肝膿瘍(Liver Abscess)とは、肝臓の内部に膿が蓄積する感染症です。細菌やアメーバなどの病原体が肝臓に侵入し、組織を破壊することで起こります。
肝膿瘍を発症すると、高熱や右上腹部の痛み、吐き気、食欲不振などの症状が現れます。
肝膿瘍の病型
肝膿瘍には、細菌性とアメーバ性の2種類があります。
特徴 | 細菌性肝膿瘍 | アメーバ性肝膿瘍 | 備考 |
原因 | 細菌 | 赤痢アメーバ | 原因微生物の種類が異なる |
好発部位 | 右葉 | 右葉(単発が多い) | 両者とも右葉に多いが、アメーバ性は単発傾向 |
膿の性状 | 粘稠 | チョコレート様 | 膿の見た目や質感に特徴的な違いがある |
感染経路 | 多様 | 経口感染 | アメーバ性は主に汚染された水や食物から感染 |
細菌性肝膿瘍の特徴
細菌性肝膿瘍は、主に大腸菌やクレブシエラ菌などのグラム陰性桿菌が関係しています。この細菌は普段から腸内に存在していますが、何かのきっかけで肝臓に侵入すると、膿瘍を形成します。
細菌性肝膿瘍の発生経路には、胆道系からの上行性感染、門脈を介した経門脈性感染などがあります。
発生経路 | 主な原因 | 具体例 |
上行性感染 | 胆石、胆管炎 | 胆石による胆管閉塞 |
経門脈性感染 | 虫垂炎、大腸憩室炎 | 腸管穿孔による腹腔内感染 |
血行性感染 | 菌血症、心内膜炎 | 感染性心内膜炎からの細菌散布 |
直接波及 | 胆嚢炎、横隔膜下膿瘍 | 急性胆嚢炎の肝臓への直接波及 |
アメーバ性肝膿瘍の特徴
アメーバ性肝膿瘍は、赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)という原虫が原因となって発生する病型で、主に途上国で感染します。
日本国内での発症は比較的珍しいですが、海外渡航歴のある方や、免疫機能が低下している方は注意しなければなりません。
肝膿瘍の症状
肝膿瘍の症状は、発熱、右上腹部の痛み、倦怠感などがあり、場合によっては食欲不振、吐き気、嘔吐、体重減少なども伴います。
高熱・寒気
肝膿瘍では、体の中で進んでいる感染に対して免疫システムが反応し、多くの患者さんが38度を超える熱を出します。
発熱は長引く方が多く、以前、患者さんの中に2週間以上も39度台の高熱が続いた方がいらっしゃいました。
この方は最初ただの風邪だと思い込んでいましたが、詳しい検査をしたところ肝膿瘍と分かり、治療を受けて回復に向かわれました。長引く高熱を甘く見ず、専門医の診察を受けることが大切です。
お腹の右上が痛む
肝臓が炎症を起こしたり腫れたりするため、お腹の右上が痛くなる症状もみられます。
お腹だけではなく、右肩や背中にまで痛みが広がることもあります。
痛みの特徴 | どのくらいの頻度で起こるか |
鈍い痛み | 多い |
鋭い痛み | ある程度ある |
広がる痛み | やや少ない |
胃腸の不調
肝膿瘍は消化器全体に影響を与えるため、胃腸に関する症状を起こします。
- 吐き気、実際に吐いてしまう
- 食べたくない、食欲がわかない
- お腹がはってつらい感じ
- 下痢や便秘
胃腸の症状が長く続くと、栄養が足りなくなる、水分が足りなくなるなどの心配が出てきます。
体全体のだるさ・体重が減る
肝膿瘍で症状として起こるだるさは、ただ疲れているというのとは違って、普段の生活に支障が出るほど強いものです。
また、食欲がわかずに、短い期間で体重が減ってしまうこともよくあります。
症状 | どんな特徴があるか |
全身のだるさ | 普段の生活ができないくらいきつい |
体重が減る | 短い間にぐっと減ってしまう |
皮膚や目が黄色くなる
肝臓の働きが悪くなると、皮膚や目が黄色くなることがあります。これを「黄疸」と呼び、肝臓がビリルビンという物質をうまく処理できなくなった結果です。
また、一部の患者さんでは、皮膚がかゆくなったり発疹が出たりと、皮膚の症状が現れる方もいます。
肝膿瘍は、初期の段階では軽い症状しか出ないこともあり、気づきにくい病気です。
- 熱が下がらない
- お腹の右上が痛い
- 原因が分からない胃腸の症状が続いている
このような場合は、できるだけ早く病院を受診するようにしてください。
肝膿瘍の原因
肝膿瘍の原因、主に胆道系の問題、血液を介した感染、直接的な感染の3つに分けられます。
胆道系の問題で起こる肝膿瘍
肝膿瘍のよくある原因の一つが、胆道系の感染です。胆石や胆管が狭くなると胆汁の流れが悪くなり、菌が増えやすい環境ができます。
すると、感染が肝臓に広がり、膿瘍ができてしまう危険性が高くなるのです。
血液を介して起こる肝膿瘍
血液の流れを通じて感染が広がり、肝膿瘍になるケースもあります。
体のどこかで起きた感染症や、おなかの中の他の場所の感染が血液に乗って肝臓まで届くと、そこで膿瘍ができることがあります。
感染の元 | 肝膿瘍になる危険性 |
虫垂炎 | やや高い |
憩室炎 | 高い |
歯周病 | あまり高くない |
特に、腸の中にいる菌が、門脈という血管を通って肝臓に到達するケースが多いようです。また、心臓の内側の膜に起きる感染症(心内膜炎)など、体全体に広がる感染症も肝膿瘍の原因です。
直接的な感染で起こる肝膿瘍
肝臓の組織を採取したり、胆道にチューブを入れたりする医療行為の後に、まれに肝膿瘍が発生することがあります。
また、おなかにひどい怪我をして肝臓が傷つき、そこから菌が入り込むパターンもあります。
その他の原因
- 免疫力が弱くなっている(HIVに感染している、長い間ステロイド薬を使っているなど)
- 糖尿病を患っている
- がんにかかっている
- お酒を飲みすぎている
肝膿瘍の検査・チェック方法
肝膿瘍の診断では、血液検査、腹部超音波検査、CT検査、MRI検査などを行います。
検査方法 | 目的 | 特徴 |
CT/MRI | 膿瘍の局在診断 | 高解像度で膿瘍の詳細な情報が得られる |
超音波ガイド下穿刺 | 膿の採取、培養 | 安全に膿を採取し、原因菌の同定に役立つ |
血清学的検査 | アメーバ感染の確認 | アメーバ性肝膿瘍の診断に特に有用 |
血液検査 | 炎症反応の評価 | 白血球数やCRP値の上昇を確認できる |
身体診察
身体診察では、特に右上腹部の痛みや押したときの痛み、肝臓が通常より大きくなっていないかなどを確認します。
また、発熱や、皮膚・白目が黄色くなる黄疸は、肝膿瘍の診断の手掛かりになることがあります。
血液検査による評価
血液検査では、炎症の度合いや肝臓の働きを調べる検査、血液中の細菌を培養する検査などを行い、体の中で感染が起きていないか、肝臓の状態はどうかを調べていきます。
検査項目 | 主な評価内容 |
CRP | 炎症の程度 |
白血球数 | 感染の有無 |
AST/ALT | 肝機能 |
血液培養 | 起因菌の同定 |
画像診断
超音波検査、CTスキャン、MRI検査などを使い、肝臓の中に異常な部分がないかを調べます。
- 超音波検査‥通常よりも黒っぽく見える部分がないか調べます
- CT検査‥造影剤を使って、特殊な形で染まる部分や周りより黒く見える部分がないか確認します
- MRI検査‥特定の撮影方法で、周りより白く光って見える部分がないか観察します
画像検査では、もし肝膿瘍があった場合、その場所や大きさ、周りの組織にどのような影響を与えているかを調べることができます。
確定診断
肝膿瘍を確実に診断するため、超音波やCTの画像を見ながら膿瘍に向かって針を刺し、得られた膿を培養して顕微鏡で調べます。
この方法を使うと、どんな細菌が原因で膿瘍ができたのかの特定や、その細菌にどの抗生物質が効くかを調べることができます。
検査方法 | 目的 |
針を刺して吸引 | 膿を取り出す |
細菌を培養 | どんな細菌がいるか調べる |
抗生物質の効果 | どの抗生物質が効くか調べる |
肝膿瘍の治療方法と治療薬について
肝膿瘍の治療では、抗生物質療法と膿瘍のドレナージを行います。
効果的な抗生物質療法の実施
抗生物質を正しく投与することで感染の広がりを抑え、膿瘍を小さくすることができます。治療の初期段階では、幅広い細菌に効果がある抗生物質を点滴で投与するのが一般的な方法です。
細菌の培養結果が出たら、その菌に特に効果的な抗生物質に変更し、治療効果を高めていきます。抗生物質による治療は通常4〜6週間続けますが、患者さんの状態を見ながら調整していきます。
抗生物質の名前 | おもな使用目的 |
セフトリアキソン | グラム陰性菌への初期治療 |
メトロニダゾール | 酸素を嫌う菌への対応 |
シプロフロキサシン | 幅広い細菌への効果 |
アンピシリン/スルバクタム | 複数の菌が混ざった感染症への対応 |
ドレナージ手術
大きな膿瘍や抗生物質だけでは効果が十分でない場合、抗生物質による治療と並行し、膿瘍から膿を抜き取るドレナージが必要です。
ドレナージによって膿を外に出すと、抗生物質の効き目を高め、治りを早めることができます。
また、ドレナージの際に取った膿を調べることでどんな菌が原因なのかを特定し、投与する抗生物質を選ぶために役立てます。
肝膿瘍の治療期間
肝膿瘍が完治するまでの期間は、個々の全身状態や膿瘍の大きさ、原因となる細菌の種類などによって変わります。
抗生物質による治療と経皮的ドレナージを組み合わせた標準的な治療の場合では、入院期間はおおよそ2〜4週間程度が目安です。退院後は外来での経過観察と投薬のため、継続的に来院していただきます。
完全な回復までには、3〜6か月程度かかることがが多いです。
治療過程の各段階と所要期間
- 急性期治療(入院下での集中的な治療) 2〜4週間
- 回復期(外来通院による継続的な治療) 4〜8週間
- 経過観察期(定期的な検査と経過確認) 2〜3か月
急性期では、抗生物質の点滴投与と膿瘍のドレナージ処置を中心とした治療を行います。症状の改善が見られ、炎症反応が落ち着いてくると退院の判断となります。
退院後は外来での抗生物質内服を継続し、定期的な血液検査や超音波検査などで経過を観察していきます。
完治の判断に用いる基準
肝膿瘍の完治を判断する際には、主に以下の3点を指標として確認します。
判断基準 | 具体的な確認ポイント |
自覚症状 | 発熱や腹部不快感などの消失 |
血液検査 | CRP値や白血球数の正常範囲内への回復 |
画像検査 | 超音波検査やCT検査による膿瘍の消失確認 |
これらの条件が満たされた時点で、概ね治癒したと考えられます。ただし、再発のリスクも考慮し、その後も定期的な検診を継続することが望ましいです。
予後について
肝膿瘍の中には、予後不良となる場合もあります。特に高齢者や基礎疾患を持つ患者さん、診断が遅れた場合などでは、敗血症や多臓器不全に進展するリスクが高くなります。
※肝膿瘍の死亡率は、2~12%と言われています。
予後不良のリスク因子 | 影響 |
高齢 | 治療反応性低下、合併症リスク増加 |
重度の基礎疾患 | 全身状態悪化のリスク上昇 |
診断の遅れ | 敗血症など重篤な合併症の発生率上昇 |
多発性膿瘍 | 治療難度の上昇、再発リスク増加 |
予後不良のリスクがある患者さんの場合、治療期間が通常より長期化することが多いです。患者さんやご家族の方々には、長期的な視点で治療に取り組んでいただくことが重要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
肝膿瘍の治療で行う抗生物質療法や経皮的ドレナージには、副作用やリスクがあります。治療中に体調の変化や気になる症状があれば、すぐに医師や看護師に伝えることが大切です。
抗生物質治療に伴う副作用
副作用の種類 | 主な症状 |
胃腸の不調 | 吐き気、嘔吐、おなかの痛み |
アレルギー反応 | 皮膚の発疹、かゆみ、息苦しさ |
肝臓への影響 | 皮膚や白目の黄ばみ、だるさ、食欲不振 |
副作用の現れ方は個人差があり、全ての方に起こるわけではありません。重い副作用が出た場合には、治療を一時中断したり、別の薬に変更したりすることもあります。
経皮的ドレナージに伴うリスク
- 処置部位からの出血
- 周りの臓器を傷つけてしまう可能性
- 膿瘍の中の細菌が体の他の部分に広がってしまう危険性
- 肺の近くを刺す場合に、肺がしぼんでしまうことがある
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
肝膿瘍の治療費は、保険適用となります。治療法や入院期間によって費用は変動しますが、3割負担の場合は10万円から30万円程度の自己負担が目安です。
入院費用の内訳
入院期間は重症度や治療経過によって異なります。1〜4週間程度が目安です。
項目 | 概算費用 (3割負担の場合) |
入院基本料 | 1日あたり4,500〜7,500円 |
画像診断料 | 合計20,000〜40,000円 |
抗生物質投与 | 1日あたり2,000〜5,000円 |
処置料 | 1回あたり3,000〜10,000円 |
治療法による費用の違い
- 抗生物質治療のみ 総額15〜30万円程度
- 経皮的ドレナージ追加 総額30〜50万円程度
- 開腹手術実施 総額50〜100万円程度
高額療養費制度について
治療費が高額になる場合、高額療養費制度の利用によって自己負担額の上限を抑えられます。
高額療養費制度では年齢や所得に応じて自己負担限度額が設定されていて、これを超えた分は払い戻しを受けられます。
所得区分 | 自己負担限度額 (70歳未満の場合) |
一般所得 | 80,100円 + (医療費 – 267,000円) × 1% |
低所得 | 35,400円 |
高所得 | 252,600円 + (医療費 – 842,000円) × 1% |
以上
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