高齢者糖尿病(elderly diabetes)とは、加齢に伴って発症リスクが高まる糖尿病の一つです。
高齢になると、インスリンの分泌能力や感受性が低下し、血糖値のコントロールが難しくなるケースが多く、さらに、自覚症状がはっきりしないことから、発見が遅れることもあります。
高齢者糖尿病は合併症のリスクが高く、生活の質への影響も大きいため、早期発見が不可欠です。
高齢者糖尿病の病型
高齢者糖尿病には、1型糖尿病と2型糖尿病があります。
1型糖尿病
1型糖尿病は、膵臓のβ細胞が破壊されてインスリンの分泌が著しく低下したり、完全に欠乏したりする病型で、高齢者の場合、特に緩徐進行1型糖尿病(LADA)を発症することが多いです。
LADAは、成人になってから発症し、インスリンの分泌低下が緩やかに進行していきます。
2型糖尿病
2型糖尿病は、インスリンの分泌が低下し、インスリン抵抗性が増大することを特徴とする病型で、高齢者糖尿病の大半を占め、加齢による身体機能の変化や、肥満、運動不足などの生活習慣が発症に関係しています。
高齢者の2型糖尿病では、認知機能や身体機能の低下によって血糖のコントロールが難しくなりがちです。
その他の特殊型
基礎疾患や薬の影響で発症する二次性糖尿病や膵性糖尿病など、特殊な型の糖尿病もあります。
高齢者は複数の病気を同時に抱えていることが多いため、こうした要因が糖尿病の発症や病態に影響を及ぼす可能性があります。
潜在的な糖尿病
高齢者の中には、明らかな糖尿病の症状は見られないものの、糖代謝に異常がある潜在的な糖尿病患者さんもいます。
病型 | 特徴 |
1型糖尿病 | インスリン分泌の著しい低下または欠乏 |
2型糖尿病 | インスリン分泌低下とインスリン抵抗性の増大 |
病型 | 高齢者における留意点 |
1型糖尿病 | 緩徐進行1型糖尿病(LADA)の発症が多い |
2型糖尿病 | 認知機能や身体機能の低下により血糖コントロールが困難 |
高齢者糖尿病の症状
高齢者の糖尿病は、自覚症状がはっきりしないケースが多く、発見が遅れがちです。
典型的な症状の欠如
高齢者の糖尿病では、若年者と比較して典型的な糖尿病の症状である口渇、多飲、多尿、体重減少などが現れにくく、症状のみでは高齢者の糖尿病を見落としてしまうリスクがあります。
非特異的な症状
高齢者の糖尿病では、次のような非特異的な症状が現れます。
- 倦怠感
- 食欲不振
- 感染症にかかりやすい傾向
- 傷の治癒遅延
これらの症状は、加齢に伴う変化と混同されやすく、見逃されることもあります。
合併症による症状
高齢者の糖尿病では、合併症による症状が初発症状となるケースもあります。
合併症 | 症状 |
神経障害 | しびれ、痛み、感覚鈍麻 |
網膜症 | 視力低下、かすみ目 |
腎症 | むくみ、タンパク尿 |
認知機能の低下
高齢者の糖尿病では、血糖コントロール不良により認知機能の低下を引き起こすことがあります。
- 物忘れの増加
- 言葉の理解力低下
- 判断力の低下
血糖値 (mg/dL) | 症状 |
200以上 | 口渇、多飲、多尿 |
300以上 | 脱水、意識障害 |
高齢者糖尿病の原因
高齢者糖尿病は、加齢による身体機能の変化や生活習慣が原因で発症する代謝疾患の一つです。
加齢に伴う身体機能の変化
年齢を重ねるにつれ、膵臓のインスリン分泌能力が低下し、インスリン抵抗性が高まります。 さらに、加齢に伴う筋肉量の減少や体脂肪の増加も、インスリン抵抗性を高める要因の一つです。
遺伝的素因
糖尿病の発症には、遺伝的な要因が関係していることが分かっていて、高齢者の場合も、糖尿病の家族歴があると発症リスクが上がります。
ただし、遺伝的な要因だけでなく、環境因子との相互作用が発症に影響を及ぼすと考えられています。
生活習慣の影響
肥満、運動不足、偏った食生活などの生活習慣が、高齢者糖尿病の発症に大きく関わっています。
加齢に伴い基礎代謝が低下するため、エネルギーの取り過ぎになりやすく、肥満のリスクが高くなります。また、運動不足で筋肉量が減ると、インスリンの感受性が低下し、糖代謝の異常が引き起こされることに。
併存疾患や薬剤の影響
高齢者は、複数の慢性疾患を同時に抱えており、 心疾患、脳血管疾患、膵疾患などの併存症が、糖尿病の発症や悪化に関与することがあります。
さらに、これらの疾患の治療に用いる薬の中には、副作用として血糖値を上げてしまうものがあり、注意が必要です。
原因 | メカニズム |
加齢に伴う身体機能の変化 | インスリン分泌能力の低下、インスリン抵抗性の増大 |
遺伝的素因 | 家族歴による発症リスクの上昇 |
危険因子 | 影響 |
肥満 | インスリン抵抗性の増大、糖代謝異常の悪化 |
運動不足 | 筋肉量の減少、インスリン感受性の低下 |
高齢者糖尿病の発症には、次のような要因が複合的に関係しています。
- 加齢に伴う身体機能の変化
- 遺伝的な要因
- 不健康な生活習慣
- 併存疾患や薬の影響
高齢者糖尿病の検査・チェック方法
高齢者の糖尿病では自覚症状がはっきりしないケースが多いため、定期的な検査とチェックが大切です。
血糖値の測定
高齢者の糖尿病の診断には、定期的な血糖値の測定が必要です。
検査名 | 基準値 |
空腹時血糖値 | 126 mg/dL未満 |
ランダム血糖値 | 200 mg/dL未満 |
HbA1c(ヘモグロビンA1c)の測定
HbA1cは、過去1〜2ヶ月の平均血糖値を反映する検査です。
HbA1c値 | 判定 |
6.5%以上 | 糖尿病型 |
6.0〜6.4% | 糖尿病予備群 |
5.9%以下 | 正常型 |
尿糖・尿蛋白の検査
高齢者の糖尿病では、腎機能の低下により尿糖や尿蛋白が出現する場合があり、検査を定期的に行うことが大切です。
- 尿糖検査
- 尿蛋白検査
- 尿中アルブミン検査
眼底検査
高齢者の糖尿病では、網膜症のリスクが高いため、定期的な眼底検査が必要で、 早期発見・早期治療により、失明のリスクを減らすことができます。
高齢者糖尿病の治療方法と治療薬について
高齢者糖尿病の治療は、患者の状態に合わせて個別に行われ、生活習慣の改善、経口薬、インスリン療法などがあります。
生活習慣の改善
高齢者糖尿病の治療の基本は、生活習慣の改善です。 適切な食事療法と運動療法により、血糖コントロールの改善を図ります。
食事療法では、過剰なエネルギーの摂取を控え、バランスの取れた食事を心がけ、 運動療法は、患者の身体機能に合わせて、無理のない範囲で行います。
経口血糖降下薬
生活習慣の改善だけでは血糖コントロールが不十分なときは、経口血糖降下薬が使用されます。
主な経口血糖降下薬
- ビグアナイド薬(メトホルミンなど)
- DPP-4阻害薬(シタグリプチンなど)
- スルホニル尿素薬(グリメピリドなど)
- チアゾリジン薬(ピオグリタゾンなど)
インスリン療法
経口血糖降下薬でも血糖コントロールが不十分なときや、病状が進行したときには、インスリン療法が導入されます。
インスリン療法の種類
種類 | 特徴 |
持効型インスリン | 1日1〜2回の注射で、基礎インスリンを補う |
混合型インスリン | 速効型と中間型または持効型インスリンを混合したもの |
合併症の予防と管理
高齢者糖尿病では、細小血管障害や大血管障害などの合併症のリスクが高くなるので、合併症を予防するために、以下のような管理が必要です。
- 定期的な眼底検査や腎機能検査
- 血圧や脂質のコントロール
- 禁煙や足のケア
合併症 | 管理方法 |
細小血管障害 | 眼底検査、腎機能検査 |
大血管障害 | 血圧管理、脂質管理、禁煙 |
高齢者糖尿病の治療期間と予後
高齢者の糖尿病は生涯にわたる疾患ですが、治療と生活習慣の改善によって、合併症の予防と良好な予後が期待できます。
治療期間
高齢者の糖尿病の治療は、生涯にわたって継続する必要があります。 糖尿病は完治することはありませんが、治療により血糖値のコントロールが可能です。
治療法 | 期間 |
食事療法・運動療法 | 生涯 |
薬物療法 | 病状に応じて調整 |
合併症の予防
高齢者の糖尿病では、合併症のリスクが高くなります。
- 網膜症
- 腎症
- 神経障害
- 心血管疾患
合併症を予防するためには、早期からの厳格な血糖コントロールが大切です。
予後
高齢者の糖尿病の予後は、血糖コントロールと合併症の予防状況によって大きく異なります。
血糖コントロール | 予後 |
良好 | 合併症のリスク低下、QOL維持 |
不良 | 合併症の進行、QOL低下 |
薬の副作用や治療のデメリットについて
高齢者糖尿病に使われる薬剤には、副作用や治療上のデメリットもあるので、注意が必要です。
経口血糖降下薬の副作用
高齢者糖尿病の治療に使用される経口血糖降下薬の副作用
- ビグアナイド薬:消化器症状(悪心、下痢など)、まれに乳酸アシドーシス
- スルホニル尿素薬:低血糖、体重増加
- DPP-4阻害薬:消化器症状、膵炎(稀)
- チアゾリジン薬:浮腫、体重増加、骨折リスクの上昇
高齢者は腎機能や肝機能が低下していることが多く、副作用のリスクが高くなります。
インスリン療法のデメリット
インスリン療法は、高齢者糖尿病の重要な治療選択肢ですが、いくつかのデメリットがあります。
- 低血糖のリスク:高齢者は低血糖の自覚症状が乏しく、重症化しやすい
- 自己注射の手技:認知機能の低下により、手技の習得や管理が困難なことがある
- 体重増加:インスリンによる体重増加は、サルコペニアや虚弱性を助長する可能性がある
多剤併用の問題点
高齢者は、糖尿病以外の慢性疾患を併存していることが多く、の問題が生じやすくなります。
問題点 | 内容 |
薬物相互作用 | 複数の薬剤の組み合わせにより、副作用のリスクが増大する |
服薬アドヒアランスの低下 | 多くの薬を管理することが困難となり、服薬が不規則になりがち |
多剤併用は、副作用のリスクを高めるだけでなく、治療効果にも影響を及ぼす可能性があるので注意してください。
認知機能低下による治療の困難さ
高齢者糖尿病患者の中には、認知機能の低下を伴う場合があり、治療が難しくなることもあります。
- 服薬管理の問題:薬の飲み忘れや重複服用のリスクが高まる
- 自己管理の困難さ:血糖自己測定や食事療法、運動療法の実践が難しくなる
- コミュニケーションの障害:治療方針の理解や同意が得られにくい
認知機能低下の影響 | 治療上の問題点 |
軽度認知障害 | 服薬管理の問題、自己管理の困難さ |
認知症 | コミュニケーションの障害、治療方針の理解困難 |
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
高齢者糖尿病の治療費の内訳
高齢者糖尿病の主な治療費の内訳
- 薬剤費
- 検査費
- 入院費
- 通院費
項目 | 費用 |
薬剤費 | 月平均15,000円 |
検査費 | 年間約50,000円 |
高齢者糖尿病患者の多くは、複数の合併症を抱えていることが要因の一つとなり、治療費が高額になりがちです。
合併症 | 割合 |
網膜症 | 約40% |
腎症 | 約30% |
以上
参考文献
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