腎臓の機能が著しく低下した末期腎不全の治療法には、透析療法と腎移植があり、その中でも生体腎移植は、ご家族や親族の方などから提供された健康な腎臓を移植する治療法です。
この治療法を選択することは、腎臓を提供するドナーと、腎臓を受け取るレシピエントの双方にとって、人生の大きな決断となります。
手術そのものへの不安はもちろん、移植手術後の生活がどのように変わるのか、どのような点に注意が必要なのか、知りたいことは多いでしょう。
この記事では、生体腎移植という選択肢を考える方々のために、手術の準備段階から移植後の生活におけるドナーとレシピエントそれぞれの注意点まで、解説します。
生体腎移植とは?基本的な知識と流れ
生体腎移植への理解を深める第一歩として、まずはその基本的な事柄や、どのような方が対象となるのかを知ることが大切です。
末期腎不全の治療における生体腎移植の位置づけから、ドナーとレシピエントになるための条件まで、基本的な知識を整理して解説します。
末期腎不全の治療選択肢
腎臓の働きが正常の15%以下にまで低下した状態を末期腎不全と呼びます。
この状態になると、体内の老廃物や余分な水分を尿として排出できなくなり、生命を維持することが困難になるため、失われた腎臓の機能を代替する腎代替療法が必要です。
腎代替療法には、血液透析、腹膜透析、腎移植の3つの選択肢があり、腎移植は、他の方から提供された腎臓を移植することで、腎臓の働きそのものを取り戻すことを目指す治療法です。
腎移植には、亡くなった方から腎臓の提供を受ける献腎移植と、ご存命の方から提供を受ける生体腎移植の2種類があります。
生体腎移植の概要
生体腎移植は、親族(配偶者、6親等内の血族、3親等内の姻族)から、2つある腎臓のうちの1つの提供を受けて移植する医療です。日本では、献腎移植のドナーが非常に少ないため、行われる腎移植の多くが生体腎移植となっています。
生体腎移植の大きな利点は、予定を立てて手術を行えることで、レシピエントは体の状態が比較的良好なうちに移植手術を受けることができ、手術後の回復も順調に進む傾向があります。
また、ドナーとレシピエントの適合性を事前に詳しく調べられるため、移植した腎臓が長く機能することも期待できます。
ドナーになれる条件
ご自身の意思で腎臓の提供を希望することが大前提で、医学的な観点からドナーとして適しているかどうかを慎重に判断します。
ドナーになるためには、心身ともに健康であることが求められます。腎臓を一つ提供しても、その後の生活に支障がないことが重要だからです。
年齢については、多くの施設で20歳以上70歳以下を目安としていますが、健康状態によっては範囲外でもドナーになれる場合があります。
悪性腫瘍や重い感染症、コントロール不良の糖尿病や高血圧などがある場合は、ドナーになることができません。
ドナーの主な医学的条件
| 項目 | 条件 | 補足 |
|---|---|---|
| 全身状態 | 心身ともに健康であること | 腎臓提供後の生活に耐えられる健康状態が求められます。 |
| 腎機能 | 正常であること | 2つある腎臓の機能がともに良好であることが必要です。 |
| 感染症 | 活動性の感染症がないこと | B型肝炎、C型肝炎、HIVなどの有無を調べます。 |
レシピエントになれる条件
レシピエントは、腎移植手術に耐えられる全身状態であることが第一の条件です。
活動性の感染症や、最近治療した悪性腫瘍などがあると、免疫抑制剤の影響で病状が悪化する可能性があるため、すぐに移植手術を受けることは難しい場合があります。
また、心臓や肺などに重い病気がある場合も、手術のリスクが高まるため、慎重な判断が必要です。
移植を受けるにあたっては、ご本人が病状や治療について十分に理解し、移植後の自己管理を継続していく意思があることも、とても大事な要素になります。
レシピエントの主な医学的条件
| 項目 | 条件 | 補足 |
|---|---|---|
| 全身状態 | 移植手術に耐えられること | 心臓、肺、肝臓などに重篤な合併症がないことが望ましいです。 |
| 悪性腫瘍 | 治癒していること | がんの種類や治療後の期間によって判断します。 |
| 感染症 | 活動性の感染症がないこと | 術前に治療を完了させておく必要があります。 |
移植手術前の準備と検査について
生体腎移植を安全に行うためには、ドナーとレシピエント双方の綿密な準備と検査が欠かせません。ここでは、手術に向けてどのような検査が行われるのか、また、精神的な準備はどのように進めていくのかについて解説します。
ドナーの術前検査
ドナーの検査は、ドナー自身の安全を第一に考えて行います。
まず、血液型や白血球の型(HLA)を調べてレシピエントとの適合性を確認し、次に、腎臓の機能が正常であるか、また、腎臓を一つ提供しても問題ないかを詳しく評価します。
血液検査や尿検査に加え、心電図、呼吸機能検査、腹部CT検査などを行い、全身の健康状態をチェックしますが、検査は、ドナーの体に負担がかからないよう、通常は外来で数回に分けて進めることが重要です。
すべての検査を通して、医学的に腎臓提供が可能であると判断された場合に、手術の日程が決まります。
レシピエントの術前検査
レシピエントの検査は、安全に移植手術を受け、移植された腎臓が長く機能するために行い、ドナーと同様に血液型やHLAの適合性を確認するとともに、リンパ球クロスマッチ試験という重要な検査を実施します。
これは、レシピエントの血液中にドナーの細胞に対する抗体が存在しないかを調べるもので、検査が陽性だと、移植後に強い拒絶反応が起こる可能性が高いため、原則として移植は行えません。
また、心臓、肺、消化器などの全身状態を評価するための精密検査や、感染症の有無を調べる検査も必要です。
術前検査の主な項目
| 検査の種類 | ドナー | レシピエント |
|---|---|---|
| 適合性検査 | 血液型、HLA型 | 血液型、HLA型、クロスマッチ試験 |
| 全身状態の評価 | 血液・尿検査、心電図、レントゲン、CT | 血液・尿検査、心臓・肺機能検査、消化器検査 |
| 感染症検査 | B/C型肝炎、HIV、梅毒など | B/C型肝炎、HIV、サイトメガロウイルスなど |
自己血貯血と関連輸血
移植手術では、出血に備えることが重要です。多くの施設では、手術中の出血に備えて、ドナー、レシピエントともに自分自身の血液をあらかじめ採血して保存しておく自己血貯血を行います。
手術中に万が一輸血が必要になった場合、他人の血液(同種血)ではなく自分の血液を使うことで、輸血による副作用や感染症のリスクを減らすことが可能です。
また、レシピエントにとっては、同種血輸血によって新たな抗体が作られてしまうのを防ぎ、移植腎に対する拒絶反応のリスクを低減する目的もあります。貯血量は、それぞれの体重や健康状態を考慮して決定します。
精神的な準備とサポート
生体腎移植は、ドナーとレシピエント、そしてそのご家族にとって、精神的にも大きな出来事で、手術への不安、将来の健康への懸念、家族関係の変化など、様々なストレスを感じることがあります。
医学的な準備と並行して、精神的なサポート体制を整えることが非常に重要です。多くの病院では、医師や看護師のほかに、臨床心理士や医療ソーシャルワーカーがチームの一員として関わります。
- 手術や術後生活への不安
- ドナーとレシピエント間の関係性
- 医療費や仕事に関する心配事
- 家族の理解と協力
同じ経験をした患者さんの話を聞く機会を設けることも、不安の解消につながる場合があります。
ドナーの移植手術と術後の経過
腎臓を提供するドナーは、健康な体にメスを入れるという大きな決断をします。手術の安全性は非常に高まっていますが、どのような手術で、術後はどのように回復していくのか、イメージを持つことが不安の軽減につながります。
手術の方法(腹腔鏡下手術)
現在、ドナーの腎臓摘出手術は、ほとんどが腹腔鏡下手術で行われ、これは、お腹に数か所の小さな穴を開け、そこからカメラ(腹腔鏡)と手術器具を挿入して、モニターを見ながら腎臓を摘出する方法です。
従来の大きくお腹を開ける開腹手術に比べて、傷が小さく、術後の痛みが少ないのが大きな利点です。この低侵襲な手術により、ドナーの体への負担が大幅に軽減され、術後の回復が早まり、より早期の社会復帰が可能になりました。
手術の最後には、摘出した腎臓を取り出すために、下腹部を数センチほど切開します。
入院から退院までの期間
ドナーの入院は、通常、手術の前日からとなり、手術当日は、朝から食事はできず、点滴を開始して手術室へ向かい、手術時間は3時間から4時間程度です。手術後は、病室に戻り、翌日からはベッドから離れて歩く練習を始めます。
食事も水分から徐々に開始し、数日後には通常の食事に戻り、術後の経過が順調であれば、入院期間は1週間から10日程度が一般的です。退院の時期は、創部の状態や痛みの程度、全身の回復状況を見て総合的に判断します。
ドナーの標準的な入院スケジュール
| 時期 | 主な内容 | 食事 |
|---|---|---|
| 手術前日 | 入院、最終確認、麻酔科診察 | 通常食 |
| 手術当日 | 腎臓摘出手術 | 絶食 |
| 手術翌日 | 歩行開始 | 水分から開始 |
| 術後2-5日 | 点滴終了、シャワー浴 | 常食へ |
| 術後7-10日 | 抜糸(または抜鉤)、退院 | 常食 |
術後の痛みと回復
腹腔鏡下手術は痛みが少ないとはいえ、術後数日間は傷の痛みが続きます。痛みに対しては、痛み止めを点滴や内服、坐薬などで使用し、できるだけ快適に過ごせるように調整します。
痛みを我慢しすぎると、深呼吸や咳、体を動かすことがおっくうになり、肺炎などの合併症のリスクが高まるため、遠慮せずにスタッフに伝えることが大切です。
ほとんどの場合、痛みは日に日に和らいでいき、退院する頃には日常生活に支障がない程度まで回復します。退院後、1か月から2か月程度は、重いものを持ったり、激しい運動をしたりするのは避けることが必要です。
長期的な健康管理
腎臓を一つ提供した後も、残った腎臓が代償的に働きを補うため、多くの場合、腎機能は健康な人と変わらないレベルを維持します。
しかし、長期的に見ると、高血圧やタンパク尿が出やすくなる可能性が指摘されているため、退院後も定期的に医療機関を受診し、血圧測定や血液検査、尿検査を受けて、腎機能や全身の状態をチェックし続けることが重要です。
健康的な生活習慣、特に塩分を控えた食事や適度な運動を心がけることが、残った腎臓を大切に使い続けることにつながります。年に一度の健康診断は必ず受けましょう。
レシピエントの移植手術と術後の経過
レシピエントにとって、移植手術は新しい腎臓と共に新たな人生を歩み始めるための重要な一歩です。手術そのものはもちろん、術後に始まる免疫抑制療法や拒絶反応の管理など、これまでとは異なる医療との付き合いが始まります。
手術の流れと所要時間
レシピエントの手術は、ドナーから腎臓が摘出されるタイミングに合わせて始まります。
全身麻酔をかけた後、下腹部を15センチから20センチほど切開し、ドナーから提供された腎臓を骨盤内に移植し、このとき、もともと機能しなくなった自分の腎臓は、特に問題がなければ摘出せずに残しておきます。
提供された腎臓の動脈と静脈を、レシピエントの足へ向かう血管(腸骨動脈・静脈)につなぎ、尿管を膀胱につなぎ合わせます。血流が再開されると、新しい腎臓はすぐに尿を作り始めます。手術全体の所要時間は、通常3時間から5時間程度です。
術後の集中治療室での管理
手術直後は、血圧や脈拍、呼吸、尿の量などをきめ細かく管理するために、集中治療室(ICU)またはそれに準じた病室で過ごします。
術後は、複数の点滴やドレーン(体内に溜まった血液などを排出する管)、尿を出すためのカテーテルなどが体に繋がれています。移植された腎臓が順調に機能しているかを確認するため、頻繁に採血や超音波検査を行います。
状態が安定すれば、手術の翌日か翌々日には一般病棟へ移動し、リハビリテーションを開始します。早期にベッドから離れて体を動かすことが、合併症の予防と早期回復につながるのです。
拒絶反応とその対策
拒絶反応は、移植された腎臓を自分の体の一部ではない異物と認識して、体の免疫機能が攻撃してしまう現象です。移植医療において、拒絶反応をいかにコントロールするかが最も重要な課題となります。
拒絶反応には、移植後早期に起こる急性拒絶反応と、数か月から数年かけてゆっくりと進行する慢性拒絶反応があり、拒絶反応を防ぐために、移植直後から免疫抑制剤の服用を開始します。
免疫抑制剤は、体の免疫力を適度に抑えることで、移植腎への攻撃を防ぎます。定期的な検査で拒絶反応の兆候がないかを監視し、万が一拒絶反応が起きた場合は、薬の量を増やしたり、種類を変えたりする治療(拒絶反応治療)を行います。
免疫抑制剤の主な種類
| 分類 | 代表的な薬剤 | 主な役割 |
|---|---|---|
| カルシニューリン阻害薬 | タクロリムス、シクロスポリン | 免疫反応の司令塔を抑える中心的な薬剤 |
| 代謝拮抗薬 | ミコフェノール酸モフェチル | 免疫細胞の増殖を抑える |
| ステロイド | プレドニゾロン | 強力な抗炎症作用と免疫抑制作用を持つ |
入院期間と退院後の生活
レシピエントの入院期間は、術後の経過によって異なりますが、おおむね1か月から2か月程度が一般的です。
入院期間中に、患者さん自身が退院後の自己管理をできるよう、薬剤の管理方法、食事療法、感染予防策、日々の体調チェックの方法などについて、看護師や薬剤師、管理栄養士から詳しい指導を受けます。
退院後は、移植した腎臓の状態をチェックするために、頻繁な外来通院が必要です。最初は週に1〜2回、状態が安定するにつれて、2週間に1回、月に1回と通院の間隔は長くなっていきます。
移植後の生活でドナーが注意すべき点
腎臓提供という大きな役割を果たしたドナーは、退院後、元の日常生活へと戻っていきます。腎臓が一つになっても、ほとんどの場合は健康に生活できますが、長期的な視点で自身の体をいたわる意識を持つことが大切です。
定期的な検診の重要性
退院後も、ドナーは定期的に検診を受ける必要があり、これは、残った一つの腎臓の機能が正常に保たれているか、また、高血圧やタンパク尿といった、将来的に腎機能に影響を与えうる変化が起きていないかを確認するためです。
通常、術後1年までは数か月ごと、その後は年に1回のペースで検診を行い、検診では、血圧測定、血液検査、尿検査が中心となります。
ドナーの定期検診で確認する主な項目
- 血圧
- 尿中のタンパクや潜血の有無
- 血液中のクレアチニン値(腎機能の指標)
- 体重や腹囲の測定
食事と水分摂取のポイント
腎臓が一つになっても、特別な食事制限は基本的に必要ありません。健康を維持するための一般的な食事、つまり、バランスの取れた食事を心がけることが最も重要です。
塩分の過剰摂取は血圧を上昇させ、腎臓に負担をかける原因となるため、薄味を基本としましょう。また、肥満も腎臓への負担を増やすため、食べ過ぎに注意し、適正体重を維持することが大切です。
水分は、我慢せずに喉が渇いたときに飲む程度で十分です。市販の鎮痛薬やサプリメントの中には、腎機能に影響を与えるものがあるため、使用する前には医師や薬剤師に相談する習慣をつけましょう。
運動や日常生活での配慮
退院後、体力が回復すれば、運動を再開することができ、ウォーキングや水泳などの有酸素運動は、健康維持に役立つため推奨されます。
ただし、お腹に強い衝撃が加わるような激しいスポーツ(ラグビー、柔道、空手など)は、残った腎臓を傷つけるリスクがあるため、避けてください。日常生活では、過労を避け、十分な睡眠をとることが大切です。
妊娠・出産に関する情報
女性ドナーの場合、腎臓提供後の妊娠や出産について不安に思うかもしれませんが、腎臓を一つ提供した後でも、腎機能が正常に保たれていれば、妊娠・出産は可能です。
ただし、腎臓が一つであるため、妊娠中は腎臓への負担が通常よりも大きくなる可能性があります。
妊娠高血圧症候群などのリスクもわずかに高まることが報告されているため、妊娠を希望する場合は、必ず移植を担当した医師や産婦人科医に相談し、計画的に妊娠・出産に臨むことが重要です。
移植後の生活でレシピエントが注意すべき点
レシピエントは、移植によって透析療法から解放され、生活の質(QOL)が大きく向上しますが、提供された大切な腎臓を長く機能させるためには、生涯にわたる自己管理が欠かせません。
免疫抑制剤の服用と管理
レシピエントにとって、免疫抑制剤を毎日決められた時間に正しく飲み続けることは、最も重要な自己管理で、免疫抑制剤は、移植腎に対する拒絶反応を抑えるための生命線です。
飲み忘れたり、自己判断で量を減らしたり、中止したりすると、急性拒絶反応が起こり、最悪の場合、移植した腎臓を失うことにもなりかねません。
薬の飲み忘れを防ぐために、お薬カレンダーやピルケース、スマートフォンのアラーム機能などを活用すると良いでしょう。
また、他の医療機関を受診する際や、市販薬を購入する際には、必ず腎移植後で免疫抑制剤を服用していることを伝え、飲み合わせに問題がないかを確認する必要があります。
感染症予防の徹底
免疫抑制剤は拒絶反応を抑える一方で、体全体の免疫力も低下させるため、様々な感染症にかかりやすくなります。
健康な人では問題にならないような弱い細菌やウイルスでも、重篤な感染症を起こすことがあるため、日常生活において感染予防を徹底することが非常に大切です。
- 外出後の手洗い、うがいの励行
- 人混みを避ける
- 生もの(刺身、生卵など)の摂取を避ける
- ペットとの過度な接触を控える
- 定期的な予防接種の検討(生ワクチンは接種できません)
発熱や咳、下痢などの症状が見られた場合は、自己判断で様子を見ずに、速やかに移植施設の担当医に連絡してください。
日常生活における感染症予防策
| 場面 | 具体的な対策 | 注意点 |
|---|---|---|
| 外出時 | マスクの着用、人混みを避ける | 特に冬場や流行性の疾患が報告されている時期は注意が必要です。 |
| 食事 | 十分に加熱されたものを食べる | 生野菜はよく洗い、果物は皮をむいて食べるのが望ましいです。 |
| 住環境 | こまめな掃除と換気 | エアコンのフィルターや加湿器を清潔に保ちましょう。 |
食事制限と栄養管理
移植後、腎機能が安定すれば、透析時代のような厳しい食事制限(カリウム、リン、水分など)は大幅に緩和され、基本的には、健康な人と同じようにバランスの取れた食事を摂ることが目標となります。
ただし、免疫抑制剤の副作用(高血圧、高血糖、脂質異常症など)を考慮した食事管理が必要で、塩分や糖分、脂肪分を控えめにし、肥満を防ぐことが大切です。
また、グレープフルーツなどの一部の柑橘類は、免疫抑制剤の血中濃度に影響を与えるため、摂取を避ける必要があります。
社会復帰と日常生活
移植後の体調が安定すれば、多くの患者さんが学業や仕事に復帰しています。
社会復帰の時期は、個人の回復状況や仕事の内容によって異なりますが、デスクワークなどの軽作業であれば術後3か月から半年、肉体労働であればそれ以上の期間を目安です。
車の運転は、退院後、体力が十分に回復し、集中力が戻ってから再開しましょう。海外旅行なども可能になりますが、渡航前には必ず主治医に相談し、旅行中の薬剤管理や感染対策について指導を受けてください。
生体腎移植に関する費用と公的支援
生体腎移植を受けるにあたり、医療費がどのくらいかかるのかは、多くの方が心配される点です。幸い、日本の医療保険制度には、高額な医療費による家計の負担を軽減するための様々な公的支援制度が整備されています。
手術と入院にかかる費用の目安
生体腎移植に関連する医療費は、ドナーとレシピエントの術前検査から手術、入院、術後管理まで含めると非常に高額になるものの、費用はすべて公的医療保険の適用対象です。
患者さんが実際に窓口で支払う自己負担額は、年齢や所得に応じて医療費全体の1割から3割となります。それでも自己負担額は高額になりますが、次に説明する医療費助成制度を利用することで、最終的な負担額をさらに軽減することが可能です。
利用できる医療費助成制度
レシピエントが利用できる主な制度として、特定疾病療養受療制度、更生医療、重度心身障害者医療費助成制度などがあり、制度を利用すると、医療費の自己負担額に上限が設けられたり、助成が受けられたりします。
どの制度の対象となるかは、お住まいの自治体や患者さんの身体障害者手帳の等級などによって異なります。
申請には時間がかかる場合もあるため、移植が決まった段階で、病院の医療ソーシャルワーカーや市区町村の担当窓口に相談し、早めに手続きを進めることが大切です。
レシピエントが利用可能な主な公的支援制度
| 制度名 | 対象 | 内容 |
|---|---|---|
| 更生医療(自立支援医療) | 身体障害者手帳(腎機能障害)を持つ18歳以上の方 | 腎移植に関する医療費の自己負担額が原則1割に軽減されます。 |
| 特定疾病療養受療制度 | 人工透析を必要とする慢性腎不全の方 | 自己負担限度額が原則月1万円(上位所得者は2万円)になります。 |
| 重度心身障害者医療費助成 | 重度の心身障害を持つ方(自治体により基準が異なる) | 保険診療の自己負担分が助成されます。 |
ドナーへの経済的配慮
ドナーは善意で腎臓を提供するため、ドナーにかかる検査や手術、入院などの医療費は、自己負担が生じないようにレシピエントの医療保険でまかなわれ、ドナーが医療費を支払うことはありません。
ただし、入院に伴う休業中の収入減少や、通院のための交通費などについては、公的保険の対象外となります。
ドナーとレシピエント、そしてご家族の間で、これらの経済的な負担について事前に話し合い、お互いに納得のいく形を見つけておくことが、良好な関係を維持するために重要です。
生体腎移植に関するよくある質問
最後に、患者さんやご家族から特によく寄せられる質問と回答をまとめました。
- 移植した腎臓はどのくらいもちますか?
-
移植した腎臓が機能し続ける期間(生着期間)は、年々向上していて、生体腎移植の場合、移植後5年で約95%、10年で約85%の腎臓が機能しているとされています。
生着期間はレシピエントの年齢や合併症の有無、拒絶反応の程度、そして何より移植後の自己管理の状況によって大きく異なります。
免疫抑制剤を正しく服用し、感染症対策や生活習慣の管理を徹底することが、移植腎を一日でも長く大切に使うための鍵です。
- ドナーは腎臓が一つになっても大丈夫ですか?
-
健康な人の腎臓には十分な予備能力があり、腎臓が一つになっても、残った腎臓がその働きを補うように大きくなり(代償性肥大)、機能も向上し、日常生活を送る上で必要な腎機能は十分に維持されます。
ただし、将来的な腎機能低下のリスクを最小限にするため、退院後も年に一度の定期検診を受け、塩分控えめの食事や適正体重の維持など、健康的な生活を心がけることが大切です。
- 移植後、食事で気をつけることは何ですか?
-
レシピエントの場合、腎機能が安定すれば透析中と比べて食事制限は大幅に緩和され、基本は、塩分・糖分・脂肪分を控えめにしたバランスの良い食事です。特に塩分は血圧に影響するため、1日6g未満を目標にしましょう。
また、免疫抑制剤の影響で血糖値が上がりやすくなることがあるため、甘いものや炭水化物の摂りすぎには注意が必要です。感染症予防の観点から、刺身や生肉、生卵などの加熱していない食品は避けてください。
グレープフルーツなど、薬の作用に影響する食品もあるため、詳細は医師や管理栄養士に確認しましょう。
ドナーの場合は、基本的に食事制限はありませんが、残った腎臓を守るために塩分控えめの健康的な食生活を続けることが推奨されます。
- 拒絶反応は必ず起こるのですか?
-
必ず起こるわけではありませんが、移植された腎臓はもともと他人のものであるため、拒絶反応が起こる可能性は常にあります。
リスクを最小限にするために、術前からドナーとレシピエントの適合性を詳しく調べ、術後は免疫抑制剤を服用します。現在の免疫抑制療法は非常に進歩しており、多くの場合、拒絶反応は十分にコントロール可能です。
万が一、急性拒絶反応が起きたとしても、早期に発見して適切な治療を行えば、多くは改善します。
拒絶反応の兆候(尿量の減少、むくみ、発熱、体重増加など)を見逃さないよう、日々の体調管理と定期的な通院がとても重要です。
以上
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