膝関節脱臼(knee dislocation)とは、大腿骨と脛骨の接合部である膝関節が正常な位置からずれ、関節を構成する骨が完全に離れてしまう重篤な外傷です。
日常生活でも起こりうる怪我ですが、とくにスポーツ活動中やバイク事故、高所からの転落など、強い外力が加わったときに発生するリスクが高まります。
通常の関節ねんざとは異なり、靭帯や血管、神経といった周囲の組織も含めて広範囲に損傷するケースが多いため、発症後は早期の受診が必要です。
この記事の執筆者
臼井 大記(うすい だいき)
日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師
2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。
膝関節脱臼の病型
膝関節脱臼の分類方法には、脛骨の脱臼方向に着目した「Kennedy分類」と、靱帯損傷の有無を考慮した「Schenck分類」の2つがあります。
Kennedy分類
前方脱臼 | 過伸展損傷によるものです。最も一般的な膝関節脱臼パターンであり、脱臼損傷の30~50%を占めます。前方脱臼は腓骨神経損傷の割合が最も高く、通常はPCL損傷を伴います。血管損傷を伴う場合は、牽引による動脈内膜断裂が多いです。 |
---|---|
後方脱臼 | 膝関節脱臼の30~40%を占める、2番目に多い脱臼パターンです。ダッシュボード損傷のように、屈曲した膝に軸荷重がかかると起こります。後方脱臼は血管損傷の割合が最も高く、膝窩動脈の完全断裂が最も多いです。 |
外側脱臼 | 膝関節外側脱臼の損傷機序は、膝関節の外反または内反力であり、通常はACLとPCLの損傷を伴います。外側脱臼は膝関節脱臼の約13%を占めます。 |
内側脱臼 | 外側脱臼と同様、損傷機序は外反もしくは内反力で、通常はPLCとPCLの両方を損傷します。内側脱臼はまれで、脱臼の3%を占めるに過ぎません。 |
回転性脱臼(rotational or rotary dislocation) | 通常、不可逆的脱臼パターンであり、後外側脱臼が最も一般的です。大腿骨が関節包を貫通してボタンホール(buttonholing)様になります。 |
Schenck分類
病型 | 特徴 |
---|---|
KD I | ACLまたはPCLのいずれかが侵された多靭帯損傷 |
KD II | 2つの靭帯損傷:ACLとPCLのみ |
KD III | ACLとPCLに加え、PMCまたはPLCの3靱帯損傷 |
KD IIIM | ACL、PCL、MCLを含む |
KD IIIL | ACL、PCL、LCLを含む |
KD IV | ACL、PCL、PMC、PLCを含む4つの靭帯の損傷。KD IV損傷は血管損傷の併発率が最も高い(5%~15%) |
KD V | 関節周囲骨折を伴う多靱帯損傷 |
膝関節脱臼の症状
膝関節脱臼を起こすと、激しい痛みや腫れ、関節の変形、神経血管損傷による末梢の感覚異常や循環障害など、さまざまな症状があらわれます。
急性期の主な症状
- 激しい疼痛
- 腫脹
- 熱感
- 明らかな変形
膝関節脱臼の発症直後から急性期にかけては、膝関節全体に激痛が広がり、多くの方が動くことすら困難な状態となります。
じっと動かさずにいても持続的に痛みが続き、膝を少し動かそうとしただけでも痛みが強くなってしまうのが特徴です。
膝関節周囲の腫れは、発症から6時間程度で顕著となり、触れると明らかな熱感があります。
また、関節内に血液がたまる関節血腫と、周囲組織の損傷によるむくみにより、膝関節の形が大きく変化して見える場合もあります。
神経血管系の症状
脱臼により血管が圧迫されると、足首の内側や足の甲で触知できるはずの脈拍が弱くなったり、触れにくくなったりします。
また、血流障害により「足先が冷たい」と感じる方も少なくありません。
さらに、神経の障害により、下腿(すねの部分)から足首、足の指先にかけて、しびれ感や感覚が鈍くなる症状があらわれる場合もあります。
関節の機能障害
- 膝関節が不安定になる
- 歩行が困難となる
- 荷重時に痛みが増す
- 関節の可動域が制限される
- 下肢のアライメント(脚の並び)に異常が起こる
関節の可動域が著しく制限され、自分の意思で膝を曲げたり伸ばしたりすることが難しくなります。
通常の膝関節は、伸展機構と呼ばれる仕組みにより膝をしっかりと支えていますが、脱臼によりこの機能が失われてしまうためです。
このような状態では、立ち上がることすら困難となり、日常生活に大きな支障をきたします。
随伴症状(副次的な症状)
- 発汗
- 冷感
- 血圧の変動
- 吐き気
強い痛みによるストレス反応として、発汗が増加したり、顔面が蒼白になったりするおそれがあり、血圧の一時的な低下にも注意が必要です。
膝関節脱臼の原因
膝関節脱臼は、衝突や転倒、スポーツ時の急な方向転換など、さまざまな状況下で発生する重度の外傷であり、複数の要因が複雑に絡み合って引き起こされます。
膝関節は大腿脛骨関節、膝蓋大腿関節、脛骨腓骨関節の3つの関節から構成されています。
前十字靭帯(ACL)、後十字靭帯(PCL)、内側側副靭帯(MCL)、外側側副靭帯(LCL)の4つの主要な靭帯が膝関節の安定化に役立っています。膝の正常な可動域は0~140度で、屈曲・伸展時の回旋角度は8~12度です。
外傷性脱臼の原因
外力の種類 | 典型的な状況 |
---|---|
直達外力 | 交通事故での衝突 |
捻転力 | スポーツ時の急な方向転換 |
過伸展力 | 転落時の着地衝撃 |
圧迫力 | 重量物との接触 |
外傷性の膝関節脱臼は単一の力だけではなく、複数の外力が同時に、あるいは連続して加わって発生します。
たとえば、スポーツ活動中の事故では、急な方向転換による捻転力と、相手選手との接触による直達外力が組み合わさって発生するケースが多いです。
また、病的な肥満患者では、超低エネルギーでも膝関節脱臼を起こす可能性があります。
解剖学的要因(体の構造によるもの)
関節弛緩性や下肢のアライメント異常といった膝関節の構造上の特徴も、脱臼の発生に大きな影響を与えます。
- 関節弛緩性(※1)の亢進
- 下肢のアライメント異常
- 筋力低下や筋バランスの不良
- 既往の靭帯損傷
- 先天的な骨格異常
※1 関節弛緩性:先天性あるいは後天性に異常な弛緩と可動性を示す関節
膝関節脱臼の検査・チェック方法
膝関節脱臼の診断においては、詳細な身体診察と画像診断を組み合わせ、血管・神経系の合併損傷の有無を迅速に見極める必要があります。
初期診察
救急外来での初期診察では、視診と触診により、膝関節周囲の腫脹や変形の程度、皮膚の色調変化、さらには膝関節周囲の温度変化などを詳細に観察していきます。
とくに外傷直後の場合、強い痛みにより患者さんが自発的に膝を動かせないケースが多いため、医師による他動的な診察が大切です。
血管・神経系の評価方法
血管系の評価では、足背動脈と後脛骨動脈の脈拍を比較し、血流障害の有無を判断します。
神経学的評価においては、下腿から足部にかけての知覚障害の有無、足趾の自動運動、深部腱反射などの確認が必要です。
以下の所見が認められた際は、緊急性の高い合併症を疑う必要があります。
- 足背動脈や後脛骨動脈の拍動減弱または消失
- ABI(足関節上腕血圧比)のチェック
- 下腿や足部の冷感
- 皮膚の蒼白化
- 知覚鈍麻や運動障害
- 異常な疼痛の増強
画像診断による精密検査
検査方法 | 主な評価対象 |
---|---|
単純X線 | 骨折・脱臼方向 |
MRI | 靭帯・軟部組織 |
CT | 骨折詳細・脱臼形態 |
血管造影 | 動脈損傷の評価 |
画像診断においては、まず単純X線検査で複数の方向から撮影を行い、関節腔の非対称性や不整、Segond徴候や剥離骨折などをチェックします。
MRI検査は、靭帯損傷の範囲や程度を詳細に評価するのに有用です。とくに前後十字靭帯や側副靭帯などの損傷パターンを明確にできます。
CT検査は、骨折を伴う場合の骨片の位置や大きさ、さらには関節面の状態を細かく観察するための検査で、手術計画を立てる際に役立ちます。
膝関節脱臼の治療方法と治療薬、リハビリテーション
膝関節脱臼の治療は、緊急整復による関節位置の修正から始まり、手術による靭帯修復、リハビリテーションへと進みます。治療薬によって痛みと腫れをやわらげながら治療を行います。
緊急処置と初期治療
膝関節脱臼で救急搬送されたら、まず全身状態を確認し、とくに血管や神経の損傷状況を入念にチェックします。
徒手整復(皮膚の上から医師の手を用いて整復する)は、できるだけ早期に実施しなければなりません。
関節を正常な位置に戻すことで、さらなる組織損傷を防ぎ、血流障害のリスクを軽減できます。
整復後は、膝関節を固定具で保護し、完全免荷の状態(まったく荷重させない状態)で膝を軽度屈曲位に固定して安静を保ち、損傷した組織の保護と腫脹の軽減を図ります。
手術による靭帯修復
複数の靭帯が同時に損傷を受けている場合、手術による修復が必要です。
腫脹の程度や血流の状態など、さまざまな要素を考慮しながら、手術時期を慎重に決定します。
手術では、断裂した靭帯を修復または再建し、関節の安定性の回復を目指します。
- 前十字靭帯の再建
- 後十字靭帯の修復
- 内側側副靭帯の縫合
- 外側側副靭帯の再建
- 関節包の修復
薬物療法
手術後の痛みと炎症を抑えるために、複数の薬剤を組み合わせた段階的な薬物療法を実施します。
使用する薬剤 | 投与時期 |
---|---|
強オピオイド | 術直後 |
弱オピオイド | 術後3日目以降 |
NSAIDs | 腫脹期 |
アセトアミノフェン | 疼痛持続時 |
術後早期には、強い鎮痛効果を持つオピオイド系薬剤を使用し、その後、炎症や腫脹の程度に応じて、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)やアセトアミノフェンなどの薬剤に切り替えます。
リハビリテーション
リハビリテーションは、手術後の経過や損傷の程度に応じて、段階的かつ計画的に進めていく必要があります。
術後早期のリハビリテーションでは、まず関節可動域の維持を目指し、徐々に筋力トレーニングを開始するのが一般的です。
関節の可動域訓練と筋力トレーニングは並行して行い、とくに大腿四頭筋の筋力回復に重点を置いて実施します。
なお、膝関節の安定性が回復するまでは、装具による保護が不可欠です。装具の種類や使用期間は、回復の進み具合に応じて調整します。
荷重開始時期は、手術内容や組織の修復状態を考慮しながら決定し、部分荷重から始めて、徐々に全荷重へと移行していきます。
薬の副作用や治療のデメリット
膝関節脱臼の治療には、関節の可動域制限や筋力低下、不安定性など、さまざまなリスクと副作用が伴います。
手術治療の合併症リスク
- 感染
- 関節拘縮
- 異所性骨化(本来骨組織が存在しない部位に骨形成が起こる)
- 関節面の不整や軟骨損傷
膝関節脱臼の手術で、とくに注意すべき合併症が手術部位の感染です。人工材料を使用する靭帯再建術では、感染リスクがより高くなります。
感染リスク要因 | 発生頻度 |
---|---|
表層感染 | 2~3% |
深部感染 | 0.5~1% |
遅発性感染 | 0.1~0.5% |
人工材料関連 | 1~2% |
また、関節拘縮はもっとも一般的な合併症で、患者の38%に生じると言われています。
関節拘縮によって可動域が制限されると、関節軟骨の変性や筋委縮が進行し、関節機能の回復に悪影響を及ぼしかねません。
血管・神経系の合併症
手術後に注意すべき血管系合併症として、深部静脈血栓症やコンパートメント症候群、末梢循環障害などが挙げられます。
血管系合併症 | 特徴・症状 |
---|---|
深部静脈血栓症 | 足から心臓へと血液を戻す血管(静脈)に血の塊(血栓)ができて詰まる |
コンパートメント症候群 | 特定の筋肉周囲の空間で圧力が高まった状態 |
末梢循環障害 | 末梢血管の閉塞によって、血液が正常に循環しなくなる |
血腫形成 | 血液がたまって神経を圧迫し、疼痛などの症状が生じる |
動脈損傷 | 動脈の血行が阻害され、胸痛や声がれや脈拍の減弱などが生じる |
長期的な機能障害
機能障害 | 発生率 |
---|---|
関節可動域の制限 | 15~20% |
筋力低下 | 20~30% |
関節の不安定性 | 10~15% |
疼痛遷延 | 5~10% |
手術後のリハビリテーションでは、過度な運動や不適切なやり方によって、関節軟骨の損傷や靭帯の再断裂といった二次的な障害が生じるおそれがあります。
薬物療法の副作用
手術後に鎮痛薬や抗炎症薬を使用すると、消化器症状や腎機能障害などの副作用を起こす場合があるため、定期的な経過観察が大切です。
また、術後感染予防に使用する抗生物質には、アレルギー反応や耐性菌の出現などのリスクがあり、投与期間や用量は慎重に判断する必要があります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
膝関節脱臼の治療には基本的に健康保険が適用され、3割負担の場合、手術を含む入院治療で20万~30万円程度かかります。
入院時の基本費用
入院期間は通常2~3週間で、保険適用後の入院費用は1日あたり3000~ 4000円程度です。
また、入院する部屋のタイプによって、追加費用が掛かる場合があります。
入院室タイプ | 1日あたりの追加料金 |
---|---|
4人部屋 | 0円 |
2人部屋 | 3,000~5,000円 |
個室 | 8,000~15,000円 |
手術関連費用
- 術前検査費用
- 手術室使用料
- 手術材料費
- 麻酔科管理料
- 術後処置料
手術費用は術式によって異なり、保険診療の範囲内で実施する靱帯再建術の場合は15万円前後です。
リハビリテーション費用
リハビリ内容 | 1回あたりの自己負担額 |
---|---|
運動器リハビリ | 400~600円 |
物理療法 | 200~300円 |
装具作成 | 15,000~25,000円 |
術後のリハビリテーションは週3~4回の頻度で3か月ほど継続する必要があり、自己負担額は、1回あたり400~600円です。
装具費用は2万円前後が目安ですが、使用する素材や種類により変動します。
以上
参考文献
Howells NR, Brunton LR, Robinson J, Porteus AJ, Eldridge JD, Murray JR. Acute knee dislocation: an evidence based approach to the management of the multiligament injured knee. Injury. 2011 Nov 1;42(11):1198-204.
Wascher DC, Dvirnak PC, DeCoster TA. Knee dislocation: initial assessment and implications for treatment. Journal of orthopaedic trauma. 1997 Oct 1;11(7):525-9.
Seroyer ST, Musahl V, Harner CD. Management of the acute knee dislocation: the Pittsburgh experience. Injury. 2008 Jul 1;39(7):710-8.
Medina O, Arom GA, Yeranosian MG, Petrigliano FA, McAllister DR. Vascular and nerve injury after knee dislocation: a systematic review. Clinical Orthopaedics and Related Research®. 2014 Sep 1;472(9):2621-9.
Yeh WL, Tu YK, Su JY, Hsu RW. Knee dislocation: treatment of high-velocity knee dislocation. Journal of Trauma and Acute Care Surgery. 1999 Apr 1;46(4):693-701.
Arom GA, Yeranosian MG, Petrigliano FA, Terrell RD, McAllister DR. The changing demographics of knee dislocation: a retrospective database review. Clinical Orthopaedics and Related Research®. 2014 Sep;472:2609-14.
Moatshe G, Dornan GJ, Løken S, Ludvigsen TC, LaPrade RF, Engebretsen L. Demographics and injuries associated with knee dislocation: a prospective review of 303 patients. Orthopaedic journal of sports medicine. 2017 May 22;5(5):2325967117706521.
Ibrahim SA, Ahmad FH, Salah M, Al Misfer AR, Ghaffer SA, Khirat S. Surgical management of traumatic knee dislocation. Arthroscopy: The Journal of Arthroscopic & Related Surgery. 2008 Feb 1;24(2):178-87.
SISTO DJ, WARREN RF. Complete knee dislocation: a follow-up study of operative treatment. Clinical Orthopaedics and Related Research®. 1985 Sep 1;198:94-101.
Treiman GS, Yellin AE, Weaver FA, Wang S, Ghalambor N, Barlow W, Snyder B, Pentecost MJ. Examination of the patient with a knee dislocation: the case for selective arteriography. Archives of Surgery. 1992 Sep 1;127(9):1056-63.