急性冠症候群(ACS)

急性冠症候群(Acute Coronary Syndrome:ACS)とは、心臓を養う血管(冠動脈)の血流が突如として悪化する、緊急性を要する心臓疾患群を包括する疾患概念です。具体的には、不安定狭心症、ST上昇型心筋梗塞、非ST上昇型心筋梗塞などが含まれます。

胸部の激痛や圧迫感、呼吸困難などが急激に現れ、迅速な診断と対応が生命予後を左右するため、このような症状を感じた際は直ちに医療機関を受診することが重要です。

目次

急性冠症候群(ACS)の病型

急性冠症候群(ACS)は、主に非ST上昇型急性冠症候群(NSTE-ACS)とST上昇型心筋梗塞(STEMI)の2つに分類します。

対応項目NSTE-ACSSTEMI
初期評価詳細な評価迅速な診断
治療の緊急性中〜高極めて高い
主な治療法薬物療法、必要に応じて血行再建緊急の再灌流療法
モニタリング継続的な観察集中的な管理

NSTE-ACSの特徴

非ST上昇型急性冠症候群(NSTE-ACS)は、心電図検査でST部分(心電図の特定の波形)の上昇が見られないものを指します。

  • 不安定狭心症
  • 非ST上昇型心筋梗塞(NSTEMI)

NSTE-ACSの場合、冠動脈の狭窄や部分的な閉塞が生じていますが、完全閉塞には至っていないことが多いです。そのため、心筋への血流は減少しているものの、完全に途絶えてはいません。

病型心電図変化冠動脈の状態心筋への血流
NSTE-ACSST上昇なし狭窄または部分閉塞減少
STEMIST上昇あり完全閉塞途絶

STEMIの特徴

ST上昇型心筋梗塞(STEMI)は、心電図上でST部分の明確な上昇が見られるタイプです。この病型では、冠動脈の完全閉塞が起こっており、心筋への血流が完全に途絶えています。

緊急性の高い状態であり、迅速な再灌流療法(閉塞した血管を再び開通させる治療)が必要です。

急性冠症候群(ACS)の症状

急性冠症候群(ACS)の主な症状には、胸痛や胸部圧迫感、息苦しさ、冷や汗などがあり、突如として現れるのが特徴的です。

ACSの主な症状対応
持続する胸痛即時に救急車を呼ぶ
呼吸困難安静にし、医療機関に連絡
冷や汗バイタルサインを確認
放散痛痛みの範囲を確認し報告

胸部の痛み・圧迫感

急性冠症候群(ACS)では、これまで経験したことのないような胸の強い痛みや圧迫感が起こります。

急激な心臓の血流減少を示しており、「胸が締め付けられる」「重たい物を乗せられたような」感じとして表現されることが多いです。

痛みの広がりと持続時間

ACSによる胸部の不快感は、胸部だけにとどまらず、他の部位にも及ぶことがあります。特に肩や腕、左腕に放散することが多く、時には顎や背中にまで痛みが広がるケースもあります。

症状の持続時間は20分以上続き、安静にしても改善しないのが特徴です。

痛みの部位特徴
胸部中央部に強い痛みや圧迫感を感じる
左腕肩から指先まで放散する痛みがある
下顎に鈍い痛みを感じる
背中肩甲骨の間に不快感を覚える

呼吸困難・関連する諸症状

胸痛に加えて、呼吸が苦しくなる呼吸困難も急性冠症候群(ACS)の症状の一つです。心臓が十分な血液を送り出せないことによって息切れや息苦しさが起こり、深呼吸が困難になります。

また、呼吸困難に伴い、冷や汗、めまい、吐き気、失神または失神寸前の状態などの症状が現れることがあります。

非典型的な症状

高齢者や女性、糖尿病患者では、胸痛がはっきりしない、または全く感じないことがあり、代わりに極度の疲労感や消化器症状(腹痛や嘔吐)が主となる場合があります。

患者群特徴的な症状
高齢者全身倦怠感、食欲不振
糖尿病患者軽度の不快感、無症状
女性胸部不快感、息切れ
慢性腎臓病患者むくみ、呼吸困難

急性冠症候群(ACS)の原因

急性冠症候群(ACS)の原因は、冠動脈内の動脈硬化プラーク(血管内壁に形成された脂質やコレステロールの塊)の破綻と、それに引き続いて起こる血栓形成です。

動脈硬化~ACSの根源となる血管の変化

動脈硬化は、長年の生活習慣や遺伝的要因によって起こる血管の慢性的な炎症性疾患です。冠動脈の内壁に脂質やコレステロールが徐々に蓄積し、プラークと呼ばれる隆起を形成していきます。

このプラークが不安定化すると、ACSを引き起こす引き金となります。

動脈硬化の主な危険因子

危険因子を複数抱える方ほど、ACSの発症リスクが高くなる傾向にあります。

危険因子血管への影響
高血圧血管壁への負担増大
脂質異常症コレステロール蓄積促進
糖尿病血管内皮機能の低下
喫煙酸化ストレスの増加

動脈硬化が進行すると、プラークの表面を覆う線維性被膜が徐々に薄くなり、破綻しやすい状態になります。プラークの破綻は、以下のような要因によって引き起こされることが多いです。

  • 急激な血圧上昇
  • 強い精神的ストレス
  • 過度の身体活動
  • 寒冷刺激

プラーク破綻部位では、露出した内容物と血液成分の相互作用により、急速に血栓(血の塊)が形成されます。この血栓が冠動脈を部分的または完全に閉塞することで、心筋への血流が制限され、ACSの発症原因となります。

遺伝的要因

ACSの家族歴のある方や特定の遺伝子多型(遺伝子の個人差)を持つ方は、ACSのリスクが高くなる傾向があります。

急性冠症候群(ACS)の検査・チェック方法

急性冠症候群(ACS)の診断では、心電図検査、血液検査(心筋マーカー)、冠動脈造影などを行い、胸痛の原因がACSであるか、またどの程度の重症度かを判断します。

初期評価・身体診察

全身状態の評価では、血圧や脈拍、呼吸数、体温、酸素飽和度などのバイタルサインを測定し、全体的な健康状態を把握します。

また、聴診器を使って心音や肺音を注意深く確認し、心臓や肺に異常がないかを評価します。

評価項目確認ポイント
血圧低下や上昇
脈拍脈が速くなる(頻脈)や不整脈
呼吸呼吸が速くなる(頻呼吸)や呼吸困難
皮膚冷たさや汗をかいている

心電図検査

12誘導心電図を速やかに記録し、ST部分の上昇や低下、T波の異常、Q波の出現などを評価します。特にST上昇型心筋梗塞(STEMI)の早期発見は、血流を再開させる治療(再灌流療法)を迅速に行うために重要となります。

必要に応じて、時間を追って心電図の変化を監視することもあります。

血液検査

心筋逸脱酵素の測定は、ACS診断に欠かせないものとなります。トロポニンTやIは高い感度と特異度を持つマーカーであり、時間を追って測定することで診断の助けとなります。また、CK-MBも併せて測定し、心筋障害の程度を評価します。

その他、血球数や電解質、腎機能、肝機能などの一般的な血液検査も実施し、患者さんの全身状態を把握していきます。

検査項目主な評価内容
トロポニンT/I心筋障害の有無と程度
CK-MB心筋細胞の損傷状況
血球数貧血や炎症の有無
電解質体内のミネラルバランス

画像診断

検査法主な評価項目
心エコー心臓の壁の動きの異常、心機能
冠動脈CT冠動脈の狭窄、石灰化の程度
冠動脈造影冠動脈の詳細な状態評価

以上の検査結果を総合的に判断し、ACSの確定診断を行います。ACSの治療は時間との戦いであり、素早い診断と速やかな治療開始が重要となります。

急性冠症候群(ACS)の治療方法と治療薬について

急性冠症候群(ACS)の治療では、再灌流療法と薬物療法を組み合わせ、生命予後の改善と心筋障害を最小限に抑えることを目指します。一刻を争う状況の中で、的確な判断と迅速な対応が必要です。

再灌流療法

ACSの治療では、閉塞した冠動脈を速やかに再開通させることが大切です。再灌流療法には、主に以下の二つの方法があります。

  1. 経皮的冠動脈インターベンション(PCI)
    • PCIは、カテーテル(細い管)を用いて冠動脈の狭くなった部分を広げ、ステント(金属の網状の筒)を留置する手技です。多くの場合、第一選択として実施します。
  2. 血栓溶解療法
    • PCIをすぐに実施できない状況では、血栓溶解薬を投与して血の塊を溶かす方法を選択することがあります。

薬物療法で用いる主な薬剤

薬剤分類主な作用代表的な薬剤名
抗血小板薬血小板凝集抑制アスピリン、クロピドグレル
抗凝固薬血液凝固阻害ヘパリン、エノキサパリン
β遮断薬心筋酸素消費量減少メトプロロール、カルベジロール
ACE阻害薬/ARB心臓リモデリング抑制エナラプリル、ロサルタン

急性期の管理

  • 酸素投与(必要に応じて)
  • 疼痛管理(主にモルヒネなどの鎮痛薬使用)
  • 血行動態の維持(点滴や血圧を上げる薬の使用)
  • 不整脈の監視と対応

ACSの急性期には、全身状態の安定化が欠かせません。24時間体制で患者さんの状態を見守り、心臓への負担を軽減しながら二次的な合併症を予防します。

再発予防

ACSの急性期を脱した後も、長期的な治療継続が必要です。再発を防ぐための薬物療法と、生活習慣の改善が治療の柱となります。

長期治療の要素具体的な内容期待される効果
薬物療法抗血小板薬、スタチンなどの継続血栓予防、コレステロール低下
生活習慣改善禁煙、食事療法、運動療法心血管リスクの低減
定期的な検査心機能評価、冠動脈造影など早期の異常発見と対応

急性冠症候群(ACS)の治療期間

急性冠症候群(ACS)の治療期間は、一般的には急性期治療(数日から数週間)と長期治療(数ヶ月から数年)に分けられ、急性期には症状の改善と安定化を図り、長期治療では再発予防と心機能の改善を目指します。

入院期間と初期治療

ACSと診断された場合、一般的に3日から7日程度の入院が必要となり、24時間体制で状態を観察しながら治療を行います。

入院中の主な治療目的
薬物療法血栓の予防と心筋保護
PCI狭窄した冠動脈の拡張
モニタリング心臓の状態と全身状態の観察
安静心臓への負担軽減

退院後の回復期間

ACSからの完全な回復には時間がかかるため、退院後2〜3か月の間、定期的な通院と自宅での療養を続ける必要があります。

この期間中は処方された薬の確実な服用や、徐々に強度を上げていく運動療法、塩分や脂肪分を控えた食事療法の継続を実施していきます。

薬の副作用や治療のデメリットについて

急性冠症候群(ACS)の治療薬は、出血のリスクや腎機能障害、アレルギー反応などの副作用を引き起こす可能性があります。また、カテーテル治療では再狭窄のリスク、外科手術では出血や感染症などのリスクが伴います。

薬物療法に伴う副作用

ACS治療で使用する薬剤には、それぞれに副作用があります。抗血小板薬や抗凝固薬は出血リスクを高めるため、特に注意が必要です。日常生活で軽微な怪我でも出血が止まりにくくなり、胃腸障害や皮膚の発疹などの副作用も報告されています。

また、スタチン系薬剤(コレステロールを下げる薬)は、筋肉痛や肝機能障害といった副作用が起こる可能性があるほか、稀ではありますが、重篤な筋障害(横紋筋融解症)を発症することがあります。

薬剤分類主な副作用
抗血小板薬・抗凝固薬出血傾向、胃腸障害
スタチン系薬剤筋肉痛、肝機能障害
β遮断薬疲労感、性機能障害

侵襲的処置に伴うリスク

冠動脈インターベンション(PCI)やバイパス手術などの侵襲的処置には、一定のリスクを伴います。

PCIでは、カテーテル挿入部位の出血や血腫形成、稀に冠動脈解離や心タンポナーデ(心臓を取り囲む袋に血液がたまる状態)などの合併症が起こることがあります。造影剤を使用するため、腎機能障害のある方は造影剤腎症のリスクに注意が必要です。

また、バイパス手術には術後の感染症や心房細動、脳卒中などのリスクがあります。

処置主なリスク
PCI出血、血腫、冠動脈解離
バイパス手術感染症、心房細動、脳卒中

長期的な薬物療法のリスク

ACS治療後は、再発予防のため長期にわたる薬物療法が必要です。長期服薬に伴うリスクは以下のとおりです。

長期使用薬剤潜在的リスク
抗血小板薬消化管出血
スタチン系薬剤糖尿病発症リスク上昇
ACE阻害薬慢性的な咳嗽(せき)

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

急性冠症候群(ACS)の治療費は健康保険の適用となります。具体的な費用は、個々の状態や必要な処置によって大きく変わります。

入院費用の概要

ACSの治療では、通常1週間から2週間程度の入院が必要となります。入院費用には、病室代、食事代、看護料などが含まれます。また、心電図モニタリングや血液検査などの検査費用も発生します。

項目概算費用(1日あたり)
病室代5,000円~20,000円
食事代1,500円~3,000円
看護料3,000円~7,000円

検査・処置の費用

検査・処置概算費用
冠動脈造影検査150,000円~250,000円
PCI800,000円~1,500,000円
心臓CT検査30,000円~50,000円

ACSの治療に関連する主な費用項目

  • 入院基本料
  • 検査費用(血液検査、心電図、心エコーなど)
  • 処置費用(PCI、ステント留置など)
  • 薬剤費
  • リハビリテーション費用

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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