肛門管癌(Anal canal cancer)とは、肛門管に発生する悪性腫瘍です。
肛門部の痛みや出血、便通の変化などの症状が特徴で、進行すると体重減少や倦怠感といった全身症状を伴う場合もあります。
比較的まれな疾患ですが、進行すると周囲の組織に広がる可能性もあるため、早期診断と治療が重要です。
肛門管癌の病型
肛門管癌には主に4つの病型があり、それぞれ発生部位や組織型が異なります。
病型 | 発生部位 |
直腸型腺癌 | 肛門管直腸部の粘膜 |
扁平上皮癌 | 肛門管上皮 |
肛門腺癌 | 肛門腺またはその導管 |
痔瘻癌 | 痔瘻の瘻管 |
直腸型腺癌
直腸型腺癌は、肛門管直腸部の粘膜に発生する癌腫です。肛門管の上部に位置する直腸粘膜から発生するため、直腸癌との鑑別が必要となります。
組織学的には、腺管構造を形成する腫瘍細胞が特徴的です。
特徴 | 詳細 |
発生部位 | 肛門管直腸部の粘膜 |
組織型 | 腺癌 |
鑑別疾患 | 直腸癌 |
扁平上皮癌
扁平上皮癌は、肛門管上皮から発生する癌腫です。肛門管の下部に多く見られ、皮膚に近い部分から発生するのが特徴です。
組織学的には、扁平上皮細胞の異型増殖が観察されます。
肛門腺癌
肛門腺癌は肛門腺またはその導管から発生する稀な癌腫で、肛門管の中部から下部にかけて存在する肛門腺を起源とします。
腺管構造を示す腫瘍細胞が特徴的ですが、直腸型腺癌とは異なる発生起源を持ちます。
痔瘻癌
痔瘻癌は、長期間持続する痔瘻を背景として発生する癌腫です。
慢性的な炎症が癌化のリスク因子となり、粘液産生性の腺癌が多いとされますが、扁平上皮癌の形態を示すことがあります。
肛門管癌の症状
肛門管癌は初期段階では症状が現れにくく、進行するにつれて違和感や出血などの様々な症状が現れる病気です。
肛門管癌の初期症状
肛門管癌の初期段階では、多くの場合で無症状です。ただし、中には以下のような軽微な症状が現れる場合があります。
症状 | 特徴 |
違和感 | 肛門周囲のわずかな不快感 |
出血 | 少量の出血や便に血が付着 |
これらの症状は他の良性疾患でも生じる可能性があるため、診断には専門医による詳細な検査が必要です。
進行に伴う主要症状
肛門管癌が進行すると、より顕著な症状が現れます。
- 肛門痛
- 排便困難
- 便柱の狭小化
- 肛門からの分泌物増加
症状が持続したり悪化したりする際には、速やかに医療機関を受診することが望ましいです。
全身症状
肛門管癌が更に進行すると、全身に影響を及ぼす症状が現れ始めます。
全身症状 | 詳細 |
体重減少 | 食欲不振や代謝亢進による |
倦怠感 | 全身の疲労感や気力低下 |
貧血 | 慢性的な出血による |
緊急性の高い症状
- 激しい痛み
- 多量の出血
- 高熱 など
このような症状は、がんの急激な増大や合併症の発生を示唆している可能性があります。症状が突然現れた場合、速やかに医療機関を受診してください。
肛門管癌の原因
肛門管癌の主な原因はHPV感染や慢性炎症、遺伝的要因などが挙げられますが、生活習慣や環境要因も関与している可能性があります。
HPV感染との関連性
肛門管癌の発症には、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染が深く関わっていると考えられています。
HPVは性行為によって感染するウイルスで、特に16型や18型などの高リスク型HPVが肛門管癌の発症リスクを高めることが知られています。
HPV感染が持続すると、肛門管の細胞に遺伝子レベルの変化が生じ、がん化が進行する可能性があります。
慢性炎症の影響
慢性的な炎症も肛門管癌の発症リスクを高める要因の一つです。長期にわたる炎症は肛門管の細胞に損傷を与え、DNA変異を引き起こす可能性があります。
特に、クローン病や潰瘍性大腸炎などの炎症性腸疾患を持つ場合、肛門管癌のリスクが高くなるとされています。
また、痔瘻や肛門周囲膿瘍などの慢性的な肛門疾患も、長期的には肛門管癌のリスク因子となる可能性があります。
炎症性疾患 | 肛門管癌リスク |
クローン病 | 高 |
潰瘍性大腸炎 | 中〜高 |
慢性痔瘻 | 中 |
肛門周囲膿瘍 | 低〜中 |
遺伝的要因と家族歴
遺伝性非ポリポーシス大腸癌(リンチ症候群)の患者さんは、肛門管癌を含む消化器系癌のリスクが高くなることが知られています。
また、家族内に大腸癌や肛門管癌の既往がある場合がそのリスクが上昇する可能性があります。
そのため、家族歴のある方は定期的な検診や予防的措置の検討が大切です。
生活習慣と環境要因
喫煙 | たばこに含まれる発癌物質が、肛門管の細胞にダメージを与える可能性があります。 |
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アルコール | 過度の飲酒は、免疫機能の低下や細胞損傷を引き起こす可能性があります。 |
不適切な肛門衛生 | 不十分な衛生管理は、感染や炎症のリスクを高めます。 |
環境汚染物質 | 特定の化学物質や放射線の影響により、発癌リスクを高める可能性があります。 |
肛門管癌の検査・チェック方法
肛門管癌の診察および診断は、視診や触診といった基本的な身体診察から、内視鏡検査、画像診断、生検など、複数の検査方法を組み合わせて行います。
基本的な診察方法
肛門管癌の診察では、まず視診と触診による評価が行われます。
視診では肛門周囲の皮膚の変化や腫瘤の有無を確認し、触診では直腸指診を通じて腫瘤の硬さや大きさ、位置などを評価します。
内視鏡検査
主に用いられる検査には以下のようなものがあります。
- 直腸鏡検査
- S状結腸鏡検査
- 大腸内視鏡検査
肛門管や直腸の粘膜の状態を直接観察し、異常な部位を特定します。特に大腸内視鏡検査はより広範囲の観察が可能であり、他の部位の病変の有無も同時に確認できる利点があります。
画像診断
画像診断は腫瘍の進展範囲や周囲組織への浸潤、遠隔転移の有無を評価するために実施されます。
検査名 | 主な目的 |
CT検査 | 腫瘍の大きさ、周囲組織への浸潤、リンパ節転移の評価 |
MRI検査 | 腫瘍の詳細な局在診断、周囲組織との関係性の把握 |
PET-CT検査 | 全身の転移巣の検索、治療効果の判定 |
生検と病理組織学的診断
肛門管癌の確定診断には、生検による病理組織学的検査が必要です。生検は通常、内視鏡検査時に実施されます。
生検方法 | 特徴 |
鉗子生検 | 内視鏡下で小さな組織片を採取 |
針生検 | 皮膚から針を刺入して組織を採取 |
切除生検 | 腫瘤の一部または全体を切除して採取 |
採取された組織は病理専門医によって分析され、腫瘍の種類や悪性度が判定されます。この結果を最終的な診断確定と治療方針の決定に役立てていきます。
臨床診断と確定診断
臨床診断の段階では、肛門管癌の可能性を示唆する所見が得られた時点で、速やかに専門医への紹介が望ましいとされています。
確定診断後は病期分類(ステージング)が行われ、これに基づいて治療方針が検討されます。
肛門管癌の治療方法と治療薬について
肛門管癌の治療法は、主に手術療法、放射線療法、化学療法の3つがあり、がんの進行度や全身状態などを考慮して決定されます。
近年ではこれらの治療法を組み合わせた集学的治療が注目されており、治療成績の向上が期待されています。
手術療法
腫瘍の大きさや位置、進行度によって、術式を決定していきます。
早期の場合は局所切除が行われますが、進行している場合では肛門括約筋を含む広範囲の切除が必要です。
手術後の排便機能や生活の質を考慮して可能な限り肛門温存手術が選択されますが、進行度によっては人工肛門造設が必要となる場合もあります。
放射線療法
放射線療法は、特に手術困難な症例や臓器温存を目指す場合に選択されます。
放射線療法の種類 | 特徴 |
外部照射 | 体外から放射線を照射 |
小線源療法 | 腫瘍内に放射線源を留置 |
放射線療法は単独で行われる場合もありますが、化学療法との併用により効果の向上が期待できます。
治療中および治療後には、皮膚炎や下痢などの副作用に注意が必要です。
化学療法
化学療法は、がん細胞の増殖を抑制し、転移を防ぐために用いられます。肛門管癌の治療では、5-FUやシスプラチンなどの抗がん剤が使用されることが多いです。
通常は放射線療法と併用して行われ、これを化学放射線療法と呼び、この併用療法により治療効果の向上が期待できます。
主な抗がん剤 | 作用機序 |
5-FU | DNA合成阻害 |
シスプラチン | DNA損傷誘導 |
化学療法の副作用として、吐き気や食欲不振、骨髄抑制などが生じる可能性があります。
集学的治療と新たなアプローチ
肛門管癌の治療では上記の治療法を組み合わせた集学的治療が標準的となっており、特に化学放射線療法と手術療法の組み合わせがよく用いられています。
肛門管癌の治療期間と予後
肛門管癌の治療は通常半年から1年程度の期間が目安で、治療を受けた場合の5年生存率は約60〜70%となっています。
治療法や病期により、治療期間や予後は異なります。
治療期間について
肛門管癌の治療期間は、病期や選択される治療法によって大きく変わります。
早期の肛門管癌では手術単独で治療が完結する場合があり、比較的短期間で治療が終了することもあります。
一方、進行した肛門管癌では化学放射線療法を中心とした治療が選択される場合が多く、通常5〜6週間の放射線治療と同時に化学療法を行います。
その後、経過観察期間を経て効果判定を行い、必要に応じて追加治療を検討します。このため、全体の治療期間は半年から1年程度に及ぶ事が多いです。
さらに、治療後も定期的な経過観察が長期にわたって必要となります。
治療法 | 一般的な治療期間 |
手術単独 | 1〜3か月 |
化学放射線療法 | 6か月〜1年 |
予後について
肛門管癌の予後は、病期や治療への反応性などによって異なります。全体的な5年生存率は約60〜70%とされていますが、早期発見・早期治療が予後改善のためには重要です。
病期別の5年生存率
病期 | 5年生存率 |
I期~II期 | 約80% |
III期 | 約60% |
IV期 | 約25% |
治療後の経過観察
肛門管癌の治療後も再発や転移のリスクがあるため、定期的な経過観察が欠かせません。経過観察の頻度は、治療終了後の時期によって変わります。
- 治療後1〜2年目:3〜4か月ごと
- 3〜5年目:6か月ごと
- 5年以降:年1回
経過観察では、身体診察、血液検査、画像検査などを組み合わせて再発や転移の有無を確認します。
薬の副作用や治療のデメリットについて
肛門管癌の薬物治療や放射線治療は、吐き気、嘔吐、下痢、痺れ、腎障害、貧血、脱毛、口内炎などの副作用に加え、排便障害、性機能障害、肛門周囲の皮膚炎など、日常生活に支障をきたす重い副作用が現れることもあります。
放射線療法による副作用
放射線療法は皮膚炎や疲労感、下痢など、様々な副作用があります。症状は一時的なものが多く、治療終了後徐々に改善していきます。
一方、長期的な副作用としては直腸や膀胱の機能障害、性機能の低下などが挙げられます。
副作用 | 発現時期 |
皮膚炎 | 急性期 |
疲労感 | 急性期 |
下痢 | 急性期 |
化学療法による副作用
化学療法は全身に影響を及ぼす治療法であるため、吐き気や嘔吐、脱毛などの多岐にわたる副作用が生じる可能性があります。
- 吐き気・嘔吐
- 脱毛
- 骨髄抑制(白血球減少、貧血など)
- 末梢神経障害
これらの副作用の多くは一時的なものですが、中には長期間持続するものもあります。
手術療法によるリスク
手術に伴う主なリスクには、出血や感染、麻酔によるトラブルなどがあります。また、肛門括約筋を温存できない場合、永久的な人工肛門の造設が必要となる可能性があります。
リスク | 説明 |
出血 | 手術中や術後に起こる可能性がある |
感染 | 手術部位や全身に及ぶ感染のリスクがある |
麻酔トラブル | 麻酔による呼吸器系や循環器系の合併症の可能性 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
肛門管癌の治療は、健康保険が適用されます。また、高額療養費制度の利用により自己負担金が軽減されます。
肛門管癌の治療費の概要
- 手術療法、放射線療法、化学療法などの治療費
- 診察料
- 検査費用
- 薬剤費
- 入院費 など
治療期間や回数によって総額は変わります。
具体的な費用の目安
- 手術療法:約100万円〜300万円
- 放射線療法:約50万円〜150万円
- 化学療法:約30万円〜100万円(1クール)
公的医療保険
肛門管癌の治療は公的医療保険の適用対象のため、患者さんの自己負担額は大幅に軽減されます。
一般的に、70歳未満の方は医療費の3割、70歳以上の方は1割または2割の自己負担となります。ただし、所得に応じて負担割合が異なる場合があります。
高額療養費制度の利用
長期の入院や高額な治療を受ける際には、高額療養費制度を利用することで自己負担額の上限が設定されます。
一定額を超えた医療費が後日払い戻されるため、経済的な負担を軽減できます。
自己負担限度額は年齢や所得によって異なります。例えば、70歳未満の一般所得者の場合、月額の自己負担限度額は80,100円+(医療費-267,000円)×1%となります。
詳しくは厚生労働省のホームページをご確認ください。
以上
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