自己免疫性膵炎(Autoimmune pancreatitis:AIP)とは、膵臓に炎症が生じる慢性疾患の一つで、体内の免疫システムが誤って膵臓を攻撃することで起こります。
症状の現れ方は患者さんごとに多様で、腹部の痛みや黄疸(皮膚や白目が黄色くなる症状)などが代表的なものとなります。
自己免疫性膵炎(AIP)の病型
自己免疫性膵炎(AIP)は、1型と2型の2つに分類されます。日本では1型が主であり、単なる「自己免疫性膵炎」は1型を意味します。
自己免疫性膵炎の病型 | 1型 | 2型 |
主な分布地域 | アジア | 欧米 |
特徴的組織所見 | LPSP(リンパ球・形質細胞浸潤) | IDCP(好中球上皮病変) |
IgG4関連性 | あり | なし |
他臓器病変の頻度 | 多い | 少ない |
好発年齢 | 高齢者(60歳以上) | 若年〜中年(30〜50歳代) |
1型自己免疫性膵炎の特徴
1型自己免疫性膵炎は、日本を含むアジア地域で主に観察される病型で、リンパ球や形質細胞が膵臓に浸潤することが特徴です。
特に、IgG4(免疫グロブリンG4)陽性の形質細胞が多く見られます。また、花筵状線維化(はなむしろじょうせんいか)と呼ばれる特徴的な線維化パターンと、閉塞性静脈炎も観察されます。
このような特徴から、1型自己免疫性膵炎はlymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis(LPSP)という別名でも知られています。
また、IgG4関連疾患(全身の様々な臓器にIgG4陽性形質細胞が浸潤する疾患群)の膵臓における病変としても位置づけられています。
1型自己免疫性膵炎の特徴 | 説明 |
主な分布地域 | 日本を含むアジア地域 |
特徴的な細胞浸潤 | リンパ球・形質細胞(特にIgG4陽性) |
特徴的な組織所見 | 花筵状線維化、閉塞性静脈炎 |
別名 | LPSP(lymphoplasmacytic sclerosing pancreatitis) |
2型自己免疫性膵炎の特徴
2型自己免疫性膵炎は主に欧米地域で多く観察される病型であり、idiopathic duct-centric pancreatitis(IDCP)とも呼ばれます。
最大の特徴は、好中球上皮病変(granulocytic epithelial lesion;GEL)の存在であり、膵管上皮に好中球が浸潤することが特徴的な所見となります。
2型は1型と比較して、IgG4陽性細胞の浸潤が少ないか、ほとんど見られないという点が相違点です。また、他の自己免疫疾患との関連性も1型と2型で異なり、2型では炎症性腸疾患との合併が比較的多く報告されています。
2型自己免疫性膵炎の特徴 | 説明 |
主な分布地域 | 欧米地域 |
特徴的な組織所見 | 好中球上皮病変(GEL) |
別名 | IDCP(idiopathic duct-centric pancreatitis) |
IgG4陽性細胞の特徴 | 少ないか、ほとんど見られない |
自己免疫性膵炎(AIP)の症状
自己免疫性膵炎(AIP)の主な症状は、腹痛や黄疸(おうだん)、体重減少などです。
腹部の不快感・痛み
患者さんの多くでみられる症状が腹部の不快感や痛みで、上腹部や背中に現れることが多く、食事の前後で悪化します。
単なる胃腸の不調だと思い込み、診断が遅れるケースがありますので、持続する腹痛に対しては早期の受診が大切です。
黄疸
もう一つの特徴的な症状は黄疸(おうだん)です。黄疸は、膵臓の腫れが胆管を圧迫することで起こります。
黄疸の症状 | 詳細 |
皮膚の黄変 | 全身の皮膚が黄色みを帯びる |
眼球の黄変 | 白目の部分が黄色くなる |
尿の色の変化 | 尿の色が濃くなり、コーラ色になることもある |
便の色の変化 | 便が灰白色や粘土色になる |
黄疸に伴い、かゆみや疲労感、食欲不振などの症状も現れます。
消化器系の変化
- 食欲不振
- 悪心・嘔吐(おうと)
- 下痢または便秘
- 消化不良
- 膨満感
特に、膵酵素の分泌が減少することで脂肪の消化吸収が妨げられ、脂肪便(脂肪が多く含まれる軟便)が生じます。
全身症状・日常生活への影響
全身症状 | 日常生活への影響 |
倦怠感(けんたいかん) | 日常的な活動が困難になる |
発熱 | 体調不良により仕事や学業に支障をきたす |
体重減少 | 栄養不良のリスクが高まる |
筋肉や関節の痛み | 運動や日常動作に制限が生じる |
稀な症状と合併症
AIPでは、稀ではありますが、膵臓以外の臓器にも影響が及ぶことがあります。
影響を受ける臓器 | 関連症状 |
胆管 | 胆管炎、胆石症 |
唾液腺(だえきせん) | 口腔乾燥、唾液腺腫脹(しゅちょう) |
腎臓 | 間質性腎炎(かんしつせいじんえん) |
甲状腺 | 甲状腺機能低下症 |
自己免疫性膵炎(AIP)の原因
自己免疫性膵炎(AIP)は、体の免疫システムが膵臓を攻撃してしまうことが原因となります。
病型 | 主な特徴 | 関連する免疫細胞 |
1型AIP | IgG4関連疾患 | 形質細胞 |
2型AIP | 好中球性上皮病変 | 好中球 |
免疫システムの異常
通常、免疫システムは外敵から体を守る役割をしているのですが、AIPでは誤って自身の膵臓組織を攻撃してしまいます。
この異常な免疫反応により膵臓に炎症が生じ、機能障害を引き起こすのです。
具体的には、膵臓の腺房細胞や導管細胞が損傷を受け、膵液の分泌障害や消化酵素の産生低下などの問題が生じます。
遺伝的要因・環境因子
AIPの発症には、遺伝的要因と環境因子の両方が関与すると考えられています。
遺伝的要因としては、特定のHLA(ヒト白血球抗原)遺伝子との関連が指摘されており、特定のHLA型を持つ人がAIPを発症しやすい傾向があることが分かっています。
環境因子については感染症や喫煙などが挙げられますが、その詳細はまだ解明されていません。一部の研究では、特定のウイルス感染がAIPの引き金となる可能性が示唆されていますが、確定的な結論には至っていません。
要因 | 例 | 想定されるメカニズム |
遺伝的要因 | HLA遺伝子 | 免疫応答の異常調整 |
環境因子 | 感染症、喫煙 | 膵臓組織の慢性的な刺激 |
自己抗体の役割
自己抗体は通常、体内の異物を認識して攻撃する役割を持っていますが、AIPでは自身の組織を異物と誤認識します。
特に1型AIPでは、抗ラクトフェリン抗体や、抗カルボニックアンヒドラーゼII抗体などの自己抗体が検出されます。
このような自己抗体が膵臓組織を標的とすることで、炎症反応が起こると考えられています。
自己抗体の種類 | 標的となる膵臓の成分 |
抗ラクトフェリン抗体 | 膵液中のタンパク質 |
抗カルボニックアンヒドラーゼII抗体 | 膵管上皮細胞の酵素 |
自己免疫性膵炎(AIP)の検査・チェック方法
自己免疫性膵炎(AIP)の診断では、血液検査、画像検査、病理検査などを実施します。
AIPの診断における基本的な検査手順
診断の初期段階では、血液検査で膵酵素や炎症マーカーの値を確認します。AIP患者さんでは、血清IgG4(免疫グロブリンG4)値が上昇していることが多いため、この値も重要な診断指標となります。
ただし、IgG4値の上昇だけでAIPと断定することはできないため、他の検査結果と合わせて総合的に判断する必要があります。
検査項目 | 主な目的 | 特記事項 |
血清IgG4 | AIPの診断指標 | 高値でもAIP確定診断には不十分 |
膵酵素(アミラーゼ、リパーゼ) | 膵臓の炎症評価 | AIP以外の膵疾患でも上昇 |
CRP(C反応性タンパク) | 全身の炎症状態確認 | 非特異的な炎症マーカー |
抗核抗体 | 自己免疫疾患の可能性評価 | AIP以外の自己免疫疾患でも陽性 |
画像診断
CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像法)、超音波内視鏡(EUS)などの検査を行い、膵臓の腫大や特徴的な所見を確認していきます。
特にERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)は、主膵管の狭細化や途絶といったAIPに特徴的な所見を捉えるのに非常に有効です。
この検査では、X線透視下で内視鏡を用いて直接膵管を造影するため、他の画像検査では捉えにくい変化も調べることができます。
画像検査 | 主な利点 | 観察ポイント |
CT | 全体像の把握が容易 | 膵臓のソーセージ様腫大 |
MRI | 軟部組織の描出に優れる | T2強調画像での信号変化 |
超音波内視鏡 | 高解像度での観察が可能 | 膵実質の微細な変化 |
ERCP | 膵管の直接造影が可能 | 主膵管の狭細化パターン |
※AIPと膵臓癌は画像所見が類似していることがあるため、慎重な鑑別が必要です。
病理学的診断
AIPの確定診断のために、EUS-FNA(超音波内視鏡下穿刺吸引法)などによる組織生検で得られた試料を分析し、AIPに特徴的な病理所見を確認します。
AIPの病理所見の特徴
- リンパ球とIgG4陽性形質細胞の著明な浸潤
- 特徴的な線維化パターン(花筵状線維化)
- 閉塞性静脈炎の存在
ただし、生検で得られる組織量が限られる場合もあるため、病理所見のみでの診断確定は困難な場合もあります。
国際診断基準
AIPでは、国際的に認められた診断基準があります。
診断項目 | 主な内容 | 評価ポイント |
画像所見 | びまん性膵腫大、膵管狭細化 | 特徴的な形態変化の有無 |
血清学的所見 | IgG4高値 | 基準値の2倍以上が目安 |
組織所見 | リンパ球浸潤、線維化 | IgG4陽性細胞の密度 |
他臓器病変 | 硬化性胆管炎、後腹膜線維症 | 膵外病変の存在 |
ステロイド反応性 | 治療反応性の確認 | 画像所見の改善度 |
自己免疫性膵炎(AIP)の治療方法と治療薬について
自己免疫性膵炎(AIP)の治療は、主にステロイド薬を用いた薬物療法が中心となります。
AIPの主な治療法
ステロイド薬による薬物療法は、膵臓の炎症を抑制し、症状の改善を図ることを目的として実施します。
糖尿病や骨粗鬆症(こつそしょうしょう:骨がもろくなる病気)などの既往歴がある方には、ステロイド投与による影響を考慮しながら治療を進めていきます。
病型 | 主な特徴 |
1型 | 高齢男性に多い、IgG4(免疫グロブリンG4)関連疾患の一部 |
2型 | 若年層に多い、他の自己免疫疾患との関連が少ない |
ステロイド療法の実際
ステロイド療法は通常、プレドニゾロンを用いて行います。
体重によって調整しますが、一般的に0.6mg/kg/日から初期投与を開始し、状態を見ながら調整していきます(2〜4週間後に徐々に減量していきます)。
症状のコントロールが難しい場合には、維持療法として少量のステロイドを長期間継続することもあります。
治療段階 | ステロイド投与量 | 期間 |
初期治療 | 0.6mg/kg/日 | 2〜4週間 |
漸減期 | 段階的に減量 | 個別に設定 |
維持療法 | 少量(5mg/日程度) | 数か月〜数年 |
再発への対応と代替療法
ステロイドの減量中や中止後に、症状が再び現れる事例も報告されています。
再発時にはステロイドの増量や再導入を検討しますが、ステロイド単独療法で効果が不十分な患者さんや、ステロイドの副作用が懸念される場合には、以下のような治療法も選択肢となります。
治療法 | 特徴 | 主な副作用 |
ステロイド療法 | 第一選択、多くの症例で有効 | 骨粗鬆症、糖尿病悪化 |
免疫抑制剤 | ステロイド減量困難例、再発例に使用 | 感染症リスク上昇 |
生物学的製剤 | 難治例、他の治療法が無効な場合に検討 | 投与時反応、感染症 |
自己免疫性膵炎(AIP)の治療期間
自己免疫性膵炎(AIP)の治療は通常6ヶ月から3年程度継続しますが、症状や経過によってはさらに長期化する例もあります。
治療期間の目安
典型的なケースでは、初期治療として2〜4週間のステロイド投与から開始し、徐々に薬剤の量を減らしていく減量期間(一般的に3〜6ヶ月程度)に移行します。
治療段階 | 期間 | 主な目的 |
初期治療 | 2〜4週間 | 急性症状の改善 |
減量期間 | 3〜6ヶ月 | 緩徐な症状コントロール |
維持療法の必要性
初期治療後も、低用量のステロイドによる維持療法が推奨されます。
維持療法の期間は経過や再燃のリスク、併存疾患の有無などを評価し決めていきますが、6ヶ月から3年、時にはそれ以上に及ぶこともあります。
定期的な診察や各種検査を通じて状態を評価しながら、ステロイドの減量や中止のタイミングを見極めていきます。
再燃時の対応
自己免疫性膵炎(AIP)は再燃の可能性が高い疾患であり、およそ30〜50%の患者さんが再発します。
再燃が確認された場合には、ステロイドの増量や、場合によっては免疫抑制剤の追加などより強力な治療が必要となるため、当初予定していた治療期間は延長となります。
再燃リスク | 頻度 | 主な対応策 |
低リスク群 | 約20% | 慎重な経過観察 |
高リスク群 | 約50%以上 | 積極的な治療介入 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
自己免疫性膵炎(AIP)の治療には、ステロイド薬の使用に伴う副作用や、長期的な免疫抑制によるリスクがあります。
ステロイド治療の主な副作用
ステロイド治療では、短期的には血糖値の上昇や消化器症状、不眠などが、長期使用では骨粗鬆症(骨がもろくなる病気)や筋力低下、感染リスクの増大といった問題が起こりやすくなります。
短期的な副作用 | 長期的な副作用 |
血糖値上昇 | 骨粗鬆症 |
消化器症状 | 筋力低下 |
不眠 | 感染リスク増大 |
免疫抑制療法のリスク
免疫抑制剤は体の防御機能を低下させるため、感染症のリスクが高まります。特に注意が必要な感染症には以下のようなものがあります。
- 細菌性肺炎
- 帯状疱疹
- 真菌感染症
- 日和見感染症(通常は病気を起こさない弱い病原体による感染症)
治療中の合併症リスク
自己免疫性膵炎(AIP)の治療中は、膵臓機能の変化に伴う合併症にも注意が必要です。
合併症 | 症状 |
膵内分泌障害 | 血糖コントロールの悪化 |
膵外分泌障害 | 消化吸収不良、栄養障害 |
胆管狭窄 | 黄疸、胆管炎 |
治療中断のリスク
自己免疫性膵炎(AIP)の治療は長期にわたることが多く、中には副作用への不安から治療を中断したいと考える方もいらっしゃいます。
しかし、適切な医学的判断なしに治療を中断すると、病気の再燃や重症化のリスクが上昇します。
治療中断のリスク | 影響 |
病気の再燃 | 症状の再発、膵機能の悪化 |
合併症の進行 | 膵臓や胆管の不可逆的変化 |
治療効果の低下 | 再開後の薬剤反応性の変化 |
副作用を懸念して自己判断で治療を中断した患者さんが、数か月後に重度の膵炎を発症し、緊急入院となったケースもあります。治療の継続や変更については、必ず医師と相談するようにしてください。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
自己免疫性膵炎(AIP)の治療費は、保険が適用されます。また、自己免疫性膵炎(AIP)は難病指定疾患に該当するため、医療費助成制度の対象となります。
詳しくは難病情報センターのホームページをご確認ください。
ステロイド治療の費用
薬剤名 | 規格 | 価格(約) |
プレドニゾロン錠 | 5mg | 9.6円/錠 |
プレドニゾロン錠 | 1mg | 9.5円/錠 |
外来治療と入院治療の費用
治療形態 | 期間 | 概算費用(3割負担の場合) |
外来治療 | 1ヶ月 | 5,000〜15,000円 |
入院治療 | 2週間 | 50,000〜100,000円 |
追加検査・処置にかかる費用
AIPの経過観察や合併症の確認のため、以下のような検査が必要です。
- 血液検査(IgG4測定含む)5,000〜10,000円
- CT検査10,000〜15,000円
- MRI検査15,000〜20,000円
- ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)30,000〜50,000円
以上
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