脂腺腫(sebaceous adenoma)とは、皮膚にある脂を分泌する腺から生じる良性の腫瘍のことです。
多くの場合、顔や頭の皮膚に黄色みがかった小さな盛り上がりとして現れ、ほとんどの患者さんで症状がなく、ゆっくりと大きくなっていきます。
脂腺腫は40歳を過ぎた方によく見られますが、若い方の皮膚にも出ることがあります。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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脂腺腫の症状
脂腺腫はほとんど無症状ですが、皮膚表面に変化をもたらします。
脂腺腫に見られる症状
脂腺腫によく見られる症状は、皮膚表面に現れる小さな隆起です。
- 大きさ:通常1cm未満
- 色調:黄色または橙色がかった色
- 形状:ドーム状または円形
- 触感:柔らかく、弾力性がある
好発部位と発生頻度
脂腺腫は特定の部位に発生しやすいです。
好発部位 | 発生頻度 |
顔面 | 高 |
頭皮 | 中 |
頸部 | 低 |
胸部 | 低 |
症状の進行と変化
脂腺腫は緩やかに成長し、時間の経過とともに以下のような変化が生じます。
- サイズの増大:まれに1cmを超えて大きくなる。
- 表面の性状変化:滑らかだった表面が粗造になる。
- 色調の変化:黄色みが強くなったり、赤みを帯びたりする。
注意を要する随伴症状
脂腺腫自体は無症状ですが、次のような症状が現れたら皮膚科を受診してください。
症状 | 頻度 | 注意点 |
掻痒感 | 低 | 炎症の可能性 |
疼痛 | 稀 | 感染や圧迫の可能性 |
出血 | 稀 | 外傷や悪性化の可能性 |
急速な増大 | 稀 | 悪性腫瘍との鑑別が必要 |
多発性脂腺腫
一部の患者さんでは、複数の脂腺腫が同時に発生します。
- 発生数:数個から数十個まで様々
- 分布:顔面や頭皮に集中して現れることが多い
- 大きさ:個々の腫瘍は小さいが、全体として目立つことがある
脂腺腫の原因
脂腺腫は皮膚にある皮脂腺が通常以上に増えてしまうことで生じる良性の腫瘍で、生まれ持った体質や生活環境が関係しています。
脂腺腫ができるしくみ
皮脂腺は皮膚に潤いを与える皮脂を作る大切な役割を持っていますが、時として皮脂腺の細胞が制御を失って増え続けることがあります。
通常は脂肪腺はコントロールされているのに、何らかの理由で機能が乱れると、細胞が過剰に増え脂腺腫になります。
遺伝的な要因
生まれ持った体質も脂腺腫の一因です。
遺伝子名 | 関連する病気 |
PTEN遺伝子 | カウデン症候群 |
MUTYH遺伝子 | MUTYH関連ポリポーシス |
これらの遺伝子に変異があると、細胞の増え方や分裂の仕方の調整に影響が出て脂腺腫ができやすくなります。
生活環境や習慣
日々の生活環境や習慣も、脂腺腫の発生に関係しています。
脂腺腫を作りやすい環境と習慣
- 日光に長時間当たる
- 特定の化学物質に長期間触れる
- 皮膚の長期的な炎症や刺激
- ホルモンのバランスの崩れ
年齢と性別
脂腺腫は年齢や性別によっても、できやすさが変わります。
年齢 | できやすさ |
40歳未満 | 比較的少ない |
40-60歳 | 中程度 |
60歳以上 | 比較的多い |
年齢が上がるほどできやすく、女性よりも男性の方が脂腺腫になりやすいです。
脂腺腫の検査・チェック方法
脂腺腫を早めに見つけるには自分で定期的にチェックすることと、皮膚科での検査が必要です。
自己チェックすることの大切さ
自己チェックすることは、脂腺腫を早く見つけるのに役立ちます。
次のようなポイントに気をつけて、定期的に確認してください。
- 頻度:月に1回
- チェックする箇所:顔、頭の皮膚、首、胸
- 注目点:新しくできた盛り上がり、大きさが変わったところ、色が変わったところ
皮膚科での目視と触診
医療機関での最初の検査は、目で見て触って確認することから始まります。
検査方法 | 何を確認するか | 特徴 |
目視 | 大きさ、色、形 | 体に負担がなく、すぐにできる |
触診 | 固さ、動き、痛み | 簡単で、追加の情報が得られる |
画像検査
もっと詳しく調べるために、画像検査を行うことがあります。
- 皮膚の超音波検査
- 皮膚を拡大して観察する検査(ダーモスコピー)
生検と病理検査
はっきりと診断するためには皮膚の一部を採取(生検)して調べます。
採取方法 | 特徴 | 適応 |
切除生検 | 腫れ物全体を取り除く | 小さな腫瘍のとき |
穿刺吸引細胞診 | 体への負担が少ない | 大きな腫瘍や深いところにある腫瘍 |
シェーブ生検 | 表面の一部だけを取る | 皮膚の表面にある腫瘍 |
鑑別診断
脂腺腫は他の皮膚の腫瘍と似ていることがあるため、鑑別が必要です。
- 脂漏性角化症(あるタイプのいぼ)
- 基底細胞癌(皮膚がんの一種)
- 脂腺癌(悪性の腫瘍)
- 毛包腫(毛根から発生する良性の腫れ物)
脂腺腫の治療方法と治療薬について
脂腺腫は手術で取り除くことが多いですが、薬剤を使ったり、しばらく様子を見ることもあります。
手術で取り除く
手術で脂腺腫を取り除くのが最も確実な治療法で、局所麻酔を使い短い時間で終わり、脂腺腫が再び出きることはあまりありません。
手術の種類 | どんな特徴があるか |
普通の切除 | 腫瘍の周りの正常な組織も含めて切り取る |
はさみで切除 | 小さな腫瘍を切り取るのに使う |
レーザーで切除 | 傷跡が目立たないようにする |
手術で取り除いた後は顕微鏡で詳しく調べて、良性の腫瘍であることを確認します。
薬物療法
薬剤による治療は、手術の前後に行われます。
- レチノイド:皮脂腺の働きを抑える
- 抗アンドロゲン薬:男性ホルモンの影響を弱める
- 抗炎症薬:腫瘍の周りの炎症を抑える
経過観察
脂腺腫が小さかったり何も症状がないときは、すぐに治療を始めずにしばらく様子を見ることもあります。
観察期間 | 行う検査 |
3-6ヶ月ごと | 目で見たり触ったりして確認 |
1年に1回 | 超音波で詳しく調べる |
腫瘍が急に大きくなったり症状が出てきたら、すぐに治療を始めます。
治療法の選択基準
どの治療法を選ぶかは、以下のことを考慮して決めます。
- 腫瘍がどれくらい大きいか、どこにあるか
- 何か症状があるか、どの程度か
- 患者さんの年齢や体の状態
- 見た目の問題はないか
新しい治療法の研究
脂腺腫の治療法は日々進歩しており、今までの方法よりも体への負担が少なく、より効果的な方法も研究されています。
- 光線力学療法:光感受性物質と特殊な光を使う
- 免疫療法:腫瘍に対する免疫反応を強化
- 分子標的療法:腫瘍の成長に関わる特定の分子を標的
薬の副作用や治療のデメリットについて
脂腺腫の治療は安全ですが、どんな医療行為にも起こりうる副作用やリスクはあります。
切除手術の副作用
手術で取り除く方法は次のような副作用が起きます。
- 出血
- 感染
- 傷跡が目立つ
- 手術した部分の痛み
- 麻酔に関連するリスク
局所的な治療法の副作用
患部だけを治療する方法は体への負担が少ないものの、いくつかの副作用があります。
治療法 | 副作用 | 頻度 |
冷凍療法 | 水ぶくれができる、皮膚の色が変わる | ある程度 |
光を当てる治療 | 皮膚が赤くなる、一時的に肌の色が変わる | あまり多くない |
薬を塗る治療 | 皮膚がピリピリする、赤くなる | あまり多くない〜ある程度 |
全身療法のリスク
体全体に影響を与える治療法はあまり行われませんが、多発性脂腺腫に検討されます。
薬の種類 | 副作用 | 重症度 |
レチノイド系の薬 | 皮膚が乾燥する、唇が荒れる | 中くらい |
免疫を抑える薬 | ばい菌による病気にかかりやすくなる | 深刻 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
保険適用の条件
脂腺腫の治療に関する保険適用は、症状の有無や腫瘍の大きさ、位置によって判断されます。
保険適用になる条件
- 腫瘍が急速に成長している
- 痛みや出血などの症状がある
- 日常生活に支障をきたしている
- 悪性腫瘍の可能性が否定できない
ただし、美容上の理由で治療を希望する場合は自費診療です。
治療法別の保険適用
脂腺腫の治療法によって、保険適用の状況が異なります。
治療法 | 保険適用 | 備考 |
外科的切除 | 〇 | 症状がある場合 |
レーザー治療 | △ | 症状や部位による |
薬物療法 | 〇 | 保険適用の薬剤使用時 |
経過観察 | 〇 | 定期検診のみ |
レーザー治療は、症状や部位によって保険適用が判断されます。
治療費の目安
治療法 | 保険適用時の自己負担額 | 自費診療時の費用 |
外科的切除 | 5,000円〜20,000円 | 50,000円〜200,000円 |
レーザー治療 | 3,000円〜10,000円 | 30,000円〜100,000円 |
薬物療法 | 1,000円〜5,000円/月 | 10,000円〜50,000円/月 |
以上
参考文献
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