Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)とは、肝臓から心臓へ血液を運ぶ肝静脈や下大静脈が、閉塞または狭窄する稀な病気です。
肝臓から血液が流れにくくなるため、肝臓内に血液がうっ滞し、さまざまな症状が現れます。
原因は多岐にわたりますが、血液凝固異常や血液の病気が関連していることが多いです。
症状は急性と慢性に分かれ、急性では腹痛や黄疸、慢性では腹水や食道静脈瘤などが出現します。
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の病型
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の病型は、大きく原発性と続発性の2つに分類されます。
病型 | 発症速度 | 進行性 |
原発性 | 比較的緩徐 | 慢性的 |
続発性 | 急性~亜急性 | 急速 |
原発性の場合は症状が徐々に現れることが多く、慢性的な経過をたどる傾向です。
続発性の場合は急性または亜急性の経過をとり、症状が急速に進行します。
原発性Budd-Chiari症候群
原発性Budd-Chiari症候群は、肝静脈や下大静脈の閉塞が他の疾患に起因せず、直接的に発生する場合を指します。
血液凝固異常や血液の流れの変化が主な要因となり、遺伝的要因や環境因子が関与するのが特徴です。
続発性Budd-Chiari症候群
続発性Budd-Chiari症候群は他の疾患や外的要因によって引き起こされる病型で、腫瘍や外傷、感染症などが肝静脈や下大静脈の閉塞を引き起こします。
診断には、原因となる基礎疾患の特定が必要です。
病型による治療方針の違い
病型 | 主な治療方針 | 治療の焦点 |
原発性 | 抗凝固療法 | 血栓の予防・溶解 |
続発性 | 原因疾患の治療 | 基礎疾患への対応 |
原発性Budd-Chiari症候群では血栓の形成を防ぐことが治療の中心となりますが、続発性の場合は、原因となっている疾患や要因に対する治療が優先されます。
両者とも、肝機能の維持や合併症の管理が必要です。
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の症状
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)は肝静脈の閉塞や狭窄により肝うっ血を引き起こし、腹水、肝腫大、腹痛などの症状が現れます。
急性症状と慢性症状
Budd-Chiari症候群の症状は、発症の経過によって急性と慢性に分けられます。
急性の場合、突然の腹痛や腹部膨満感、吐き気、嘔吐などが現れます。
一方、慢性の場合は徐々に症状が進行していくため、気づきにくいのが特徴です。
急性症状 | 慢性症状 |
突然の腹痛 | 徐々に進行する腹水 |
腹部膨満感 | ゆっくりと増大する肝臓 |
吐き気・嘔吐 | 食欲不振 |
腹水と肝腫大
Budd-Chiari症候群の代表的な症状として、腹水と肝腫大が挙げられます。
腹水とはお腹の中に水がたまる状態を指し、お腹が膨らんで張ったような感じがしたり、ズボンのウエストがきつくなったりすることがあります。
肝腫大は肝臓が通常よりも大きくなった状態で、右上腹部に違和感や痛みが生じます。
門脈圧亢進症関連の症状
Budd-Chiari症候群では、肝静脈の閉塞により門脈圧が上昇し、門脈圧亢進症を引き起こす場合があります。
門脈圧亢進症に関連する症状
- 食道静脈瘤
- 脾腫(脾臓の腫れ)
- 腹壁静脈の怒張
- 下痢や便秘などの消化器症状
その他の症状
Budd-Chiari症候群では、上記の症状以外にも様々な症状が現れます。
症状 | 説明 |
黄疸 | 皮膚や白目が黄色くなる |
倦怠感 | 体がだるく感じる |
発熱 | 37度以上の体温上昇 |
体重減少 | 食欲不振などによる体重減少 |
Budd-Chiari症候群の症状は個人差が大きく、症状の程度も様々です。急激に悪化する場合もあるため、早期発見・早期対応が重要となります。
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の原因
Budd-Chiari症候群は肝静脈や下大静脈の閉塞や狭窄により生じます。その原因は、原発性と続発性に大別されますが、両者が合併することもあります。
原発性は主に血液凝固異常や血液疾患が関与し、続発性は外部要因や他の疾患の影響で発症します。
原発性Budd-Chiari症候群
原発性Budd-Chiari症候群は、血管自体に直接的な問題がある場合を指します。
主に血液凝固異常や血液疾患が関与し、血栓形成のリスクが高まることで発症します。
原発性Budd-Chiari症候群の主な原因
原因 | 詳細 |
血液凝固異常 | プロテインC欠損症、プロテインS欠損症、アンチトロンビンIII欠損症など |
骨髄増殖性疾患 | 真性多血症、本態性血小板血症、慢性骨髄性白血病など |
抗リン脂質抗体症候群 | 自己免疫疾患の一種で、血栓を形成しやすくなる |
続発性Budd-Chiari症候群
続発性Budd-Chiari症候群は、外部要因や他の疾患により二次的に発症する場合を指します。
血管の外側から圧迫を受けたり、他の疾患の影響で血管が障害されたりすることで発症します。
続発性Budd-Chiari症候群の主な原因
- 悪性腫瘍(肝細胞がん、転移性肝がんなど)による血管の圧迫や浸潤
- 肝膿瘍や肝嚢胞による血管の圧迫
- 外傷による肝静脈や下大静脈の損傷
- 寄生虫感染(日本住血吸虫症など)による血管障害
- 放射線治療の影響による血管の線維化
原発性と続発性の鑑別
特徴 | 原発性 | 続発性 |
発症年齢 | 比較的若年 | 幅広い年齢層 |
進行速度 | 緩徐 | 急速 |
血液検査異常 | 凝固系異常や血液疾患の所見 | 原疾患に応じた異常所見 |
画像検査 | 血管の閉塞や狭窄が主な所見 | 腫瘍や膿瘍などの所見を伴う |
原発性と続発性の鑑別には、血液検査、画像検査などが必要です。原因の特定が治療方針の決定に大きく関わります。
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の検査・チェック方法
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の診断は、血液検査や画像診断などの複数の検査を組み合わせて行われます。
主な血液検査項目
検査項目 | 主な目的 |
肝機能検査 | 肝臓の機能を評価 |
凝固機能検査 | 血液凝固の状態を確認 |
血小板数 | 血小板減少の有無を確認 |
腫瘍マーカー | 基礎疾患の可能性を検討 |
主な画像診断法
超音波検査 | 非侵襲的で簡便な検査法であり、肝静脈の閉塞や側副血行路の発達を観察できます。 |
---|---|
CT検査 | 肝臓の形態変化や血管の閉塞部位を調べます。 |
MRI検査 | 造影剤を用いることで、血管の状態をより鮮明に描出します。 |
血管造影 | 侵襲的ですが、血管の閉塞部位や側副血行路を直接観察できる利点があります。 |
肝生検
肝生検では、肝臓の組織を直接採取して顕微鏡で観察することで、肝臓の線維化の程度や他の肝疾患の可能性を評価します。
凝固異常がある場合は出血のリスクがあるため、慎重に適応を判断する必要があります。
診断基準
診断項目 | 内容 |
主要所見 | 肝静脈または下大静脈の閉塞または狭窄 |
補助所見 | 腹水、肝腫大、脾腫 |
画像所見 | CT、MRI、血管造影での特徴的な所見 |
除外診断 | 他の肝疾患の否定 |
これらの診断基準を満たすことで、Budd-Chiari症候群と確定診断されます。
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の治療方法と治療薬について
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の治療方法には、抗凝固薬による薬物療法、血管形成術などの外科的処置、肝移植があり、症状の程度や原因に応じて選択されます。
治療法 | 特徴 | 主な適応 |
薬物療法 | 抗凝固薬による血栓予防 | 初期治療、長期管理 |
血管形成術 | 狭窄血管の拡張 | 局所的な狭窄、閉塞 |
TIPS | 門脈圧低下、肝血流改善 | 薬物療法・血管形成術無効例 |
薬物療法
薬物療法では主に抗凝固薬が使用されます。
抗凝固薬には、血液の凝固を抑制し、肝静脈や下大静脈の血栓形成を予防する働きがあります。
代表的な抗凝固薬
薬剤名 | 投与経路 | 主な使用目的 |
ワルファリン | 経口 | 長期的な血栓予防 |
ヘパリン | 注射 | 急性期治療、短期的使用 |
また、利尿薬や血管拡張薬が補助的に使用されるケースもあり、うっ血による腹水や浮腫の軽減、肝臓への血流改善を目的としています。
血管形成術
薬物療法だけでは症状の改善が見られない場合、血管形成術が検討されます。
この手術は狭窄や閉塞した血管を広げ、血流を回復させる目的で行われ、具体的にはバルーン拡張術やステント留置術が代表的です。
バルーン拡張術 | 細い管の先端にあるバルーンを狭窄部位で膨らませ、血管を広げる |
---|---|
ステント留置術 | 金属製の網状の筒(ステント)を血管内に留置し、血管を内側から支える |
経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術(TIPS)
TIPSは肝臓内で門脈と肝静脈を人工的に短絡させる手術で、門脈圧を下げ、肝臓の血流を改善することができます。
主に薬物療法や血管形成術で効果が得られない場合に選択され、手術は頸静脈からカテーテルを挿入し、X線透視下で行われます。
肝移植
肝移植は最終的な選択肢となり、以下のような場合に肝移植が考慮されます。
- 他の治療法で効果が得られない
- 肝不全が進行している
- 肝細胞がんを合併している
- 急性劇症型で内科的治療が奏功しない
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の治療期間と予後
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の治療期間と予後は急性型と慢性型で大きく異なり、早期診断と治療介入が生命予後を左右します。
急性型と慢性型の特徴
急性型は急速に症状が進行し、迅速な対応が求められます。
一方、慢性型は緩やかに進行するため、長期的な管理が重要となります。
病型 | 特徴 | 進行速度 |
急性型 | 急速に肝不全に至る | 数日〜数週間 |
慢性型 | 無症状で発症し徐々に進行 | 数か月〜数年 |
治療期間の違い
急性型の場合、緊急的な治療が必要となるため、入院期間は数週間から数か月に及びます。
慢性型では症状の進行が緩やかなため、外来での長期的な管理が中心となります。
- 急性型:集中的な治療が必要で、数週間〜数か月の入院加療
- 慢性型:数か月〜数年にわたる外来での継続的な管理
長期的な生存率
急性型では、治療が行われない場合予後不良となる可能性が高くなります。
一方、慢性型は早期に発見されれば、比較的良好な予後が期待できます。
治療法の進歩により全体的な生存率は向上しており、早期治療介入例では5年生存率が80%を超えるという報告もあります。
ただし個々の患者さんの状態や合併症の有無によって予後は異なるため、長期的な経過観察が重要です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の治療には、出血や感染症のリスク、さらには肝不全の悪化といった副作用が伴う場合があります。
薬物療法に伴うリスク
Budd-Chiari症候群の治療で行われる血栓を溶かす薬物療法には、出血のリスクが伴います。
特に胃腸管や脳内での出血が起こる可能性があり、慎重な経過観察が求められます。
また、長期的な抗凝固療法を受ける患者さんでは、骨粗鬆症のリスクが高まることがあります。
血管形成術のリスク
血管形成術は、血管損傷、再狭窄、感染症、造影剤による腎機能障害などがリスクとして挙げられます。
肝移植に関連するリスク
リスク | 詳細 |
拒絶反応 | 免疫抑制剤の長期使用が必要 |
感染症 | 免疫力低下による日和見感染のリスク増加 |
術後合併症 | 出血、血栓症、胆汁漏などの可能性 |
肝移植は生涯にわたる免疫抑制剤の服用が必要となり、様々な副作用のリスクが伴います。
免疫抑制状態による感染症のリスク増加や、長期的には悪性腫瘍の発生リスクが高まることもあります。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
Budd-Chiari症候群(バッドキアリ症候群)の治療は保険が適用されます。
自己負担額は、症状の重症度や治療方法によって変動します。
保険適用について
Budd-Chiari症候群の治療は健康保険の適用対象となり、患者さんの自己負担割合は通常3割です。
高額療養費制度により医療費の負担を軽減できる場合があり、70歳未満の方の場合、所得に応じて自己負担の上限額が設定されています。
例えば、年収約370万円から約770万円の方の場合、月額の自己負担上限額は80,100円+(医療費-267,000円)×1%となります。
所得区分 | 自己負担上限額(月額) |
年収約1,160万円超 | 252,600円+(医療費-842,000円)×1% |
年収約770万~約1,160万円 | 167,400円+(医療費-558,000円)×1% |
年収約370万~約770万円 | 80,100円+(医療費-267,000円)×1% |
~年収約370万円 | 57,600円 |
住民税非課税 | 35,400円 |
治療方法による費用の変動
血栓溶解療法や抗凝固療法などの薬物治療の場合、入院期間や使用する薬剤によって費用が変動します。
一般的には、1か月あたり10万円から30万円程度が目安となります。
経皮的血管形成術やステント留置術などの血管内治療を行う場合は、手技料や使用する医療材料の費用が加わるため、50万円から100万円ほどの費用が目安となります。
入院期間と総治療費の関係
Budd-Chiari症候群の治療では、症状の重症度や合併症の有無によって入院期間が変わるため、総治療費も大きく変動します。
一般的な目安は以下の通りです。
治療内容 | 平均入院期間 | 概算総治療費 |
薬物療法 | 2~4週間 | 50万~150万円 |
血管内治療 | 1~2週間 | 100万~200万円 |
外科的治療 | 3~6週間 | 200万~500万円 |
治療後にかかる費用
Budd-Chiari症候群の治療後は、定期的な経過観察が重要です。
経過観察における検査費用は1回あたり2万円から10万円程度が目安となり、検査は3~6か月ごとに行われるのが一般的です。
- 血液検査(肝機能検査、凝固機能検査など)
- 画像検査(超音波検査、CT、MRIなど)
- 内視鏡検査(食道静脈瘤の評価)
以上
参考文献
PLESSIER, Aurelie; VALLA, Dominique-Charles. Budd-Chiari syndrome. In: Seminars in liver disease. © Thieme Medical Publishers, 2008. p. 259-269.
MENON, KV Narayanan; SHAH, Vijay; KAMATH, Patrick S. The Budd–Chiari syndrome. New England Journal of Medicine, 2004, 350.6: 578-585.
VALLA, Dominique-Charles. Primary budd-chiari syndrome. Journal of hepatology, 2009, 50.1: 195-203.
MARTENS, Pieter; NEVENS, Frederik. Budd-Chiari syndrome. United European Gastroenterology Journal, 2015, 3.6: 489-500.
MURAD, Sarwa Darwish, et al. Etiology, management, and outcome of the Budd-Chiari syndrome. Annals of internal medicine, 2009, 151.3: 167-175.
FERRAL, Hector; BEHRENS, George; LOPERA, Jorge. Budd-Chiari syndrome. American Journal of Roentgenology, 2012, 199.4: 737-745.
JANSSEN, Harry LA, et al. Budd–Chiari syndrome: a review by an expert panel. Journal of hepatology, 2003, 38.3: 364-371.
AYDINLI, Musa; BAYRAKTAR, Yusuf. Budd-Chiari syndrome: etiology, pathogenesis and diagnosis. World journal of gastroenterology: WJG, 2007, 13.19: 2693.
VALLA, Dominique‐Charles. The diagnosis and management of the Budd‐Chiari syndrome: consensus and controversies. Hepatology, 2003, 38.4: 793-803.
MURPHY, F. B., et al. The Budd-Chiari syndrome: a review. American Journal of Roentgenology, 1986, 147.1: 9-15.