スタージ・ウェーバー症候群(Sturge-Weber syndrome)とは、顔面の血管腫と脳や眼の異常が現れる先天性疾患です。
胎児期の血管形成異常により発症し、通常片側の顔面に赤ワインのしみのような母斑が見られます。
脳内の異常な血管形成はてんかん発作や発達遅延などの神経学的症状を引き起こし、また、緑内障などの視覚障害を伴うこともあります。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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スタージ・ウェーバー症候群の症状
スタージ・ウェーバー症候群は、皮膚、脳、眼に影響のある疾患です。
片側性毛細血管奇形(ポートワイン母斑)
顔面の血管性母斑は最もよく見られる症状で、生まれた時からあり年齢とともに濃くなったり肥厚したりします。
特徴 | 詳細 |
好発部位 | 顔面(特に三叉神経第1枝領域) |
色調 | 淡紅色から濃い赤紫色 |
形状 | 不整形、境界明瞭 |
経時変化 | 年齢とともに濃くなる |
神経症状
脳の血管奇形が原因の神経症状は、患者さんの日常生活に大きな影響を与えます。
- てんかん発作 頻度や重症度は個人差が大きい
- 片麻痺 母斑と反対側の身体に現れることが多い
- 発達遅滞 知的障害や運動発達の遅れとして現れる場合がある
- 頭痛 血管奇形による循環障害が原因となることも
眼症状
眼の異常は視力低下や失明のリスクを高めるため、定期的な検査が必要です。
症状 | 特徴 |
緑内障 | 眼圧上昇による視神経障害 |
脈絡膜血管腫 | 網膜剥離や黄斑症のリスク増加 |
結膜血管腫 | 充血や出血の原因となることがある |
その他の症状
スタージ・ウェーバー症候群では、主要な症状以外にもいろいろな症状が現れます。
- 軟部組織の肥大 顔面の非対称性を引き起こす場合がある
- 歯肉肥大 口腔内の血管腫による
- 骨の過形成 顔面骨の非対称性につながることも
症状の経時変化
スタージ・ウェーバー症候群では、幼少期には目立たなかった症状が、成長と共にはっきりと見られようになります。
- 幼児期 てんかん発作の出現、発達の遅れが顕著になる
- 学童期 学習障害や行動の問題が明らかになる
- 思春期以降 社会適応の困難さや心理的問題が表面化する場合も
スタージ・ウェーバー症候群の原因
スタージ・ウェーバー症候群の原因は、胎児期の特定の遺伝子変異と血管形成の異常です。
遺伝子変異
スタージ・ウェーバー症候群の発症には、細胞の成長や分化を制御するGNAQ遺伝子の体細胞モザイク変異が深く関わっています。
遺伝子 | 機能 | 変異の影響 |
GNAQ | 細胞成長制御 | 血管形成異常 |
PIK3CA | シグナル伝達 | 組織過成長 |
GNAQ遺伝子の変異は胎児の時期に発生することが多く、血管や神経組織の発達に異常が生じます。変異は受精後に起こるため、親から子への遺伝はまれです。
血管形成異常のメカニズム
GNAQ遺伝子の変異は血管内皮細胞の成長と分化に影響を与え、顔面や脳の血管奇形を起こします。
遺伝子異常の発生要因
- 血管内皮成長因子(VEGF)の過剰産生
- 血管平滑筋細胞の異常な増殖
- 血管壁の構造的脆弱性
モザイク変異と症状の多様性
スタージ・ウェーバー症候群の遺伝子変異のモザイク性は、症状の多様性を説明できます。
変異の程度 | 影響を受ける組織 | 症状の重症度 |
軽度 | 限局的 | 軽症 |
中等度 | 複数領域 | 中等症 |
高度 | 広範囲 | 重症 |
モザイク変異の分布や範囲によって、患者さんごとに症状の現れ方や重症度が違います。
スタージ・ウェーバー症候群の検査・チェック方法
スタージ・ウェーバー症候群の診断には、皮膚、脳、眼の検査が必要です。
皮膚所見の評価
スタージ・ウェーバー症候群の最も分かりやすい特徴は、検査で詳しいことが分かる顔面の血管腫(ポートワイン母斑)です。
検査項目 | 目的 | 特徴 |
視診 | 母斑の範囲と色調の確認 | 通常、三叉神経第1枝領域に存在 |
ダーモスコピー | 血管構造の詳細観察 | 拡張した表在性血管の確認 |
皮膚生検 | 組織学的診断 | 必要に応じて実施 |
神経症状の評価
脳の血管奇形は、てんかんや発達遅滞などの神経症状の原因です。
- 脳波検査(EEG) 皮膚、脳、眼んかん発作の有無や特徴を評価
- 神経学的診察 運動機能、感覚機能、反射などの確認
- 発達評価 年齢に応じた発達段階の確認
画像診断
脳と眼の異常を詳しく評価するための画像診断がいくつかあります。
検査方法 | 主な目的 | 特徴 |
MRI | 脳の構造異常の検出 | 軟部組織の詳細な描出が可能 |
CT | 頭蓋内石灰化の確認 | 骨性構造の評価に優れる |
脳血管造影 | 脳血管奇形の詳細評価 | 侵襲的だが血管構造を明確に描出 |
眼科的検査
緑内障やその他の眼合併症を早期に発見するため、定期的な眼科検査が欠かせません。
- 眼圧測定 緑内障のリスク評価
- 眼底検査 網膜や視神経の状態確認
- 視野検査 視野欠損の有無を確認
遺伝子検査
最近の研究により、GNAQ遺伝子の体細胞モザイク変異がスタージ・ウェーバー症候群の原因として特定されて、遺伝子検査をすることで、診断の確定が行えます。
スタージ・ウェーバー症候群の治療方法と治療薬について
現時点でスタージ・ウェーバー症候群の治療法は確立されていませんが、症状の軽減と生活の質の向上を目指した治療法があります。
皮膚症状への対応
スタージ・ウェーバー症候群の特徴的な症状である顔面の血管腫(ポートワイン母斑)に対しては、レーザー治療が主要な選択肢です。
レーザー種類 | 適応 | 効果 |
パルス色素レーザー | 表在性血管腫 | 色調改善 |
Nd:YAGレーザー | 深在性血管腫 | 肥厚軽減 |
レーザー治療は、血管腫の色調を改善し肥厚を軽減する効果がありますが、完全な消失は難しいです。
てんかん発作のコントロール
スタージ・ウェーバー症候群で起こるてんかん発作は、抗てんかん薬による薬物療法が基本です。
治療に用いられる抗てんかん薬
- カルバマゼピン
- レベチラセタム
- オクスカルバゼピン
- バルプロ酸ナトリウム
薬剤を単剤または併用で使用し発作をコントロールしますが、薬物療法で十分な効果が得られないときには、外科的治療も検討します。
緑内障の管理
眼症状、特に緑内障の管理は、視力を保護するために大切です。
治療法 | 適応 | 目的 |
点眼薬 | 軽度〜中等度 | 眼圧低下 |
手術療法 | 重度・難治性 | 眼圧正常化 |
初期段階では点眼薬による保存的治療が主で、症状の進行や難治性の場合には手術療法(トラベクレクトミーなど)を考慮します。
新たな治療法の展望
細菌の遺伝子研究の進展により、スタージ・ウェーバー症候群の原因遺伝子が特定されたことで、分子標的療法の開発に期待が高まっています。
GNAQ遺伝子の変異を標的とした治療薬の研究が進められています。
薬の副作用や治療のデメリットについて
スタージ・ウェーバー症候群の治療は、症状の緩和と合併症の予防を目的としていますが、使用される薬剤や治療法にはそれぞれ副作用やデメリットがあります。
抗てんかん薬の副作用
てんかん発作のコントロールは大切ですが、抗てんかん薬にはいろいろな副作用があります。
薬剤 | 主な副作用 |
カルバマゼピン | 眠気、めまい、皮疹 |
バルプロ酸 | 肝機能障害、体重増加 |
レベチラセタム | 易刺激性、攻撃性 |
フェノバルビタール | 認知機能低下、骨密度減少 |
長期使用による副作用のリスクもあるため、定期的な血液検査や症状の観察が不可欠です。
レーザー治療のデメリット
顔面の血管腫に対するレーザー治療は効果的ですが、デメリットがあります。
- 痛みや不快感 治療中や治療後に生じることがある
- 皮膚の変色 一時的または永続的な色素沈着や色素脱失
- 瘢痕形成:まれに治療部位に瘢痕が残ることがある
- 効果の限界 完全な消失は困難で、複数回の治療が必要なことが多い
緑内障治療薬の副作用
眼圧をコントロールするための薬物療法には、副作用のリスクがあります。
薬剤タイプ | 主な副作用 |
プロスタグランジン類似薬 | 虹彩色素沈着、まつ毛の変化 |
β遮断薬 | 徐脈、気管支収縮 |
炭酸脱水酵素阻害薬 | 味覚異常、倦怠感 |
α2作動薬 | 眠気、口渇 |
外科的治療のリスク
重症例では外科的介入が検討されますが、以下のようなリスクがあります。
- 手術に伴う一般的リスク(感染、出血など)
- 脳手術の場合 神経機能障害、脳浮腫
- 眼科手術の場合 視力低下、角膜障害
ステロイド療法の副作用
血管腫の炎症や腫脹を抑えるためのステロイド療法を長く使うときには、注意が必要です。
- 免疫機能の低下 感染症のリスク増加
- 骨密度の低下 骨折リスクの上昇
- 成長障害 小児の場合、成長に影響を与える可能性
- 代謝異常 糖尿病、高血圧などのリスク
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
指定難病としての認定と医療費助成
スタージ・ウェーバー症候群は、医療費助成を受けられる難病に認定されています。
保険適用される治療と自己負担
スタージ・ウェーバー症候群の主な症状の治療の多くは、保険適用の対象です。
治療内容 | 保険適用 | 自己負担の目安 |
抗てんかん薬 | 適用あり | 3割負担 |
緑内障治療 | 適用あり | 3割負担 |
レーザー治療 | 条件付き適用 | 3割〜全額負担 |
脳神経外科手術 | 適用あり | 3割負担 |
定期的な検査や外来受診も必要となりますが、通常は保険適用になっています。
自己負担となる可能性のある治療費
一部の治療法や薬剤は、保険適用外になります。
治療内容 | 概算費用 | 備考 |
自費レーザー治療 | 1回あたり5〜20万円 | 複数回必要な場合あり |
海外承認薬 | 月額10〜50万円 | 個人輸入が必要 |
先進医療 | 数十〜数百万円 | 治療内容により大きく異なる |
以上
参考文献
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