魚鱗癬(ぎょりんせん)(ichthyosis)とは、皮膚の角質層が異常に厚くなり、全身または一部の皮膚が魚の鱗のようにカサカサと乾燥してはがれる遺伝性の皮膚疾患です。
この病気は皮膚のバリア機能や水分保持能力に影響を与え、患者さんの日常生活にさまざまな不便をもたらすことがあります。
魚鱗癬には複数の種類があり、症状の程度や範囲は個人によって異なります。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
魚鱗癬(ぎょりんせん)の病型
魚鱗癬の主な病型には、尋常性魚鱗癬、X連鎖性魚鱗癬、先天性魚鱗癬様紅皮症、表皮融解性魚鱗癬があります。
尋常性魚鱗癬
尋常性魚鱗癬は魚鱗癬の中で最も一般的な型で、常染色体優性遺伝形式をとり、家族性に発症することが多いのが特徴です。
出生時から症状が現れる場合もあれば、幼児期や小児期に徐々に発症することもあります。
特徴 | 詳細 |
遺伝形式 | 常染色体優性 |
発症時期 | 出生時~小児期 |
重症度 | 軽度~中等度 |
X連鎖性魚鱗癬
X連鎖性魚鱗癬は、X染色体上の遺伝子変異によって引き起こされる型です。
この型は主に男性に発症し女性はキャリアとなることが多く、症状の程度は個人差が大きく軽度から重度まで幅広く見られます。
- X染色体上の遺伝子変異が原因
- 主に男性に発症
- 女性はキャリアとなることが多い
- 症状の程度に個人差が大きい
先天性魚鱗癬様紅皮症
先天性魚鱗癬様紅皮症は出生時から重度の症状を呈する型で非常にまれであり、全身の皮膚が赤く硬化する点が特徴です。
新生児期の管理が不可欠で、専門的な医療ケアが必要になることがあります。
表皮融解性魚鱗癬
表皮融解性魚鱗癬は皮膚の最外層が容易に剥離する傾向がある型で、他の魚鱗癬とは異なり皮膚の脆弱性が顕著です。
感染や外傷のリスクが高いため、日常生活における注意深い管理が求められます。
病型 | 主な特徴 |
尋常性魚鱗癬 | 最も一般的、家族性発症 |
X連鎖性魚鱗癬 | 主に男性に発症、女性はキャリア |
先天性魚鱗癬様紅皮症 | 出生時から重度症状、全身性 |
表皮融解性魚鱗癬 | 皮膚の脆弱性が顕著 |
魚鱗癬(ぎょりんせん)の症状
魚鱗癬の症状は病型によって異なり、患者さんの生活に大きな影響を与えることがあります。
尋常性魚鱗癬の症状
尋常性魚鱗癬の主な症状
- 全身の皮膚が乾燥し、細かい鱗状の角質が剥がれ落ちる
- 特に下腿や腕の外側で症状が顕著
- 顔面の症状は比較的軽度
- 掌蹠の角化は通常見られない
症状の程度は個人差が大きく、軽度から中等度までさまざまです。
X連鎖性魚鱗癬の症状
X連鎖性魚鱗癬は主に男性に発症し、以下のような特徴があります。
症状 | 特徴 |
皮膚の外観 | 大きな暗褐色の鱗屑 |
好発部位 | 体幹、四肢 |
顔面 | 通常症状なし |
その他 | 関節の可動域制限が生じる場合あり |
この病型は比較的重度で、患者さんの生活の質に重大な影響を及ぼすことがあります。
先天性魚鱗癬様紅皮症の症状
先天性魚鱗癬様紅皮症は、新生児期から症状が現れる重症型です。
- 出生時から全身の皮膚が赤く、強い炎症を伴う
- 皮膚が厚く、硬い鎧状の鱗屑で覆われる
- 眼瞼外反や耳介の変形などの合併症が生じることがある
- 体温調節障害や水分喪失のリスクが高い
表皮融解性魚鱗癬の症状
表皮融解性魚鱗癬は、皮膚の脆弱性を特徴とするまれな病型です。
症状 | 特徴 |
皮膚の状態 | 易剥離性、水疱形成 |
鱗屑 | 全身性、大型 |
爪 | 肥厚、変形 |
毛髪 | 脱毛や縮毛が見られることがある |
この病型では皮膚のバリア機能が著しく低下しているため、感染症のリスクが高くなる可能性があります。
魚鱗癬(ぎょりんせん)の原因
魚鱗癬には遺伝子変異、タンパク質の機能異常、皮膚のバリア機能の低下などの要素が関与しています。
遺伝子変異と魚鱗癬
魚鱗癬の主要な原因は特定の遺伝子の変異です。
皮膚の正常な角化プロセスやバリア機能の維持に関連している遺伝子に変異が生じると、皮膚の角化過程に異常が起こり魚鱗癬の症状が現れます。
遺伝子 | 関連する魚鱗癬の型 |
FLG | 尋常性魚鱗癬 |
STS | X連鎖性魚鱗癬 |
TGM1 | 先天性魚鱗癬様紅皮症 |
KRT1 | 表皮融解性魚鱗癬 |
タンパク質の機能異常
ケラチンやフィラグリンといったタンパク質の異常は皮膚の水分保持能力や柔軟性に影響を与え、魚鱗癬の発症につながる可能性があります。
皮膚のバリア機能の低下
魚鱗癬では皮膚のバリア機能が著しく低下することがあり、これは遺伝子変異やタンパク質異常の直接的な結果です。
- 角質層の構造異常
- 皮脂分泌の減少
- 経皮水分蒸散量の増加
- 皮膚pH値の変化
環境因子の影響
遺伝的要因に加えて環境因子も魚鱗癬の発症や症状の悪化に関与することがあります。
乾燥した環境は症状を悪化させる傾向があり、また、特定の化学物質への曝露やストレスなども症状に影響を与えることがあります。
環境因子 | 影響 |
乾燥気候 | 症状悪化 |
化学物質曝露 | 皮膚刺激 |
ストレス | 症状悪化 |
湿度変化 | バリア機能影響 |
遺伝形式の多様性
魚鱗癬の遺伝形式はその型によって異なり、常染色体優性、常染色体劣性、X連鎖性など、様々な遺伝パターンが観察されています。
魚鱗癬(ぎょりんせん)の検査・チェック方法
魚鱗癬の診断では皮膚の状態や家族歴、遺伝子検査など、いろいろな観点から情報を収集することで病型の特定が可能となります。
視診と触診による皮膚状態の評価
魚鱗癬の診断において最初に行われるのは皮膚科医による詳細な視診と触診です。
主にチェックされる項目
- 皮膚の乾燥度と鱗屑の状態
- 皮膚の色調や炎症の有無
- 体表面積に対する症状の範囲
- 掌蹠や関節部位の状態
家族歴の聴取と遺伝パターンの分析
聴取項目 | 確認内容 |
家族内発症者 | 親族での発症の有無 |
発症世代 | 何世代にわたって症状が見られるか |
遺伝形式 | 常染色体優性、劣性、X連鎖性など |
家族歴の詳細な聴取は魚鱗癬の遺伝性を考慮するうえで重要で、特定の遺伝パターンが確認されれば病型の推定に役立ちます。
皮膚生検による組織学的検査
皮膚生検は魚鱗癬の確定診断と、他の角化異常症との鑑別において大切です。
観察される組織学的特徴
観察項目 | 典型的な所見 |
角質層 | 肥厚、緻密化 |
顆粒層 | 肥厚または消失 |
表皮 | 過角化、錯角化 |
真皮 | 軽度の炎症細胞浸潤 |
遺伝子検査による原因遺伝子の同定
魚鱗癬の病型の特定には遺伝子検査が有用です。
- 血液サンプルの採取
- DNA抽出と遺伝子解析
- 既知の魚鱗癬関連遺伝子の変異検索
- 新規変異の可能性の検討
付随症状のチェックと全身評価
魚鱗癬の重症型では皮膚以外の症状も生じる可能性があり、全身的な評価も重要になってきます。
- 眼科検査(眼瞼外反や角膜異常のチェック)
- 耳鼻科検査(耳垢栓塞や難聴の評価)
- 栄養状態の評価(重症例での体重減少や成長遅延のチェック)
- 血液検査(電解質バランスや炎症マーカーの確認)
魚鱗癬(ぎょりんせん)の治療方法と治療薬について
魚鱗癬の治療は症状の緩和と皮膚の状態改善を目指す総合的なアプローチが必要です。
現在完治させる方法はありませんが、さまざまな治療法と治療薬の組み合わせにより患者さんの生活の質を向上させることができます。
保湿療法
保湿療法は魚鱗癬治療の基礎で、皮膚の乾燥を防ぎ柔軟性を保つために定期的な保湿剤の使用が重要です。
保湿成分 | 効果 |
尿素 | 角質軟化、保湿 |
グリセリン | 水分保持 |
セラミド | バリア機能強化 |
ヒアルロン酸 | 保湿、柔軟化 |
角質軟化剤
角質軟化剤は過剰に蓄積した角質を除去するのに役立ち、サリチル酸やα-ヒドロキシ酸(AHA)などの成分が含まれる製品が一般的に使用されます。
レチノイド
皮膚細胞の増殖と分化を調整する効果があるトレチノインやアシトレチンなどの経口レチノイドが、重度の魚鱗癬の治療に使用されることがあります。
- トレチノイン(外用)
- アシトレチン(経口)
- アリトレチノイン(経口)
- ベキサロテン(外用)
抗炎症薬
皮膚の炎症が問題になるケースでは、ステロイド外用薬やカルシニューリン阻害薬が使用されることがあります。
新規治療薬
近年、魚鱗癬の遺伝的背景に基づいた新しい治療法の研究が進んでいます。
遺伝子治療や特定の分子を標的とした薬剤は、将来的により効果的で副作用の少ない治療法につながる可能性があります。
治療法 | 特徴 |
遺伝子治療 | 原因遺伝子の修復 |
分子標的薬 | 特定のタンパク質を標的 |
幹細胞療法 | 健康な皮膚細胞の再生 |
免疫調整薬 | 炎症反応の制御 |
魚鱗癬(ぎょりんせん)の治療期間と予後
魚鱗癬は遺伝性の慢性疾患で治療期間は生涯にわたり、予後は病型や重症度によって異なります。
治療期間の特徴
魚鱗癬の治療は長期的な視点で行われます。
- 症状管理のための日常的なスキンケアは生涯継続
- 定期的な医療機関での経過観察が必要
- 症状の増悪期には集中的な治療を要することがある
- 年齢や環境の変化に応じて治療内容を調整
病型別の予後の違い
魚鱗癬の予後は病型によって大きく異なります。
病型 | 予後の特徴 |
尋常性魚鱗癬 | 比較的良好、適切な管理で日常生活への影響は軽度 |
X連鎖性魚鱗癬 | 中等度~重度、継続的な管理が必要 |
先天性魚鱗癬様紅皮症 | 重度、早期からの集中的管理が生命予後に影響 |
表皮融解性魚鱗癬 | 重度、感染症リスクが高く、注意深い管理が必要 |
長期的な症状管理の重要性
魚鱗癬の長期的な管理では、以下の点に注意を払うことが大切です。
- 皮膚の保湿と角質除去の継続
- 感染症予防のための衛生管理
- 環境因子(気温、湿度など)への対応
- 心理的サポートの提供
合併症のモニタリングと予防
長期的な予後改善のためには合併症の早期発見と予防が不可欠です。
注意すべき主な合併症
合併症 | モニタリング方法 |
皮膚感染症 | 定期的な皮膚チェック、培養検査 |
眼の異常 | 定期的な眼科検診 |
成長遅延 | 定期的な身体計測、栄養評価 |
関節拘縮 | 理学療法士による評価、運動指導 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
魚鱗癬の治療にはさまざまな薬剤が使用され、副作用やデメリットが伴う場合があります。
保湿剤と角質軟化剤の副作用
保湿剤や角質軟化剤は比較的安全ですが、高濃度の尿素を含む製品は皮膚刺激を引き起こす可能性があります。
また、サリチル酸などの角質軟化剤の過剰使用は、皮膚の過度の乾燥や刺激を招くことがあります。
成分 | 主な副作用 |
尿素 | 刺激、発赤 |
サリチル酸 | 乾燥、皮膚炎 |
α-ヒドロキシ酸 | 刺激、日光過敏 |
ワセリン | 毛孔閉塞 |
ステロイド外用薬の長期使用リスク
ステロイド外用薬の長期使用には注意が必要です。
皮膚の萎縮、毛細血管拡張、色素脱失などの副作用が起こる可能性があり、顔面や皮膚の薄い部位での使用には慎重を要します。
経口レチノイドの全身性副作用
重度の魚鱗癬に使用される経口レチノイドは、全身に影響を及ぼす副作用のリスクがあります。
- 皮膚や粘膜の乾燥
- 脱毛
- 血中脂質の上昇
- 肝機能障害
- 骨の異常(長期使用時)
カルシニューリン阻害薬の安全性懸念
タクロリムスやピメクロリムスなどのカルシニューリン阻害薬は、まれながら皮膚がんのリスクを高めることがあります。
薬剤 | 懸念される副作用 |
タクロリムス | 皮膚がんリスク、刺激感 |
ピメクロリムス | 皮膚がんリスク、局所反応 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
外用薬の保険適用状況と治療費
保湿剤や角質軟化剤など多くの外用薬は保険適用です。
治療法 | 保険適用 | 一般的な治療費(月額) |
保湿剤(医療用) | 〇 | 1,000円~3,000円 |
角質軟化剤 | 〇 | 2,000円~5,000円 |
ステロイド外用薬 | 〇 | 2,000円~6,000円 |
保湿剤(市販) | × | 1,500円~5,000円 |
経口薬の保険適用と治療費
レチノイドなどの経口薬は通常保険適用となりますが、高額な場合もあります。
特殊な治療法の保険適用状況
光線療法や特殊な外用療法など、一部の治療法は保険適用外となることがあります。
- 光線療法 保険適用の場合もあるが、自由診療となることも
- 特殊な外用療法 自由診療が多い
- 遺伝子治療 現在は臨床研究段階で、保険適用外
以上
参考文献
Gutiérrez-Cerrajero C, Sprecher E, Paller AS, Akiyama M, Mazereeuw-Hautier J, Hernández-Martín A, González-Sarmiento R. Ichthyosis. Nature Reviews Disease Primers. 2023 Jan 19;9(1):2.
DiGiovanna JJ, Robinson-Bostom L. Ichthyosis: etiology, diagnosis, and management. American journal of clinical dermatology. 2003 Feb;4:81-95.
Oji V, Traupe H. Ichthyosis: clinical manifestations and practical treatment options. American journal of clinical dermatology. 2009 Dec;10:351-64.
Wells RS, Kerr CB. Genetic classification of ichthyosis. Archives of Dermatology. 1965 Jul 1;92(1):1-6.
Vahlquist A, Gånemo A, Virtanen M. Congenital ichthyosis: an overview of current and emerging therapies. Acta dermato-venereologica. 2008 Jan 1;88(1).
Hernandez‐Martin A, Gonzalez‐Sarmiento R, Unamuno PD. X‐linked ichthyosis: an update. British Journal of Dermatology. 1999 Oct 1;141(4):617-27.
Patel N, Spencer LA, English III JC, Zirwas MJ. Acquired ichthyosis. Journal of the American Academy of Dermatology. 2006 Oct 1;55(4):647-56.
Rajpopat S, Moss C, Mellerio J, Vahlquist A, Gånemo A, Hellstrom-Pigg M, Ilchyshyn A, Burrows N, Lestringant G, Taylor A, Kennedy C. Harlequin ichthyosis: a review of clinical and molecular findings in 45 cases. Archives of dermatology. 2011 Jun 20;147(6):681-6.
Oji V, Tadini G, Akiyama M, Bardon CB, Bodemer C, Bourrat E, Coudiere P, DiGiovanna JJ, Elias P, Fischer J, Fleckman P. Revised nomenclature and classification of inherited ichthyoses: results of the First Ichthyosis Consensus Conference in Sorèze 2009. Journal of the American Academy of Dermatology. 2010 Oct 1;63(4):607-41.
Joosten MD, Clabbers JM, Jonca N, Mazereeuw-Hautier J, Gostyński AH. New developments in the molecular treatment of ichthyosis: review of the literature. Orphanet journal of rare diseases. 2022 Jul 15;17(1):269.