急性虫垂炎(Acute appendicitis)とは、虫垂に急激な炎症が生じる疾患です。
虫垂は盲腸に接続する細長い管状の臓器であり、大腸の一部に位置しています。 急性虫垂炎は、何らかの原因により虫垂内腔が閉塞し、細菌の増殖によって引き起こされます。
右下腹部の疼痛、発熱、嘔吐、食欲の低下などが代表的な症状で、時間の経過とともに悪化する傾向にあり、虫垂破裂に至ると腹膜炎のリスクが高まります。
10~20歳代に多いですが、小児から高齢者に至るまで、幅広い年齢層において発症する可能性のある病気です。
急性虫垂炎の病型
急性虫垂炎は、炎症の程度によって組織学的に3つに分類され、カタル性、蜂窩織炎性、壊疽性の順に進行します。
病型 | 炎症の範囲 |
カタル性 | 粘膜のみ |
蜂窩織炎性 | 粘膜下層まで |
壊疽性 | 炎症に加え壊死も伴い、穿孔する可能性もある |
カタル性虫垂炎
カタル性虫垂炎は、虫垂の粘膜のみに炎症が生じている状態を指します。虫垂の腫れは軽度であり、炎症の程度も比較的軽いのが特徴です。
蜂窩織炎性虫垂炎
蜂窩織炎性虫垂炎では、炎症が虫垂の粘膜下層にまで及んだ状態です。虫垂壁全体が炎症を起こし、腫れも顕著になります。
この病型の場合、炎症が周囲へ波及することもあり得ます。
壊疽性虫垂炎
壊疽性虫垂炎は、虫垂壁が壊死している最も重篤な病型です。壁が脆くなるため、穿孔を起こす危険性が高まります。
穿孔が発生すると、腹膜炎などの合併症を引き起こす可能性があります。
- 壊疽性虫垂炎の特徴
- 虫垂壁の壊死
- 穿孔のリスクが高い
- 腹膜炎などの合併症の可能性
急性虫垂炎の症状
急性虫垂炎は、初期にはみぞおちやへその周りの鈍痛から始まり、次第に右下腹部に痛みが移ります。
急性虫垂炎が疑われる場合は、速やかな医療機関の受診が大切です。初期治療が遅れると、虫垂穿孔や腹膜炎などの重篤な合併症を引き起こす可能性があります。
右下腹部の痛み
急性虫垂炎の最も特徴的な症状は、右下腹部の痛みです。痛みは臍周囲から始まり、徐々に右下腹部に限局していきます。
症状 | 特徴 |
右下腹部痛 | 臍周囲から右下腹部に限局 |
発熱 | 38℃前後の発熱を伴う場合が多い |
悪心・嘔吐
悪心や嘔吐も急性虫垂炎でよく見られる症状の一つです。 食欲不振を伴う場合もあります。
腹部の圧痛・反跳痛
右下腹部を押すと圧痛を認めるケースが多く、手を離した際に痛みが強くなる反跳痛も特徴的な所見です。
症状 | 特徴 |
腹部の圧痛 | 右下腹部に圧痛を認める |
反跳痛 | 手を離した際に痛みが増強 |
その他の症状
以下のような症状を伴う場合もあります。
- 下痢や便秘などの排便習慣の変化
- 排尿時痛や頻尿などの尿路症状
- 体動時の右下腹部痛の増強
症状が非典型的な場合
高齢者や小児、妊婦などでは、症状が非典型的である場合があるため注意が必要です。
例えば、高齢者では右下腹部痛が軽度であったり、小児では嘔吐が先行したりするケースがあります。
急性虫垂炎の原因
急性虫垂炎は、虫垂の入り口が糞石や異物で詰まったり、ウイルスや細菌感染によって炎症を起こすことで発症します。
虫垂内腔閉塞の主な原因
虫垂内腔を閉塞させる主な原因には、糞石、リンパ組織の過形成、腫瘍、寄生虫感染などが挙げられます。
糞石とは便が固まって石のようになったものです。これが虫垂内に詰まると、閉塞を引き起こします。
原因 | 頻度 |
糞石 | 60~70% |
リンパ組織の過形成 | 20~30% |
一方、リンパ組織の過形成は、ウイルス感染などが引き金となって虫垂壁のリンパ組織が腫れ上がり、内腔を狭くしてしまう状態を指します。
小児の場合、特にこのリンパ組織の過形成が急性虫垂炎の原因となるケースが多いのが特徴です。
閉塞後の虫垂内の変化
虫垂内腔が閉塞した後、虫垂内には粘液や細菌が貯まり始め、内圧が上昇していきます。
その結果、虫垂壁への血流が悪くなって虫垂組織が壊死に至り、さらに細菌が増殖することで化膿性の炎症が広がっていきます。
閉塞後の変化 | 概要 |
粘液・細菌の貯留 | 内圧上昇の原因 |
血流悪化 | 虫垂組織の壊死を引き起こす |
放置してしまうと虫垂は穿孔し、腹膜炎を引き起こす危険性があります。腹膜炎は細菌が腹腔内に広がることで起こる炎症であり、重篤な合併症の一つです。
急性虫垂炎のリスク因子
急性虫垂炎のリスク因子としては、以下のようなものが知られています。
- 便秘
- 低繊維食
- 肥満
- 家族歴
急性虫垂炎の検査・チェック方法
急性虫垂炎の検査は、問診・触診に加え、血液検査で炎症反応を確認し、超音波検査やCT検査で虫垂の状態を詳しく確認します。
腹部超音波検査
腹部超音波検査では虫垂の腫大や壁肥厚、周囲の液体貯留などの所見が認められますが、虫垂が同定できなかったり所見が明らかでなかったりする場合もあるため、他の検査結果と併せた総合的な判断が必要です。
所見 | 意義 |
虫垂の腫大 | 炎症を示唆 |
虫垂壁の肥厚 | 炎症を示唆 |
周囲の液体貯留 | 虫垂周囲炎や穿孔を示唆 |
腹部CT検査
腹部CT検査では、虫垂の腫大や壁肥厚、周囲の脂肪織濃度上昇などの所見が認められる可能性があります。
また、虫垂周囲膿瘍や穿孔などの合併症の有無も評価できます。
血液検査
血液検査では、白血球数の増加やCRPの上昇などの炎症所見が認められる場合がありますが、これらの所見は非特異的であり他の疾患でも認められるため、診断の確定には他の検査結果と併せて総合的に判断する必要があります。
臨床診断と確定診断
上記の検査結果を総合的に判断し、急性虫垂炎の臨床診断を下します。 臨床診断では以下の項目を満たす場合に急性虫垂炎と診断します。
- 右下腹部痛
- 発熱
- 白血球数増加やCRP上昇などの炎症所見
- 画像検査での虫垂腫大や周囲炎症所見
ただし、臨床診断では急性虫垂炎と確定できないケースもあります。そのような場合は経過観察や追加検査を行い、診断を確定していきます。確定診断には、手術所見や病理組織学的所見が重要です。
検査 | 所見 |
腹部超音波検査 | 虫垂腫大、壁肥厚、周囲液体貯留 |
腹部CT検査 | 虫垂腫大、壁肥厚、周囲脂肪織濃度上昇 |
血液検査 | 白血球数増加、CRP上昇 |
急性虫垂炎の治療方法と治療薬について
急性虫垂炎の治療は基本的には手術による虫垂切除ですが、炎症が軽度な初期の場合は抗生物質による薬物療法を行う場合もあります。
抗菌薬による治療
急性虫垂炎の初期段階では、抗菌薬による治療が行われることがあります。
抗菌薬の種類 | 一般的な使用量 |
セファゾリン | 1〜2g/日 |
セフォタキシム | 2〜4g/日 |
抗菌薬の投与により炎症を抑制し、症状の改善を目指します。ただし、重症例や合併症のリスクが高い場合では、早期の手術が選択されるケースもあります。
虫垂切除術
急性虫垂炎の標準的な治療は、虫垂切除術です。
虫垂切除術の方法 | 特徴 |
開腹手術 | 伝統的な方法で、広い視野で手術が可能 |
腹腔鏡下手術 | 小さな傷口で行う低侵襲手術、回復が早い |
虫垂切除術では炎症した虫垂を取り除き、病状の悪化を防ぎます。 手術後は抗菌薬の投与を継続し、感染予防と回復促進を図ります。
合併症への対応
急性虫垂炎の合併症として、以下のようなものがあります。
- 腹膜炎
- 膿瘍形成
- 腸閉塞
これらの合併症が疑われる際には、追加の治療が必要です。腹腔内膿瘍に対してはドレナージ、腸閉塞には癒着剥離術などが行われます。
急性虫垂炎の治療期間と予後
急性虫垂炎の治療期間は、手術の場合は術後5~7日程度の入院が必要です。薬物療法の場合は5~7日程度で症状が改善し、予後は良好で後遺症が残ることはほとんどありません。
治療期間
軽度から中等度の急性虫垂炎なら、手術後の入院期間は通常5〜7日程度です。 一方、重度の急性虫垂炎や合併症を伴う場合では、入院期間が1〜2週間以上に及ぶ場合もあります。
重症度 | 入院期間 |
軽度〜中等度 | 5〜7日 |
重度・合併症あり | 1〜2週間以上 |
手術後の回復
手術後は、徐々に通常の食事や活動に戻していきます。完全な回復までには、個人差はありますが、およそ4〜6週間を要します。
予後
早期に治療が行われた場合、急性虫垂炎の予後は良好です。合併症のない急性虫垂炎の死亡率は、0.1%未満とされています。
しかし、診断や治療が遅れると、重篤な合併症を引き起こす危険性が高まります。
治療開始時期 | 予後 |
適切 | 良好(死亡率0.1%未満) |
遅延 | 合併症リスク上昇 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
急性虫垂炎の薬物療法で使用される抗生物質は、副作用のリスクや耐性菌の出現を招く可能性があります。
抗生物質治療の副作用
抗生物質の使用により、アレルギー反応や消化器症状などの副作用が起きる可能性があります。深刻な副作用としては、アナフィラキシーショックや偽膜性大腸炎などが考えられます。
副作用 | 症状 |
アレルギー反応 | 発疹、かゆみ、呼吸困難 |
消化器症状 | 下痢、吐き気、腹痛 |
手術療法のリスク
虫垂切除術などの手術療法には、以下のようなリスクが伴います。
- 出血
- 感染
- 術後の癒着
- 麻酔による合併症
治療後の合併症
急性虫垂炎の治療後には、以下のような合併症が生じる可能性があります。
合併症 | 内容 |
腹腔内膿瘍 | 腹腔内に膿がたまる |
腸閉塞 | 腸管の通過障害 |
合併症が起きた際は、追加の治療が必要です。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
急性虫垂炎の治療は公的医療保険が適用されます。手術の種類や入院期間、医療機関によって自己負担額は異なり、差額ベッド代や食事代などは全額自己負担となります。
検査費・処置費の目安
検査・処置 | 費用目安 |
血液検査 | 5,000円~10,000円 |
CT検査 | 10,000円~20,000円 |
手術料 | 100,000円~200,000円 |
麻酔料 | 30,000円~50,000円 |
入院費の目安
急性虫垂炎の治療では、多くのケースで入院が必要とされます。入院費の相場は1日あたり1万円程度ですが、個室を利用する場合は個室代がかかります。
以上
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