無汗症(anhidrosis)は、体が必要量の汗を作り出せない状態です。
無汗症は体全体または特定の部位で起こり、体温を効果的に調整できないため、暑熱環境や運動中に重大な健康上の危険に陥ることがあります。
発症の原因は、遺伝子異常、神経系の機能不全、皮膚への傷害などです。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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無汗症の病型
無汗症の病型は、先天性無汗症と後天性無汗症です。
無汗症の病型概要
無汗症は発症時期や原因により、先天性と後天性に分けられます。
先天性無汗症は遺伝子の変異が原因で生まれつき汗腺の機能に障害があり、後天性無汗症は後天的に汗腺の機能が低下または停止した状態です。
病型 | 発症時期 | 原因 |
先天性無汗症 | 出生時 | 遺伝子変異 |
後天性無汗症 | 生後 | 外的要因・内的要因 |
先天性無汗症
先天性無汗症は生まれつき汗腺の発達や機能に問題があり、エクトデルマル異形成症候群などの遺伝性疾患と関連することが多いです。
先天性無汗症では、エクリン汗腺の欠損や機能不全が特徴です。
エクリン汗腺は体温調節に重要な役割を果たすため、機能不全は体温調節障害を起こし、幼少期から症状が現れ、暑さに弱く熱中症のリスクが高まります。
後天性無汗症
後天性無汗症は、生後に様々な要因によって汗腺の機能が低下に問題がある状態です。
神経系の障害、皮膚の損傷、全身性疾患などが原因で発症し、エクリン汗腺だけでなく、アポクリン汗腺も影響を受けます。
症状の範囲は、全身性から局所性まで様々です。
- 全身性無汗症:体全体の発汗が著しく減少または停止
- 局所性無汗症:特定の部位のみ発汗が減少または停止
後天性無汗症の発症は、突然または徐々に進行します。
無汗症の症状
無汗症の主な症状は、汗の分泌減少または停止に伴う体温調節機能の低下です。
体温上昇と熱中症の危険性
無汗症の方は体温を効率よく下げにくいため暑熱環境や運動中に体温が急上昇し、熱中症や熱射病に陥るリスクが高まります。
肌の乾燥に伴う問題
汗の分泌減少は肌の乾燥を招き、次のような症状が起こります。
- 肌のひび割れ
- そう痒感
- 発疹
- 皮膚感染症のリスク上昇
体温調節の代替メカニズム
無汗症では、体は汗をかけないことを補おうと、別の方法で体温調節を試みます。
代替メカニズム | 現れる症状 |
呼吸回数の増加 | 息切れ、過呼吸 |
皮膚血流の増大 | 顔の赤み、めまい |
全身に及ぶ影響と併発する問題
無汗症は体全体に作用し、様々な全身症状が現れます。
症状 | 状態 |
だるさ | 体力の低下、疲れやすさ |
めまい | 立ちくらみ、ふらつき感 |
頭痛 | 持続する頭痛、片頭痛 |
筋肉の痛み | 運動後の筋肉痛増強 |
無汗症の原因
無汗症の原因は遺伝的要因から後天的な要因まであり、汗腺や神経系の機能障害を起こす要素が関与しています。
遺伝的要因による無汗症
遺伝的要因は先天性無汗症の主な原因で、特定の遺伝子の変異が汗腺の発達や機能に影響を与えます。
エクトデルマル異形成症候群は、無汗症を起こす代表的な遺伝性疾患です。
エクトデルマル異形成症候群では、EDAR遺伝子やEDARADD遺伝子の変異が汗腺の形成不全を招きます。
遺伝子 | 関連する症候群 | 影響 |
EDAR | エクトデルマル異形成症候群 | 汗腺形成不全 |
EDARADD | エクトデルマル異形成症候群 | 汗腺形成不全 |
NTRK1 | 先天性無痛無汗症 | 汗腺の神経支配障害 |
神経系の障害による無汗症
神経系の障害も無汗症の原因の一つです。
汗腺は自律神経系によって制御されているため、神経系の問題は発汗機能に影響を与えます。
無汗症を起こす神経系の障害
- 末梢神経障害(糖尿病性神経障害など)
- 自律神経障害
- 中枢神経系の疾患(多発性硬化症、パーキンソン病など)
- 脊髄損傷
皮膚の損傷や疾患による無汗症
皮膚の直接的な損傷や疾患も、局所的な無汗症の原因です。
熱傷、外傷、皮膚移植、放射線治療などによる皮膚の損傷は、汗腺を破壊したり機能を低下させます。
無汗症を起こす皮膚疾患
皮膚疾患 | 無汗症との関連 |
乾癬 | 重度の場合、皮膚の肥厚により汗腺機能が阻害される |
汗孔角化症 | 汗腺開口部の角化により汗の排出が妨げられる |
全身性強皮症 | 皮膚の硬化により汗腺機能が低下する |
全身性疾患と無汗症の関連
様々な全身性疾患は神経系や皮膚に影響を与えることで、間接的に無汗症二次的に無汗症を起こします。
代表的な全身性疾患
- 糖尿病:末梢神経障害を通じて無汗症を起こす
- シェーグレン症候群:自己免疫反応により汗腺が障害される
- アミロイドーシス:アミロイドの沈着が汗腺機能を阻害する
- 甲状腺機能低下症:代謝の低下により発汗が減少する
薬剤性無汗症
一部の薬剤は副作用として無汗症を生じさせます。
無汗症を起こす薬剤
薬剤カテゴリー | 代表的な薬剤 | 無汗症との関連 |
抗うつ薬 | 三環系抗うつ薬 | 抗コリン作用により発汗を抑制 |
抗精神病薬 | フェノチアジン系薬剤 | 自律神経系に影響を与え発汗を減少 |
抗パーキンソン病薬 | ベンズトロピン | 抗コリン作用により発汗を抑制 |
制汗剤 | 塩化アルミニウム含有製品 | 汗腺開口部を物理的に閉塞 |
無汗症の検査・チェック方法
無汗症の診断は問診と身体診察から始まり、汗腺機能検査を経て確定診断に至ります。
問診と身体診察
問診では患者さんの症状や日常生活について聞き取りを行体温調節い、体温調節の乱れ、暑さへの耐性、肌の乾燥度合いなどを確認します。
身体診察で観察される肌の状態
- 肌の異常な乾燥感
- 毛穴のつまり
- 皮膚の質感変化
- 汗の出にくさや減少
汗腺機能検査
無汗症が疑われる時、いくつかの検査で汗腺の働きを評価します。
検査名 | 実施方法 | 評価ポイント |
ヨウ素デンプン法 | ヨウ素液とデンプンを塗り発汗を促す | 汗の分布と量 |
発汗テスト | 専用機器で汗の量を計測 | 単位時間当たりの発汗量 |
体温調節機能の把握
無汗症は体温調節と関わっているため、体温変化の観察も診断の手がかりです。
状況 | 観察内容 | 意義 |
安静時 | 平常時の体温 | 通常の体温調節能力 |
運動後 | 体温上昇と回復時間 | 熱ストレス下での調節能力 |
画像診断
必要に応じて、皮膚の画像検査を実施し汗腺の構造を調べます。
- 皮膚生検:汗腺の組織学的な検査
- 共焦点レーザー顕微鏡:傷をつけずに汗腺構造を観察
無汗症の治療法と治療薬について
無汗症の治療法は薬物療法、神経刺激療法、皮膚ケアなどを用いて、数週間から数か月、時には継続的に管理します。
原因別治療
遺伝性の無汗症、神経系の障害による無汗症、皮膚疾患に起因する無汗症など、それぞれに適した治療法があります。
遺伝性の無汗症では対症療法が中心ですが、神経系の障害による無汗症では原因疾患の治療が重要です。
原因 | 治療 |
遺伝性 | 対症療法、体温管理 |
神経系障害 | 原因疾患の治療、神経刺激療法 |
皮膚疾患 | 皮膚疾患の治療、皮膚ケア |
薬剤性 | 原因薬剤の変更または中止 |
薬物療法
薬物療法は、無汗症の種類や原因によって選択します。
使用される薬剤
- コリン作動薬(ピロカルピン、セビメリン):汗腺を刺激し、発汗を促進
- 抗コリンエステラーゼ薬(ネオスチグミン):神経伝達物質の分解を阻害し、発汗を促進
- 副腎皮質ステロイド:皮膚の炎症を抑制し、汗腺の機能を改善
神経刺激療法
電気刺激や磁気刺激を用いて汗腺を支配する神経の機能を活性化する神経刺激療法は、神経系の障害による無汗症に効果的な治療法です。
神経刺激療法
療法名 | 原理 | 適応 |
経皮的電気神経刺激(TENS) | 低周波電流で神経を刺激 | 局所性無汗症 |
反復経頭蓓磁気刺激(rTMS) | 磁気パルスで脳を刺激 | 全身性無汗症 |
イオントフォレーシス | 微弱電流で薬剤を皮膚に浸透 | 手掌・足底の無汗症 |
治療は週に2〜3回、数週間から数か月にわたって行います。
皮膚ケアと保湿
皮膚ケアは、皮膚疾患に起因する無汗症の治療に重要です。
保湿剤の使用や正しい洗浄方法は、皮膚のバリア機能を維持し汗腺の機能を支援します。
推奨する皮膚ケア方法
- 低刺激性の洗浄剤を使用し、過度の洗浄を避ける
- 保湿剤を定期的に塗布し、皮膚の乾燥を防ぐ
- 皮膚の過度の乾燥や亀裂を防ぐために、必要に応じてオクルージョン療法を行う
体温管理と熱中症予防
無汗症患者さんにとって、体温管理と熱中症予防は治療の一環です。
汗をかけないことによる体温上昇のリスクを軽減するために、以下のような方法を取り入れます。
- 冷却ベストや冷却スプレーの使用
- 適度な水分補給
- 温度・湿度の高い環境を避ける
- 運動時の注意と休憩の取り方
薬の副作用や治療のデメリットについて
無汗症の治療には薬による方法や外科的な手術など様々な選択肢があり、それぞれに副作用やリスクが伴います。
薬物療法に伴う副作用
無汗症の薬物治療では抗コリン薬や交感神経刺激薬を用い、副作用が報告されています。
薬の種類 | 副作用 |
抗コリン薬 | 口の渇き、便秘、排尿困難 |
交感神経刺激薬 | 心臓のドキドキ、不整脈、血圧上昇 |
副作用は、薬の量を調整したり使い方を変えたりすることで和らげられる場合もありますが、完全になくすのは難しです。
局所治療に潜むリスク
ボツリヌス毒素の注射や局所イオントフォレーシスといった部分的な治療も、無汗症の対策に使われ、気をつけるべき点がいくつかあります。
- ボツリヌス毒素注射
- 注射した部分の一時的な痛みや腫れ
- 近くの筋肉への影響で一時的に動きにくくなる
- まれに体全体に影響が出る(筋力が弱くなる、息苦しくなるなど)
- イオントフォレーシス
- 皮膚が赤くなったり刺激を感じたりする
- ごくまれに軽い火傷のような症状
- 長く続けると皮膚が乾燥したりひび割れたりする
外科手術のマイナス面
症状が重い場合は交感神経を切る手術も考慮しますが、手術には重大なリスクが伴います。
リスク | 内容 |
代償性発汗 | 他の部分で逆に汗が増える |
手術の合併症 | 出血、感染、神経を傷つける |
後戻りできない | 効果が永続的で元に戻せない |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
保険適用される治療と費用
無汗症の多くの治療法は、保険適用の対象です。
治療法 | 自己負担額(3割負担の場合) |
薬物療法(内服薬) | 約200円 + 薬剤費の3割 |
神経刺激療法(TENS) | 約100円/回 |
イオントフォレーシス | 約1,050円/回 |
皮膚生検 | 約3,600円 |
自己負担となる治療と費用
一部の特殊な治療法や美容目的と判断される治療は保険適用外となり、全額自己負担となります。
自己負担となる治療
- ボツリヌス毒素注射:1回あたり15万円〜30万円
- 交感神経切除術:50万円〜100万円
- レーザー治療:1回あたり5万円〜10万円
- 特殊な冷却装置:5万円〜20万円
治療期間と総費用
治療期間に応じた総費用の目安
治療期間 | 治療内容 | 総費用の目安(3割負担の場合) |
1ヶ月 | 薬物療法 | 5,000円〜10,000円 |
3ヶ月 | 薬物療法 + 神経刺激療法 | 20,000円〜40,000円 |
6ヶ月 | 薬物療法 + イオントフォレーシス | 50,000円〜100,000円 |
1年以上 | 複合的治療 + 定期検査 | 100,000円〜300,000円 |
以上
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