腹水

腹水(Ascites)とは、お腹の中に通常よりも多くの水がたまってしまう状態のことを指します。主に肝臓の機能低下により引き起こされ、肝硬変などの進行した肝疾患でよく見られます。

腹水が溜まると、お腹が膨らんで張り感や圧迫感を感じたり、呼吸が苦しくなったりします。

また、体重の増加や足のむくみなども現れ、日常生活に支障をきたすことがあります。

目次

腹水の病型

腹水は、主に漏出性(非炎症性)と滲出性(炎症性、腫瘍性)に分類されます。

漏出性腹水の特徴

漏出性腹水は、血液中のタンパク質が不足している状態や、血管内の圧力が上昇している場合に発生します。

漏出性腹水の特徴

  • タンパク質濃度が低い
  • 比重が1.015以下
  • 血清-腹水アルブミン勾配(SAAG)が1.1 g/dL以上

漏出性腹水は、肝硬変や心不全などの疾患に関連して生じることが多いです。

滲出性腹水の特徴

滲出性腹水は、腹膜に何らかの異常が生じている場合に発生します。

滲出性腹水の特徴

  • タンパク質濃度が高い
  • 比重が1.015以上
  • 血清-腹水アルブミン勾配(SAAG)が1.1 g/dL未満

滲出性腹水は、腹膜炎癌性腹膜炎などの疾患に関連して生じる可能性があります。

腹水の症状

腹水の症状は、腹部膨満感や体重増加、息切れなどが主に見られます。

腹部膨満感・体重増加

腹水の最も顕著な症状は、お腹が膨らむ感覚である腹部膨満感であり、これに伴い体重が急激に増加します。

腹部に溜まった水分の重さにより、数日から数週間で数キロの体重増加が見られるケースもあります。

症状特徴
腹部膨満感お腹が張る感覚
体重増加短期間での急激な増加

呼吸困難・食欲不振

腹水が溜まると、横隔膜を圧迫し、呼吸が困難になります。

特に横になった時や階段を上る際に息切れを感じやすくなり、日常生活に支障をきたすことがあります。

また、お腹の膨らみによって胃が圧迫され、食欲不振や吐き気が起きる場合も多く、栄養状態の悪化につながる恐れがあります。

浮腫と皮膚の変化

腹水に伴い、体の他の部分にも水分が溜まり、特に足首や足の浮腫が見られやすくなります。

また、腹部の皮膚が引き伸ばされるため、皮膚のつや感が失われたり、腹部の静脈が浮き出て見えるようになったりと外見的な変化が生じます。

部位浮腫の特徴
足首むくみやすい
靴が履きにくくなる

腹部不快感・便秘

腹水により腹部が膨満すると、不快感や痛みを感じるようになります。

また、腸の動きが鈍くなるため便秘になりやすくなります。

その他の症状

腹水に伴う主な症状以外にも、以下のような症状が現れます。

  • 疲労感や倦怠感
  • 睡眠障害
  • 腹部の張り感
  • 腹部の圧迫感による早期満腹感

腹水の症状は、その程度や進行速度によって生活に様々な影響を及ぼすため、症状に気づいた場合は早めに医療機関を受診するようにしてください。

腹水の原因

腹水は、主に肝硬変などの肝臓疾患によって引き起こされる症状で、門脈圧亢進や低アルブミン血症が主な原因となります。

肝臓疾患と腹水の関係

肝臓は体内で重要な役割を果たしており、その機能が低下すると全身に影響を及ぼします。

肝臓疾患、特に肝硬変が進行すると、肝臓内の血液の流れが悪くなり門脈圧が上昇します。この状態を門脈圧亢進と呼びます。

門脈圧が上昇すると、腹部の血管から水分が漏れ出しやすくなります。

また、肝臓でのアルブミン産生が減少し、血液中のアルブミン濃度が低下する低アルブミン血症も腹水の原因となります。

アルブミンは血液中の水分を保持する働きがあるため、その濃度が下がると体内の水分バランスが崩れ、腹腔内に水分がたまりやすくなります。

腹水を引き起こす主な肝臓疾患

疾患名特徴
肝硬変肝臓の線維化が進行し、機能が著しく低下した状態
ウイルス性肝炎B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスによる肝臓の炎症
アルコール性肝障害長期的な過度の飲酒による肝臓へのダメージ
脂肪肝肝臓に脂肪が過剰に蓄積した状態

これらの疾患は、進行すると肝機能の低下を招き、腹水の発生リスクを高めます。

門脈圧亢進のメカニズム

門脈圧亢進は腹水形成の主要な要因の一つです。

肝臓疾患により肝臓内の血管構造が変化すると、門脈を通る血液の流れが妨げられ、門脈内の圧力が上昇します。

その結果、腹部の血管から水分が漏れ出しやすくなるのです。

門脈圧亢進の影響

  • 腹部の血管拡張
  • 腹壁の毛細血管の透過性亢進
  • リンパ液の産生増加

このような要因が複合的に作用し、腹水の形成を促進します。

低アルブミン血症と腹水の関連性

低アルブミン血症も腹水形成に大きく関与しています。

アルブミンの役割腹水形成への影響
血漿膠質浸透圧の維持浸透圧低下による水分漏出
水分バランスの調整体内水分分布の乱れ
栄養素の運搬栄養状態悪化による肝機能低下

アルブミンは肝臓で合成されるタンパク質で、血液中の水分を保持する働きがあります。

肝機能が低下すると、アルブミンの産生が減少し血中濃度が低下します。その結果、血液中の水分を保持する力が弱まり、腹腔内に水分がたまりやすくなります。

その他の要因

心不全や腎臓病、がんなどは、体内の水分バランスや血液循環に異常が生じ、結果として腹水が形成されることがあります。

腹水の検査・チェック方法

腹水の診断は、視診、触診、打診、画像検査、腹水穿刺などを組み合わせて総合的に行われます。

身体診察による腹水の評価

  • 腹部の膨らみや形状の変化
  • 腹部の波動
  • 腹部を軽く叩いて音の変化を聞き取る

上記のような身体診察により腹水の存在が疑われた場合、詳しく調べるための検査を行います。

画像検査による腹水の評価

腹水の診断で用いられる主な画像検査方法には、超音波検査やCT、MRIがあります。

検査方法特徴
超音波検査非侵襲的で即時に結果が得られ、繰り返し実施できる
CT検査詳細な画像が得られ、他の腹部臓器も同時に評価できる
MRI検査放射線被曝がなく、軟部組織の評価に優れている

画像検査では腹水の存在を確認するだけでなく、その量や分布、原因となる病変特定も可能です。

腹水穿刺検査

腹水の性状を直接調べるために、腹水穿刺検査が行われることがあります。

この検査では、細い針を腹部に刺して腹水を採取し、採取した腹水は以下のような項目について分析されます。

  • 外観(色、透明度)
  • 細胞数と種類
  • タンパク質濃度
  • アルブミン濃度
  • 細菌培養

これらの分析結果から、腹水の原因や性質を詳しく知ることができます。

腹水の臨床診断と確定診断

確定診断のための追加検査として、以下のような方法が用いられることがあります。

検査項目目的
血液検査肝機能や腎機能、栄養状態の評価
血清アルブミン・腹水アルブミン勾配(SAAG)腹水の原因が門脈圧亢進症かどうかの判断
腹水中の細胞診悪性腫瘍の有無の確認

これらの検査結果を総合的に判断し、腹水の確定診断を行います。

腹水の治療方法と治療薬について

腹水の治療方法には、塩分制限や利尿薬の投与、腹腔穿刺などがあり、重症度や原因に応じて治療薬が選択されます。

腹水の治療方法

腹水の治療では塩分摂取量の制限が基本となり、1日の塩分摂取量を5〜7グラム程度に抑えることが推奨されています。

塩分制限により体内の水分量を減らし、腹水の貯留を抑える効果が期待できます。

しかし、塩分制限だけでは十分な効果が得られないため、他の治療法と組み合わせての実施が一般的です。

利尿薬による治療

利尿薬は腎臓での水分の再吸収を抑制し、尿量を増やして体内の余分な水分を排出する働きがあります。

代表的な利尿薬には以下のようなものがあります。

利尿薬の種類代表的な薬剤名
ループ利尿薬フロセミド
抗アルドステロン薬スピロノラクトン
サイアザイド系利尿薬トリクロルメチアジド

利尿薬の使用にあたっては、電解質バランスの変化や腎機能への影響に注意が必要です。定期的な血液検査を行いながら、投与量を調整していきます。

腹腔穿刺(腹水穿刺)

腹水が大量に貯留し、利尿薬での治療効果が不十分な場合には腹腔穿刺が行われます。

腹部に細い針を刺して直接腹水を抜き取る方法で、腹部膨満感や呼吸困難などの症状を速やかに改善することができます。

ただし、腹腔穿刺は一時的な対症療法であり、根本的な治療ではありません。

大量の腹水を一度に抜くと、循環血液量の急激な減少を引き起こす可能性があるため、慎重に行う必要があります。

アルブミン製剤の投与

肝硬変などによる低アルブミン血症を伴う腹水の場合、アルブミン製剤の投与が考慮されます。

アルブミンは血液中の主要なタンパク質で、血漿膠質浸透圧の維持に重要です。

アルブミン製剤の投与により、血管内の水分保持力を高め、腹水の再貯留を抑制する効果が期待できます。

腹水治療におけるアルブミン製剤の使用例

  • 大量腹水穿刺時の循環血液量維持
  • 難治性腹水に対する長期的な投与
  • 肝腎症候群の予防や治療

その他の治療法

腹水の原因となっている肝疾患の治療も並行して行われます。たとえば、ウイルス性肝炎が原因の場合は抗ウイルス薬を使用し、アルコール性肝疾患の場合は禁酒指導が行われます。

また、肝硬変が進行している場合には、肝移植が検討される場合もあります。

治療法適応
抗ウイルス薬ウイルス性肝炎
禁酒指導アルコール性肝疾患
肝移植進行した肝硬変

腹水の治療は長期にわたるケースが多く、生活の質を考慮しながら、個々の状況に応じた治療方針を立てていくことが大切です。

腹水の治療期間と予後

腹水の治療期間は数週間から数か月が目安となり、治療の継続によって多くの場合予後は改善されます。

治療期間

腹水の治療期間は状況によって大きく異なり、原因となる肝臓疾患の種類や進行度、全身の状態などが影響します。

一般的に、軽度の腹水であれば数週間程度で改善が見られますが、重度の腹水や慢性的な症状を抱えている方の場合、数か月以上の治療期間を要する場合もあります。

予後に影響を与える要因

要因影響
原因疾患の進行度大きい
治療への反応性中程度
合併症の有無中程度
患者様の年齢小さい

一般的に、肝硬変による腹水は慢性的な経過をたどることが多く、医療機関での管理が必要です。肝移植などの積極的な治療を行わない場合、予後は不良となることが多いです。

また、悪性腫瘍による腹水も予後は不良とされています。がんの種類や進行度によって、化学療法や放射線治療などの効果が期待できる場合もあります。

薬の副作用や治療のデメリットについて

腹水の治療に用いられる利尿薬や塩分制限などは、腎機能障害や電解質異常などの副作用やリスクが伴います。

利尿薬治療に伴う副作用

利尿薬は過剰投与や長期使用により、様々な副作用が生じる事態が想定されます。

腎機能の低下や電解質バランスの乱れは、全身状態に深刻な影響を与える可能性が高いため、慎重な経過観察が求められます。

副作用症状
腎機能障害尿量減少、むくみ
電解質異常筋力低下、不整脈

塩分制限による栄養不足のリスク

過度な塩分制限は体内の栄養バランスを崩し、特にタンパク質やビタミンの摂取不足を引き起こすおそれがあります。

栄養素不足による影響
タンパク質筋力低下、免疫力低下
ビタミン貧血、皮膚トラブル

腹水穿刺に伴うリスク

  • 出血
  • 感染
  • 腸管損傷
  • 低血圧

肝性脳症のリスク増加

腹水治療の過程では、肝性脳症のリスクが高まる可能性があります。これは、利尿薬の使用や腹水穿刺により、体内のアンモニア濃度が上昇するためです。

肝性脳症の兆候が見られた場合には、早期対応が必要です。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

腹水の治療は、基本的に健康保険が適用されます。保険適用の範囲は、選択する治療法や使用する薬剤によって異なるため、詳細については主治医や医療機関で直接ご確認ください。

基本的な治療費の目安

一般的な治療過程での費用の目安です。

治療項目概算費用(3割負担の場合)
腹部エコー検査2,000円~3,000円
腹水穿刺3,000円~5,000円
利尿剤処方(1ヶ月分)2,000円~10,000円
血液検査3,000円~8,000円

入院が必要になった際は、別途入院費用が発生します。入院費用は病室のタイプや入院期間によって大きく異なりますが、一般的な病室で1日あたり5,000円~10,000円程度が目安です。

高額療養費制度の活用方法

長期的な治療が必要な場合、医療費が高額になります。そのような場合には、高額療養費制度の使用により自己負担額を軽減できます。

適用条件や自己負担限度額

  • 70歳未満の場合、所得に応じて月額の自己負担限度額が設定されます
  • 70歳以上の場合、所得や外来・入院の別により異なる限度額が適用されます
  • 多数回該当の場合、さらに負担が軽減されます
  • 世帯合算や長期高額療養費制度など、追加の軽減措置もあります

治療法による費用の違い

一般的な腹水の治療法とその概算費用です。

治療法概算費用(3割負担の場合)
薬物療法(外来)月額5,000円~20,000円
腹水濾過濃縮再静注法1回あたり30,000円~50,000円
経頸静脈的肝内門脈大循環短絡術100,000円~200,000円
腹腔鏡下腹水濾過濃縮再静注法50,000円~80,000円

以上

参考文献

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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