透析療法は、腎臓の働きを代替する重要な治療ですが、それと同時に日々の食事管理が治療効果や体調を維持する上で、極めて大きな役割を担います。
特にタンパク質の摂取量は厳密な調整が必要です。タンパク質は体を作る上で大切な栄養素ですが、透析患者さんの体にとっては、過剰摂取が尿毒症症状の悪化や合併症のリスクにつながるためです。
この記事では、透析を受けながら健やかな毎日を送るために、食事療法の基本となるタンパク質制限と、エネルギー、塩分、水分、カリウム、リンといった栄養素の管理方法について、具体的なポイントを詳しく解説します。
透析療法と食事管理の基本的な関係
透析療法を始めるにあたり、食事療法は治療の土台となる重要な要素です。腎臓の機能が低下すると、体内の老廃物や余分な水分を十分に排出できなくなります。
食事療法は、この腎臓への負担を軽減し、透析による体の変化に対応しながら、良好な栄養状態を保つことを目的とします。
なぜ食事療法が重要なのか
透析治療を開始すると、それまでの腎臓病の食事療法から内容が一部変更になります。特にタンパク質の考え方が変わるため、戸惑う方も少なくありません。
適切な食事管理を行わないと、体内に老廃物が溜まりすぎて尿毒症の症状が出たり、水分やミネラルのバランスが崩れて心臓に負担がかかったりします。逆に、制限を意識しすぎるあまり栄養不足に陥ることもあります。
治療効果を最大限に高め、合併症を防ぐために、正しい知識に基づいた食事管理が大切です。
食事療法の主な目的
透析患者さんの食事療法には、いくつかの大切な目的があります。第一に、尿毒症の原因となる老廃物の生成を抑え、体調を良好に保つことです。
第二に、体内の水分や電解質(ナトリウム、カリウムなど)のバランスを適切に維持し、むくみや高血圧、心不全などを防ぎます。第三に、骨がもろくなるなどの合併症を予防することです。
そして最後に、これらを守りながらも、体力を維持するために必要なエネルギーをしっかり確保することが重要な目的となります。
食事療法の基本目標
- 適正なタンパク質量の摂取
- 十分なエネルギーの確保
- 水分と塩分の制限
- カリウムとリンの制限
医師や管理栄養士との連携
食事療法は、患者さん一人ひとりの年齢、性別、体格、活動量、合併症の有無、そして血液検査のデータに基づいて計画します。自己判断で食事内容を決めると、栄養の過不足が生じる可能性があります。
そのため、主治医や管理栄養士と密に連携し、定期的に栄養指導を受けることが重要です。専門家からのアドバイスをもとに、ご自身の生活スタイルに合わせた、継続可能な食事計画を一緒に立てていきましょう。
透析患者のタンパク質制限と摂取の考え方
タンパク質は筋肉や血液など、私たちの体を作る基本の栄養素です。しかし、腎機能が低下している場合、タンパク質が代謝された後にできる老廃物(尿素窒素など)が体内に蓄積しやすくなります。
この章では、透析患者さんにとってのタンパク質の適切な管理方法について解説します。
タンパク質摂取量の目安
透析患者さんのタンパク質摂取量の目安は、一般的に標準体重1kgあたり1.0g~1.2g程度です。
これは、透析によってアミノ酸やペプチドなどのタンパク質の一部が体外へ失われるため、保存期腎不全(透析導入前)の厳しいタンパク質制限(0.6g~0.8g/kg)よりは多くなります。
ただし、この量は個人の状態によって調整が必要なため、必ず主治医や管理栄養士の指示に従ってください。
標準体重の計算方法
食事管理の基準となる標準体重(ドライウェイトではありません)は、以下の式で計算できます。身長はメートル(m)で計算します。
計算式: 身長(m) × 身長(m) × 22
例えば、身長160cmの方であれば、1.6 × 1.6 × 22 = 56.3kgが標準体重の目安となります。この場合、1日のタンパク質摂取量は約56g~68gが目標となります。
良質なタンパク質の選び方
タンパク質を摂取する際は、「量」だけでなく「質」も重要です。良質なタンパク質とは、体内で効率よく利用される必須アミノ酸をバランス良く含む食品のことです。肉、魚、卵、大豆製品、乳製品などがこれにあたります。
同じタンパク質量を摂るなら、できるだけ良質なタンパク質を含む食品から摂るように心がけましょう。
主な食品に含まれるタンパク質量
食品名 | 一般的な量 | タンパク質量(約) |
---|---|---|
鶏むね肉 | 100g | 23g |
鮭(切り身) | 80g | 18g |
卵(Mサイズ) | 1個 (50g) | 6g |
木綿豆腐 | 1/4丁 (75g) | 5g |
食事におけるタンパク質調整の工夫
指示されたタンパク質量を守るためには、日々の食事での工夫が必要です。まず、食品に含まれるタンパク質量を把握することが第一歩です。食品成分表や栄養成分表示を活用しましょう。
ごはんやパン、麺類などの主食にもタンパク質は含まれています。タンパク質の量を調整した治療用の特殊食品(低たんぱくごはん等)を上手に利用すると、主菜(おかず)でしっかりタンパク質を摂ることができ、食事の満足度が高まります。
十分なエネルギー確保の重要性
タンパク質を制限すると、食事全体のエネルギー量も不足しがちになります。エネルギーが不足すると、体は不足分を補うために自身の筋肉(タンパク質)を分解してエネルギー源として使ってしまいます。
その結果、筋肉量が減って体力が落ちるだけでなく、体のタンパク質が分解されることで老廃物が増え、腎臓への負担を増やすという悪循環に陥ります。
なぜエネルギー確保が必要か
十分なエネルギーを確保することは、体重減少や体力低下を防ぎ、良好な栄養状態を維持するために極めて重要です。また、摂取したタンパク質を効率よく体の構成成分として利用するためにも、エネルギーは欠かせません。
エネルギーが満たされていれば、タンパク質はエネルギー源として使われずに、本来の役割を果たすことができます。
エネルギー摂取量の目安
必要なエネルギー量は、年齢や性別、活動量によって異なりますが、一般的には標準体重1kgあたり30~35kcalが目安とされます。例えば、標準体重が60kgの方であれば、1日に1800~2100kcalのエネルギーが必要です。
これも個人差が大きいため、管理栄養士と相談して目標量を設定しましょう。
エネルギーを効率よく摂取する方法
エネルギーを確保するためには、タンパク質やミネラルの含有量が少ない糖質(炭水化物)や脂質を上手に活用することがポイントです。
調理に油(植物油など)を使ったり、間食にエネルギー補給用のお菓子を利用したりするのも一つの方法です。
エネルギーアップの工夫
工夫の種類 | 具体例 | ポイント |
---|---|---|
油を使う | 炒め物、揚げ物、ドレッシング | 少量でエネルギーを補給できる |
砂糖やでんぷん製品を使う | くず湯、片栗粉でとろみ付け | タンパク質を含まずエネルギーを補給 |
間食を取り入れる | エネルギー補給用のゼリーや飴 | 食事で補いきれない分を補う |
塩分と水分の管理
透析患者さんにとって、塩分と水分の管理は心臓や血管への負担を減らし、血圧をコントロールするために非常に重要です。
体内に水分が溜まりすぎると、高血圧、心不全、肺水腫(肺に水がたまる状態)などを引き起こす危険性があります。
塩分制限の基本
塩分(ナトリウム)を摂りすぎると、喉が渇きやすくなり、水分を多く摂ってしまいます。その結果、体液量が増加し、血圧が上昇したり、むくみが生じたりします。1日の塩分摂取量の目標は、一般的に6g未満とされています。
厳しい制限ですが、薄味に慣れるための工夫が大切です。
減塩調理のコツ
- 香辛料(こしょう、カレー粉、唐辛子)を利かせる
- 酸味(酢、レモン汁)を活用する
- 香味野菜(しそ、みょうが、ねぎ、しょうが)で風味を足す
- 出汁のうま味をしっかり効かせる
- 加工食品やインスタント食品を避ける
水分制限の考え方
水分制限の目標量は、尿量や体重増加量によって個人差があります。一般的には、1日の尿量に500~700ml程度を加えた量が目安です。
透析と透析の間の体重増加(中1日であればドライウェイトの3%以内、中2日であれば5%以内)が目標範囲内に収まるように水分量を調整します。
水分は飲み水だけでなく、食事に含まれる水分(汁物、おかゆ、果物など)もすべて含めて考えます。
水分を多く含む食品の例
食品分類 | 具体的な食品例 | 注意点 |
---|---|---|
汁物 | みそ汁、スープ、ラーメンの汁 | 具沢山にし、汁は飲まないようにする |
主食 | おかゆ、雑炊 | 普通のご飯よりも水分量が多い |
果物・野菜 | すいか、きゅうり、トマト | 夏場の果物や野菜は特に水分が多い |
体重管理の重要性
毎日の体重測定は、水分管理が適切に行われているかを知るための重要なバロメーターです。決まった時間に測定し、記録する習慣をつけましょう。
透析間の体重増加が目標を超えてしまう日が続く場合は、塩分や水分の摂り方を見直す必要があります。管理栄養士や看護師に相談し、原因を一緒に考えましょう。
カリウムの制限について
カリウムは、筋肉や神経の働きに関わる重要なミネラルですが、腎機能が低下すると体外に排泄されにくくなり、血液中のカリウム濃度が高くなりすぎることがあります。
これを高カリウム血症といい、不整脈や心停止を引き起こすこともある危険な状態です。
カリウムを多く含む食品
カリウムは、多くの食品、特に生の野菜や果物、いも類、豆類、海藻類に豊富に含まれています。これらの食品を食べる際には、量や調理法に注意が必要です。
1日の摂取目標量は、多くの場合2000mg以下、重症な場合は1500mg以下に制限します。
カリウム含有量の多い食品群
食品カテゴリー | 高カリウム食品の例 | 1食あたりの目安量 |
---|---|---|
果物 | バナナ、メロン、キウイフルーツ | バナナなら1/2本程度 |
野菜 | ほうれん草、かぼちゃ、トマト | 生野菜より温野菜で少量 |
いも類 | さつまいも、じゃがいも、里芋 | 小鉢に1杯程度 |
カリウムを減らす調理の工夫
カリウムは水に溶けやすい性質を持っています。この性質を利用して、調理の際にひと手間加えることで、食品に含まれるカリウムの量を減らすことができます。
特に野菜やいも類を食べる際には、下茹でや水さらしを行うことが効果的です。
調理によるカリウム除去法
調理法 | 方法 | カリウム減少率の目安 |
---|---|---|
水さらし | 食材を細かく切り、たっぷりの水にさらす | 10~20% |
茹でこぼし | 細かく切ってから茹で、茹で汁は捨てる | 30~50% |
ただし、茹でこぼしをしてもカリウムがゼロになるわけではありません。量を食べ過ぎないように注意することが基本です。また、野菜ジュースやフルーツジュースは、カリウムが濃縮されているため避けるようにしましょう。
外食時のカリウム対策
外食では、付け合わせの生野菜やポテトサラダ、味噌汁の具などに注意が必要です。丼物や麺類は、単品で済ませることが多く、野菜が不足しがちですが、カリウム制限の観点からは管理しやすい場合もあります。
定食を選ぶ際は、小鉢の煮物などを残す、生野菜の量を減らすといった工夫をしましょう。
リンの制限について
リンもカリウム同様、腎機能が低下すると体内に蓄積しやすいミネラルです。血液中のリン濃度が高い状態が続くと、骨がもろくなったり、血管の石灰化が進んで動脈硬化を引き起こし、心筋梗塞や脳梗塞のリスクを高めたりします。
これを防ぐために、リンの摂取を管理することが重要です。
リンを多く含む食品
リンは、タンパク質を多く含む食品(肉、魚、卵、乳製品、大豆製品)に豊富に含まれています。また、加工食品やインスタント食品には、食品添加物として「無機リン」が多く含まれていることがあり、特に注意が必要です。
無機リンは、有機リン(たんぱく質に含まれるリン)に比べて腸管からの吸収率が非常に高いため、少量でも血中のリン濃度を急激に上昇させます。
リンの種類と吸収率の違い
リンの種類 | 含まれる食品 | 吸収率の目安 |
---|---|---|
有機リン(動物性) | 肉、魚、卵、乳製品 | 約40~60% |
有機リン(植物性) | 大豆製品、玄米 | 約20~30% |
無機リン(食品添加物) | 加工食品、清涼飲料水 | 約90~100% |
リンの摂取を抑えるポイント
タンパク質の摂取が必要な透析患者さんにとって、タンパク質食品に含まれる有機リンを完全に避けることはできません。大切なのは、リンの含有量が多い加工食品を避けることです。
食品の原材料表示を確認し、「リン酸塩」や「pH調整剤」などの表示があるものは、無機リンが含まれている可能性が高いので、できるだけ避けましょう。
注意したい加工食品の例
- ハム、ソーセージ、ベーコン
- 練り製品(かまぼこ、ちくわ)
- インスタント麺、冷凍食品
- チーズ、コーラなどの清涼飲料水
リン吸着薬の役割と服薬
食事療法だけではリンのコントロールが難しい場合には、リン吸着薬が処方されます。この薬は、食事に含まれるリンが腸で吸収されるのを防ぎ、便と一緒に排泄させる働きがあります。
効果を発揮させるためには、食事の直前や食事中に服用することが重要です。飲み忘れると効果が得られないため、処方された場合は医師の指示通りに必ず服用しましょう。
よくある質問(Q&A)
ここでは、透析患者さんの食事療法に関して、日々の生活の中でよく寄せられる質問とその回答をまとめました。
- 外食や中食(お惣菜など)はどのように選べばよいですか
-
外食や中食は、塩分やリンが多くなりがちですが、選び方を工夫すれば上手に活用できます。定食を選ぶ際は、汁物を残したり、小鉢の味の濃いものを避けたりしましょう。
丼ものや麺類は、汁を飲まないようにするだけで大幅な減塩になります。お惣菜を買う際は、栄養成分表示を確認する習慣をつけることが大切です。何を選べばよいか迷ったときは、管理栄養士に相談してみましょう。
外食メニュー選びのポイント
メニュー例 注意点 工夫 ラーメン スープに塩分・水分・リンが多い スープは飲まずに残す 刺身定食 醤油の使いすぎに注意 醤油は小皿にとり、少しだけつける ハンバーグ ソースや付け合わせのポテトに注意 ソースは少なめに、ポテトは残す - 間食をしたいのですが、何を選べばよいですか
-
エネルギーを補うための間食は大切ですが、選び方には注意が必要です。和菓子(ようかん、まんじゅう等)はカリウムやリンが比較的少ないですが、洋菓子(ケーキ、クッキー等)は乳製品や卵を多く使うためリンが高めです。
スナック菓子は塩分が高いものが多いため避けましょう。エネルギー補給を目的とした栄養補助食品(ゼリーやドリンク)を利用するのも良い方法です。
- サプリメントや健康食品を摂っても大丈夫ですか
-
自己判断でサプリメントや健康食品を利用することは避けてください。特定のミネラル(カリウムなど)やビタミンが過剰に含まれている場合があり、健康を害する可能性があります。
特に、カリウムを豊富に含む青汁や、リンの多いプロテインなどは注意が必要です。もし利用したい製品がある場合は、必ず主治医や管理栄養士、薬剤師に成分を確認してもらい、相談の上で判断してください。
- 食事記録(食事日誌)はつけたほうが良いですか
-
食事記録をつけることは、ご自身の食生活を客観的に把握し、改善点を見つける上で非常に有効です。毎日でなくても、数日間記録するだけで、塩分やタンパク質を摂りすぎていないか、エネルギーは足りているかなどの傾向が見えてきます。
管理栄養士に栄養指導を受ける際にも、具体的なアドバイスをもらいやすくなります。スマートフォンのアプリなどを活用するのも便利です。
以上
透析センター(人工透析) | 大垣中央病院(医療法人社団豊正会 )
参考文献
KOPPLE, Joel D., et al. Effect of dietary protein restriction on nutritional status in the Modification of Diet in Renal Disease Study. Kidney international, 1997, 52.3: 778-791.
HANSEN, Henrik P., et al. Effect of dietary protein restriction on prognosis in patients with diabetic nephropathy. Kidney international, 2002, 62.1: 220-228.
MANDAYAM, Sreedhar; MITCH, William E. Dietary protein restriction benefits patients with chronic kidney disease. Nephrology, 2006, 11.1: 53-57.
KALANTAR‐ZADEH, Kamyar, et al. Dietary restrictions in dialysis patients: is there anything left to eat?. In: Seminars in dialysis. 2015. p. 159-168.
PEDRINI, Michael T., et al. The effect of dietary protein restriction on the progression of diabetic and nondiabetic renal diseases: a meta-analysis. Annals of internal medicine, 1996, 124.7: 627-632.
KLAHR, Saulo, et al. The effects of dietary protein restriction and blood-pressure control on the progression of chronic renal disease. New England Journal of Medicine, 1994, 330.13: 877-884.
MARTIN, William F.; ARMSTRONG, Lawrence E.; RODRIGUEZ, Nancy R. Dietary protein intake and renal function. Nutrition & metabolism, 2005, 2: 1-9.
KASISKE, Bertram L., et al. A meta-analysis of the effects of dietary protein restriction on the rate of decline in renal function. American Journal of Kidney Diseases, 1998, 31.6: 954-961.
JIANG, Shimin; FANG, Jinying; LI, Wenge. Protein restriction for diabetic kidney disease. Cochrane Database of Systematic Reviews, 2023, 1.
LOCATELLI, Francesco, et al. Nutritional status in dialysis patients: a European consensus. Nephrology Dialysis Transplantation, 2002, 17.4: 563-572.