後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺、Posterior interosseous nerve syndrome)とは、前腕部の深部にある橈骨神経の枝である後骨間神経が圧迫されたり損傷を受けたりすることで起こる症状です。
手首や指を伸ばす動作を担う器官であるため、麻痺が起こってしまうと、あらゆる動作が困難になります。
突然の症状に見舞われるケースも少なくなく、戸惑う方も多い疾患です。
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の病型
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)に病型はありませんが、神経損傷はSeddonの分類やSunderlandの分類を用いるため、今回はそちらを参考にして疾患を解説していきます。
Seddon分類 | 所見 |
---|---|
一過性神経伝導不全―Neurapraxia | 最も軽度。損傷部位の脱髄が生じて伝導速度が低下する。重症度によっては筋力低下を引き起こすが損傷部位のTinel徴候は陰性。回復の予後は良好。 |
軸索断裂―Axonotomesis | 軸索が断裂しており、筋力低下を伴い、Tinel徴候は陽性になる。シュワン管という構造は残存する。 |
神経断裂―Neurotmesis | 神経が完全に切断され神経伝導が起こらなくなる。最も重篤な神経損傷で外科的修復が必要になる。 |
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の症状
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の主は、手首や指の麻痺であり、そこから痛みや筋肉低下など、さまざまな症状に枝分かれしてきます。
後骨間神経麻痺の症状
後骨間神経麻痺の主な症状としては、手首や指の動きにくさや痛みなどがあります。
症状 | 詳細 |
---|---|
手首の伸展障害 | 手首を上に反らすのが困難になる。 |
指の伸展障害 | 特に人差し指、中指、薬指、小指の伸展が困難になる。 |
親指の外転障害 | 親指を横に広げるのが難しくなる。 |
握力の低下 | 物をしっかりと握るのが困難になる場合がある。 |
手の痛み | 神経の圧迫や炎症による痛みを感じる場合がある。 |
例えば、ドアノブを回す、ペンを持つ、ボタンを押すといった細かい動作が困難になりやすいです。
症状の程度による分類
後骨間神経麻痺の症状は程度によって段階分けされますが、軽度から重度まで、症状は幅広いです。
症状の程度 | 詳細 |
---|---|
軽度 | 手首や指の伸展が若干困難だが、日常生活にはほとんど支障がない。 |
中等度 | 手首や指の伸展が明らかに困難で、日常生活に一部支障がある。 |
重度 | 手首や指の伸展がほぼ不可能で、日常生活に大きな支障がある。 |
二次的に発生する症状と日常生活への影響
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)には、主症状のほかにも、二次的に発生する症状があります。
- 手の筋肉を長期間使用しない⇒筋肉が減少する
- 神経がの圧迫される⇒手のしびれや違和感が起こる
- 神経が圧迫され炎症が起こる⇒痛みを感じる
- 手が上手く動かせない⇒精神的なストレスを感じる
また、症状による影響で、今まで出来ていたような動作が困難になる場合も少なくありません。
- ペンやスマートフォンの操作
- 箸や食器の使用
- 衣服を脱ぎ着する際のボタンやファスナーの扱い
- 細かい手作業(例:キーボード操作)
- 手首や指の動きが必要なスポーツ
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の原因
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の根本的な原因は、神経への圧迫です。
※腕の骨、筋肉、腫瘍が後骨間神経を圧迫します。
圧迫による神経障害は、“外からの力によって身体に生じる損傷や傷害”と“身体の内部で起こる原因”、あるいはその両方が起こって発症するケースがあります。
損傷や傷害による原因
損傷や傷害による原因とは具体的に、骨折や脱臼により腫脹や血腫形成が起こり、間接的に神経を圧迫するケースです。
- 骨折(特に橈骨頭骨折)
- 脱臼
- 切創や刺創
- 銃創(銃弾による傷)
身体の内部で起こる原因
身体の内部で起こる原因とは、良性腫瘍や炎症など慢性的な理由で圧迫や炎症が起こるケースを指します。
- 神経の周辺が良性腫瘍や悪性腫瘍で圧迫される
- 感染症による炎症や浮腫
- ウイルス感染や自己免疫疾患を原因とする神経の炎症
- 特定の動作の繰り返しによる圧迫や摩擦(例:手首を返す動き)
身体の構造による要因
神経の張り巡らされ方や神経周辺の組織の形状は人それぞれ異なり、特徴的な形状が圧迫の原因となる場合があります。
- 腕の肘の外側にある、回外筋という筋肉の入り口部分(Frohseのアーケード)
- 肘関節を構成する骨の一つ、橈骨の最も上端にある丸い部分
- 回外筋という筋肉のうち、肉が盛り上がっている部分
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の検査・チェック方法
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の検査には、医療機関で行う専門的な検査のほかに、自宅でできる簡単なチェック方法があります。
医療機関での検査方法
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)を医療機関で検査する場合に用いられるのは、神経学的検査や画像検査などです。
検査名 | 内容 | 目的 |
---|---|---|
神経学的検査 | 筋力、感覚、反射を調べる | 神経障害の範囲と程度を確認 |
筋心電図検査 | 筋肉の電気的活動を測定 | 神経伝導速度や筋肉の反応を調べる |
MRI検査 | 神経や周囲組織の画像を撮影 | 神経の圧迫や腫瘍の有無を確認 |
超音波検査 | 神経や周囲組織の状態を観察 | 神経の腫れや周囲の異常を確認 |
神経学的検査の詳細
神経学的検査では、筋力テストや間隔テストなどを用いて、神経障害がどれくらい起こっているのか、どの範囲で起こっているのかを確認します。
神経学的検査 | 内容 | ポイント |
---|---|---|
筋力テスト | 手首や指を曲げ伸ばししてもらう | 手関節や指関節の伸筋筋力低下がみられるかどうか |
感覚テスト | 神経が走っている部位の感覚を確認 | 回外筋や上腕骨外側上顆あたりに圧痛があるかどうか |
反射テスト | 腱反射の有無を確認 | |
運動機能テスト | 手の細かい動きを調べる |
自宅でできるチェック方法
医療機関を受診する前には、自宅で症状を簡単にチェックできます。
自宅チェック方法 | 内容 | ポイント |
---|---|---|
指の曲げ伸ばし | 手のひらを下に向けて指を伸ばす | 特に人差し指と中指の伸展に注目する |
手首の曲げ伸ばし | 肘を曲げた状態で、手首を上に反らす | 反らす力が弱くなっていないか |
親指を伸ばす | 親指を横に広げる | 広げる力が弱くなっていないか |
握力チェック | 両手で同じ物を握る | 力の差があるか比較する |
チェックで異常を感じた場合は、早めに医療機関を受診しましょう。
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療方法と治療薬、リハビリテーション
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療は、保存的治療と外科的治療の2つに大別されます。
保存的治療
保存的治療は、軽度の症状や発症から間もない患者様に効果的です。
- 安静にする
- 固定して神経周囲の炎症や腫れをやわらげる
- 物理療法(温熱療法、電気刺激療法)
- 消炎鎮痛剤を用いる
- 局所的にステロイド注射を行う
外科的治療
保存的治療で十分な改善が見られない場合(3~6ヶ月程度)や、重度の症状がある場合には外科的治療を検討します。
外科的治療の例 | 用いるケース | 内容 |
---|---|---|
神経が圧迫されている状態を解放する手術 | 神経の圧迫や癒着がある場合 | 神経周囲の組織をはずして圧迫をやわらげる |
神経を移植する手術 | 神経の断裂や広範囲の損傷がある場合 | 健常な神経を移植して機能を回復 |
腫瘍を手術で取り除く手術 | 腫瘍による圧迫がある場合 | 圧迫の原因となる腫瘍を摘出 |
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療薬
後骨間神経麻痺の薬物治療には、痛み止めやビタミン剤を処方します。
薬剤分類 | 使用例 | 効果 |
---|---|---|
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs) | イブプロフェン、ナプロキセン | 炎症と痛みをやわらげる |
ステロイド薬 | プレドニゾロン(経口)、デキサメタゾン(局所注射) | 強力な抗炎症作用 |
ビタミンB群 | メコバラミン、ビタミンB1 | 神経の修復と再生を促す |
神経痛治療薬 | ガバペンチン、プレガバリン | 神経痛をやわらげる |
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)のリハビリテーション
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療でのリハビリテーションには、神経機能の回復を高め、筋力の低下や関節が固まって動きにくくなる状態を予防する効果があります。
- 関節を動きやすくする
- 麻痺した筋肉を回復させる
- 日常生活での動作を改善する
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療期間と予後
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療期間と予後の目安としては、保存的治療であれば3~6ヶ月、手術的治療では6ヶ月~1年以上です。
治療方法 | 治療期間の目安 | 用いられるケース |
---|---|---|
保存的治療 | 3~6ヶ月 | 軽度から中等度の症例 |
手術的治療 | 6か月〜1年以上 | 重度の症例や保存的治療が難しい場合 |
治療期間に影響を与える要因
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療期間は、原因や重症度によっても左右されます。
- 原因の種類と程度
- 症状の重症度
- 発症からどれくらい経っているか
- 患者様の年齢と状態
- 治療方法
予後に影響を与える要因
また、後骨間神経麻痺の予後は、発症からの経過時間、原因、年齢などあらゆる影響を受けます。
- 早期発見・早期治療ほど良好
- 一時的な原因(例:軽度の圧迫)ほど良好
- 若年者ほど神経の再生能力が高い
- 糖尿病などの持病がある場合、回復が遅れるケースも
- 指示された治療やリハビリテーションが実行できているか
予後の見通しとリハビリテーション
後骨間神経麻痺の予後は、軽度から中等度の症例では、順調に治療が進めば良好な予後が期待できますが、重度の症例や長期間経過した症例では、完全な機能回復が困難な場合があります。
- 筋力の維持や回復
- 関節の動きがスムーズになる
- 他の部分で機能を補えるようになる
- 日常生活が送りやすくなる
- 二次的合併症の予防
薬の副作用や治療のデメリット
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療の副作用やデメリットとしては、薬物療法による副作用や手術的治療における感染・出血・再発リスクがあります。
保存的治療の副作用とデメリット
保存的治療は、侵襲性が低い反面、効果の発現に時間がかかりやすいです。
保存的治療 | 副作用・デメリット |
---|---|
安静にする、患部の固定 | 筋力の低下、関節の固まり |
物理療法 | 皮膚への刺激、一時的に痛みが強くなる |
消炎鎮痛剤 | 胃腸障害、肝機能障害のリスク |
ステロイド注射 | 注射部の感染、皮膚疾患、色素沈着 |
外科的治療の副作用とデメリット
外科的治療の主な副作用とデメリットは感染、出血、神経の損傷、瘢痕形成による再発などです。
- 手術部位への感染症
- 出血、血腫ができる
- 麻酔に関連する合併症
- 神経損傷が悪化する
- 組織が新しく再生される際におこる障害※1
※1:傷が治癒する過程でできる新しい結合組織による影響で関節や神経に障害が起こったり、皮膚が引っ張られたり、痛みが生じる場合がある。
薬物療法の副作用とデメリット
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療薬には、いくつかの副作用やリスクが報告されています。
治療薬 | 主な副作用 |
---|---|
NSAIDs | 胃腸障害、腎機能障害、出血 |
ステロイド薬 | 骨が脆くなる、免疫機能が低下する、糖尿病が悪化する |
ビタミンB群 | アレルギー反応、尿が黄色くなる |
抗けいれん薬 | めまい、眠気、体重が増加する |
リハビリテーションのデメリット
リハビリテーションは長期的な回復に不可欠とされていますが、経済面や時間面でのデメリットがあります。また、効果に個人差が大きい点にも注意が必要です。
- 時間と労力の負担
- 一時的な痛みや不快感
- 過度に行うと症状が悪化する場合がある
- 期待通りの効果が得られない可能性がある
保険適用の有無と治療費の目安について
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療費は、保険適用になる場合が多いです。
しかし、手術的治療では治療費が高額になる傾向があるため、高額療養費制度の利用を検討する方法もあります。
一般的な治療費の目安
後骨間神経麻痺(橈骨神経低位麻痺)の治療は原則として健康保険の適用対象となりますが、一部の特殊な治療法や自由診療の場合は適用外となる可能性があります。
- 診察
- 検査
- 保存的治療
- 手術治療
- リハビリテーション
治療方法 | 治療費の目安(3割負担) | 備考 |
---|---|---|
初診料 | 1000円〜3000円 | 医療機関によって異なる |
MRI検査 | 5000円〜1万5000円 | 部位や回数によって変わる |
保存的治療(1回) | 1500円〜3000円 | 薬剤費を含む |
手術治療 | 5万円〜20万円 | 手術の種類よって変わる |
リハビリテーション(1回) | 1500円〜3000円 | 回数制限あり |
自己負担額を軽減できる方法例
- 高額療養費制度:月々の医療費が一定額を超えた場合、超過分が払い戻される
- 限度額適用認定証:事前に申請すると窓口での支払いが自己負担限度額までに抑えられる
- 医療費控除:確定申告時に医療費の一部が税金から控除される
具体的な治療費や保険の適用については、担当の医師や医療機関に直接お問い合わせください。
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