野球肩(Thrower’s shoulder)とは、投球動作やオーバーヘッド動作を繰り返すことで肩関節に負担がかかり、肩の周囲組織に炎症や痛みを生じる障害を指します。
特に小中高生など、成長期にスポーツを積極的に行う年代で起こりやすく、大人でも肩を使うスポーツを続けていると生じる場合があります。
慢性的に痛みが続くと、投球フォームや日常生活に支障をきたすため、できるだけ早く症状に気づき適切な対処を行うことが重要です。
野球肩は特定の単一疾患を指すものではなく、肩関節周囲のさまざまな障害(腱の炎症や断裂、関節唇の損傷、インピンジメント症候群など)を含んでいます。
投球障害肩とも呼ばれ、野球選手(特に投手)が整形外科を受診する主な原因の一つとなっています。
本記事では、野球肩の病型、症状、原因、検査方法、治療、リハビリテーション、薬の副作用やデメリット、そして保険適用や治療費について分かりやすく解説します。
この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)
日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師
2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。
野球肩の病型
肩関節には骨、軟骨、靱帯、腱など複数の組織が関わっており、トラブルが起こる組織や病態に応じていくつかのタイプに分類できます。
一般的に野球肩は「肩関節周辺の痛み」を大まかにひとくくりにした呼び方ですが、具体的には腱板障害や関節唇損傷、リトルリーグショルダーなど、異なる病変が含まれます。
ここでは代表的な病型を確認し、それぞれどのような特徴があるのか、詳しく見ていきましょう。
腱板障害型
肩関節の中でもローテーターカフと呼ばれる4つの腱板(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)が損傷を受けるタイプです。
4つの腱板(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)は、肩甲骨から上腕骨に付着している筋肉。肩関節の安定性を保ち、腕の上げ下げや回旋運動をスムーズに行う役割を担っています。
投球動作やサーブ動作などの反復運動によって、これらの腱や付着部に微細な損傷や炎症が起こり、痛みや可動域制限を引き起こします。
特に棘上筋の付着部付近は血流が乏しいため回復が遅れやすく、慢性化しやすい傾向があります。
肩峰下インピンジメント※1による腱板炎症もみられる場合があります。
※1肩峰下インピンジメント:肩関節の腱板(特に棘上筋腱)が、肩峰と上腕骨頭の間にある肩峰下滑液包や腱板が挟み込まれ、痛みや運動制限を引き起こす状態

- 腱板損傷が進むと腱板断裂に至る場合もあり、痛みだけでなく運動機能低下にもつながる
- 長期的な酷使が原因となるケースが多いため、早期発見とケアが大切
腱板障害に関連する主なリスク要因 | 内容 |
---|---|
過度な投球数 | 休養日が少なく、頻繁に投球を行う |
不十分なウォーミングアップやクールダウン | 関節や腱が硬いまま動かし、ダメージを蓄積しやすい |
体幹や肩甲骨周囲の筋力不足 | 肩関節だけに負担が集中し、腱板への負荷が増加する |
投球フォームの乱れ | 計な力が肩関節にかかり、特定部分を酷使しやすくなる |
関節唇損傷型(SLAP 損傷など)
肩関節の関節唇(かんせつしん)は上腕骨頭を安定させる役割を持つ軟骨組織です。
強いストレスがかかったり、繰り返し肩を外転・回旋する動作を行ったりして亀裂や断裂が生じると、投球時の肩の引っかかり感や脱力感が発生する場合があります。
特に上方関節唇が前方から後方にかけて断裂するSLAP損傷(Superior Labrum Anterior to Posterior)が代表的で、投球時の過剰な牽引や衝撃により生じます。
上方関節唇は上腕二頭筋腱の付着部でもあるため、この部分が傷つくと肩の深部痛や引っかかり感も生じます。
関節唇損傷は、腱板障害との合併も多く、検査が難しいケースも少なくありません。
投球中に肩が抜けそうな感覚や、カクッとした瞬間的な違和感があれば、関節唇損傷の可能性も考慮します。
リトルリーグショルダー
成長期にある野球少年に多い病型で、上腕骨近位骨端線(成長軟骨)※2にストレスが加わり骨端線離開※3を起こす状態です。
※2上腕骨近位骨端線:成長期の子供の上腕骨(腕の骨)の先端部分にある、骨の成長を担う軟骨組織
※3骨端線離開:骨端線が外力によって損傷し、骨から分離してしまう状態
骨が未熟なうちに過度な投球負担を積み重ねると、骨端線が広がったり壊死を起こしたりするおそれがあります。
子どもは痛みに対して我慢強い一面があり、「成長痛」と思いこんで放置すると症状が悪化し、長期離脱が必要になるケースがあります。
早めに適切な医療機関を受診し、必要に応じて投球制限や休養期間を確保します。
インピンジメント症候群
投球肩に特徴的なのは内部インピンジメント(internal impingement)と呼ばれる病態です。
これは投球のコッキング期(腕を最大外旋して肩を後方に引く姿勢)において、肩関節の後部で上腕骨頭と関節唇の間に腱板の裏側が挟まれてしまう現象です。
その結果、腱板の関節面側部分断裂や関節唇の剥離損傷が起こります。
内部インピンジメントは、前方の関節構造のゆるみと後方組織の硬さが組み合わさって生じると考えられます。
一方、外部インピンジメント(肩峰下インピンジメント)は肩を挙上する際に肩峰と上腕骨の間で腱板が挟まる状態で、野球肩の中では主に腱板炎症として高齢者でよく見られます。
肩のゆるみ
急性の脱臼ではなく、投球の反復で徐々に肩関節がゆるくなる「肩関節の不安定性(微細な不安定症)」が生じる場合があります。
投球時の遠心力や牽引力で前方の関節包靱帯が伸びきってしまい、肩がわずかに半脱臼する状態です。
こうした不安定性は単独では診断が難しいですが、腱板や関節唇の損傷と合併して起こり、いわゆる「デッドアーム症候群(投球時に急に腕が投げられなくなる現象)」の原因ともなります。
野球肩の代表的な病型一覧
病型名 | 主な原因 | 主な症状 |
---|---|---|
腱板障害型 | 腱板への反復的な負担 | 肩の痛み、挙上時の制限 |
関節唇損傷型 | 繰り返し投球による軟骨組織の損傷 | 肩の抜け感、投球時の引っかかり感 |
リトルリーグショルダー | 成長期における骨端線への過負荷 | 投球後の肩痛、骨端線の拡大 |
インピンジメント症候群 | 腱板の衝突、摩擦 | 投球時の鋭い痛み、肩の引っかかり |
野球肩の症状
野球肩の症状はさまざまで、軽い違和感からはじまり、やがて鋭い痛みや筋力低下へとつながっていきます。
最初は投球後の肩のだるさ程度であっても、症状が進行すると痛みが長期間続いたり、日常生活にも影響が出るケースもあります。
早期段階での気づきが回復を早めることにつながります。
投球動作時の痛み
投球動作の後半(フォロースルーやリリース時)に痛みを感じるケースが多いです。
痛みの出るタイミングや程度は、病型や炎症の部位によって異なります。
- 腱板障害がある場合は挙上動作時(腕を上げるとき)に鋭い痛みが走る
- 関節唇損傷がある場合は、リリース後に肩が抜けそうな感覚や嫌な引っかかり感、クリック音が伴う場合が多い
- 内部インピンジメントでは、肩後方から上方の鈍い痛みやハリ感が投球動作の後半に生じる場合が多く、肩が温まるまで時間がかかると感じやすい
痛みを感じるタイミング | 症状の例 |
---|---|
ウォーミングアップ時 | 肩が重く、可動域が狭い |
投球フォーム中 | 特定の角度で肩に鋭い痛みが走る |
投球直後 | 肩に違和感が残り、腕を下ろしづらい |
就寝中や翌朝 | 痛みが続き、朝起きたときに肩が動かしにくい |
筋力低下と可動域制限
腱板や関節唇にダメージが蓄積すると、肩を正しく動かすための筋力が低下したり、痛みによって可動域を狭めます。
最初は思い切りボールを投げられるものの、疲労が蓄積するにつれて思うように力が入らず、球速やコントロールが落ちると感じやすいです。
途中で痛みをかばいながら投球を続けると、無意識にフォームを崩し、ほかの部位に二次的な負担がかかる可能性もあるため注意が必要です。
特に野球肩では内旋可動域の減少が起こり、背中に手をまわしにくいなど日常生活でも不便を感じる機会が増えていきます。
関節唇損傷が重度の場合は、肩関節が不安定になり腕が抜けそうな感覚やクリック音が増強します。
慢性的な不安定性が強くなると、投球のリリース後に突然腕の力が入らなくなる「デッドアーム(死んだ腕)症状」を訴えることがあります。
これは肩の骨頭が一瞬ずれて神経要素を刺激したり、腱板筋力が急に入らなくなる現象で、選手にとって深刻な兆候です。
肩のクリック音や引っかかり感
関節唇損傷などがあると、腕を挙げ下げするときに「コリッ」または「ゴリゴリ」という感触を覚える場合があります。
これは肩の中で軟骨や腱が引っかかる、あるいは位置関係がずれている状態が続いているサインの可能性があります。
- 関節唇の亀裂による引っかかり
- 腱板の微小断裂による不安定感
- 滑液包※4の肥厚や炎症
- 肩甲骨周囲筋のバランス不良
引っかかり感やクリック音を放置して投球を続けると、関節へのダメージが進行しやすい傾向があります。
※4滑液包:関節の周辺に存在する小さな袋状の組織
夜間痛や日常生活での不都合
症状が進むと夜間痛を引き起こす場合があります。
就寝中に肩に力が加わる姿勢になると痛みで目が覚めることもあります。普段の生活でも、髪を洗う、物を棚の上に置くなどの動作で痛みを感じるようになれば要注意です。
野球肩の原因
野球肩は、投球動作の繰り返しによるオーバーユース、損傷の蓄積が最大の原因です。
投球フォームの乱れや準備運動不足、休養の少なさなど、いくつかの要因が重なると、肩に過度のストレスがかかりやすくなります。
ここでは主な原因を詳しく掘り下げてみましょう。
オーバーユース(使いすぎ)
過度に投球数が多い、または短期間に高強度の練習を続ける、年間を通して休みなく投球すると、肩周辺に疲労や損傷が蓄積しやすくなります。
通常であれば回復する範囲でも、成長期や筋力の不十分な時期に休養が不十分だと、骨や軟骨へのダメージが回復しきらないまま次の練習や試合を行うため、慢性的な炎症や組織の損傷を引き起こしやすくなります。
- 週に何度も連投を行う
- 休憩日がとれないスケジュール
- 1日の中で長時間の投球練習を実施
年齢層 | 1日の投球数目安 | 連投時の注意 |
---|---|---|
小学生(6~12歳) | 50球前後 | 1~2日以上の休養日を設ける |
中学生(12~15歳) | 70球前後 | 連投はなるべく避け、肩の状態を常にチェック |
高校生(15~18歳) | 100球前後 | 本人の疲労感を見極め、練習を調整 |
投球動作に伴うストレス
ボールを高速で投げるためには肩を最大限外旋(腕を後方にひねる)しますが、この極端な外旋位は肩前方の関節包靱帯※5に大きな張力をかけます。
その結果、前方の靱帯は徐々に伸びてゆるみ(関節不安定性)が生じ、一方で体は適応として肩後方の組織(関節包や筋)の緊張・肥厚を引き起こします。
これが後方関節包の硬縮と呼ばれる状態で、肩の内旋可動域制限(GIRD)を招きます。
GIRDがあると投球フォームでリリース時に肩の位置関係がずれ、腱板や関節唇への衝突ストレス(インピンジメント)が増えてしまいます。
つまり、投球による前方組織の伸張と後方組織の硬化そのものが、腱板断裂や関節唇損傷の原因となり得るのです。
※5関節包靱帯:関節を包む袋状の組織である関節包が、特に強化された部分
筋力や動作の問題
投球は全身を使ったキネティックチェーン(動作の連鎖)で行われます。
下半身や体幹の力が十分に肩へ伝わらないフォーム(例えば下半身主導の投球ができず肩だけで投げるような場合)では、肩関節への負担が増加します。
実際、投球選手の肩障害のリスク要因として、肩の可動域制限(例えばGIRD)やローテーターカフ筋力の不足、そして体幹・下肢を含む動作連鎖の不良が指摘されています。
また肩甲骨のポジション異常※6(Scapular Dyskinesis)も重要です。
※6肩甲骨のポジション異常:肩甲骨が本来あるべき位置から逸脱した状態
投球動作を繰り返すうちに肩甲骨を支える筋肉が疲労し、不適切な位置に肩甲骨が傾くと(いわゆるSICK scapula)、肩の安定性が損なわれ腱板・関節唇へのストレスが増大します。
肩甲骨の動きが悪いと肩関節の動きも乱れ、インピンジメント※7や腱板障害の原因となります。
※7インピンジメント:関節を構成する骨や軟部組織が、特定の動作によって挟み込まれ、痛みや機能障害を引き起こす状態
解剖学的、個人差要因
投球動作に伴う骨の適応変化も野球肩の原因として知られています。
例えば投手の利き腕では、若年期からの投球により上腕骨のねじれ(後捻角)が増大することが報告されています。
上腕骨後捻角の増加は肩関節の外旋可動域を拡大させ、投球に有利な適応と考えられますが、一方で内旋可動域の減少(GIRD)にも関与しうるため、過度な骨適応は肩後方組織への負荷要因ともなります。
その他、もともとの関節の柔らかさ(肩関節がもともと過剰に柔軟=生来の関節弛緩傾向)や、肩峰の形状(鉤状肩峰だとインピンジメント起こしやすい)などの解剖学的特徴も、野球肩の発症リスクに影響します。
しかし、これら先天的要素は修正困難であり、性別などと同様「不変的リスク要因※8」として位置づけられています。
※8不変的リスク要因:特定の疾患や状態のリスクを高める要因のうち、個人の努力や行動によって変更できないもの。遺伝子、年齢、性別、人種など。
ウォーミングアップ不足
練習や試合前に十分なウォーミングアップをしないと、肩関節周囲の筋肉や腱が硬い状態のまま負荷を受けやすくなります。
急に強い力で投げると、腱や関節に microtrauma(微小損傷)が生じやすく、積み重なると慢性炎症につながります。
- ジョギングやダイナミックストレッチなどで全身を温める
- 肩甲骨、肩周辺の筋肉を丁寧に動かす準備運動を行う
- ランニング(5~10分程度)
- ダイナミックストレッチ(肩甲骨まわし、腕振り)
- ゴムチューブを使用した肩周りの軽いトレーニング
- キャッチボール前の軽いスローイング
リカバリー不足
投球後のケアやクールダウンも欠かせません。
アイシングやストレッチ、適切な栄養補給や睡眠を確保しないと、組織の修復が追いつかず痛みが慢性化しやすくなります。
特に成長期は骨や軟骨の修復機能が大人ほど成熟していないため、休養日をしっかり設ける必要があります。
- 投球後にアイシングを行い、炎症の拡大を抑える
- ストレッチや軽い体操で筋肉の緊張を和らげる
- 質の良い睡眠とバランスの取れた栄養摂取を心がける
野球肩の検査・チェック方法
肩の痛みや違和感を感じたら、正確な診断を受けましょう。自己判断で無理を続けると、深刻な症状に進行する恐れがあります。
医療機関では、問診や触診、画像検査などさまざまな方法を組み合わせて原因を明らかにします。
ここでは代表的な検査・チェック方法をご紹介します。
問診・視診・触診
まず問診で、痛みの場所やタイミング、投球数や練習状況などを詳細に確認します。
その後、肩周辺を視診・触診して、炎症や腫脹の有無、肩甲骨や上腕骨のアライメントに異常がないかを調べます。
問診の内容例 | 確認するポイント |
---|---|
いつ痛み始めたか | 練習量の急激な増加やフォーム変更などのきっかけがないか |
痛みの程度とタイミング | 投球時か、投球後か、日常生活での痛みはあるか |
過去に肩の怪我をした | 再発や既存の障害との関連性を確認 |
トレーニング状況 | ウォーミングアップやクールダウン、投球数などを確認 |
また、疼痛誘発テストを行い、どの部位に痛みがあるのかや、原因となる組織や神経の異常を特定していきます。
疼痛誘発テストの例
肘を伸ばして腕を90度前方挙上し、親指を下に向けた状態で抵抗をかけるテストで、上方関節唇(SLAP損傷)の痛みやクリックを誘発します。SLAP病変ではこのテストで肩の深部痛が再現されるケースが多いです。
仰向けで腕を90度外転・最大外旋すると痛みや不安感が出る(Apprehension陽性)場合、投球肩の内部インピンジメントや前方不安定性を示唆します。その姿勢で上腕骨頭を後方へ押さえると痛みが軽減する(Relocation陽性)場合、内部インピンジメントによる後方肩痛である可能性が高まります。
NeerテストやHawkinsテストで肩を挙上あるいは内旋した際に疼痛が誘発されれば、肩峰下インピンジメントや腱板炎症を示唆します。
投球のコッキングポジション(最大外旋位)を再現し肩後方に痛みが出るか確認するもので、内部インピンジメントや後方組織の障害に特有の所見です。
これらの検査所見を組み合わせると、痛みの発生源がおおよそ関節唇由来か腱板由来か、インピンジメントか不安定性かなど推測できます。
例えば、内旋可動域の左右差が20度以上あればGIRD陽性であり、内部インピンジメントやSLAP損傷を合併している可能性が高いです。
画像検査(X線、MRI、超音波)
肩関節周辺の骨や軟部組織の状態を把握するために、画像検査を実施します。
X線検査
骨端線の状態や骨の変形などを確認する基本の検査です。
慢性的なストレスサインとしてベネット病変と呼ばれる、肩甲骨関節窩後縁の骨棘形成が見られる場合があります。
MRI検査
腱板や関節唇の断裂、炎症などを詳しく確認できます。
特に造影MRIを行うと小さなSLAP損傷や部分断裂も検出しやすく手術の要否判断に有用です。
超音波検査
筋肉や腱の状態を動かしながらリアルタイムで観察でき、腱板炎や滑液包炎の確認に用いられます。
関節唇や関節内部の詳細評価は難しいため、超音波検査は主に腱板・腱の評価や経時的なモニタリングに使われます。
自己チェックとセルフモニタリング
自宅で簡単にできるチェックとして、腕を挙げたときに肩に鋭い痛みがあるか、または肩甲骨周辺がスムーズに動いているかを確認する方法があります。
いつ、どれくらい痛むかを日常的に記録すると、医療機関での診断時に有益な情報となります。
- 毎日の練習日誌や痛みの程度をメモしておく
- 痛みが増したタイミングと投球数、投球強度の関係性を把握する
野球肩の治療方法と治療薬、リハビリテーション、治療期間
野球肩の治療では、まず痛みや炎症を抑えながら再発防止を目標とします。
症状の程度や部位、年齢、競技レベルなどによって治療方針は異なるため、医師や理学療法士と相談しながら進めていきます。
保存療法(休息、アイシング、ストレッチなど)
症状が比較的軽度であれば、投球制限や休息期間を設定し、炎症を鎮める保存的治療が第一選択です。
必要に応じてアイシングや湿布、消炎鎮痛剤なども利用し、肩周囲の負担を減らしながら回復を促します。
- 少なくとも数週間から数ヶ月は投球を控える
- リトルリーグショルダーでは3ヶ月程度の投球禁止が推奨されていたが、近年は痛みが引いてから徐々に投球を再開する短めの休養に移行
- 痛みが落ち着いた段階でストレッチや軽い筋力強化運動を始め、徐々に肩を慣らしていく
保存療法で使用する治療薬
薬の種類 | 具体例 | 効果 |
---|---|---|
消炎鎮痛剤 | ロキソプロフェン、イブプロフェンなど | 炎症を抑えて痛みを和らげる |
外用薬(塗り薬) | フェルビナク、ジクロフェナクなど | 肩周りに直接塗布し、局所の痛みを軽減 |
漢方薬 | 芍薬甘草湯など | 筋肉や腱の炎症と疲労回復をサポートする場合がある |
リハビリテーション
痛みが落ち着いたら、再発予防のためにリハビリテーションが重要です。
肩甲骨周囲の筋肉や体幹、下半身など全身の連動を高め、正しいフォームで投球できるようにトレーニングします。
- チューブを使ったローテーターカフ強化※9
- プランクやスクワットなどの体幹・下半身トレーニング
- スローイングフォームの反復練習(軽度のスローから徐々に強度を上げる)
- 肩甲骨のモビライゼーション※10や柔軟性向上ドリル
- クロスアームストレッチなど肩後方の柔軟性を改善
※9ローテーターカフ:回旋筋腱板。肩関節の安定と運動に重要な役割を果たす筋肉群。
※10モビライゼーション:関節や軟部組織に対して、手技によって行う治療法。関節の可動域を広げたり、痛みを軽減したり、組織の柔軟性を改善したりする。
これらは理学療法士の指導のもと、個々の状態に合わせて行います。
急激に負荷を上げると再び痛みがぶり返すリスクがあるため、数週間から数ヶ月にわたって段階的に負荷を調整しながら進めていきます。
痛みが完全になくなり、可動域と筋力バランスが回復した段階で、段階的投球再開プログラムを開始します。
例えば高校生投手の場合、3ヶ月のリハビリで痛みなく50m遠投できるようになれば、その後実戦復帰という流れになります。
保存療法が奏功する割合は高く、特に若年者では保存的リハで大半が復帰可能です。
注射治療
強い炎症がある場合、ステロイド注射を行う場合があります。
腱や関節内に直接注射すると、局所の炎症を抑える効果が期待できます。
ただし、注射に頼りきりになると根本的な原因(フォーム不良、オーバーユースなど)が解決されないため、並行してリハビリや投球制限を考慮します。
- ステロイド注射は短期的な痛みのコントロール手段
- 繰り返し注射しすぎると腱組織への悪影響も懸念がある
手術療法
腱板断裂が大きい、関節唇の損傷が進行している、保存療法で数ヶ月改善がみられないなどの場合は、手術が検討されます。
関節鏡を用いた手術で、断裂部位の修復や余分な組織の除去を行います。
手術後はリハビリテーションに3~12か月、場合によってはそれ以上の時間を要する場合もあります。
病変や手術内容 | 退院までの目安 | スポーツ復帰までの目安 |
---|---|---|
腱板部分損傷の関節鏡視下手術 | 約1週間前後 | 3~6か月 |
腱板断裂の大規模修復 | 1~2週間 | 6か月以上 |
関節唇修復術(肩の安定性回復が目的) | 1週間程度 | 4~6か月 |
薬の副作用や治療のデメリット
野球肩の治療では薬や注射を使用するケースもありますが、すべての薬や治療法にメリットとデメリットがあります。
消炎鎮痛剤の副作用
ロキソプロフェンやイブプロフェンなどの消炎鎮痛剤(NSAIDs)を服用すると、胃腸障害を起こす場合があります。
服用期間が長期化する場合は、胃粘膜保護薬を併用したり、食後に服用したりして胃腸への負担を減らします。
- 胃がムカムカする、食欲不振などが見られたら早めに医師に相談する
- アレルギー症状(発疹、かゆみなど)が出る場合もあるので、体の変化に注意する
ステロイド注射のリスク
ステロイドは炎症を強力に抑えますが、繰り返し注射すると腱や軟骨組織が弱くなり腱板断裂の発生リスクが指摘されています。
また、血糖値が上昇しやすい人や骨粗しょう症のリスクがある人は要注意です。
注射の回数や間隔、注入場所については担当医と慎重に相談します。
- 注射後は強い負荷を避け、安静やアイシングを行う
- 同じ部位に頻繁に注射しない
- 痛みが急速に軽減しても、無理な投球復帰は避ける
手術に伴う合併症
関節鏡下手術などは侵襲が比較的小さいといわれますが、それでも感染症や血管・神経損傷などのリスクがあります。
術後に合併症が起こると回復が遅れる場合があるため、手術を受ける際にはリスクとメリットを十分に検討します。
手術における合併症リスク
手術全般に言えるのは、侵襲(体への負担)と合併症リスクです。
肩関節鏡手術では合併症発生率は低いものの、感染症(傷口からの細菌感染)は数百分の一程度の頻度で起こり得ます。
また肩周囲には神経や血管が走行するため、まれに器具操作により神経損傷や血管損傷の報告もあります。
術後のリスク
もっとも問題となりやすいのは術後の関節拘縮(可動域制限)で、手術部位に瘢痕組織が生じ過剰に癒着すると肩の柔軟性が損なわれます。
投球肩では術後に内旋や外旋が思うように戻らないとパフォーマンスに直結するため、積極的なリハビリで瘢痕予防をしますが、それでも術前の可動域や柔軟性を完全に取り戻せないケースもあります。
特に関節唇修復で関節を締めた後や腱板修復で腱が短縮した後などは、微妙な可動域変化が投球フォームに影響する可能性があります。
さらに、手術そのものは損傷を修復しますが根本原因(オーバーユースなど)を変えられるわけではないため、術後に再び酷使すれば再発や別部位の損傷が起こり得ます。(実際、投球選手で手術後に別の肩障害や肘障害を起こす例もあります。)
競技成績への影響リスク
手術して痛みは取れても、「球威が落ちた」「投球フォームが変わってしまった」など競技パフォーマンスが低下する場合があります。
これは肩の力学バランスの変化や長期離脱による感覚のズレなど複合的要因によります。
特にハイレベルの投手にとっては、手術後にわずかな球質の変化でも通用しなくなる厳しい世界であるため、手術を決断するハードルは高いです(これは保存療法優先の方針にも繋がっています。)
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
野球肩の治療では、医療保険の範囲内で受けられる治療と保険適用外の治療があります。
ここでは一般的な治療費の目安を示しますが、医療機関や治療内容、保険の種類によって異なる場合があります。
保険適用となる治療
基本的な検査や診察、画像検査、薬の処方、リハビリテーション、注射などは公的医療保険の範囲で受けられます。
自己負担割合は年齢や収入に応じて異なりますが、通常は3割負担です。
公的保険でカバーされる主な治療内容 | 自己負担3割の場合の費用目安 |
---|---|
初診料・再診料 | 約1000~2000円 |
レントゲン検査(X線) | 約1000~2000円/1部位 |
MRI検査 | 約5000~1万円/1部位 |
超音波検査 | 約500~1500円 |
投薬(消炎鎮痛剤など) | 処方内容により数百~2000円程度 |
リハビリテーション(1回) | 約300~500円 |
ステロイド注射 | 約1000円~2000円 |
保険適用外の治療
例えば、インソールの作製(肩には直接関係ありませんが身体のバランス調整のために処方される場合がある)や特殊なリハビリ器具の導入、PRP療法など、保険適用外のメニューも存在します。
また、先進的な医療機器を使用する治療などは自由診療となり、高額になるケースがあります。
治療費を抑えるための工夫
医療保険を上手に活用するためには、病院でのリハビリだけでなく、自宅でのケアやトレーニングをしっかり行う点もポイントです。
通院回数を減らしても、自主トレーニングで患部をケアすれば治療期間の短縮にも役立ちます。
ただし、独自の判断で過度に通院を減らすと回復が遅れる恐れがあるため、医師と相談しながら進めましょう。
- 定期的なストレッチとアイシング
- 痛みの程度や状態をこまめに記録
- 体幹や肩甲骨周囲の筋力強化トレーニング
- バランスの取れた食事と十分な睡眠
スポーツ障害保険の利用
学生の場合、学校やスポーツチームが加入している傷害保険によって医療費の一部を補償できる場合があります。
また、個人でスポーツ障害保険に加入している場合は、治療費の一部が保険金として支払われる可能性もあります。
補償内容は保険商品により異なるため、加入時または受診前に確認することをおすすめします。
以上
参考文献
Wilk KE, Meister K, Andrews JR. Current concepts in the rehabilitation of the overhead throwing athlete. Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy, 2002, 32(8): 556-576.
Fleisig GS, Barrentine SW, Escamilla RF, Andrews JR. Biomechanics of overhand throwing with implications for injuries. Sports Medicine, 1996, 21(6): 421-437.
Dillman CJ, Fleisig GS, Andrews JR. Biomechanics of pitching with emphasis upon shoulder kinematics. Journal of Orthopaedic & Sports Physical Therapy, 1993, 18(2): 402-408.
Burkhart SS, Morgan CD, Kibler WB. The disabled throwing shoulder: spectrum of pathology Part I: pathoanatomy and biomechanics. Arthroscopy: The Journal of Arthroscopic & Related Surgery, 2003, 19(4): 404-420.
Burkhart SS, Morgan CD, Kibler WB. The disabled throwing shoulder: spectrum of pathology Part II: evaluation and treatment of SLAP lesions in throwers. Arthroscopy: The Journal of Arthroscopic & Related Surgery, 2003, 19(5): 531-539.
Jobe FW, Kvitne RS, Giangarra CE. Shoulder pain in the overhand or throwing athlete. The relationship of anterior instability and rotator cuff impingement. Orthopedic Clinics of North America, 1989, 20(3): 465-477.
Braun S, Kokmeyer D, Millett PJ. Shoulder injuries in the throwing athlete. The Journal of Bone and Joint Surgery. American Volume, 2009, 91(4): 966-978.
Cain EL Jr, Dugas JR, Wolf RS, Andrews JR. Elbow injuries in throwing athletes: a current concepts review. The American Journal of Sports Medicine, 2003, 31(4): 621-635.
Lyman S, Fleisig GS, Andrews JR, Osinski ED. Effect of pitch type, pitch count, and pitching mechanics on risk of elbow and shoulder pain in youth baseball pitchers. The American Journal of Sports Medicine, 2002, 30(4): 463-468.