黒色表皮腫(acanthosis nigricans)とは、主に首や脇の下、鼠径部などの皮膚の褶襞部に黒褐色のビロード状の肥厚した皮疹が現れる皮膚疾患です。
皮膚の表面が粗くなり、色素沈着が起こります。
多くの場合インスリン抵抗性や肥満、内分泌疾患などの全身性の問題と関連していることがあり、皮膚の変化が体内の異常を示す重要なサインになることがあります。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
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黒色表皮腫の病型
黒色表皮腫の病型には、悪性型、症候型、肥満関連型があります。
悪性型黒色表皮腫
悪性型黒色表皮腫は、内臓悪性腫瘍に関連して発症する病型です。
消化器系のがんと密接な関連があり、悪性型の場合、黒色表皮腫の症状が内臓がんの初期症状として現れることがあり、早期発見の鍵になることがあります。
特徴 | 関連がん |
突然の発症 | 胃がん |
急速な進行 | 肝臓がん |
広範囲の皮膚変化 | 膵臓がん |
症候型黒色表皮腫
症候型黒色表皮腫は、内分泌疾患や遺伝性症候群と関連して発症することがあります。
症候型の場合黒色表皮腫は基礎疾患の一症状として現れるため複雑な病態を示すことが多く、包括的な診断アプローチが必要です。
肥満関連型黒色表皮腫
肥満関連型黒色表皮腫は過剰な体重と密接に関連していて、インスリン抵抗性や代謝異常と強い相関があります。
肥満関連型の特徴は、体重減少により症状が改善することです。
BMI | 発症リスク |
25-30 | 中程度 |
30-35 | 高い |
35以上 | 非常に高い |
黒色表皮腫の症状
黒色表皮腫は皮膚の特定部位に現れる独特の変化が特徴的な症状で、体内の異常を示す重要なサインとなる可能性があります。
黒色表皮腫の症状
黒色表皮腫の主な症状は、皮膚の色素沈着と肥厚です。
通常、首や脇の下、鼠径部などの皮膚の褶襞部に現れ患部の皮膚は黒褐色を呈し、ビロード状の質感になります。また、皮膚表面が粗くなり、触ると凹凸を感じることがあります。
症状 | 特徴 |
色素沈着 | 黒褐色 |
質感 | ビロード状 |
表面 | 粗く、凹凸あり |
病型別の症状の違い
黒色表皮腫には複数の病型があり、それぞれ症状に若干の違いがあります。
悪性型
- 急速に進行する傾向がある
- 口腔内や口唇にも症状が現れることがある
- 皮膚の変化が広範囲に及ぶ場合がある
症候型
- 内分泌疾患に関連して発症する
- 症状の程度は軽度から中等度まで様々
- 原疾患の治療により改善する可能性がある
肥満関連型
- 肥満者に多く見られる
- 首や腋窩に好発する
- 体重減少により症状が改善することがある
症状の進行と範囲
黒色表皮腫の症状は通常ゆっくりと進行し、初期段階ではわずかな色素沈着や肌理の変化として現れることがあります。
時間の経過とともに症状が顕著になり、範囲が拡大する傾向があります。
進行段階 | 症状の特徴 |
初期 | わずかな色素沈着、肌理の変化 |
中期 | 明確な色素沈着、皮膚の肥厚 |
進行期 | 広範囲の色素沈着、顕著な皮膚肥厚 |
見逃しやすい症状と注意点
黒色表皮腫の症状は見逃されやすいです。
見逃されやすい理由
- 日焼けや摩擦による変化と混同される
- 症状が緩やかに進行するため、気づきにくい
- 体型や年齢による自然な皮膚の変化と誤解される
持続的な皮膚の変化を感じた際には専門医へ相談してください。
黒色表皮腫の原因
黒色表皮腫は複雑な皮膚疾患で、内分泌系の乱れ、代謝異常、遺伝的要因、特定の薬剤など、多岐にわたる原因があります。
内分泌系の異常と黒色表皮腫
内分泌系の乱れは黒色表皮腫の主要な原因の一つです。
インスリン抵抗性が関連しており、インスリンの過剰分泌が皮膚細胞の増殖を促進し、角質層の肥厚を引き起こすことがあります。
代謝異常と黒色表皮腫
代謝異常も黒色表皮腫の発症に深く関わっていて、肥満は特に注目すべき要因です。
体脂肪の過剰蓄積がインスリン抵抗性を引き起こす可能性があり、また、脂質代謝の異常も黒色表皮腫の発症リスクを高める傾向があります。
遺伝的要因の影響
特定の遺伝性症候群では、黒色表皮腫が特徴的な症状の一つとして現れることがあります。
黒色表皮腫が見られる遺伝性疾患
- ラブリー症候群
- ベラルディネリ症候群
- レプレショーニスム
薬剤誘発性黒色表皮腫
一部の薬剤が黒色表皮腫の発症を引き起こすことがあり、薬剤性黒色表皮腫と呼ばれ、薬剤の中止により改善することがあります。
薬剤クラス | 例 |
ホルモン剤 | 経口避妊薬 |
副腎皮質ステロイド | プレドニゾロン |
成長ホルモン | ソマトロピン |
悪性腫瘍との関連
内臓悪性腫瘍も黒色表皮腫の原因になることがあり、腫瘍随伴性黒色表皮腫と呼ばれす。特に消化器系のがんとの関連が強いです。
腫瘍が産生する成長因子が皮膚細胞の異常増殖を促進する可能性があります。
黒色表皮腫の検査・チェック方法
黒色表皮腫の検査とチェックは、視診や触診による初期評価から必要に応じて行われる詳細な検査まで、複数の方法を組み合わせることで正確な診断が可能となります。
視診による初期評価
黒色表皮腫の診断において視診は最も基本的かつ重要なステップで、患者さんの皮膚を注意深く観察し、特徴的な症状を確認します。
確認ポイント | 特徴 |
色調 | 黒褐色や灰褐色 |
質感 | ビロード状、粗造 |
発症部位 | 首、腋窩、鼠径部など |
触診による評価
視診に加えて触診も重要な検査方法です。
注意して調べる皮膚の状態
- 皮膚の肥厚度
- 表面の凹凸
- 周囲の正常皮膚との境界
- 症状の範囲
皮膚生検
視診や触診で黒色表皮腫が疑われる場合確定診断のために皮膚生検が行われ、患部の小さな組織片を採取し、顕微鏡で詳細に観察します。
観察ポイント | 特徴 |
表皮の変化 | 肥厚、角化亢進 |
色素沈着 | メラニン増加 |
真皮の状態 | 乳頭の延長 |
血液検査
黒色表皮腫はしばしば他の全身疾患と関連しているため、血液検査が実施されることがあります。
チェックする項目
- 血糖値
- インスリン値
- 脂質プロファイル
- 内分泌ホルモン値
検査結果は黒色表皮腫の背景にある要因を特定するのに役立ちます。
画像診断
まれに黒色表皮腫が内臓の悪性腫瘍と関連している場合があり、画像診断が考慮されることがあります。
- CT検査
- MRI検査
- PET-CT検査
検査は症状の原因となっている可能性のある内臓の異常を確認するために実施されます。
黒色表皮腫の治療方法と治療薬について
黒色表皮腫の治療は、原因となる基礎疾患の管理と皮膚症状の改善を両立させることが重要です。
原因疾患の管理
黒色表皮腫の根本的な改善には、原因となっている基礎疾患の治療が不可欠です。
例えば、インスリン抵抗性が関与している際は、血糖コントロールの改善が重要な治療目標となります。
原因疾患 | 主な治療法 |
2型糖尿病 | 血糖降下薬 |
肥満 | 食事療法・運動療法 |
薬物療法による皮膚症状の改善
皮膚症状の直接的な改善を目的とした局所療法が行われ、皮膚の過角化や色素沈着の軽減を図ります。
代表的な外用薬
- レチノイド(トレチノイン、アダパレンなど)
- α-ヒドロキシ酸(グリコール酸、乳酸など)
- ビタミンD3誘導体(カルシポトリオールなど)
- 漂白剤(ハイドロキノンなど)
物理的治療法
薬物療法と併用して物理的な治療法も選択肢です。
治療法 | 特徴 |
レーザー療法 | 色素沈着の改善 |
ケミカルピーリング | 角質除去・肌質改善 |
皮膚剥削術 | 重度の過角化に対応 |
ただし、治療は一時的な効果である可能性が高く、継続的な管理が必要です。
生活習慣の改善
黒色表皮腫の管理において生活習慣の改善は大切な要素です。
特に、肥満関連型の場合、体重管理が症状改善に直結することがあります。
推奨される生活習慣
- バランスの取れた食事
- 定期的な運動
- 十分な睡眠
- ストレス管理
新規治療法の可能性
近年、黒色表皮腫に対する新たな治療アプローチが研究されています。
インスリン様成長因子-1受容体(IGF-1R)阻害薬の使用が一部の症例で効果を示しているという報告があり、また、マイトジェン活性化プロテインキナーゼ(MAPK)経路を標的とした治療法の開発も進められています。
黒色表皮腫の治療期間と予後
黒色表皮腫では多くの場合長期的な取り組みが必要ですが、治療により症状の改善や進行の抑制が期待できます。
治療期間の変動要因
黒色表皮腫の治療期間は、次の要因によって左右されることがあります。
- 症状の重症度
- 原因となる基礎疾患の種類
- 患者さんの年齢や全身状態
- 治療への反応性
要因 | 治療期間への影響 |
軽度の症状 | 比較的短期 |
重度の症状 | 長期化の傾向 |
若年患者 | 改善が早い場合あり |
高齢患者 | 改善に時間を要する場合あり |
原因別の治療期間の目安
黒色表皮腫の原因によって治療期間にも違いが生じます。
- 肥満関連型 体重減少に伴い改善、数か月から1年程度
- 内分泌疾患関連型 基礎疾患の管理状況により変動、数か月から数年
- 薬剤性 原因薬剤の中止後、数週間から数か月で改善傾向
- 悪性腫獰関連型:原疾患の治療経過に依存、数か月から数年
予後に影響を与える要因
黒色表皮腫の予後は、さまざまな要因によって左右されます。
要因 | 予後への影響 |
早期発見・早期治療 | 良好な傾向 |
基礎疾患の適切な管理 | 改善の可能性が高い |
生活習慣の改善 | 長期的な予後改善 |
定期的な経過観察 | 再発リスクの低減 |
長期的な経過と再発リスク
黒色表皮腫は管理により症状が改善しても、再発のリスクがあります。
長期的な経過観察が重要となる理由
- 基礎疾患の再燃による症状の再発
- 生活習慣の乱れによる症状の悪化
- 新たな要因の出現による症状の変化
継続的な経過観察と生活習慣の管理が良好な予後を維持するうえで大切です。
薬の副作用や治療のデメリットについて
黒色表皮腫の治療にはさまざまな方法がありますが、それぞれに副作用やデメリットがあります。
局所薬物療法の副作用
局所薬物療法は黒色表皮腫の主要な治療法ですが、皮膚への影響に注意が必要です。
レチノイド系外用薬は効果が高い反面、皮膚刺激性が強いという特徴があり、使用初期には紅斑や乾燥、痒みなどの副作用が現れることがあります。
外用薬 | 主な副作用 |
トレチノイン | 皮膚炎、日光過敏 |
アダパレン | 乾燥、剥離 |
タザロテン | 発赤、刺激感 |
副作用は一時的なものが多いですが、患者さんの不快感や外見上の問題につながります。
全身療法のリスク
インスリン抵抗性改善薬など全身療法に用いられる薬剤にも注意が必要です。
メトホルミンなどの血糖降下薬は、まれに乳酸アシドーシスという重篤な副作用を引き起こすことがあります。
また、長期使用によるビタミンB12欠乏のリスクも指摘されています。
物理的治療法のデメリット
レーザー治療やケミカルピーリングなどの物理的治療法は即効性がある反面、一時的な皮膚ダメージを伴います。
治療後に現れる可能性のある症状
- 発赤
- 腫れ
- 色素沈着
- 痛み
- かさぶた形成
また、治療効果は一時的で、定期的な施術が必要となることが多いです。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
保険適用の基本的な考え方
黒色表皮腫の治療における保険適用は、主に原因となる基礎疾患の治療に適用されます。
例とえば糖尿病やホルモン異常に対する治療は、通常保険でカバーされます。一方、皮膚症状そのものに対する治療は、医学的必要性によって判断されることが多いです。
保険適用となる治療
保険適用となる治療
- 内分泌疾患の治療
- 糖尿病の管理
- 肥満に対する栄養指導
- 皮膚生検による診断
自費診療となることが多い治療
一方、以下の治療は自費診療となることが多いです。
治療法 | 概算費用(円) |
レーザー治療 | 30,000~100,000 |
ケミカルピーリング | 10,000~50,000 |
美容皮膚科での処置 | 20,000~80,000 |
治療費の目安
自己負担が3割の場合の治療費
- 初診料 約1,000円
- 再診料 約400円
- 血液検査 約1,000~3,000円
- 皮膚生検 約5,000~10,000円
以上
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