菌状息肉症(mycosis fungoides)とは、皮膚に発生する悪性リンパ腫の一つです。
皮膚のT細胞リンパ球が異常増殖することにより発症し、初期段階では湿疹に似た症状や痒みを伴う赤い斑点が現れ、徐々に皮膚が厚くなり、やがて腫瘤を形成します。
ゆっくりと進行し、多くのケースでは長期間にわたり症状が皮膚に限定されます。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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菌状息肉症の症状
菌状息肉症は、初期の紅斑期から局面期、腫瘍期へと進行するにつれ、皮膚病変の形態が変化します。
紅斑期
紅斑期は菌状息肉症の初期段階です。この時期には、皮膚に紅斑や湿疹のような病変が現れます。
病変は体表のどの部位にも生じますが、日光の当たりにくい部位に好発します。
症状 | 特徴 |
紅斑 | 不整形で境界不明瞭な赤色斑 |
瘙痒感 | 軽度から中等度 |
皮膚乾燥 | 鱗屑を伴うことがある |
紅斑期の症状は皮膚疾患と似ているため、見逃されやすい点に注意が必要です。
局面期
局面期になると皮膚病変がより明確になり、紅斑期の病変が徐々に浸潤・肥厚し、プラークを形成します。
- 皮膚の肥厚:病変部位が盛り上がり、プラークを形成
- 色調の変化:赤褐色や紫紅色を呈することがある
- 瘙痒感の増強:多くの症例で瘙痒感が顕著になる
- 皮膚の硬化:触診で硬結を触知する部分が出現
局面期の症状は体表の広範囲に及ぶことがあり、皮膚病変が悪化しやすいため、定期的な経過観察が不可欠です。
腫瘍期
腫瘍期は菌状息肉症の最も進行した段階です。この時期には、皮膚にはっきりとした腫瘤が形成されます。
症状 | 特徴 |
腫瘤 | 皮膚から隆起した結節性病変 |
潰瘍 | 腫瘤が崩壊して潰瘍を形成することがある |
疼痛 | 腫瘤や潰瘍に伴う疼痛が生じる可能性 |
この段階では、皮膚以外の臓器への浸潤の可能性も考慮する必要があります。
全身症状と注意点
菌状息肉症の進行に伴い、全身症状が現れます。
- 発熱や倦怠感
- リンパ節腫脹
- 体重減少
- 寝汗の増加
菌状息肉症の原因
菌状息肉症の原因についてはまだ完全には解明されていませんが、遺伝子の変化と免疫システムの乱れが関わっていると考えられています。
遺伝子の変化
T細胞の成長や分裂をコントロールする遺伝子に変化が起きると、異常なT細胞が増えすぎ、腫瘍の発生を抑える遺伝子の働きが弱くなったり、逆に細胞の生存を長引かせる遺伝子の働きが強くなります。
遺伝子の種類 | 菌状息肉症における働き |
腫瘍を抑える遺伝子 | 機能が低下して異常な細胞の増加を止められなくなる |
細胞の生存を促す遺伝子 | 活性が高まり異常な細胞が長生きするようになる |
T細胞をコントロールする遺伝子 | 変化によってT細胞が異常に増えてしまう |
免疫システムの乱れと炎症
免疫システムの乱れも、菌状息肉症の発生に関係しています。
免疫システムはバランスを保ちながら体を守っているのですが、バランスが崩れてしまうと、T細胞が通常とは違う形で活発になったり、増えすぎたりすることに。
また、体の中で長期間炎症が続くと、T細胞の遺伝子に変化が蓄積しやすくなることも指摘されています。
環境要因の影響
環境要因も、菌状息肉症の発生リスクを高める可能性があります。ただし、直接的な因果関係はまだはっきりとしていません。
- 特定の化学物質に長期間さらされること
- 紫外線を過度に浴びること
- ウイルスに感染すること(特定のウイルスとの関連性が示唆されています)
- 仕事で有害な物質に触れること
年齢や性別
菌状息肉症は、特定の年齢層や性別の方に多く見られます。
要因 | 特徴 |
年齢 | 50歳を過ぎた方に多く見られる |
性別 | 男性の方がやや発生しやすい |
人種 | 特定の人種で多いという明確な傾向は見られない |
菌状息肉症の検査・チェック方法
菌状息肉症の診断は、皮膚症状の観察から始まり、組織生検、血液検査、画像診断を、段階的に実施します。
視診と触診
菌状息肉症の検査は、視診と触診から開始します。
- 皮疹の形態、サイズ、色合い
- 皮膚の肥厚や硬化の程度
- 痒みや痛みといった自覚症状の有無
初期評価により菌状息肉症の疑いが浮上した場合、詳細な検査が必要です。
皮膚生検
皮膚生検では、疑わしい部位から皮膚組織を採取し、顕微鏡下で分析します。
検査項目 | 目的 |
病理組織学的検査 | 異常T細胞の浸潤パターンを詳細に観察 |
免疫組織化学染色 | T細胞の特異的表面マーカーを同定 |
血液検査
血液検査は、菌状息肉症の進行度や全身への影響を多角的に評価するために実施され、検査項目は以下の通りです。
検査項目 | 評価内容 |
末梢血塗抹検査 | 異常リンパ球の存在を確認 |
フローサイトメトリー | リンパ球の表面マーカーを詳細に解析 |
LDH値 | 腫瘍活性の指標として測定 |
検査結果は、病期の正確な判定や、その後の経過観察における重要な指標として活用します。
画像診断
菌状息肉症が進行していたり全身症状がハッキリと出ているときは、画像診断を実施します。
- CT検査:リンパ節腫大や内臓への影響を評価
- PET-CT:全身の腫瘍活性を検出
- MRI:特定の部位を観察
菌状息肉症の治療方法と治療薬について
菌状息肉症の治療は、初期段階では皮膚に直接作用する局所療法が中心で、病状が進行したときは全身に作用する治療法や最新の薬剤の使用が考慮されます。
治療の目的は、患者さんの症状をやわらげ病気の進行を抑えることです。
皮膚局所療法
菌状息肉症の初期段階では、皮膚に直接作用する局所療法が第一選択です。
治療法 | 特徴と効果 |
ステロイド外用薬 | 皮膚の炎症を抑え、痒みを軽減する効果がある |
光線療法 | UVAやUVBを照射し、異常なT細胞の数を減少させる |
局所化学療法 | カルムスチンなどの抗がん剤を皮膚に直接塗布し、局所的に作用させる |
全身療法
病状が進行した場合や、局所療法だけでは十分な効果が得られない方には、体全体に作用する全身療法を検討します。全身療法は、より広範囲の症状に対応できることが利点です。
- インターフェロン療法:体内の免疫系を活性化させ、腫瘍細胞の増殖を抑える作用がある
- レチノイド療法:ビタミンA誘導体を用いて、細胞の正常な分化を促進する
- 全身化学療法:メトトレキサートやゲムシタビンなどの抗がん剤を使用し、がん細胞の増殖を抑制する
- 放射線療法:局所的に存在する腫瘍に対して、高エネルギーのX線を照射して治療を行う
分子標的療法
近年、菌状息肉症の治療に対し分子標的療法が注目されていて、特定の分子や細胞内の経路を標的とすることで、より効果的かつ副作用の少ない治療を実現することが可能です。
薬剤名 | 作用機序と特徴 |
ボリノスタット | ヒストン脱アセチル化酵素を阻害し、がん細胞の増殖を抑制する |
モガムリズマブ | CCR4受容体を標的とする抗体薬で、異常なT細胞を選択的に攻撃する |
ブレンツキシマブベドチン | CD30を発現する細胞を標的とし、抗体と抗がん剤を組み合わせた複合体 |
免疫療法
免疫チェックポイント阻害剤をはじめとする免疫療法は、患者さん自身の免疫システムを活性化させ、腫瘍細胞を効果的に攻撃する能力を高めることで治療効果を発揮します。
併用療法
多くのケースでは複数の治療法を組み合わせることで、より高い治療効果が得られます。
光線療法とステロイド外用薬を併用したり、全身療法と局所療法を組み合わせるなど、患者さんの状態に応じ治療法を選ぶことが大切です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
菌状息肉症の治療は症状の軽減や病気の進行を抑える効果がある一方で、副作用やデメリットを伴います。
局所療法による皮膚への影響
皮膚局所に対する治療は全身への影響が軽微であるものの、いくつかの副作用が生じます。
治療法 | 副作用 |
ステロイド外用薬 | 皮膚の萎縮、毛細血管の拡張 |
光線療法 | 皮膚の発赤、水疱の形成 |
副作用は一過性のものですが、長期間使用すると持続的な影響があるので注意が必要です。
全身療法がもたらす影響
全身療法はより進行した段階や局所療法が十分な効果を示さない場合に選択されますが、全身に作用するため、副作用のリスクが高いです。
化学療法
- 骨髄抑制(白血球減少、貧血などを引き起こし、感染症のリスクが高まる)
- 消化器症状(悪心・嘔吐により、食事摂取が困難になる場合がある)
- 脱毛(外見の変化によるストレスを伴うことがある)
インターフェロン療法
- インフルエンザ様症状(発熱、倦怠感により日常生活に支障をきたす)
- 精神症状(うつ状態になることがあり、生活意欲の低下につながる)
- 内分泌系への影響(甲状腺機能異常により、体調不良を引き起こすことがある)
放射線療法に伴うリスク
放射線療法は局所的な治療効果がありますが、デメリットがあります。
短期的影響 | 長期的影響 |
急性放射線皮膚炎 | 皮膚の線維化による硬化 |
持続的な疲労感 | 二次がん発症リスクの上昇 |
免疫療法特有の副作用
免疫療法も、独自の副作用に注意が必要です。
- 皮膚反応(発疹や強い痒みにより、日常生活に支障をきたす場合がある)
- 自己免疫疾患様症状(甲状腺機能異常や大腸炎など、新たな健康問題を引き起こすことがある)
- 持続的な疲労感(日常的な活動性の低下につながる可能性がある)
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
外用療法の保険適用と治療費
ステロイド外用薬や局所化学療法に使用する薬剤は、健康保険が適用されます。
治療法 | 保険適用 | 治療費(月額) |
ステロイド外用薬 | 適用あり | 2,000円〜5,000円 |
局所化学療法(カルムスチン軟膏) | 適用あり | 10,000円〜20,000円 |
光線療法の保険適用と治療費
UVA療法やUVB療法などの光線療法も、健康保険の適用対象です。
- PUVA療法:1回あたり約3,000円〜5,000円(保険適用後の自己負担額)
- ナローバンドUVB療法:1回あたり約2,000円〜4,000円(保険適用後の自己負担額)
全身療法の保険適用と治療費
全身療法に用いられる薬剤の多くは健康保険が適用されますが、新薬や特殊な治療法では自己負担額が高くなります。
治療法 | 保険適用 | 治療費(月額) |
インターフェロン療法 | 適用あり | 50,000円〜100,000円 |
全身化学療法(ゲムシタビン) | 適用あり | 100,000円〜200,000円 |
モガムリズマブ | 適用あり | 500,000円〜1,000,000円 |
臨床試験と新規治療の費用
最新の治療法や臨床試験段階の薬剤を使用する場合は、保険適用外となることがあります。
以上
参考文献
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