排液(ドレナージ)処置には、出血や神経損傷などの合併症リスクがわずかに存在します。
感染巣を確実に排除するために必要な処置ですが、処置前にリスクと効果を確認しておきましょう。
リハビリの痛みと長期化リスク
リハビリテーションでは、痛みを伴う運動を行うケースがあります。
無理をし過ぎると関節の炎症が再燃するおそれがあるため、適度なペースで続けるのが重要です。
慢性化している場合や関節の損傷が大きい場合は、リハビリ期間が長期化し、日常生活や精神的な負担が大きくなる危険性もあります。
治療費と通院の負担
治療が長期化すると、通院費、入院費、検査費などの費用負担が増大します。
また、定期的な通院や休養が必要な場合、仕事や育児との両立がストレスになりかねません。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
化膿性関節炎の治療には、検査費や薬剤費、手術費、入院費など、さまざまな費用がかかります。
保険制度をうまく活用しながら、経済的負担を抑える工夫が必要です。
健康保険の適用範囲
日本の公的医療保険(健康保険、国民健康保険など)に加入していれば、診察、検査、薬剤、リハビリテーションなどの費用は原則として保険が適用されます。
自己負担は原則3割ですが、年齢や所得によって負担割合が変わる場合があります。
項目 | 費用の目安(3割負担の場合) |
---|---|
外来診療のみ(軽症〜中等度) | 1回あたり数千円〜1万円前後(初診料、検査、薬剤費など含む) |
リハビリテーション | 1回あたり数百円〜数千円 |
入院治療(大部屋利用の場合) | 1日あたり数千円〜1万円 |
手術・関節洗浄 | 数万円~10万円以上 |
以上
参考文献
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