薬物性肝障害(Drug-induced liver injury)とは、日常的に使用する医薬品や健康食品、サプリメントなどの摂取が原因で起こる肝臓の機能低下や、組織の損傷を指します。
まったく自覚症状がない場合もありますが、吐き気や腹部の不快感、皮膚や白目が黄色くなる黄疸(おうだん)といった、明らかな症状が出ることもあります。
薬物性肝障害の病型
薬物性肝障害は、肝機能検査の結果をもとに「肝細胞障害型」「胆汁うっ滞型」、両者の特徴を併せ持つ「混合型」の3つに分けられます。
病型 | 主な特徴 | 代表的な原因薬剤 |
肝細胞障害型 | AST/ALTの顕著な上昇 | アセトアミノフェン、イソニアジド |
胆汁うっ滞型 | ALP/γ-GTPの顕著な上昇 | 経口避妊薬、クロルプロマジン |
混合型 | AST/ALTとALP/γ-GTPの両方が上昇 | アモキシシリン/クラブラン酸 |
肝細胞障害型
肝細胞障害型は、薬物性肝障害の中で最も多いタイプです。
この型では、肝機能検査を行うと、アスパラギン酸アミノトランスフェラーゼ(AST)やアラニンアミノトランスフェラーゼ(ALT)といった、トランスアミナーゼの値が著しく上昇しています。
検査項目 | 特徴的な変化 | 正常値範囲(参考値) |
AST/ALT | 顕著な上昇 | AST: 10-40 U/L, ALT: 5-45 U/L |
ALP | 正常範囲内 | 100-340 U/L |
肝細胞障害型の症例を詳しく見ていくと、薬剤が体内で代謝される過程で生成される活性代謝物が、肝細胞に対して直接的な毒性を示すケースが多いことがわかります。
特に、アセトアミノフェン(解熱鎮痛薬)やイソニアジド(抗結核薬)などの薬剤を服用した際に、この型の肝障害が起こります。
胆汁うっ滞型
胆汁うっ滞型は、胆汁の流れが何らかの理由で妨げられることによって起こる病型です。
この型では、アルカリホスファターゼ(ALP)やγ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-GTP)という酵素の値が上昇します。
胆汁うっ滞型の肝障害が発症する主な原因は、胆管細胞の機能障害や、胆汁の排泄阻害です。
混合型
混合型は、肝細胞障害型と胆汁うっ滞型の特徴を同時に併せ持つ病型です。トランスアミナーゼとALP、両方の値が上昇するのが特徴です。
混合型を診断する際の基準
- ALTの値が基準値上限の3倍以上に上昇している
- ALPの値が基準値上限の2倍以上に上昇している
- ALT(基準値上限に対する倍率)/ALP(基準値上限に対する倍率)の比が2〜5の範囲内にある
薬物性肝障害の症状
薬物性肝障害の症状は、倦怠感、発熱、発疹、黄疸、吐き気、嘔吐、かゆみなど、軽いものから重いものまで幅広く現れます。
一般的な症状
- 体がだるく疲れやすい
- 食べる気がしない
- 吐き気がする、または実際に吐いてしまう
- お腹が痛む(特に右上のあたり)
- 熱が出る
黄疸と関連する症状
症状が悪化すると、黄疸が現れることがあります。黄疸は皮膚や目の白い部分が黄色くなる症状で、ビリルビン(胆汁色素)という物質が体内にたまることで起こります。
症状 | 特徴 |
黄疸 | 皮膚や目の白目が黄色くなる |
かゆみ | 体中がかゆくなる |
濃い色の尿 | 尿の色が通常より濃くなる |
灰白色の便 | 便の色が通常より薄くなる |
黄疸が現れた場合は肝臓の働きが低下している可能性が高いため、すぐに医療機関を受診しなければなりません。
肝臓の機能低下に伴う症状
肝臓の機能が著しく低下すると、より重篤な症状が現れます。
例えば、お腹に水がたまる腹水や、手足がむくむ浮腫、出血しやすくなる傾向、意識障害や異常な行動が見られる肝性脳症などが挙げられます。
これらの症状は肝不全の兆候であり、緊急の治療を行います。
症状が現れない場合もある
薬物性肝障害の患者さんの中には、全く症状を感じない方もいます。
以前、定期健康診断で偶然に肝機能の異常が見つかり、詳しい検査の結果、薬物性肝障害と診断されたケースがありました。
このように症状が現れない患者さんがいるため、定期的な健康診断がいかに大切かが分かります。
症状の進行と変化
最初は軽かった症状が徐々に悪化したり、突然重い症状が現れることもあります。そのため、継続的に症状を観察し、定期的に検査を受けるようにしてください。
経過 | 症状の変化 |
初期 | 軽いだるさや食欲不振 |
中期 | 黄疸やお腹の痛みが出現 |
後期 | 肝不全の症状(腹水、脳症など) |
薬物性肝障害の症状は人によって大きく異なり、また原因となる薬によっても違いがあります。少しでも気になる症状がある場合は、すぐに医療機関を受診するようにしてください。
薬物性肝障害の原因
薬物性肝障害は、医療機関で処方された薬、市販薬、サプリメントなどの薬物が原因です。
薬物代謝と肝臓の関係
肝臓は、体内に入った薬物を代謝する中心的な役割を担う臓器です。この薬物代謝の過程において、肝細胞にダメージを与えてしまうことがあります。
特に、長期間にわたって薬物を使用したり、高用量を服用したりすると肝臓への負担が増大し、薬物性肝障害を引き起こすリスクが上昇します。
直接的な肝毒性
薬物の中には、それ自体が直接的に肝細胞を傷つける性質を持つものがあります。
直接的肝毒性を持つ薬物の例 | 主な使用目的 |
アセトアミノフェン | 解熱鎮痛 |
イソニアジド | 結核治療 |
バルプロ酸 | てんかん治療 |
代謝産物による影響
薬物そのものではなく、体内で分解された後にできる物質(代謝産物)が肝障害を起こすケースもあります。
過去にも、ある抗生物質(細菌感染症の治療に使う薬)を服用した患者さんが、その代謝産物による重度の肝障害を発症した症例がありました。
免疫系の関与
薬物性肝障害の中には、体の防御システムである免疫系の過剰反応によって起こるものがあります。
これは、薬物やその代謝産物が肝細胞と結びついて新たな異物(抗原)を形作り、免疫系がこれを体にとって有害なものと勘違いして攻撃してしまうためです。
免疫介在性肝障害を起こしやすい薬物 | 主な使用目的 |
アモキシシリン | 細菌感染症治療 |
ジクロフェナク | 炎症・疼痛の軽減 |
カルバマゼピン | てんかん治療 |
この種類の肝障害は、薬物の使用を始めてから数週間後に症状が出るケースが多いです。
遺伝的要因
HLA-B*5701という遺伝子型を持つ人は、フルクロキサシリン(ある種の抗生物質)による肝障害のリスクが高くなります。
その他のリスク因子
- 高齢者
- 女性
- 過去に肝臓の病気にかかったことがある
- お酒を多く飲む
- 栄養状態が良くない
- 複数の薬を同時に使用している
薬物性肝障害の検査・チェック方法
薬物性肝障害の診断は、問診から始まり、検査、他の病気との区別を経て、最後にDDW-J 2004スコアリングで確定診断に至ります。
問診と身体診察
- 薬の使用歴
- サプリメントの摂取状況
- お酒の飲む量
- 黄疸(皮膚や白目が黄色くなる症状)
- 腹部が張る感じといった症状の有無、始まった時期
身体診察では、黄疸の程度や肝臓が腫れていないか、押すと痛みがないかなどを診ます。
肝機能検査・画像診断
肝機能検査で行われる検査項目は以下の通りです。
検査項目 | 主な意義 |
AST (GOT) | 肝細胞の障害を示す指標 |
ALT (GPT) | 肝細胞の障害を示す指標 |
ALP | 胆汁のうっ滞(流れが悪くなること)を示す指標 |
γ-GTP | 胆道系の酵素 |
総ビリルビン | 黄疸の指標 |
画像診断では、腹部超音波検査やCT、MRIなどを使って肝臓の形や内部の構造を調べ、他の肝臓の病気との区別や、合併症がないかを確認します。
鑑別診断
区別すべき病気 | 主な特徴 |
ウイルス性肝炎 | ウイルスの指標が陽性 |
自己免疫性肝炎 | 自己抗体が陽性 |
アルコール性肝障害 | お酒を飲む習慣、AST/ALT比が上昇 |
非アルコール性脂肪肝炎 | 代謝の異常、画像での特徴的な所見 |
DDW-J 2004スコアリングと確定診断
薬物性肝障害の確定診断には、DDW-J 2004というスコアリングシステムがよく使われます。このシステムでは、以下の項目を評価します。
- 症状が出るまでの期間
- 薬をやめた後の経過
- 危険因子の有無
- 薬以外の原因がないか
- 過去に同じ薬で肝障害が報告されているか
- 好酸球(血液中の細胞の一種)が増えているか
- 薬物感受性試験(DLST)の結果
各項目に点数をつけ、合計点数で判定します。
薬物性肝障害の治療方法と治療薬について
薬物性肝障害の治療で重要なのは、原因となる薬物の使用を中止することです。また、肝機能の回復を促進するための薬物療法や、合併症(病気に伴って起こる別の症状)に対する対症療法を実施します。
症状の重さによっては、入院管理や集中治療を行う場合もあります。
原因薬物の中止
薬物性肝障害の治療でまず最初に行うべきことは、原因だと考えられる薬の服用をやめることです。
多くの場合、薬の服用を中止すると、肝臓の働きは自然に良くなっていきます。
ただし、完全に回復するまでには数週間から数か月かかる場合もあるため、定期的に血液検査を行って、回復の様子を見守っていきます。
肝機能改善薬の投与
原因となった薬をやめるだけでは十分な効果が見られない場合、肝臓の機能を改善するための薬による治療を行います。
薬剤名 | 主な作用 |
ウルソデオキシコール酸 | 胆汁(肝臓で作られる消化液)の分泌を促進 |
グリチルリチン製剤 | 炎症を抑える |
重症例への対応
以下のような状況では、緊急の医療対応や入院が必要です。
- 皮膚や白目が黄色くなる症状(黄疸)が進行する
- 血液が固まりにくくなる(凝固能の低下)
- 肝臓の働きが悪くなることで起こる意識障害(肝性脳症)の症状が現れる
このような状態になった場合、血液の成分を入れ替える治療(血漿交換療法)や、場合によっては肝臓の移植なども検討します。
合併症への対処
薬物性肝障害に伴って起こる様々な症状(合併症)に対しては、それぞれの症状に合わせた治療を行います。
合併症 | 対処法 |
お腹に水がたまる(腹水) | 尿の量を増やす薬(利尿薬)の投与、塩分を控えめにする |
肝臓の働きが悪くなることで起こる意識障害(肝性脳症) | アミノ酸を含む薬の投与、便通を整える |
薬物性肝障害の治療期間
薬物性肝障害の治療期間は、患者さん個々の状態や、原因となった薬によって大きく異なります。
治療期間の目安
原因となった薬の種類や、その薬をどのくらいの期間服用していたか、さらに肝臓の障害がどの程度進行しているかによって、回復までの時間は変化します。
多くの事例では、原因薬物の服用中止から数週間から数か月程度で肝機能が正常化に向かいますが、重症の場合は半年以上の期間がかかる場合もあります。
治療期間中の経過観察
治療を行っている間は、定期的に肝機能検査を実施します。
通常は1〜2週間ごとに血液検査を行い、肝臓の状態を示す酵素の値や、胆道(肝臓で作られた胆汁を運ぶ管)に関連する酵素の数値がどのように変化しているかを確認します。
検査項目 | 正常値範囲 |
AST (GOT) | 10-40 IU/L |
ALT (GPT) | 5-45 IU/L |
γ-GTP | 男性: 70 IU/L以下、女性: 30 IU/L以下 |
治療期間中の注意点
- アルコール(お酒)を完全に控える
- 栄養バランスの良い食事と、体調に合わせた適度な運動を心がける
- 十分な睡眠をとり、しっかりと休養する
- ストレスをためないよう、上手に管理する
治療終了の判断基準
- 肝機能検査の数値が正常範囲に戻る
- 肝障害による症状がなくなる
- 画像検査で肝臓の状態が改善している
ただし、肝機能検査の数値が正常に戻っても、薬物性肝障害が再び悪化するリスクを最小限に抑えるため、さらに1〜2か月程度様子を見る場合が多いです。
薬の副作用や治療のデメリットについて
薬物性肝障害のデメリットとしては、肝機能の低下による黄疸や倦怠感、消化器症状などの副作用が挙げられます。
薬の相互作用によるリスク
薬物性肝障害の治療では、お薬を同時に使うことがあります。相互作用により、望ましくない影響が強まったり、効き目が弱まったりすることがあります。
相互作用のリスク | 対策 |
副作用の増強 | 薬の量を調整する |
薬の効き目が弱まる | 別の薬に変更することを検討する |
肝臓の働きが悪くなるリスク
薬物性肝障害の治療中は、治療に使う薬自体が肝臓に負担をかける可能性があるため、肝臓の機能がさらに低下するリスクがあります。
肝臓の働きが低下している兆候が見られた場合は、以下の対応を考えます。
- 薬の量を減らすか使用をやめる
- 別の薬に変更する
- 肝臓を守る薬を追加する
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
薬物性肝障害の治療費は、通常の健康保険で大部分がカバーされます。入院が必要な場合、治療費は高額になります。
保険適用の範囲
項目 | 保険適用 | 概算費用(3割負担の場合) |
血液検査 | 〇 | 1,500〜3,000円 |
画像診断(腹部エコー) | 〇 | 2,000〜4,000円 |
投薬(肝庇護薬) | 〇 | 1,000〜3,000円/月 |
自己負担額の目安
患者の自己負担額は、医療機関の種類や治療内容によって異なります。一般的に、外来診療の場合は3割負担です。
ただし、高額療養費制度を利用すると、月々の自己負担額に上限が設けられます。外来での治療費は、軽症例で月額1〜3万円程度、中等症例で3〜6万円程度になります。
入院時の治療費
重症例で入院が必要になると、治療費は高額になります。入院期間や必要な処置によって総額が変動しますが、一般的に1日あたり3〜6万円程度が目安です。
入院期間 | 概算費用(3割負担の場合) |
1週間 | 60〜120万円 |
2週間 | 120〜240万円 |
1ヶ月 | 270〜540万円 |
以上
参考文献
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