心房頻脈(Atrial Tachycardia:AT)とは、心臓の上部にある「心房」で異常な電気信号が発生し、心臓が必要以上に速く拍動してしまう不整脈です。
通常の心拍数は1分間に60~100回程度の範囲内ですが、心房頻脈では1分間に150回以上の速い心拍数となり、動悸や息切れ、めまい、疲労感といった症状が起こります。
心房頻脈(AT)の病型
心房頻脈(AT)は発作性上室性頻拍(PSVT)の代表的な疾患として、局所型、多源性、持続性の3つに分類されます。
局所型心房頻脈
局所型心房頻脈は、心房内の特定の部位から規則的な電気的興奮が発生することによって起こる病態を指します。
局所型ATの発生部位と特徴
発生部位 | 心電図上の特徴 |
右心房上部 | 上向きのP波形 |
左心房後壁 | 二相性のP波形 |
冠静脈洞付近 | 下向きのP波形 |
多源性心房頻脈
多源性心房頻脈では、心房の複数箇所から不規則な電気的興奮が発生することにより、心拍のリズムが著しく乱れた状態となります。
多源性ATの特徴的所見
評価項目 | 臨床的特徴 |
P波の形態 | 多様な波形 |
心拍間隔 | 不規則変動 |
伝導様式 | 複数経路 |
持続性心房頻脈
持続性心房頻脈は一定期間以上にわたって持続的な頻脈状態が継続するものを指し、心機能への影響が懸念されます。
持続性ATの臨床分類
持続期間 | 臨床的特徴 |
1週間未満 | 自然停止例 |
1週間以上 | 除細動考慮 |
1年超過 | 器質的変化 |
心房頻脈(AT)の症状
心房頻脈(AT)は突発的な動悸や息切れといった循環器症状や、めまいや全身の疲労感が主な症状となります。
主な症状
心房頻脈を発症すると、心臓が通常よりも速く拍動する「動悸」が症状として現れます。
身体を動かしたり、階段を登ったりするときには、心臓の拍動が速くなることで十分な血液を送り出せなくなり、息切れや呼吸困難感が強く現れます。
主要症状 | 身体への影響 |
動悸 | 心臓の拍動増加 |
息切れ | 酸素供給低下 |
めまい | 脳血流の減少 |
胸部症状 | 心臓周囲の不快感 |
その他の症状
- 意識レベルの軽度な低下
- 思考力や判断力の減退
- 食事量の減少
- 夜間の発汗増加
症状出現の時間帯による変化
一日の時間帯 | 症状の特徴と強さ |
起床直後 | 比較的穏やか |
活動時間帯 | 症状が顕著 |
夕方以降 | 疲労感が強い |
就寝前後 | 睡眠障害を伴う |
年齢層による症状の違い
心房頻脈による身体症状は、患者さんの年齢によって異なる特徴を示します。
年齢による分類 | 特徴的な症状 |
10代から20代 | 動悸が顕著 |
30代から50代 | 疲労感が主体 |
60代以上 | めまいが多い |
また、女性の患者さんでは、月経周期やホルモンバランスの変動に伴い心房頻脈の症状が変化することがあります。
心房頻脈(AT)の原因
心房頻脈(AT)は心房内の特定の部位からの異常な電気信号により、心房が異常に早く収縮することで起こります。
基礎心疾患(心臓に元からある病気)や生活習慣、高血圧、甲状腺機能亢進症、カフェインやアルコールの過剰摂取などが原因であると考えられています。
心臓内部での電気的な乱れ
心房頻脈の発生には、心房内における異常な電気的興奮が深く関与しており、通常の心臓のリズムを作り出す洞結節(心臓の自然なペースメーカー)の制御が乱れることで発症します。
心房内の特定の部位で異常な自動能(自発的に電気信号を出す能力)が亢進することにより、通常の洞調律(正常な心拍リズム)を上回る速さで興奮が伝わっていきます。
電気的異常の種類 | 心臓への影響 | 発生部位 |
異所性自動能 | 不規則な興奮 | 心房筋内 |
リエントリー現象 | 興奮の輪状伝播 | 心房壁 |
撃発活動 | 異常な後期電位 | 肺静脈付近 |
基礎疾患からの影響
基礎疾患による変化 | 心臓の構造変化 | 長期的影響 |
高血圧性変化 | 心房壁の肥厚 | 伝導障害 |
心不全進行 | 心腔拡大 | 自動能異常 |
弁膜症悪化 | 圧負荷増大 | 組織変性 |
生活環境要因の関与
過度なストレスや不規則な生活リズムを持つ方の場合、自律神経系のバランスが崩れるため、心房頻脈の発生リスクが上昇します。
環境要因 | 自律神経への影響 | 心臓への作用 |
精神的ストレス | 交感神経優位 | 心拍数上昇 |
睡眠不足 | 副交感神経低下 | 調律異常 |
過度な運動 | 自律神経失調 | 不整脈誘発 |
誘発因子
- 加齢に伴う心房筋の変性と線維化
- 電解質バランスの急激な変動
- 甲状腺機能亢進症などの内分泌疾患
- 特定の薬剤による心臓への悪影響
- 開胸手術後の癒着や瘢痕形成
生活習慣 | 心臓への負担 | リスク度 |
過度な飲酒 | 心筋障害 | 極めて高い |
喫煙習慣 | 血管収縮 | 著しく高い |
運動不足 | 心機能低下 | 比較的高い |
心房頻脈(AT)の検査・チェック方法
心房頻拍(AT)の診断では、12誘導心電図による波形分析を基本とし、ホルター心電図検査による長時間記録、心臓超音波検査による心機能評価、電気生理学的検査(EPS)などを実施していきます。
診察の基本と問診のポイント
問診では自覚症状の発症時期や持続時間、運動や姿勢による症状の変化などについて確認します。
身体診察では頸静脈の拍動状態や心音、肺音の聴診を行います。
基本的な検査の進め方
検査段階 | 実施項目 | 評価内容 |
---|---|---|
第一段階 | 12誘導心電図 | P波の形態解析 |
第二段階 | 心臓超音波 | 心機能評価 |
第三段階 | 血液検査 | 基礎疾患の確認 |
心電図所見の特徴
心房頻拍の診断では、以下の心電図所見を分析します。
- 心房内伝導パターン
- 心拍数の変動幅
- P波の形状変化
- QRS波形の特徴
非侵襲的検査による評価
検査方法 | 主な目的 | 特記事項 |
---|---|---|
運動負荷試験 | 誘発性の確認 | 安全性の確保 |
心エコー図 | 器質的評価 | 即時性がある |
胸部レントゲン | 心陰影の確認 | 被曝に注意 |
電気生理学的検査の意義
検査内容 | 評価項目 | 診断的価値 |
---|---|---|
心腔内心電図 | 局所電位 | 高精度 |
プログラム刺激 | 誘発性 | 確実性 |
三次元マッピング | 伝導経路 | 視覚的理解 |
確定診断
非侵襲的検査で診断が確定しない場合には、電気生理学的検査(カテーテル検査)による評価を実施します。
診断段階 | 実施項目 |
---|---|
初期評価 | 体表心電図 |
詳細検査 | 電気生理検査 |
最終確認 | 総合評価 |
発作時の心電図記録と電気生理学的検査の結果を総合的に判断することで、心房頻拍の診断精度を高めることができます。
心房頻脈(AT)の治療方法と治療薬について
心房頻脈(AT)の治療法には、薬物による内科的治療、カテーテルを用いた低侵襲治療、そして外科的手術の3つがあります。心臓の状態や全身状態を総合的に判断し、治療方針を決定します。
治療選択の判断基準 | 推奨される治療法 | 期待される効果 |
---|---|---|
軽症例 | 薬物療法 | 症状改善 |
中等症 | カテーテル治療 | 根治可能 |
重症例 | 外科手術 | 確実な治療 |
内科的治療
心拍数を抑制する目的で、β遮断薬(心臓の拍動を遅くする薬)やカルシウムチャネル遮断薬(心臓の電気信号を調整する薬)を第一選択薬として使用します。
治療薬の種類 | 主たる効果 | 投与タイミング |
---|---|---|
β遮断薬 | 心拍数低下 | 毎日定時 |
Ca拮抗薬 | 伝導抑制 | 毎日定時 |
抗不整脈薬 | リズム調整 | 発作時 |
カテーテル治療
薬物療法で十分な効果が得られない場合には、カテーテルアブレーション治療を検討します。
カテーテルアブレーション治療では、足の付け根から細い管(カテーテル)を心臓まで通し、不整脈の原因となっている部分を治療します。
治療方法 | 所要時間 | 入院日数 | 社会復帰 |
---|---|---|---|
通常治療 | 3時間程度 | 4〜5日 | 2週間後 |
緊急治療 | 2時間以内 | 1週間 | 3週間後 |
外科的治療
手術の種類 | 特徴的な点 | 回復期間 |
---|---|---|
開胸手術 | 確実な治療 | 1ヶ月以上 |
胸腔鏡手術 | 傷が小さい | 2週間程度 |
心房頻脈(AT)の治療期間
心房頻脈(AT)の治療期間は症状の程度や全身状態、治療方法によって異なりますが、おおよそ3ヶ月から1年程度の期間を要します。
カテーテルアブレーションを行う場合は、通常3泊4日程度の入院期間が必要です。
治療開始時の状態 | 予測される治療期間 | 考慮すべき要素 |
軽症 | 3-6ヶ月 | 自覚症状の程度 |
中等症 | 6-9ヶ月 | 心機能の状態 |
重症 | 9-12ヶ月 | 合併症の有無 |
治療効果の確認スケジュール
治療中は定期的な診察と心電図検査による経過観察を通じて、治療効果を評価していきます。
観察期間 | 確認項目 | 評価のポイント |
初期1ヶ月 | 自覚症状 | 動悸の頻度 |
3ヶ月目 | 心電図所見 | 不整脈の出現頻度 |
6ヶ月目 | 生活の質 | 日常活動への影響 |
長期的な経過観察
経過観察の段階 | 来院頻度 | 主な確認事項 | フォロー内容 |
治療初期 | 週1回 | 症状変化 | 服薬状況 |
安定期 | 月2回 | 生活習慣 | 運動指導 |
維持期 | 月1回 | 全身状態 | 予防指導 |
心房頻脈の治療効果を維持するためには、症状が落ち着いた後も定期的な経過観察を継続することが重要です。
治療開始から1年が経過した後も、3ヶ月から6ヶ月に1回程度の定期的な受診を通じて、心臓の状態を確認していくことをお勧めしています。
薬の副作用や治療のデメリットについて
心房頻脈(AT)の治療において使用される抗不整脈薬や高周波カテーテルアブレーションには、体質や年齢によって異なる副作用やリスクが伴うため、慎重な経過観察が重要となります。
抗不整脈薬の副作用
薬剤の分類 | 発現しやすい副作用 | 注意すべき患者群 |
Ⅰa群薬 | 消化器症状、めまい | 高齢者、腎機能低下 |
Ⅰc群薬 | 視覚異常、頭痛 | 虚血性心疾患患者 |
Ⅲ群薬 | QT延長、徐脈 | 電解質異常のある方 |
カテーテル治療に伴うリスク
高周波カテーテルアブレーション実施時には、心タンポナーデ(心臓周囲に水が貯まる状態)や血管損傷などの合併症リスクがあります。
合併症の種類 | 早期発見のポイント | 予防的対策 |
出血 | バイタルサイン変動 | 凝固能確認 |
感染 | 発熱、炎症反応上昇 | 無菌操作徹底 |
血栓症 | 突然の痛み、腫脹 | 抗凝固療法 |
年齢層別の治療リスク
年齢区分 | 特徴的な副作用 | 投薬上の留意点 |
若年層 | 活動性低下 | 用量調整必要 |
中年層 | 自律神経症状 | 生活習慣指導 |
高齢層 | 転倒、せん妄 | 少量から開始 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
心房頻脈(AT)の治療費は保険診療が適用され、自己負担は3割が一般的です。
基本的な診療費の目安
一般的な外来診療では、診察や心電図検査などの基本的な検査を含めて、1回あたり5,000円から15,000円の自己負担となります。
検査項目 | 自己負担額(3割負担の場合)の目安 |
心電図検査 | 1,500円 |
血液検査 | 2,000円 |
胸部レントゲン | 1,800円 |
心エコー検査 | 3,500円 |
入院治療に関わる費用
症状や状態により入院治療が必要となり、入院費用は治療内容により変動します。
入院時にかかる費用
- 術前検査費用
- 入院時の基本料金
- 手術料
- 使用する医療機器代
- 投薬費用
治療内容 | 概算費用(3割負担の場合) |
カテーテルアブレーション手術 | 25万円~35万円 |
入院費用(5~7日) | 8万円~12万円 |
以上
参考文献
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