脊髄損傷

脊髄損傷(Spinal cord injury)とは、脊椎(背骨)の損傷によって脊髄が圧迫されたり直接的なダメージを受けたりして発生する深刻な状態です。

脊髄は私たちの身体の中心的な神経系であり、損傷すると運動や感覚の障害、さらには生命に関わる機能の喪失につながる可能性があります。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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目次

脊髄損傷の病型

脊髄損傷は、損傷の部位や程度によって「完全損傷」と「不全損傷」に分類されます。

また、「米国脊髄損傷協会スコアリング・システム」は、現在最も広く受け入れられ、採用されている分類方法です。

分類方法説明
完全損傷と不全損傷脊髄損傷の程度によって分類します。
米国脊髄損傷協会スコアリング・システム感覚機能や運動機能などの採点から分類します。
不完全損傷米国脊髄損傷協会スコアリング・システムに分類されないに分類されない第三のカテゴリーです。

完全損傷と不全損傷

脊髄損傷は、一般的に損傷の程度によって完全損傷と不全損傷に大別されます。

完全損傷は、損傷部位より下位の脊髄機能(運動機能+感覚機能)が完全に失われた状態を指します。

一方、不全損傷は損傷部位より下位の脊髄機能が部分的に残存している状態です。

米国脊髄損傷協会(ASIA)スコアリング・システム

ASIAスコアリングシステムは米国脊髄損傷協会(American Spinal Injury Association, ASIA)が発表した評価尺度で、現在最も広く受け入れられ採用されている分類方法です。

感覚機能は0~2点、運動機能は0~5点で採点されます。

ASIA障害スコア(AIS)は、感覚と運動の完全な喪失(AIS=A)から正常な神経機能(AIS=E)までの範囲です。

神経学的損傷レベル(NLI)は、「すべての感覚および運動機能が正常である最も尾側の神経学的レベル」と定義されます。

グレードA

仙骨機能の欠如(随意的な肛門の収縮がない、母趾の屈曲がない、会陰、性器、肛門のピンプリック感覚または軽い触覚がない)を含む感覚および運動機能の完全喪失です。

グレードB

仙骨遠位端(S4~S5)を含む神経学的損傷レベル以下で、感覚機能は保たれているが運動機能は保たれていないものです。神経学的傷害レベルより3レベル以下で、左右どちらにも運動機能を認めない状態を指します。

グレードC

神経学的損傷レベル(遠位仙骨分節を含む)より下の運動機能が保たれ、主要筋(すなわち、肘関節屈筋・伸筋、手関節伸筋、指関節屈筋・外転筋、股関節屈筋、膝関節伸筋、足関節背屈筋、長趾伸筋、足関節底屈筋)の半数以上がASIA運動スコアでグレード3未満であるものです。

グレードD

傷害の神経学的レベルより下の運動機能(遠位仙骨セグメントを含む)が保たれ、主要筋の半数以上がASIA運動スコアでグレード3以上です。

グレードE

神経学的に無傷の患者(すなわち、感覚運動機能が全分節で正常)です。

不完全損傷

米国脊髄損傷協会のスコアリング・システムに分類されない第三のカテゴリーである「不完全損傷」があります。

臨床的には完全な損傷ですが、潜在的な(たとえば、電気生理学的な)脳と筋肉の連結性が残存しているものを指します。

不完全損傷の代表的な疾患には、中心性脊髄損傷や前方脊髄症候群、Brown-Sequard(ブラウン・セカール)症候群などが挙げられます。

中心性脊髄損傷

典型的な機序は過伸展損傷で、既存の頚椎症や中心管狭窄症によって悪化します。

検査では上肢(特に遠位上肢)と下肢の運動障害が不釣り合いに大きく、しばしば膀胱機能障害や様々な程度の尾側感覚障害を伴うのが特徴です。

前方脊髄症候群

血管閉塞よる前脊髄動脈損傷に続発するケースが多く、脊髄の前3分の2に影響を及ぼす損傷を特徴とします。

この領域には、皮質脊髄路や視床脊髄路、下行性自律神経路が含まれ、後索は温存されます。

その結果、触覚の位置や振動は保たれるものの、患者さんは完全な運動麻痺を経験して痛みや体温を感じなくなります。

Brown-Sequard症候群

後柱、皮質脊髄路、視床脊髄路が片側ずつ損傷されます。

患者さんは同側の脱力、振動および固有知覚の喪失を経験し、損傷したレベルの約2つ下の脊髄レベルから始まる痛覚および温度感覚の対側喪失が生じます。

脊髄ショック

脊髄損傷直後には、損傷レベル以下の脊髄機能が一過性に完全に失われる場合があります。

脊髄ショックは脊髄損傷とは異なり、脊髄機能の解剖学的ではなく生理学的な反射的抑制の結果です。

そのため、通常は球海綿体反射(受傷後1時間以内)から始まり、肛門皮膚反射、足底反射と続く脊髄反射の回復が観察されます。

永久的な非反射を示す患者さんは、機械的な脊髄損傷を受けている可能性が高いです。

脊髄損傷の症状

脊髄損傷では、損傷部位や程度によって運動障害や感覚障害、自律神経障害などのさまざまな症状が現れます。

症状特徴
運動障害損傷部位より下位の筋肉が麻痺する。頚髄損傷では四肢麻痺、胸髄・腰髄損傷では対麻痺を呈する。
感覚障害損傷部位より下位の感覚が障害される。表在感覚と深部感覚の両方が影響を受ける。
自律神経障害血圧調節障害、体温調節障害、発汗障害、膀胱直腸障害などを生じる。
疼痛慢性的な疼痛を経験する。局所性疼痛、below-level pain、above-level painに分類される。
痙縮損傷部位より下位の筋肉に異常な緊張状態が生じる。関節の可動域制限や変形、疼痛の原因となる。

運動障害

脊髄損傷の最も特徴的な症状は、運動障害です。損傷部位より下位の筋肉が麻痺して随意運動が困難となります。

頚髄損傷では上肢と下肢の両方が麻痺し、胸髄や腰髄の損傷では下肢のみが麻痺します。

感覚障害

脊髄損傷では損傷部位より下位の感覚が障害されます。

具体的には、触覚や痛覚、温度覚や振動覚などの表在感覚、位置覚や運動覚などの深部感覚が影響を受けます。

感覚障害のパターンは損傷部位や程度によって差があり、完全損傷では弛緩性麻痺※1を呈する一方で不全損傷では痙性麻痺※2が生じる人が多いです。

※1弛緩性麻痺:筋肉を収縮させる機能が失われ、麻痺している部分に力が入らず常にダランとしている状態。

※2痙性麻痺:筋肉を収縮させたり緩ませたりする指令が脳から身体にバランスよく伝わらなくなり、手足が突っ張ったり力が入りにくくなる状態。

自律神経障害

自律神経系の機能障害も脊髄損傷の症状の一つです。血圧の調節障害や体温調節障害、発汗障害や膀胱直腸障害などが生じます。

自律神経障害は日常生活に大きな影響を与えるだけでなく、高血圧クリーゼのような生命を脅かす合併症を引き起こす可能性があります。

疼痛

慢性的な疼痛(痛み)は、脊髄損傷の多くの患者さんに現れる症状です。

損傷部位の痛み(局所性疼痛)、損傷部位より下位の痛み(below-level pain)、損傷部位より上位の痛み(above-level pain)に分類されます。

脊髄損傷による神経障害性疼痛はコントロールが難しく、QOL(生活の質)を著しく低下させます。

痙縮

脊髄損傷では、損傷部位より下位の筋肉に痙縮(けいしゅく)が生じる場合があります。

筋肉が異常に緊張している状態で、関節の可動域制限や変形、疼痛の原因です。

脊髄損傷の原因

脊髄損傷の主な原因は、外傷や脊椎疾患、血管障害などです。

原因特徴
外傷交通事故、転落事故、スポーツ外傷など。脊椎に強い力が加わって脊髄が損傷される。
脊椎疾患椎間板ヘルニア、脊柱管狭窄症、脊椎腫瘍、骨粗鬆症性椎体骨折など。脊髄の圧迫や損傷を引き起こす。
血管障害大動脈解離、脊髄動静脈奇形、脊髄硬膜外血腫など。脊髄への血流障害や出血により脊髄が損傷される。

外傷

  • 交通事故
  • 転落事故
  • スポーツ外傷
  • 浅いプールへの飛び込み

脊髄損傷の最も一般的な原因は大きな外傷です。

外傷によって脊椎に強い力が加わり、脊髄が損傷を受けます。とくに頚髄損傷の多くは、交通事故や水泳事故によるものです。

このような一次損傷は不可逆的なことが多く、残りの人生に重大な機能障害をもたらして死亡率の上昇につながります。

外傷性脊髄損傷

外傷性脊髄損傷は病態生理学的に一次損傷と二次損傷 に分けられ、時間的に急性期(48時間未満)、亜急性期(48時 間~14日間)、中間期(14日間~6カ月間)、慢性期(6カ月以上)に分けられます。

最初の外傷(すなわち、一次損傷)により椎体の機械的破壊と脱臼が即座に生じ、脊髄の圧迫または切断が引き起こされます。

この局所的損傷領域はニューロンやオリゴデンドロサイト(中枢神経系(CNS)の髄鞘細胞タイプ)を傷害し、血管系を破壊して血液-脊髄関門を損ないます。

これらの事象が相まって、持続的な二次的傷害カスケードが即座に開始されて脊髄のさらなる損傷と神経機能障害を引き起こします。

脊椎疾患

  • 椎間板ヘルニア:椎間板が後方に突出して脊髄を圧迫する。
  • 脊柱管狭窄症:脊柱管の狭小化により脊髄が圧迫される。
  • 脊椎腫瘍:脊椎に発生した腫瘍が脊髄を圧迫したり浸潤したりする。
  • 骨粗鬆症性椎体骨折:骨粗鬆症により脆弱化した椎体が圧潰して脊髄を圧迫する。

脊椎の疾患によって、脊髄が圧迫や損傷を受ける場合があります。

代表的な疾患には椎間板ヘルニアや脊柱管狭窄症などが挙げられますが、脊椎損傷に発展させないために手術療法によって脊髄の除圧を図ることが重要です。

血管障害

  • 大動脈解離:大動脈の解離によって脊髄への血流が障害される。
  • 脊髄動静脈奇形:脊髄の動静脈奇形が破綻して出血を引き起こす。
  • 硬膜外血腫:脊髄硬膜外腔に血腫が形成されて脊髄を圧迫する。

脊髄の血管障害は脊髄梗塞や脊髄出血を生じさせる可能性があり、脊椎損傷の原因の一つとなり得ます。

脊髄損傷の検査・チェック方法

脊髄損傷の診断には、神経学的検査やCT検査、MRI検査などが不可欠です。

脊髄損傷が疑われる場合、肉眼的神経学的検査(各四肢の随意運動検査と感覚検査、直腸診を含む)と脊髄画像検査(X線検査やCT画像検査など)を受けます。

臨床検査または早期のX線画像診断で懸念される場合は、高度な画像診断と詳細な神経学的検査を行うのが基本です。

検査方法特徴
神経学的検査運動機能、感覚機能、反射、筋緊張、膀胱直腸機能などを評価して損傷の高位と程度を推定する。ASIAスコアリング・システムを用いて重症度を分類する。
単純X線撮影脊椎の骨傷の有無や脊柱のアライメントを評価する。骨折や脱臼、不安定性の有無を確認する。
CT検査脊椎の骨傷を詳細に評価する。後方要素の骨折や転位、骨片の脊柱管内への突出などを明瞭に描出する。
MRI検査脊髄の圧迫や損傷、浮腫、出血などを直接的に描出する。脊髄周囲の軟部組織の損傷や血腫なども評価する。
脊髄誘発電位検査脊髄の機能的な障害を評価する。MEPとSSEPを測定し、脊髄の伝導障害の有無や程度を客観的に評価する。

神経学的検査

脊髄損傷の初期評価で行われるのが神経学的検査です。運動機能や感覚機能、反射や筋緊張、膀胱直腸機能などを系統的に評価して損傷の高位と程度を推定します。

国際標準となっているASIAスコアリング・システムを用いて、損傷の重症度を分類します。

単純X線撮影

単純X線撮影は、脊椎の骨傷の有無や脊柱のアライメントを評価するための基本的な検査です。正面像と側面像を撮影し、骨折や脱臼、不安定性の有無を確認します。

ただし、脊髄そのものは単純X線画像にうつらないため、その評価には限界があります。

CT検査

CT検査は、脊椎の骨傷をより詳細に評価するための検査です。

後方要素の骨折や転位、骨片の脊柱管内への突出などをとくに明瞭に描出できます。三次元再構成画像を用いると、損傷の全体像を立体的に把握できます。

MRI検査

MRI検査は脊髄損傷の評価に最も有用な検査法で、脊髄の圧迫や損傷、浮腫や出血などを直接的に描出できます。

また、脊髄周囲の軟部組織の損傷や血腫なども評価できるメリットがあり、損傷の範囲や程度、予後の予測に重要な情報を得られます。

ただし、体内に金属やペースメーカーなどが入っている人は検査できないのが欠点です。

脊髄誘発電位検査

脊髄誘発電位検査は、脊髄の機能的な障害を評価するための電気生理学的検査です。

運動誘発電位(MEP)と体性感覚誘発電位(SSEP)を測定することで脊髄の伝導障害の有無や程度を客観的に評価でき、予後の予測や治療効果の判定に有用です。

脊髄損傷の治療方法と治療薬、リハビリテーション

脊髄損傷の治療は、急性期治療が大切です。さらに、損傷の程度や合併症の有無によって外科的治療や薬物療法、リハビリテーションなどが個別に計画されます。

治療方法詳細
急性期治療脊椎の固定、全身管理、ステロイド大量投与など
外科的治療椎弓切除術、前方除圧固定術、後方固定術など
薬物療法鎮痛薬、筋弛緩薬、抗痙縮薬、膀胱・排便コントロール薬、骨粗鬆症治療薬など
リハビリテーション運動療法、作業療法、物理療法、心理療法など

急性期治療

受傷直後の急性期には、高度外傷・救命処置のガイドラインに従って処置を行います。

脊髄損傷が疑われる患者さんは、意識があろうとなかろうと、気道、呼吸、循環のサポート、硬性頸椎カラーとバックボードを用いた潜在的に損傷し不安定な脊柱の固定などの初期ケアを行います。

他の急性中枢神経系損傷と同様に、機能的神経組織は脊髄損傷後数時間の間に徐々に失われるため、急性損傷期に迅速に診断して神経保護介入を実施するのが極めて重要です。

これらの治療は長期的な機能回復を大幅に変化させて、QOL(生活の質)に有意義な改善をもたらす可能性があります。

脊髄損傷患者の管理は複雑で多段階のケアが必要であり、最初の損傷から何年も続くケースも多いです。

血行動態管理

急性期管理の最も重要な要素の1つは、全身低血圧の回避と平均動脈圧の支持による適切な脊髄灌流の維持です。

主にレトロスペクティブな臨床研究から得られた知見に基づいて、2013年AANS/CNS SCIガイドラインでは、受傷後7日間は低血圧を避け(収縮期血圧を90mmHg未満に維持)、平均動脈圧 を85~90mmHgに維持することを推奨しています。

さらに、酸素飽和度を90%以上に維持し、深部静脈血栓症予防のための予防投与をできるだけ早く行うことが重要です。

ステロイド投与

歴史的に脊髄損傷の医学的管理をめぐる最も論争的な問題は、傷害の急性期におけるメチルプレドニゾロン大量静注投与の妥当性です。

結局のところ、ステロイド大量投与療法をめぐる問題は患者さんの特性を考慮し、合併症の可能性と有益性のバランスを取りながら治療にあたる医師に委ねられるべきと考えます。

外科的治療

  • 椎弓切除術:脊椎の後方から侵入し、圧迫している骨片や椎弓を切除する。
  • 前方除圧固定術:脊椎の前方から侵入し、圧迫因子を取り除いた後、脊椎を固定する。
  • 後方固定術:脊椎の後方からインプラントを用いて脊椎を固定する。

脊髄の圧迫が持続しているときや脊椎の不安定性が高度なときは、外科的治療が考慮されます。

手術の目的は、脊髄の除圧(骨または靭帯による圧迫の緩和)と脊椎の安定性の再確立です。

薬物療法

  • 鎮痛薬:非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、アセトアミノフェン、オピオイド系鎮痛薬など。
  • 筋弛緩薬:バクロフェン(リオレサール)、ダントロレン(ダントリウム)など。
  • 抗痙縮薬:ガバペンチン(ガバペン)、プレガバリン(リリカ)など。
  • 膀胱・排便コントロール薬:コリン作動薬(ベサコリン)、α遮断薬(ユリーフ)など。
  • 骨粗鬆症治療薬:ビスホスホネート製剤(フォサマック)、デノスマブ(プラリア)など。

脊髄損傷では、合併症に合わせた薬物療法も行われます。

たとえば、痙縮に対してバクロフェンやダントロレンなどの筋弛緩薬が用いられます。バクロフェンは脊髄反射を抑制して痙縮を軽減し、ダントロレンは筋肉の興奮収縮連関を抑制して痙縮を軽減する治療薬です。

リハビリテーション

  • 運動療法:関節可動域訓練、筋力増強訓練、移乗動作訓練、歩行訓練など。
  • 作業療法:日常生活動作(ADL)訓練、自助具の使用訓練、住宅改修の提案など。
  • 物理療法:電気刺激療法、温熱療法、寒冷療法など。
  • 心理療法:カウンセリング、ストレスマネジメント、ピアサポートなど。

リハビリテーションは、脊髄損傷の回復に不可欠です。急性期から開始し、回復期、維持期へと継続的に行われます。

装具療法

  • 下肢装具
  • 車椅子

脊髄損傷では、装具療法が機能の補助や代償に重要な役割を果たします。

麻痺や筋力低下による歩行障害を補助する下肢装具には、短下肢装具や長下肢装具、股装具などがあり、患者さんの機能レベルに応じて選択されます。

また、車椅子や電動車椅子は移動手段として欠かせない装具です。

再生医療

近年、脊髄損傷に対する再生医療の研究が進められています。再生医療には幹細胞移植や神経再生因子の投与などがあり、幹細胞移植は、損傷部位に幹細胞を移植して神経細胞の再生や軸索の再伸長を促すのが目的です。

一方、神経再生因子の投与では神経栄養因子や抗体などを使用し、内因性の神経再生機構の賦活化を目的とします。

再生医療は脊髄損傷の機能回復に新たな可能性を開く治療法ですが、現時点では研究段階であり臨床応用には更なるエビデンスの蓄積が必要です。

脊髄損傷の治療期間と予後

脊髄損傷の治療期間と予後は、損傷の高位や程度、合併症の有無などによって大きく異なります。

時期治療期間の目安主な治療方法
急性期受傷直後~4週間脊椎の固定、全身管理、合併症の予防など
回復期受傷後2カ月~1年間運動機能や感覚機能の回復、ADLの自立、社会復帰に向けた訓練など
維持期生涯にわたって継続残存する機能の維持・向上、二次的な合併症の予防、QOLの向上など

急性期の治療期間

脊髄損傷の急性期治療は受傷直後から開始され、約2~4週間続きます。

この間は脊椎の固定や全身管理、合併症の予防などを行います。急性期の治療により、脊髄のさらなる損傷を防ぎ、全身状態を安定化させるのが目的です。

回復期の治療期間

急性期治療が終了した後は、回復期のリハビリテーションが中心です。受傷後2~3ヶ月から開始され、約6カ月~1年間継続します。

運動機能や感覚機能の回復、日常生活動作(ADL)の自立、社会復帰に向けた訓練などを行います。

維持期の治療期間

回復期のリハビリテーションが終了した後は、維持期の治療が生涯にわたって継続されます。

維持期では、残存する機能の維持・向上、二次的な合併症の予防、QOLの向上などを目的としたフォローアップを行い、定期的な診察や検査、リハビリテーションの継続が必要です。

予後の予測因子

  • 損傷の高位:頚髄損傷は胸髄や腰髄の損傷に比べて予後が悪い傾向がある。
  • 損傷の程度:完全損傷は不全損傷に比べて予後が悪い傾向がある。
  • 年齢:高齢者は若年者に比べて予後が悪い傾向がある。
  • 合併症の有無:重篤な合併症を伴う場合、予後が悪化する可能性がある。

脊髄損傷患者における神経学的回復は受傷後6ヵ月以内に認められ、5年後まで継続的な改善が認められるケースもあります。

神経学的回復の予後は人によって異なりますが、神経学的損傷の初期重症度が予後を左右する主な要素です。

初期損傷の程度が重ければ重いほど、1年後の予後は悪化します。一般に、胸部損傷(とくに完全損傷)は頸髄や腰髄の損傷に比べて運動回復の可能性が低下しますが、胸部領域では神経学的回復を臨床的に検出することがより困難であるためと考えられています。

ASIAスコアリング・システムでグレードAの傷害を負った患者さんは、傷害の神経学的レベルにかかわらず受傷後1年で歩行できる可能性が5%未満と予測されます。

脊髄損傷の薬や治療の副作用とデメリット

脊髄損傷の治療に用いられる薬剤や治療法は、症状の改善や合併症の予防に重要な役割を果たす一方で、副作用やデメリットも存在します。

治療方法副作用・デメリット
ステロイド薬胃潰瘍、高血糖、感染症のリスク増加、精神症状、骨粗鬆症の進行など
鎮痛薬NSAIDs:胃潰瘍、腎機能障害、心血管イベントのリスク増加など
オピオイド:便秘、嘔気、眠気、呼吸抑制、依存性など 抗けいれん薬:眠気、めまい、肝機能障害など
外科的治療合併症のリスク(感染、出血、血栓症など)、神経学的な機能の悪化のリスク、長期の入院と回復期間、隣接椎間の障害や再手術のリスクなど
リハビリテーション過度なリハビリテーションによる痛みの悪化や関節損傷、必要期間の長さ、効果の個人差など

ステロイド薬の副作用

  • 胃潰瘍、消化管出血
  • 高血糖、糖尿病の悪化
  • 感染症のリスク増加
  • 精神症状(不眠、興奮、不安など)
  • 骨粗鬆症の進行

急性期の脊髄損傷ではメチルプレドニゾロン(ソル・メドロール)のようなステロイド薬を大量投与するケースがありますが、胃潰瘍や高血糖などの副作用が報告されています。

副作用は投与量や投与期間に依存して増加しますので、とくに長期的な使用は避けるべきです。

鎮痛薬の副作用

  • NSAIDs:胃潰瘍、腎機能障害、心血管イベント(心筋梗塞や脳梗塞など)のリスク増加
  • オピオイド:便秘、嘔気、眠気、呼吸抑制、依存性

脊髄損傷に伴う慢性疼痛に使用される鎮痛薬の副作用には、肝機能障害や眠気、依存性などの副作用が挙げられます。

患者さんの全身状態や併用薬によって増強される可能性がありますので、定期的な診察が必要です。

外科的治療のデメリット

  • 手術侵襲による合併症のリスク(感染、出血、血栓症など)
  • 神経学的な機能の悪化のリスク
  • 長期間の入院と回復期間を要する
  • 隣接椎間の障害や再手術のリスク

脊髄損傷に対する外科的治療は脊髄の除圧や脊椎の固定に有効ですが、感染や出血などの合併症リスクがあり、長期入院と回復期間を要する点がデメリットです。

高齢者や全身状態が不良な人では手術による合併症のリスクがとくに高くなるため、適応は慎重に判断しなければなりません。

脊髄損傷の治療費と保険適用について

脊髄損傷の治療は、一般的に健康保険が適用されます。ただし、一部の治療は保険適用外となります。

保険適用になる治療

  • 診察、各種検査(X線、CT、MRIなど)
  • 急性期の治療(手術、全身管理、リハビリテーションなど)
  • 回復期の治療(リハビリテーション、薬物療法など)
  • 維持期の治療(定期的な診察、検査、リハビリテーションなど)

診察や検査、病期ごとの脊髄損傷治療は、原則として健康保険の適用対象です。

保険の種類にもよりますが、自己負担分は医療費の10~30%です。

また、自己骨髄由来間葉系幹細胞を使用した脊髄再生治療薬が、2018年に7年間の条件付きで保険適用となりました1)。薬価は約1,500万円ですが、保険適用で約150~450万円となり、高額療養費制度※3も受けられます。

※3高額療養費制度:1カ月の支払いが上限額を超えた際に、超過分が払い戻される制度。

保険適用外の治療

  • 最新の治療法
  • 自由診療として設定されている特別な検査や治療
  • 差額ベッド代などの付加的なサービス

保険適用外の治療には最新の治療法や自由診療として設定されている特別な検査・治療、入院時の差額ベッド代などが含まれます。

これらの治療を受ける際は、全額が自己負担です。

治療費の目安

治療内容保険適用1カ月あたりの自己負担額の目安
急性期の入院治療あり10万円~50万円程度
回復期のリハビリテーション入院あり5万円~20万円程度
外来でのリハビリテーションあり1万円~5万円程度
薬物療法あり5,000円~3万円程度
車椅子や装具などの福祉用具一部あり1万円~10万円程度
在宅での介護サービス一部あり1万円~10万円程度

ただし、1カ月あたりの自己負担金はあくまでも目安であり、実際の治療費は医療機関や損傷の状況によって異なります。

詳しい費用については各医療機関にお問い合わせください。

参考文献

1)脊髄損傷の治療に用いる再生医療等製品「ステミラック®注」薬価基準収載のお知らせ/ニプロ株式会社

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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