抜毛症(trichotillomania)とは、自分の髪の毛や体毛を何度も引き抜いてしまう衝動制御障害です。
抜毛症は、強い衝動に突き動かされて起こり、患者さん本人が抑えるのが難しく、抜毛の標的になる部位は、頭髪だけでなく、眉毛やまつ毛、腕毛、陰毛など多岐にわたります。
抜毛行動の直前には緊張感や不安が高まり、抜いている最中には一時的に気持ちが楽になったり、解放感を感じたりします。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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抜毛症の症状
抜毛症の症状は、自分の髪の毛や体毛を何度も引き抜いてしまう衝動制御障害です。
抜毛の標的となる部位
抜毛症の方が抜く毛髪の部位で最も多いのは頭髪ですが、眉毛やまつ毛、腕毛、陰毛なども対象になります。
経過とともに、抜毛の部位が移り変わることも。
抜毛行為の特徴
抜毛前 | 抜毛中 | 抜毛後 |
---|---|---|
緊張感 | 安堵感 | 罪悪感 |
不安 | 解放感 | 自己嫌悪 |
抜毛行為の直前には緊張や不安を感じ、抜いている最中は気持ちが軽くなったり、解放感を感じたりします。
ただし、抜毛後には罪悪感や自己嫌悪に悩まされることがあり、この気持ちの変化が抜毛行動を繰り返す要因です。
抜毛の意識レベル
抜毛症の方の意識レベルは人それぞれです。
- 無意識のうちに毛を抜いてしまう
- 意識的に行う
- 特定の種類の毛を探し出して抜く
抜毛に伴う行動
抜毛症の方は、毛を抜いた後に特有の行動をとることがあります。
行動 | 詳細 |
---|---|
触覚的行動 | 指で挟んで転がす |
口腔内行動 | 歯で挟んで引っ張る、噛む |
摂取行動 | 抜いた毛を飲み込む |
抜いた毛を飲み込むと、胃や消化管に毛髪胃石ができることがあります。
毛髪胃石により出る症状
- 食事中にすぐお腹いっぱいになる
- 吐き気
- 嘔吐
- 消化器の痛み
抜毛症に伴う他の行動
抜毛症の方は、毛を抜く以外にも体に関する繰り返し行為をすることがあります。
見られる症状は、皮膚をむしったり、爪や頬の内側を噛んだりする行為、うつなどです。
自分の外見や行為をコントロールできないことに戸惑い、脱毛を隠すために、かつらやスカーフを使ったり、より広い範囲から毛を抜いたりすることもあります。
抜毛症の原因
抜毛症は、遺伝子、脳の働き、心理状態、生活環境など、いろいろな要素が関連して起こります。
遺伝的背景
遺伝子は抜毛症の発症の要因の一つです。
双子を調査した研究から、抜毛症には遺伝的な傾向があることがわかっていて、また、特定の遺伝子に変化があると、抜毛症になりやすくなります。
遺伝的要素 | 影響 |
---|---|
家族歴 | リスク上昇 |
遺伝子変異 | 発症しやすさ |
脳の仕組みの関与
脳内の化学物質のバランスの乱れが抜毛症を起こし、セロトニンやドーパミンといった神経伝達物質の異常が関係している可能性があります。
また、思春期のホルモンの変化も抜毛症の発症に影響を与えます。
脳の要素 | 関連する物質 |
---|---|
神経伝達物質 | セロトニン、ドーパミン |
ホルモン | 性ホルモン、ストレスホルモン |
心理的な背景
ストレスや不安は抜毛症の心理的要因です。
次のような心理状態が毛を抜く行為のきっかけになります。
- 強い緊張
- 不安
- イライラ
- 退屈
毛を抜くことで一時的に気持ちが落ち着くため、ストレス解消法として習慣化してしまいます。
環境の影響
生活環境や家庭環境も抜毛症の発症に関係することがあります。
リスクを高める環境要因
- 家庭内の問題
- 学校や職場でのプレッシャー
- 心に残る辛い経験
抜毛症の検査・チェック方法
抜毛症の診断は、問診と身体検査を中心に進めます。
抜毛症の診断プロセス
抜毛症の診断では、患者さんの症状や行動を把握し、他の疾患との鑑別を行います。
診断プロセス
- 問診
- 身体検査(頭皮と毛髪の状態確認)
- 心理状態の評価(うつ症状や不安)
- 必要に応じた追加検査の実施
問診では抜毛行為の頻度や状況ストレス要因などを尋ね、身体検査では頭皮や毛髪の状態を観察し、抜毛の跡や、毛髪の生え具合などを確認します。
検査項目 | 注目すべきポイント |
頭皮の状態 | 炎症や傷跡の有無 |
毛髪の様子 | 長さのばらつき、密度の変化 |
抜毛の箇所 | 特定の部位に集中しているか |
診断基準と評価スケール
抜毛症の診断には世界的に認められた基準を用い、代表的なものは、DSM-5(精神疾患の診断・統計マニュアル第5版)です。
DSM-5による抜毛症の診断基準 | 内容 |
基準A | 繰り返し毛髪を引き抜く行為がある |
基準B | 毛髪を引き抜く行為をやめようと試みている |
基準C | 顕著な苦痛や日常生活への支障がある |
基準D | 他の精神疾患や身体疾患では説明できない |
追加検査の種類と役割
通常の診察だけでは診断が難しかったり他の疾患との鑑別が必要な場合は、追加の検査を行うこともあります。
追加検査
- 毛髪検査(トリコグラム)
- 血液検査
- 頭皮の組織検査
- 心理テスト
抜毛症の治療法と治療薬について
抜毛症の治療には、薬物療法や認知行動療法などの心理療法を用います。
抜毛症治療の基本方針
抜毛症の治療では、患者さんの症状や生活環境に合わせた総合的なアプローチが必要です。
薬物療法と心理療法を組み合わせることで、より効果的な治療結果を得られます。
薬物療法による抜毛症の管理
抜毛症の薬物療法で使用する薬剤
- 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)
- N-アセチルシステイン(NAC)
- オラミン
- クロミプラミン
薬剤は脳内の神経伝達物質のバランスを調整し、抜毛衝動を和らげる効果があります。
薬剤名 | 作用 |
SSRI | セロトニン増加 |
NAC | グルタミン酸調整 |
オラミン | ドーパミン増加 |
認知行動療法
認知行動療法は、抜毛症の治療において大きな役割があります。
認知行動療法では、患者さんの抜毛行動のパターンや引き金となる要因を見つけ、対処するための技術を身につけます。
代表的な認知行動療法
- 習慣逆転法
- 刺激制御法
- リラクセーション技法
- マインドフルネス
テクニック | 目的 | 期待される効果 |
習慣逆転法 | 抜毛衝動の置き換え | 抜毛行動の減少 |
刺激制御法 | 抜毛のきっかけ回避 | 衝動の予防 |
リラクセーション | ストレス軽減 | 全般的な症状改善 |
認知行動療法は、週1回のセッションを数か月から1年です。
治療の経過と予後
多くの患者さんは、適切な治療を3〜6か月続けることで症状の改善を感じます。
ただし、完全な回復までには1年以上かかることもあり、個人差が大きいです。
治療中に注意する点
- 抜毛行動の頻度と強さの変化
- 新しい髪の成長状況
- 患者の心理状態の変化
- 薬物療法の効果と副作用
薬の副作用や治療のデメリットについて
抜毛症の治療には薬物療法や行動療法など様々な方法があり、それぞれに副作用やデメリットがあります。
薬物療法に伴う副作用
抜毛症の薬物療法では選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)や三環系抗うつ薬を使用し、効果が期待できる反面、副作用のリスクも伴います。
SSRIの副作用
- 吐き気や食欲低下
- 不眠や過度の眠気
- 性機能の問題
- 体重の増加
- めまいや頭痛
三環系抗うつ薬の副作用は、SSRIと比べてより強く現れるので注意が必要です。
薬剤の種類 | 副作用 |
SSRI | 胃腸症状、睡眠の乱れ、性機能障害 |
三環系抗うつ薬 | 口の渇き、便秘、急に立ったときの血圧低下、眠気 |
長期服用に伴うリスク
抜毛症の治療は長期にわたることが多く、薬物療法を続ける場合は長期服用のリスクもあります。
長期服用に伴うリスク
- 薬への依存
- 肝臓や腎臓への負担
- 骨の密度低下
- 代謝の異常
リスクを最小限に抑えるため、定期的に血液検査や臓器の機能検査を受けることが大切です。
治療の中断や変更に伴う問題
薬物療法を急に止めると、離脱症状が出る可能性があります。
離脱症状 | 例 |
体の症状 | めまい、吐き気、汗が出る |
心の症状 | 不安感、イライラ、眠れない |
治療の変更や中止を考える際は、指示に従って徐々に行います。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
薬物療法にかかる費用
薬物療法は、抜毛症治療の主要な選択肢です。
薬剤の種類 | 保険適用 | 治療費(月額) |
SSRI | あり | 3,000円~10,000円 |
三環系抗うつ薬 | あり | 2,000円~8,000円 |
N-アセチルシステイン | なし | 5,000円~15,000円 |
精神療法の費用
精神療法、特に認知行動療法は抜毛症治療に有効とされていますが、多くの場合、精神療法は保険適用外です。
- 個人療法:1回あたり10,000円~20,000円
- グループ療法:1回あたり5,000円~10,000円
- オンラインカウンセリング:1回あたり8,000円~15,000円
その他の治療法にかかる費用
薬物療法や精神療法以外にも、様々な治療法があります。
治療法 | 保険適用 | 治療費 |
光線療法 | なし | 1回あたり5,000円~10,000円 |
育毛治療 | なし | 1回あたり15,000円~30,000円 |
頭皮マッサージ | なし | 1回あたり3,000円~8,000円 |
これらの治療法は主に美容目的とみなされるため、保険適用外です。
以上
参考文献
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