急性胃粘膜病変(AGML)

急性胃粘膜病変(Acute Gastric Mucosal Lesion:AGML)とは、胃や十二指腸に、突然炎症や潰瘍ができてしまう疾患の一つです。

強いストレスや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の使用などが原因で、上腹部に痛みが出たり、吐き気やおう吐が起こったりします。

さらに症状が悪化すると、胃の粘膜から出血が起きたり、穴が開いたりすることもあり、注意が必要です。

目次

急性胃粘膜病変(AGML)の病型

急性胃粘膜病変(AGML)は、主にびらん性、潰瘍性、出血性の3つの病型に分けられます。

急性びらん性胃炎

急性びらん性胃炎は、AGMLの中でも最もよく見られる病型の一つです。

この病型では、胃粘膜の表面にびらんや発赤が認められます。

  • 病変の深さは表層のみ
  • 症状は上腹部痛、悪心、嘔吐など

急性胃潰瘍

急性胃潰瘍は、胃粘膜の深部にまで及ぶ潰瘍性の病変が特徴です。びらんと比べると深い潰瘍が形成され、出血や穿孔を起こす危険性が高くなります。

  • 潰瘍の深さが粘膜下層以深に及ぶ
  • 出血や穿孔のリスクが高い
  • 治癒に時間がかかる傾向がある

出血性胃炎

出血性胃炎は、胃粘膜から活動性の出血を伴うタイプのAGMLを指します。

多くの場合、急性びらん性胃炎や急性胃潰瘍に合併して発症し、重症化しやすい病型だと言えます。

  • 出血がみられる
  • 重症度が高い

急性胃粘膜病変(AGML)の症状

急性胃粘膜病変(AGML)の主な症状は、突発する上腹部痛(心窩部痛)や悪心、嘔吐、吐血のほか、貧血もみられます。

上腹部痛(心窩部痛)

AGMLを発症すると上腹部に痛みを感じる場合が多く、食事や飲酒などの刺激によって悪化する傾向です。

激しい痛みが突発的に起こる場合もあれば、鈍い痛みが持続するケースもあります。

痛みの種類特徴
強い痛み突発的で激しい痛み
鈍い痛み持続的な不快感を伴う痛み

吐血・下血

AGMLが進行すると、吐血や下血を来たすことがあります。

吐血は胃粘膜からの出血が原因で起こり、下血は十二指腸粘膜からの出血による場合が多いです。

症状原因
吐血胃粘膜からの出血
下血十二指腸粘膜からの出血

嘔気・嘔吐

胃の粘膜の炎症や損傷により、嘔気や嘔吐が起こります。胃の内容物が勢いよく吐き出されるのが特徴で、血液が混じる場合もあります。

貧血

AGMLによる慢性的な出血により、貧血を引き起こす可能性があります。

貧血症状としては、以下のようなものがあげられます。

  • 倦怠感や疲労感
  • 顔色不良
  • 動悸や息切れ

急性胃粘膜病変(AGML)の原因

急性胃粘膜病変(AGML)が発生する主な原因としては、ストレス、NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の使用、アルコールの過剰摂取などが挙げられます。

ストレス

ストレスは自律神経系や内分泌系に作用し、胃酸分泌の増加や胃粘膜防御機構の低下を引き起こします。 その結果、胃粘膜が傷つきやすい状態となり、AGMLが発生するリスクが高まります。

ストレスの種類影響
急性ストレス一時的な胃酸分泌増加
慢性ストレス持続的な胃粘膜防御機構の低下

NSAIDsの使用

  • アスピリン
  • イブプロフェン
  • ナプロキセン
  • ジクロフェナク

NSAIDsは、プロスタグランジンの合成を阻害することで鎮痛・抗炎症作用を発揮します。

しかし、プロスタグランジンは胃粘膜の保護にも重要な役割を担っているため、NSAIDsの使用により胃粘膜が傷つきやすくなります。

アルコールの過剰摂取

アルコールは胃粘膜に直接的な傷害を与えるだけでなく、胃酸分泌を促進する作用もあります。また、アルコールは肝臓でのグルタチオンの合成を阻害し、胃粘膜の防御機構を低下させます。

アルコール摂取量リスク
適量(1日20g以下)低リスク
過剰(1日60g以上)高リスク

その他の原因

上記の主な原因以外にも、以下のような要因がAGMLの発生に関与していると考えられています。

  • 喫煙
  • ヘリコバクター・ピロリ感染
  • 化学物質への暴露
  • 放射線治療
  • 極端な温度の食べ物や飲み物の摂取

急性胃粘膜病変(AGML)の検査・チェック方法

急性胃粘膜病変(AGML)の診察と診断では、上部消化管内視鏡検査で胃の粘膜を直接観察します。また、胃の粘膜を一部採取し、顕微鏡で詳しく調べる生検による組織検査も役立ちます。

症状と病歴聴取

急性胃粘膜病変(AGML)の患者さんは、上腹部の痛みや吐血、黒っぽい便が出るなどの症状を訴える方が多いです。

また、ストレスがたまっていたり、NSAIDsを飲んでいたり、お酒の量が多かったりするなどの特徴がみられます。

上部消化管内視鏡検査

内視鏡で胃の粘膜を直接観察し、粘膜の表面が剥がれているびらんや出血、深い傷である潰瘍といった特徴的な所見を確認します。

内視鏡所見特徴
びらん表層性の粘膜欠損
出血活動性出血や凝血塊
潰瘍深い部分の粘膜欠損

生検と組織学的検査

内視鏡検査の際に胃の粘膜を一部採取して、顕微鏡で詳しく調べる組織検査を行うのも有効な方法です。

  • 粘膜表層の壊死
  • 炎症細胞浸潤
  • 出血
  • 浮腫

臨床診断と確定診断

以上のような検査結果を総合的に判断して、AGMLの臨床診断を下します。上部消化管内視鏡検査で特徴的な所見が認められた場合は、確定診断となります。

診断根拠
臨床診断症状、病歴、検査所見の総合判断
確定診断上部消化管内視鏡検査での特徴的所見

急性胃粘膜病変(AGML)の治療方法と治療薬について

急性胃粘膜病変では、保存的治療(薬物療法や安静)が基本です。AGMLを引き起こしている原因を取り除き、出血がみられる場合には内視鏡的止血術を行います。

原因の特定と除去

急性胃粘膜病変が起こる背景には、ストレスをはじめ、特定の薬の使用やアルコールの摂取など、様々な原因が潜んでいます。

治療の第一段階として、これらの要因を明らかにし、可能な範囲で取り除いていきます。

薬物療法

急性胃粘膜病変の症状に対しては、病態に応じて以下のような薬が処方されるのが一般的です。

薬剤作用
H2受容体拮抗薬胃酸の分泌を抑える
プロトンポンプ阻害薬(PPI)胃酸の分泌を強力に抑制する
  • 制酸薬:胃内のpH環境を整え、症状を和らげる効果がある
  • 粘膜保護薬:胃の粘膜を守り、ダメージを防ぐ働きがある
  • 抗不安薬:ストレスが原因で生じる症状を改善する

内視鏡的止血術

内視鏡的止血術は、AGMLによる消化管出血を止めるための処置です。

内視鏡的止血術は、以下の場合に適応されます。

  • 吐血量が多い
  • 下血が続く
  • 貧血が進行する
  • ショック状態になる
  • 薬物による止血が効果的でない

内視鏡的止血術の種類

内視鏡的止血術には、以下のような種類があります。

  • 高周波凝固法:高周波電流で出血している部分を焼き固める方法です。
  • アドレナリン注入法:アドレナリンを出血している部分に注入して、血管を収縮させる方法です。
  • クリップ法:出血している部分をクリップで止める方法です。
  • 被覆法:出血している部分を人工被覆材で覆う方法です。

内視鏡的止血術の手術方法

内視鏡的止血術は通常、上部消化管内視鏡検査で行われます。

鎮静剤の投与のうえで口から内視鏡を挿入し、内視鏡で出血している部分を視認して止血術を行います。

内視鏡的止血術後は安静にして経過を観察し、吐血や下血がなければ、数日で退院できるのが一般的です。

生活習慣の改善

薬物療法だけでなく、日常生活の習慣の見直しも急性胃粘膜病変の治療には欠かせません。

生活習慣改善点
食事刺激の強い食品は控え、少量を頻回に摂る
飲酒アルコールの飲み過ぎに注意する

急性胃粘膜病変(AGML)の治療期間と予後

急性胃粘膜病変の治癒期間は、原因となった要因や病変の重症度によって異なります。治療とともに生活面での管理を行えば、多くのケースで急性胃粘膜病変の改善が見込めます。

ただし、中には症状が長引いたり、繰り返し再発したりするケースもありますので、そのような時にはさらに詳しい検査が必要です。

治療期間

原因治療期間
ストレス数日〜数週間
薬剤性原因薬剤の中止後、数日〜数週間

ストレスが原因である場合には、ストレスの軽減により数日から数週間で改善する場合が多いです。一方、薬剤性のケースでは、原因となった薬剤の中止後、数日から数週間で改善が見られるのが一般的です。

予後

軽度の病変では良好な予後が期待できる一方で、出血を伴う重度の病変では合併症のリスクが高く、AGML出血死亡例は総計329例中27例(8.2%)との報告もあります。

AGML出血の予後

出血病変症例数死亡数死亡率(%)
AGML出血性胃炎10416(6)15.4( 5.8)
胃潰瘍12727(9)21.3( 7.1)
十二指腸潰瘍7112(9)16.9(12.7)
多発出血源276(3)22.2(11.1)
慢性消化性潰瘍胃潰瘍1878(7)4.3(3.7)
十二指腸潰瘍650(0)0(0.0)
()内は出血死症例
出典:房本 英之. II.消化管出血 ・診断と病態 5.急性胃粘膜病変(AGML)〔本内科学会雑誌 第83巻 第8号 ・平成6年8月10日〕

薬の副作用や治療のデメリットについて

急性胃粘膜病変の治療では、副作用やリスクが生じる可能性があります。

薬物療法の副作用

急性胃粘膜病変の治療には、制酸薬や粘膜保護薬などの薬物療法が用いられますが、これらの薬剤には以下のような副作用があります。

薬剤副作用
制酸薬下痢、便秘
粘膜保護薬口渇、頭痛

出血のリスク

急性胃粘膜病変では、胃粘膜の損傷により出血を起こす危険性があります。大量の出血は、貧血や血圧低下などの合併症につながるおそれがあるため、注意深い観察が重要です。

感染のリスク

胃粘膜のバリア機能が低下した急性胃粘膜病変では、細菌感染のリスクが高まります。

再発のリスク

急性胃粘膜病変は再発しやすい疾患であり、以下のような要因が再発のリスクを高めます。

  • ストレス
  • NSAIDs(非ステロイド性抗炎症薬)の使用
  • アルコール多飲

再発予防のために、これらのリスク因子を避けるようにします。

保険適用と治療費

お読みください

以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。

急性胃粘膜病変(AGML)の治療費用は、症状が軽いケースでは外来通院での薬物療法のみで十分な場合も多く、それほど高額にはなりません。

しかし重症になって入院治療が必要になれば、多額の医療費がかかる可能性があります。

治療費の内訳

AGMLの治療費の主な内訳は、診察料、検査費、投薬費、入院費などです。

項目概算費用
診察料3,000円~5,000円
内視鏡検査20,000円~30,000円

軽症のAGMLであれば、外来通院での治療が中心となります。

  • 診察料:3,000円~5,000円
  • 投薬費:5,000円~10,000円程度

一方、重症のAGMLで入院治療が必要な場合は、治療費が高額になります。

項目概算費用
入院費(1日あたり)10,000円~20,000円
投薬費(1日あたり)5,000円~10,000円

上記の費用は目安となり、実際はこれよりも高額になる可能性があります。治療費について詳しくは、担当医や各医療機関へ直接ご確認ください。

保険適用と自己負担

AGMLの治療は健康保険が適用されるため、治療費の7割~9割が公的医療保険でカバーされます。

残りの1割~3割が自己負担となりますが、高額療養費制度の利用により自己負担の上限を抑えられます。

以上

参考文献

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