十二指腸憩室(じゅうにしちょうけいしつ)(Duodenal diverticulum)とは、十二指腸の壁が外側に向かって膨らみ、袋状になった状態を指します。
この疾患は、多くの場合無症状で経過しますが、腹痛や消化不良などの症状を引き起こす場合もあります。また、稀に出血や穿孔といった重篤な合併症を伴うこともあります。
十二指腸憩室は、加齢とともに発生リスクが高まるとされており、特に60歳以上の方に多く見られる傾向です。
その原因については、十二指腸壁の脆弱化や内圧の上昇など複数の要因が考えられていますが、完全には解明されていません。
十二指腸憩室の病型
十二指腸憩室には管腔外型と管腔内型の2つの病型があります。
管腔外型は一般的で、十二指腸壁の外側に突出し、特に高齢者に多く見られます。一方、管腔内型はまれで、十二指腸の内腔側に突出するのが特徴です。
管腔外型十二指腸憩室
管腔外型十二指腸憩室は、十二指腸壁の外側に突出する形態です。
内視鏡的逆行性胆道膵管造影を受けた50歳以上の方のうち、約4分の1に見られ、そのうちの75%は乳頭周囲部に憩室が存在します。
乳頭部から2~3cmの範囲内に生じた憩室は、傍乳頭憩室と呼ばれる特殊な分類に属します。
多くは無症状である場合が多いですが、一部の方では腹部症状がみられます。
管腔外型憩室の特徴 | 詳細 |
位置 | 十二指腸壁外側 |
好発年齢 | 50歳以上 |
症状 | 多くは無症状 |
合併症リスク | 出血、憩室炎、穿孔など |
管腔外型憩室では出血、憩室炎、穿孔などが代表的な合併症として挙げられ、複数の憩室が存在するときには、細菌の異常増殖に起因する下痢や吸収不良が発生する可能性もあります。
その他、極めてまれな合併症ですが、十二指腸閉塞が起こる場合もあります。
傍乳頭憩室は、その特殊な位置関係から、胆管炎、繰り返す膵炎、総胆管結石症(胆嚢摘出後にも見られることがあります)、Oddi括約筋の機能障害などが合併症として起こり得ます。
管腔内型十二指腸憩室
管腔内型憩室は、腸の壁の一部が内側に飛び出して袋状になったものです。「windsock diverticula」とも呼ばれ、非常にまれな病態です。
この発生メカニズムは、腸の内側に膜のようなものができてしまい、それが腸壁に付着した状態から始まります。その後、腸が蠕動運動をする際に、この膜と腸壁が引っ張られ、袋状の憩室が形成されると考えられています。
管腔内型憩室の特徴 | 詳細 |
別名 | Windsock diverticula |
発生部位 | 十二指腸下行脚 |
好発部位 | ファーター乳頭付近 |
形態 | 全周性または部分的 |
管腔内型憩室は、典型的には十二指腸下行脚に生じる傾向があり、その中でも大半がファーター乳頭付近に発生することが知られています。
憩室の形態には、十二指腸壁の全周を含む場合と一部のみを含む場合があり、時には遠位の十二指腸上行脚にまで突出する場合もあります。
この病型でも多くは無症状ですが、一部の方では不完全な十二指腸閉塞、穿孔、または出血といった症状が現れるケースがあります。
レンメル症候群
レンメル症候群は、十二指腸憩室、特に傍乳頭憩室に関連する特殊な病態で、傍乳頭憩室の存在により胆道系や膵臓に影響が及ぶことで発生します。
主な特徴
- 繰り返す胆管炎
- 再発性膵炎
- 閉塞性黄疸
- 腹痛
十二指腸憩室の症状
十二指腸憩室は、通常は無症状ですが、腹痛、吐き気、嘔吐、消化不良、出血などの症状が現れる場合があります。
無症状の場合が多い
十二指腸憩室は多くのケースにおいて無症状であり、他の理由で行われた検査や手術の際に偶然発見されるケースが一般的です。
症状がなくても、年齢とともに症状が現れる可能性もあるため、定期的な経過観察が必要です。
腹部不快感と痛み
十二指腸憩室の症状として現れる腹痛の特徴としては、上腹部や右側腹部に限局した痛みや違和感が挙げられます。
痛みの性質は個人によって異なりますが、鈍痛や刺すような痛み、あるいは圧迱感として感じられ、食後に症状が悪化する場合があります。
症状の特徴 | 発現部位 |
鈍痛 | 上腹部 |
刺痛 | 右側腹部 |
圧迫感 | 上腹部 |
消化器症状
十二指腸憩室に関連する消化器症状には、以下のようなものがあります。
- 吐き気や嘔吐
- 腹部膨満感
- 食欲不振
- 消化不良
これらの症状は、憩室内に食物残渣が滞留したり、腸内細菌叢の変化が起こったりすることで引き起こされます。
栄養吸収障害
十二指腸憩室が大きくなると、栄養吸収に影響を与える場合があります。これは、十二指腸が消化と栄養吸収において重要な役割を果たしているためです。
吸収障害の結果として体重減少や栄養不足といった問題が生じ、長期的には、ビタミンやミネラルの欠乏症につながる可能性もあるため、注意が必要です。
栄養素 | 吸収への影響 |
ビタミンB12 | 低下の可能性 |
鉄分 | 吸収障害 |
葉酸 | 欠乏リスク |
合併症による症状
十二指腸憩室に関連する合併症が生じた場合、より重篤な症状が現れます。例えば、憩室炎や穿孔が起こると、激しい腹痛や発熱、悪寒といった症状が急激に現れます。
また、出血が生じた場合は黒色便や吐血などの症状が見られ、これらの症状は緊急性が高く、迅速な医療対応が必要です。
十二指腸憩室の原因
十二指腸憩室の明確な原因は不明ですが、先天的な腸壁の異常や、腸の蠕動運動による牽引などが原因と考えられています。
加齢による影響
年齢を重ねるにつれ、腸管壁の筋層が弱くなり、内圧に対する抵抗力が低下します。
このような変化により、腸管壁の一部が外側に膨らみやすくなり、憩室形成のリスクが高まります。
解剖学的特徴の影響
十二指腸は他の消化管と比べて固定されており、可動性が制限されています。また、膵臓や胆管との密接な関係性も特徴的です。
解剖学的特徴 | 憩室形成への影響 |
固定された位置 | 内圧上昇時の変形リスク増加 |
膵臓・胆管との近接 | 壁の脆弱化や圧力変化の可能性 |
これらの特徴が十二指腸壁の一部に負荷をかけ、憩室形成を促進する可能性があります。
遺伝的要因の関与
一部の研究では、家族性に十二指腸憩室が見られる事例が報告されています。
ただし、遺伝的要因の具体的なメカニズムについては、さらなる研究が必要です。
環境因子の影響
以下のような要因は、腸管内圧の上昇や腸管壁の弱体化を引き起こし、憩室形成のリスクを高めます。
- 慢性的な便秘
- 高脂肪・低繊維食の継続的な摂取
- 喫煙
- 過度のアルコール摂取
十二指腸憩室の検査・チェック方法
十二指腸憩室は、上部消化管内視鏡検査や、腹部CTスキャンなどの画像検査で診断されます。
画像診断
画像検査法では、憩室の位置や大きさ、周囲組織との関係などを調べられます。
検査方法 | 特徴 |
腹部X線検査 | 憩室内のガス像や石灰化を確認 |
腹部CT検査 | 憩室の位置や大きさ、周囲組織との関係を評価 |
MRI検査 | 軟部組織の詳細な観察が可能 |
内視鏡検査
内視鏡検査により、憩室の位置や大きさ、粘膜の状態、周囲の十二指腸粘膜の変化、合併症の有無などが分かります。
内視鏡検査での評価ポイント
- 憩室の位置と大きさ
- 憩室内の粘膜の状態
- 周囲の十二指腸粘膜の変化
- 合併症の有無
診断における注意点
無症状の場合や軽度の症状のみの場合、病気は見逃される可能性があります。また、他の消化器疾患との鑑別も大切で、特に、膵胆道系疾患との鑑別には慎重を期する必要があります。
また、高齢者や複数の疾患を抱える場合では、症状が非典型的になることがあるため、注意深い評価が求められます。
十二指腸憩室の治療方法と治療薬について
十二指腸憩室の治療は、症状がなければ経過観察が基本です。症状が強い場合は、内視鏡的切除や手術などの治療が必要となる場合があります。
治療方針
十二指腸憩室の治療方針は、患者さんの症状や合併症の程度、全身状態などを総合的に評価して決定されます。
無症状で偶然発見された憩室の場合、多くは経過観察となるのが一般的です。
一方、症状や合併症がある場合は、その程度や種類に応じて治療法が選択されます。
軽度の症状であれば、食事指導や薬物療法などの保存的治療が行われるケースが多いですが、重度の症状や深刻な合併症がある場合は、内視鏡的処置や外科的手術などの治療が検討されます。
保存的治療
軽度の症状では、まず保存的治療が試みられます。
食事療法として消化の良い食事や小分けにした食事摂取が推奨され、症状緩和のための薬物療法も行われます。
薬剤分類 | 主な効果 |
消化酵素薬 | 消化機能の補助 |
整腸剤 | 腸内環境の改善 |
制酸薬 | 胃酸分泌の抑制 |
鎮痙薬 | 腸管運動の調整 |
内視鏡的処置
症状が強い場合や、憩室内に食物残渣が貯留している場合などには、内視鏡的処置が考慮されます。
内視鏡的処置の主な目的は、憩室内の洗浄や異物除去、出血部位の止血などです。
具体的な内視鏡的処置には以下のようなものがあります。
- 憩室内洗浄
- 異物除去
- クリッピングによる止血
- アルゴンプラズマ凝固法による止血
これらの処置は、患者さんの状態や憩室の位置、大きさなどを考慮して選択されます。内視鏡的処置は、外科的手術に比べて低侵襲であり、回復も早いのが利点です。
外科的手術
内科的治療や内視鏡的処置で改善が見られない場合や、重篤な合併症がある場合には、外科的手術が検討されます。
外科的手術の主な適応は以下の通りです。
適応 | 具体例 |
難治性の症状 | 持続する腹痛、嘔吐 |
重篤な合併症 | 穿孔、大量出血 |
悪性腫瘍の疑い | 憩室内腫瘍 |
繰り返す感染 | 憩室炎の再発 |
手術方法としては、憩室切除術や憩室縫縮術などが行われますが、近年では、腹腔鏡下手術など低侵襲な手術法も導入されており、患者さんの負担軽減が図られています。
十二指腸憩室の治療期間と予後
十二指腸憩室の治療期間は、通常数週間から数か月を要しますが、多くの場合、保存的治療で改善が見られます。
予後は概ね良好ですが、定期的な経過観察が望ましいとされています。
治療期間の概要
軽度の症状を伴う場合、治療期間は通常2〜4週間程度です。
一方、合併症を伴う重症例では、入院治療が必要となり、治療期間が数か月に及ぶ場合もあります。
治療方法 | 一般的な期間 |
保存的治療 | 2〜4週間 |
入院治療 | 1〜3か月 |
合併症による治療期間の変動
十二指腸憩室に伴う合併症の有無や種類によって、治療期間は大きく変動します。
例えば、憩室炎や穿孔といった重篤な合併症が生じた際には、緊急手術が必要となる場合があります。このような状況下では、手術後の回復期間を含めると、治療期間が半年以上に及ぶケースもあります。
また、医療機関によっては、合併症のリスクを軽減するために予防的な手術を推奨する場合もあります。
その際の入院期間は通常1〜2週間程度ですが、個々の患者さんの状態によって変動します。
予後
十二指腸憩室の予後は、一般的に良好とされています。
予後に影響する要因
- 年齢と全身状態
- 合併症の有無と程度
- 治療方法
- 定期的な経過観察の実施
高齢者や基礎疾患を持つ患者さんでは、合併症のリスクが高まる傾向です。また、治療後の食事指導や生活習慣の改善なども、長期的な予後改善に関係してきます。
予後に影響する要因 | 影響の程度 |
年齢 | 高い |
合併症の有無 | 非常に高い |
治療方法 | 中程度 |
経過観察の頻度 | 低〜中程度 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
十二指腸憩室の治療では、一般的に保存的治療では深刻な副作用は少ないものの、手術的治療では合併症のリスクがあります。
保存的治療のリスク
保存的治療では、重大な副作用のリスクは比較的低いと考えられていますが、長期的な経過観察が必要となる点には留意が必要です。
主な保存的治療 | 想定されるリスク |
食事療法 | 栄養不足 |
薬物療法 | 薬剤の副作用 |
内視鏡的治療のリスク
内視鏡的治療では、内視鏡操作に伴う合併症のリスクが存在します。
- 出血
- 穿孔
- 感染
- 麻酔関連の合併症
外科的治療のリスク
外科的治療では、手術に伴う一般的なリスクに加え、十二指腸の特殊性に起因する固有のリスクが存在します。
手術関連リスク | 十二指腸固有のリスク |
麻酔合併症 | 縫合不全 |
感染 | 膵液瘻 |
出血 | 胆汁漏 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
十二指腸憩室の治療は、原則として健康保険が適用されます。多くの場合、保存的治療で対応できるため、負担が少なく済む傾向です。
ただし、合併症が生じた際は高額になる可能性があります。
保存的治療の費用
十二指腸憩室の多くは無症状で経過観察となります。症状がある場合でも、まずは保存的治療が選択される場合が多いです。
治療内容 | 概算費用 |
投薬治療(1ヶ月分) | 3,000〜10,000円 |
食事指導料 | 5,000〜8,000円 |
症状が持続する場合や定期的な検査が必要な場合は、継続して費用がかかります。
検査費用の目安
検査項目 | 概算費用 |
上部消化管内視鏡検査 | 10,000〜20,000円 |
CT検査 | 10,000〜30,000円 |
MRI検査 | 20,000〜50,000円 |
超音波検査 | 5,000〜15,000円 |
これらの検査費用も健康保険が適用されます。高度な画像診断装置を使用する場合や、造影剤を使用する検査では、さらに費用が高くなります。
合併症発生時の治療費
十二指腸憩室に合併症が生じた場合、治療費は高額になります。特に手術が必要となる場合は、入院費用や手術費用が加わります。
費用の目安
- 憩室炎治療費:30万〜50万円(入院期間や治療内容により変動)
- 憩室出血治療費:50万〜100万円(内視鏡的治療や血管内治療の必要性により変動)
- 憩室穿孔手術費:100万〜200万円(手術の複雑さや入院期間により変動)
- 胆管閉塞治療費:40万〜80万円(内視鏡的処置の有無により変動)
高額療養費制度の利用により患者負担が軽減される場合があります。
以上
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