肝性脳症(Hepatic encephalopathy)とは、肝臓の機能低下によって引き起こされる脳の症状を指します。
肝臓が十分に働かないため、体内に有害物質が蓄積され、脳の機能に影響を及ぼします。
その結果、意識レベルの低下や行動の変化、さらには昏睡状態に至ることもあります。
肝性脳症の病型
肝性脳症の病型は、主に急性型、慢性型、特殊型の3つに分類されます。
急性型肝性脳症
急性型肝性脳症は主に劇症肝炎に代表される病型で、短期間で急速に症状が進行するのが特徴です。
肝機能の急激な低下に伴い、意識障害などの神経症状が急速に現れます。
慢性型肝性脳症
慢性型肝性脳症は側副血行路の発達した肝硬変に多く見られる病型で、さらに2つのタイプに分けられます。
タイプ | 特徴 |
慢性再発型 | 門脈―大循環短絡の要因が強い |
末期型 | 肝細胞障害の要因が強い |
慢性再発型は門脈と大循環の間に短絡路ができることが原因で起こり、症状の繰り返しが見られます。
一方、末期型は肝細胞機能の著しい低下によって発症するケースが多く、進行性の経過をたどります。
特殊型肝性脳症
特殊型肝性脳症は他の2つの型と比べて発症頻度が低く、先天性の酵素異常が関与しているケースが多いです。
この型に含まれる代表的な疾患として「先天性尿素サイクル酵素異常症」があり、中でもシトルリン血症の頻度が高いことが知られています。
また、特殊型肝性脳症ではアンモニアが脳症の発生に強く関与していると考えられています。
各病型の特徴と比較
- 急性型:短期間での急速な進行、劇症肝炎が主な原因
- 慢性型:長期的な経過をたどり、肝硬変が背景にある
- 特殊型:先天性の酵素異常が関与し、アンモニアの影響が顕著
病型 | 主な原因 | 進行速度 | 特徴的な所見 |
急性型 | 劇症肝炎 | 速い | 急激な意識障害 |
慢性型 | 肝硬変 | 遅い | 症状の繰り返し |
特殊型 | 先天性酵素異常 | 様々 | アンモニア上昇 |
肝性脳症の症状
肝性脳症は、意識障害や認知機能の低下、運動障害など、多様な神経精神症状を引き起こす深刻な肝臓疾患の合併症です。
意識障害
肝性脳症の最も顕著な症状の一つが、意識障害です。
軽度の混乱状態から昏睡に至るまで、様々な程度の意識レベルの変化が生じます。
初期段階では集中力の低下や短期記憶の障害が現れ、症状が進行すると、見当識障害や錯乱状態に陥ることもあります。
認知機能の変化
認知機能の低下も肝性脳症の症状の一つで、思考の速度が遅くなったり、判断力が鈍くなったりします。
また、注意力の散漫さや集中力の低下も顕著に現れます。
認知機能の変化に関する主な症状
症状 | 特徴 |
思考速度の低下 | 反応が遅くなる |
判断力の低下 | 適切な決断が困難になる |
注意力散漫 | 集中が続かない |
記憶力の低下 | 新しい情報の記憶が難しくなる |
運動機能の障害
肝性脳症では運動機能にも影響が及びます。
運動機能に関する主な症状は、手の震えや協調運動の障害のほか、特に顕著なのが「羽ばたき振戦」と呼ばれる特徴的な手の震えです。
両腕を前に伸ばして手のひらを上に向けたときに、手が不規則に上下に動き、まるで鳥の羽ばたきのように見えることからこの名前がついています。
また、歩行が不安定になったり、バランスを取るのが難しくなったりする場合もあります。
睡眠パターンの変化
日中の眠気が増加し、夜間の不眠に悩まされる症状もみられます。
睡眠パターンの変化に関する主な症状
症状 | 特徴 |
日中の眠気 | 活動中に突然眠くなる |
夜間の不眠 | 寝付きが悪く、熟睡できない |
睡眠リズムの乱れ | 昼夜逆転など、通常の生活リズムが崩れる |
その他の神経学的症状
肝性脳症では、上記以外にも様々な神経学的症状が現れます。
- 言語障害(構音障害や話し方の変化)
- 人格の変化(イライラや攻撃性の増加)
- 嗅覚異常(特有の甘い匂いを感じる)
- 筋力低下や筋肉の萎縮
肝性脳症の症状は個人差が大きく、軽度から重度まで様々な程度で現れます。
また、症状が一時的に現れては消えるという変動性を持つことも特徴的です。
症状に気づいた際には、速やかに医療機関を受診するようにしてください。
肝性脳症の原因
肝性脳症の主な原因は、肝機能の低下によって体内に蓄積されたアンモニアなどの有害物質が脳に影響を与えることです。
肝機能低下と有害物質の蓄積
肝性脳症は、肝臓の機能が著しく低下することで引き起こされます。
肝臓は体内の解毒作用を担う重要な臓器であり、通常はアンモニアなどの有害物質を処理する役割を果たしています。
肝硬変や急性肝不全などの深刻な肝疾患によりこの機能が損なわれると、有害物質が体内に蓄積されてしまいます。
アンモニアの影響
アンモニアは、肝性脳症の発症に関与する主要な物質の一つです。
タンパク質の代謝過程で生成されるアンモニアは、通常、肝臓で尿素に変換され、尿として体外に排出されます。
肝機能が低下するとこの過程が滞り、血中のアンモニア濃度が上昇します。結果、高濃度のアンモニアは血液脳関門を通過して脳内に入り込み、神経機能に悪影響を及ぼします。
その他の要因
肝性脳症の発症には、アンモニア以外にも様々な要因が関与します。
- マンガン
- 芳香族アミノ酸
- メルカプタン
- 短鎖脂肪酸
これらの物質も肝機能低下により体内に蓄積され、脳機能に影響を与えます。
誘発因子
誘発因子 | 影響 |
感染症 | 代謝亢進 |
脱水 | 電解質異常 |
便秘 | アンモニア産生増加 |
肝性脳症の発症には上記のような基礎的な原因に加え、様々な誘発因子が関与します。
- 感染症や出血などのストレス
- 電解質異常
- 便秘
- 過剰なタンパク質摂取など
これらの因子はすでに肝機能が低下している患者さんにおいて、体内の代謝バランスを崩し、アンモニアなどの有害物質の産生や蓄積を促進することで肝性脳症の発症リスクを高めます。
肝性脳症の検査・チェック方法
肝性脳症の検査では、症状観察、血液検査、神経学的診察、画像診断などを組み合わせて総合的に行い評価していきます。
診察
肝性脳症の診察では、意識状態や行動の変化、認知機能や言語能力の評価などにより症状の程度を把握します。
また、簡単な計算問題や図形の描写をお願いすることもあり、これらの結果も診断の参考にします。
神経学的診察
神経学的診察では以下のような項目を確認し、肝性脳症特有の神経症状を評価します。
検査項目 | 確認内容 |
反射検査 | 腱反射の亢進 |
運動機能 | 手の震え(羽ばたき振戦) |
筋緊張 | 筋硬直の有無 |
歩行 | ふらつきや不安定さ |
血液検査
血液検査では、主に以下の項目を調べます。
- アンモニア値
- 肝機能検査(AST、ALT、ビリルビンなど)
- 電解質バランス
- 血糖値
- 凝固機能
特にアンモニア値の上昇は肝性脳症の診断において大切な指標となり、その経時的変化にも注目します。
画像診断
画像診断では、CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)を用いて脳の状態を確認します。
画像検査 | 主な目的 |
CT | 脳浮腫の確認 |
MRI | 詳細な脳構造の評価 |
SPECT | 脳血流の評価 |
画像診断では脳浮腫や他の脳疾患の可能性を除外し、より正確な診断につなげることができます。
臨床診断と確定診断
臨床診断は、上記の診察結果や検査所見を総合的に判断して行い、患者様の症状、既往歴、現在の肝機能状態などを考慮し評価します。
確定診断には症状の改善が治療に反応するかどうかも判断材料となることがあり、例えばアンモニア低下薬の投与により症状が改善する場合は、肝性脳症の診断がより確実になります。
ただし肝性脳症の診断は複雑で、他の疾患との鑑別が困難な場合もあるため、経過観察や繰り返しの検査が必要になることもしばしばです。
肝性脳症の治療方法と治療薬について
肝性脳症の治療は、原因となる因子の除去、アンモニア低下薬の投与、食事療法などを組み合わせて行います。
治療の基本方針
肝性脳症の治療では、意識障害の程度や肝機能の状態を評価し、治療の方向性を決定します。
軽度の場合は外来での治療も考えられますが、重度の場合は入院による集中的な管理が必要です。
薬物療法
肝性脳症の治療薬では非吸収性抗生物質や下剤が用いられ、腸内のアンモニア産生菌を減らしたり、アンモニアの吸収を抑えたりする効果があります。
薬剤名 | 主な作用 |
リファキシミン | 腸内細菌の増殖抑制 |
ラクツロース | アンモニアの吸収抑制 |
また、分岐鎖アミノ酸製剤も処方されることがあり、肝硬変に伴うアミノ酸のバランス異常を是正して脳内のアンモニア代謝を促進します。
食事療法
食事療法では、タンパク質の摂取量を適切に調整することが求められます。ただし、極端な制限は栄養状態の悪化につながる恐れがあるため、注意が必要です。
- 少量頻回の食事を心がける
- 植物性タンパク質を中心に摂取する
- 食物繊維を十分に摂る
- アルコールは厳禁
その他の治療法
薬物療法や食事療法に加えて、必要に応じて血液浄化療法や肝移植などが行われることもあります。
治療法 | 目的 |
血液浄化療法 | 体内の毒素除去 |
肝移植 | 根本的な肝機能改善 |
血液浄化療法は体内に蓄積した有害物質を直接除去する方法で、特に重症例や薬物療法に反応が乏しい場合に検討されます。
肝移植は、末期の肝不全患者さんに対して考慮される治療法です。
ドナーの確保や術後の免疫抑制療法など様々な課題がありますが、適応となる患者さんの生命予後を大きく改善する可能性があります。
継続的な管理
肝性脳症の治療は一度だけで終わるものではなく、症状が改善した後も再発予防のための継続的な管理が必要です。
定期的な診察や検査を通じて肝機能や栄養状態をチェックし、必要に応じて治療内容を調整していきます。
肝性脳症の治療期間と予後
肝性脳症の治療期間は個々の患者さんの状態により異なりますが、一般的に数日から数週間が目安です。治療を受けた場合の予後は比較的良好とされています。
治療期間の変動要因
肝性脳症の治療に必要な期間は、患者さんの状態や原因となる肝疾患の程度によって大きく変わってきます。
軽度の場合は数日から1週間程度で症状が改善するのが一般的ですが、重度の場合や再発を繰り返すケースでは数週間から数か月の治療が必要です。
治療期間に影響を与える要因
- 肝機能の状態
- 脳症の重症度
- 基礎疾患の有無
- 患者さんの年齢や全身状態
- 治療への反応性
短期的な予後
短期的な予後は、多くの場合で良好です。早期治療によって大半の患者さんで症状の改善がみられます。
重症例や高齢の患者さんでは、回復に時間がかかることもあります。
重症度 | 短期的予後 |
軽度 | 良好 |
中等度 | 比較的良好 |
重度 | 要注意 |
長期的な予後
長期的な予後は、原因となっている肝疾患の進行度や治療への反応によって変わってきます。
肝性脳症は再発のリスクが高い疾患であるため長期的な管理が求められ、定期的な通院や検査、生活習慣の改善などが必要です。
管理項目 | 頻度 |
通院 | 1~3か月に1回 |
血液検査 | 1~3か月に1回 |
画像検査 | 6か月~1年に1回 |
生活指導 | 必要に応じて随時 |
長期的な予後を改善するためには、アルコールを控える、バランスの取れた食事を心がける、ストレス管理や十分な睡眠をとるなど、患者さん自身の生活習慣も長期的な予後を左右する要因となります。
薬の副作用や治療のデメリットについて
肝性脳症の薬は、下痢や腹痛などの消化器症状、眠気や意識レベルの変化など、様々な副作用が報告されています。
また、治療によって肝機能の改善が見られない場合や、病状の進行によっては治療効果が得られない場合もあります。
薬物療法に伴う副作用
薬剤名 | 主な副作用 |
ラクツロース | 下痢、腹痛、腹部膨満感 |
リファキシミン | 吐き気、めまい、腹痛 |
副作用は多くは一時的なものですが、症状が重い場合や長期間続く際には担当医師に相談するようにしてください。
アンモニア低下療法のリスク
- 電解質バランスの乱れ
- 脱水症状
- 腸内細菌叢の変化
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
肝性脳症の治療は、多くの場合健康保険が適用されるため、患者さんの自己負担は軽減されます。入院の必要性や治療期間によって、総費用は変わってきます。
入院治療にかかる費用
入院治療にかかる費用は、病室のタイプや入院期間によって異なります。
一般的な目安として、3割負担の場合入院料は1日あたり3,000円から6,000円、食事療養費は1日あたり460円から780円程度です。
これらの費用に加えて検査や投薬、処置などの費用が発生しますが、高額療養費制度の利用により一定額以上の負担を抑えられる場合があります。
外来治療の費用
軽度から中等度の肝性脳症では、外来での治療が可能な場合があります。
外来治療の費用は血液検査、画像診断(CT、MRIなど)、投薬治療、栄養指導などの項目があり、3割負担の場合は1回の外来受診で5,000円から15,000円程度が目安です。
薬剤費用
薬剤名 | 1日あたりの費用(3割負担) |
ラクツロース | 100円〜200円 |
リファキシミン | 400円〜600円 |
L-カルニチン | 200円〜400円 |
長期間の服用が必要となるため、継続的な費用がかかります。ジェネリック医薬品を選択することで費用を抑えられる場合もあります。
以上
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