脂肪腫

脂肪腫（Lipoma）とは、皮下組織などに発生する良性の脂肪組織のかたまりです。

やわらかく、痛みが少ないケースが多いため、初期には病院を受診せず放置する方もいます。

しかし、部位や大きさによっては痛みや神経圧迫などの症状を引き起こし、日常生活に支障を来す場合もあるため、正しい知識が重要です。

脂肪腫の病型

脂肪腫には多彩な亜型（サブタイプ）がありますが、最も多いのは単純脂肪腫であり、その他の亜型は比較的まれです​。

診断や治療方針は多くの場合共通しますが、筋内脂肪腫のように再発しやすいものや、血管脂肪腫のように疼痛を伴うものでは対応が異なるときがあります。

単純脂肪腫（通常型脂肪腫）

最も一般的なタイプで、成熟脂肪細胞からなる軟らかい可動性良性腫瘍です​。体のどの部分にも生じ得ますが、肩や背中、首など上半身に好発します。

血管脂肪腫（angiolipoma）

脂肪組織に血管成分が豊富に含まれる亜型で、若年成人に複数発生するケースもあります。通常の脂肪腫は無痛性ですが、血管脂肪腫は圧痛や自発痛を伴う例が多いのが特徴です​。

筋内脂肪腫（intramuscular lipoma）

骨格筋の中に発生する脂肪腫で、筋線維内に浸潤する「浸潤性」と、筋内で境界明瞭な「境界明瞭型」に分類されます。

筋内脂肪腫の約8割は筋線維が腫瘍内に取り込まれる浸潤性タイプであり、再発率が高い傾向があります。四肢や体幹の大筋群に好発し、一部の人では非常に大きくなります。

紡錘細胞型脂肪腫・多形脂肪腫

顕微鏡下で紡錘形の間質細胞や多形な細胞を含む稀な亜型で、中高年の男性の肩甲帯や後頚部に好発します​。見た目は通常の脂肪腫と区別が難しいですが、病理組織で特徴的所見を示します。良性で転移はしません。

褐色脂肪腫（hibernoma）

褐色脂肪組織由来の脂肪腫で、通常の白色脂肪由来の脂肪腫と異なる稀な亜型です。若年者に発生するケースが多く、代謝的に活発な褐色脂肪が主体です​。

脂肪芽細胞腫（lipoblastoma）

主に小児（特に3歳以下）に生じる脂肪組織の良性腫瘍です。未熟な脂肪芽細胞からなり、生後早期に急速に増大する場合がありますが、生検で診断後に外科的に切除すれば良好です（成人の脂肪腫とは別の病型）。

その他の関連疾患

脂肪腫が体中に多数発生する多発性脂肪腫症や、対称的に多数の脂肪腫ができる多発性対称性脂肪腫症（Madelung病）、痛みを伴う脂肪腫が多発する痛性脂肪腫症（Dercum病）などが知られています​。

これらは脂肪腫の特殊な病態で、遺伝素因や代謝異常との関連が指摘されています。

脂肪腫の症状

脂肪腫は良性の腫瘍であるため、初期段階では症状がほとんどない人が多いです。

ただし、部位や大きさによっては明確な違和感や日常生活への支障が出ます。

痛みや圧迫感

皮下にある脂肪腫の大半は痛みをほとんど伴いませんが、筋肉内や神経の近く、血管の近くに発生した際には、動作や姿勢によって痛みが生じる場合があります。

さらに、大きく成長すると圧迫感を覚える人もいます。

やわらかな触感

触るとやわらかい膨らみを感じます。輪郭がはっきりしていて、表面の皮膚を動かしてみると、腫瘤との間にずれが生じるケースが多いです。

これによって皮膚の表面自体と腫瘤の間に区別がつきやすいという特徴があります。

大きさの変化

一般的にはゆっくりと成長する傾向があり、大きくなってくると見た目にわかるほどの盛り上がりを感じる人がいます。

成長速度が極端に早い、周囲組織との癒着がみられるなどの場合は、医療機関での精密検査が重要です。

また、顔面や首など外見上目立つ部位に脂肪腫が出来たときは、美容状の問題が生じることもあります。

日常動作への影響

腕や脚などに発生した脂肪腫が大きくなると、衣服の着脱や日常動作で引っかかりを感じやすいです。

運動時に動きにくさが出る人もいて、部位やサイズによって生活に多少の不便を及ぼす可能性があります。

症状の主な特徴

症状	特徴
痛み	位置や神経圧迫の有無によって強度が変わる
圧迫感	サイズが大きくなると強く感じる
触診でのしこり	やわらかく弾力がある
大きさの変化	多くはゆるやかに成長するが、急速に成長する例もある

脂肪腫の症状は良性ゆえにあまり目立たないケースがあります。

ただ、痛みや大きさの変化、神経症状などがあれば病院での早めの検査が重要です。

痛みや違和感が出たときには、無理に圧迫したりマッサージしたりするより、医師に相談したほうが安心です。

脂肪腫の原因

脂肪腫の発生要因はまだ明確に解明されていない部分が多く、散発的（特発性）に発生するケースがほとんどです。

しかし、遺伝的要因や生活習慣などが脂肪腫形成に関与する可能性が示唆されています。

遺伝的要因

脂肪腫の60～80%に染色体や遺伝子の異常がみられるとの報告があり、遺伝的素因が関与すると考えられます​。例えば12番染色体のHMGA2遺伝子の再配置が一部の脂肪腫でみられることが知られています​。

家族性に多数の脂肪腫が発生する家族性多発性脂肪腫症もあり、常染色体優性遺伝する例も報告されています。

生活習慣

脂肪の代謝やホルモンバランスの乱れなど、生活習慣と関連する要因が考えられます。

過度な肥満や偏った食生活、メタボリックシンドロームとの関連が指摘されています。脂肪腫患者の約3分の2が過体重もしくは肥満であったとの研究もあります。

外傷や刺激

外傷を受けた部位に脂肪腫ができたという症例も報告されています。

衝撃や慢性的な圧迫など、局所的な刺激が脂肪組織の異常な増殖を引き起こす要因になると考えられています。

成長因子の関与

研究によると、脂肪組織の増殖や分化に関与する成長因子の過剰な働きが、一部の脂肪腫形成につながる可能性が示唆されています。

これは遺伝子変異や体内環境の変化が影響していると考えられており、将来的にさらなる解明が期待されています。

主な原因要因

要因	内容
遺伝的要因	多発性脂肪腫に関連。家族内で同様の腫瘍がみられる場合もある
生活習慣	代謝異常やホルモンバランスの乱れなど、間接的に影響がある可能性
外傷や刺激	局所的な衝撃や圧迫が脂肪細胞増殖を誘発するケースがある
成長因子の働き	成長因子の過剰発現や遺伝子変異などが脂肪腫形成に関係する可能性

原因がはっきりしないからといって自己判断で放置してしまうと、気づかないうちに腫瘍が大きくなり生活に支障が出る可能性があります。

不安があるときは、専門医に相談しましょう。

脂肪腫の検査・チェック方法

触診だけでは良性か悪性か、脂肪腫かほかの腫瘍かなどを判断しきれない場合もあるため、適切な検査が必要です。

触診と視診

医師はまず視診と触診を行い、しこりの場所や硬さ、大きさ、可動性などを確かめます。

脂肪腫は、やわらかく皮膚表面とのずれが感じられるのが特徴ですが、これだけでは悪性腫瘍との区別が十分でないケースがあります。

成長速度も重要な所見で、通常は緩徐にしか大きくならないため、短期間で急速に大きくなるときは他の腫瘍（例：脂肪肉腫^※1）を疑います。

※1脂肪肉腫：脂肪細胞に似た悪性腫瘍細胞が増殖する疾患。脂肪種と同様に軟部肉腫の一種。

画像検査（超音波検査、MRI、CT）

触診で脂肪腫が疑われる、深部にある可能性がある、といったときは画像検査を行うことが多いです。

超音波検査は比較的簡便で痛みも少なく、腫瘤内部の構造を確認できるため、多くの医療機関でスクリーニングとして用いられています。

また、より詳しい情報が必要なときはMRIやCTによって、深部や周囲組織への影響を詳細に確認します。

細胞診や生検

脂肪腫に類似した悪性腫瘍の鑑別が必要なときには、針を刺して細胞を採取する細胞診や、組織の一部を切り取る生検が行われます。

見た目や触診が典型的な脂肪腫でも、急激に大きくなる、痛みが強い、といった場合は積極的に検査を行います。

自分でできるセルフチェック

脂肪腫をセルフチェックする際は、触った感覚やしこりの変化などのポイントを意識すると判断の目安になります。

ただし、あくまで目安であり、確定診断には医療機関の受診が必要です。

検査時の主なメリットと注意点

検査方法	メリット	注意点
視診・触診	非侵襲的で簡単に実施可能	正確な診断には限界がある
超音波検査	痛みが少なく、短時間で確認可能	深部や微細な構造はわかりにくい
MRI・CT	詳細な画像が得られ、悪性との鑑別に有用	費用が高く、検査時間が長い
細胞診・生検	病理学的に正確な診断ができる	侵襲的手技

検査結果を総合的に判断するためにも、症状の経過や生活背景などの問診も重要です。

気になる点があれば事前にまとめておくと、診察時にスムーズに伝えられます。

このような情報は診断の助けとなり、適切な検査プランを決定するうえで役立ちます。

脂肪腫の治療方法と治療薬、リハビリテーション、治療期間

脂肪腫の治療は、腫瘍の大きさや部位、症状の有無などによって方針が異なります。

多くは放置しても重大なリスクは少ないとされますが、痛みや圧迫感、生活上の不便がある場合には、積極的な治療を検討してもよいでしょう。

経過観察

症状が軽度であったり、脂肪腫のサイズが小さかったりする場合は経過観察がよく選択されます。

定期的に受診して大きさや症状の変化をチェックし、問題がなければ積極的な処置を行わないケースです。

• 痛みがない、または軽度
• 日常生活に支障がない
• 大きさや形に急な変化がない

これらの条件を満たすときは、無理に手術や治療薬を使わず、定期的なフォローだけで十分と判断されます。

手術治療

脂肪腫を根本的に取り除く方法として、手術が選択肢となります。

局所麻酔で手術を行うケースが多く、腫瘍のサイズや場所によっては日帰りでの対応も可能です。

筋肉内や深部にある脂肪腫では、全身麻酔が必要となる場合もあります。

• 局所麻酔は皮下脂肪腫など浅い部位に有効
• 全身麻酔は深部脂肪腫や大きな脂肪腫に必要になる

治療薬の使用

脂肪腫に対して特効薬と呼べる治療薬は現時点ではなく、痛みや炎症が強いときには痛み止めや炎症を抑える薬を補助的に使う程度となります。

手術前後の感染予防のために抗生物質を使う場合もありますが、基本的には薬物療法だけでの脂肪腫の消失は期待しにくいです。

保険適応外の治療でデオキシコール酸の注射があります（美容領域で脂肪溶解注射として使用されています）。

リハビリテーション

手術後、腫瘍があった部位やその周囲が痛んだり腫れたりすることがあります。

筋内脂肪腫を切除した際は、筋肉を動かす筋力訓練のリハビリテーションがとくに必要です。

• 手術部位周辺のストレッチや可動域訓練
• 運動療法による筋力の維持
• 痛みやむくみを軽減するためのマッサージや温熱療法

外科医や理学療法士と相談しながら進めると、術後の回復がスムーズになります。

治療期間の目安

治療法	概要	治療期間（目安）
経過観察	定期的な受診や画像検査で変化をチェック	個人差あり
手術（局所麻酔）	小さい皮下脂肪腫など、日帰りまたは短期入院が多い	入院：日帰り〜1泊程度
手術（全身麻酔）	大きい・深部脂肪腫など、切開範囲が広い例に適用	入院：数日〜1週間程度
薬物療法	痛み止めや抗炎症薬、抗生物質など補助的な役割	状況により継続投与
リハビリテーション	手術後の筋力・可動域回復を目指す	数週間〜数か月

手術は、小さな脂肪腫であれば日帰りもしくは1泊程度の入院で済む人が多いです。

大きく切開が必要な人や深部脂肪腫では、術後の管理やリハビリテーションを含めて入院期間が数日から1週間程度になる場合もあります。

傷口が癒合するまでの期間は個人差がありますが、およそ2週間から1か月程度かかる人が多いです。

薬の副作用や治療のデメリット

脂肪腫自体の治療に特化した薬はありませんが、切除手術前後には必要に応じて薬物治療が行われます。

これらの薬には副作用のリスクがあり、手術にもデメリットがあります。

項目	副作用・デメリット
鎮痛薬・抗炎症薬	胃腸障害、めまい、眠気、肝機能負担など
抗生物質	下痢や腸内細菌叢の乱れ、アレルギー反応など
手術（局所麻酔・全身麻酔）	傷跡、感染リスク、麻酔に伴うリスク、再発の可能性など
リハビリテーション	時間的・肉体的負担、日常・仕事への復帰が遅れるリスク

副作用やデメリットは医師が十分に説明し、リスクとメリットを天秤にかけて判断します。術後の安静期間や傷のケアを適切に行うと、感染や合併症リスクを低減できます。

不安があるときは医師や薬剤師に積極的に相談し、理解を深めておくと安心です。

鎮痛薬や抗炎症薬の副作用

痛み止めや抗炎症薬として処方される薬には、一般的に胃腸障害やめまい、眠気などが副作用として現れる可能性があります。

長期使用や過剰服用は、消化器系への負担や肝機能への影響を引き起こす場合があるため、用量や使用期間を医師と相談しながらコントロールするのが大切です。

抗生物質の副作用

手術の傷口からの感染を防ぐ目的で処方する抗生物質の副作用は、下痢や腸内細菌叢の乱れ、アレルギー反応（まれ）です。

医師の指示通りに服用すると過度なリスクを抑えられます。

手術のデメリット

手術によって脂肪腫を切除すると根本的にしこりを取り除けるメリットがありますが、切開に伴う痛みや感染リスク、出血、傷跡が残るなどのデメリットがあります。

リハビリテーションの負担

筋内脂肪腫などを切除したときは、術後のリハビリテーションが必要です。

痛みや腫れが残る状態で筋力回復を図るには時間と根気が必要であり、日常生活や仕事への復帰スケジュールに影響が出ることがあります。

保険適用と治療費

脂肪腫の治療法や検査の内容、入院の有無などによって費用が変動します。

保険適用の範囲

基本的に、脂肪腫の検査や切除手術などは「病気の治療」として健康保険の対象となります。

画像検査（超音波検査、MRI、CT）や細胞診、生検などの検査も、医師が必要と判断した場合には保険が適用されます。

ただし、美容目的での切除や医療機関によっては保険適用外の診療メニューとして扱われるケースもあるため、事前に確認すると安心です。

治療費の目安

実際の治療費は個々の症状や施設の料金設定によって異なります。

初診料・検査費

初診料や血液検査、超音波検査などを実施した場合、保険適用の3割負担で合計¥2,000〜¥4,000前後になる人が多いです。

MRIやCTなどの高度な検査を追加すると、さらに¥3,000〜¥8,000程度の負担が発生します。

手術費用（局所麻酔）

小さい脂肪腫を局所麻酔で切除する場合、保険適用3割負担で¥10,000〜¥20,000程度が目安です。手術の範囲や病院の規模によっても上下します。

手術費用（全身麻酔）

深部脂肪腫や大きい脂肪腫を全身麻酔で切除する際には、入院費や麻酔科管理料などが加わり、保険適用3割負担で¥50,000〜¥100,000程度となります。術後の入院日数が延びれば追加費用も生じます。

薬剤費

鎮痛薬や抗炎症薬、抗生物質などは、短期間であれば数百円〜¥1,000程度の負担で済む人が多いです。長期投与になるときは負担額も増えるので、処方日数に注意が必要です。

代表的な費用目安

治療・検査項目	保険適用時の3割負担費用の目安
初診料＋超音波検査	¥2,000〜¥4,000
MRI・CT検査	¥3,000〜¥8,000
手術（局所麻酔）	¥10,000〜¥20,000
手術（全身麻酔＋入院）	¥50,000〜¥100,000
薬剤（鎮痛薬・抗生物質等）	数百円〜¥1,000程度（短期間の場合）

上記はあくまでも目安であり、病院や検査内容、手術の難易度によって費用は変わります。

実際の詳細な費用は、医療機関に直接問い合わせると確認できます。

※2高額療養費制度：1カ月あたりの医療費の上限が決められており、超過分が払い戻される制度。上限額は年齢や収入によって異なる。

経済的な負担も含めて治療方法を検討する際は、主治医や医療ソーシャルワーカーなどに相談すると安心です。

以上

参考文献

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