妊婦糖尿病(gestational diabetes mellitus)とは、妊娠中に初めて発症した糖尿病、あるいは妊娠前から発症している糖尿病のことです。
妊娠中は、胎児の発育を助けるためにインスリンに対する抵抗性が高まることで、血糖値が上昇しやすくなります。
放置すると、母体や胎児にさまざまな合併症を引き起こすことがあるため、早期発見と適切な血糖コントロールが大切です。
ここでは、妊婦糖尿病の症状や診断基準、そして血糖コントロールの重要性について詳しく解説していきます。
妊婦糖尿病の病型
妊婦糖尿病は、病型によってさまざまな特徴があります。
妊娠糖尿病
妊娠糖尿病とは、妊娠中に初めて高血糖が見つかる病型のことです。 主な原因は、妊娠によるホルモンバランスの変化であり、インスリンの働きが阻害されることで血糖値が高くなります。
多くの場合、出産後には血糖値が正常に戻りますが、将来的に2型糖尿病を発症する危険性が高くなることもあるので注意が必要です。
糖尿病合併妊娠
糖尿病合併妊娠とは、もともと糖尿病を抱えている女性が妊娠した場合の状態のことです。妊娠前から1型糖尿病や2型糖尿病などを発症している状態で妊娠した場合、より厳しい血糖コントロールが欠かせません。
病型 | 概要 |
妊娠糖尿病 | 妊娠中に初めて高血糖が発見される |
糖尿病合併妊娠 | もともと糖尿病を患っている女性が妊娠 |
妊娠糖尿病の亜型
妊娠糖尿病にはいくつかの亜型があることが分かってきました。 亜型は、インスリン分泌能力やインスリンに対する感受性の違いによっていくつかの型があります。
- インスリン分泌不全型
- インスリン抵抗性優位型
- 混合型
早発型妊娠糖尿病
早発型妊娠糖尿病は、妊娠の初期段階から高血糖が認められる病型で、もともと糖尿病の素因を持っている可能性が高く、妊娠をきっかけに顕在化したと考えられます。
病型 | 発症時期 | 背景 |
通常の妊娠糖尿病 | 妊娠中期以降 | 主に妊娠によるホルモン変化が要因 |
早発型妊娠糖尿病 | 妊娠初期 | 糖尿病素因を持っている可能性が高い |
妊婦糖尿病の症状
早期発見が重要となる妊婦糖尿病の症状について、詳しく説明します。
妊婦糖尿病の典型的な症状
代表的な症状としては、頻尿、喉の渇き、だるさ、体重減少などが挙げられますが、これらの症状が妊娠自体に起因するものと混同されやすく、見落とされてしまうこともあります。
症状 | 頻度 |
頻尿 | 高い |
口渇 | 高い |
倦怠感 | 中程度 |
体重減少 | 低い |
胎児への影響に関連する症状
妊婦糖尿病が適切に管理されない場合、胎児の過成長を引き起こす可能性があり、 その結果、母体に以下のような症状が現れることがあります。
- 子宮の過度な伸張による腹部の張り感
- 胎動の増加や強さの変化
- 早期の陣痛や破水の発生
妊婦糖尿病の原因
妊婦糖尿病の原因は複雑で、さまざまな要素が関わっていると考えられています。
妊娠によるインスリン抵抗性の増大
妊婦糖尿病の主な原因の一つは、妊娠によってインスリンが効きにくくなることです。 妊娠中は、赤ちゃんの成長を支えるために、母体内でたくさんのホルモンが分泌されます。
これらのホルモンの中には、インスリンの働きを妨げるものが含まれており、インスリンの効果が弱まり、 その結果、血糖値が上がりやすい状態になるのです。
ホルモン | 作用 |
プロラクチン | インスリンが効きにくくなる |
コルチゾール | 肝臓での糖の生成を促す |
ヒト胎盤ラクトーゲン | インスリンが効きにくくなる |
インスリン分泌能の低下
妊婦糖尿病の発症には、インスリンを分泌する能力の低下も関係しています。
妊娠中は、インスリンが効きにくくなることに対応するために、すい臓のβ細胞からのインスリン分泌が増加。
しかし、もともとインスリンを分泌する能力が低下している場合や、必要以上にインスリンを分泌しなければならない状況では、すい臓がうまく対応できなくなり、高血糖になってしまうのです。
遺伝的素因
家族に糖尿病の人がいる場合、妊婦糖尿病になるリスクが高くなることが分かっており、特定の遺伝子の変化が妊婦糖尿病の発症と関連しています。
- TCF7L2遺伝子
- KCNQ1遺伝子
- CDKAL1遺伝子
肥満と体重増加
肥満や妊娠中の急激な体重増加も、妊婦糖尿病の発症リスクを高める要因の一つです。
妊娠前からの肥満に加えて、妊娠中に急激に体重が増えると、インスリンの効果がさらに弱まる可能性があります。
BMI (kg/m²) | リスク |
25未満 | 標準 |
25以上30未満 | やや高い |
30以上 | 高い |
妊婦糖尿病の検査・チェック方法
妊婦糖尿病は、母体と胎児の健康に影響を与える可能性があり、妊娠中に検査をすることが大切です。
妊婦糖尿病のスクリーニング検査
妊婦糖尿病のスクリーニング検査は、通常、妊娠24週から28週の間に行われ、 50gブドウ糖負荷試験(GCT)が実施されます。 GCTでは、50gのブドウ糖を含む溶液を飲み、1時間後に血糖値を計測。
GCTの判定基準
血糖値 | 判定 |
140mg/dL未満 | 正常 |
140mg/dL以上 | 要精密検査 |
GCTで要精密検査と判定された場合、75gブドウ糖負荷試験(OGTT)が行われます。
75gブドウ糖負荷試験(OGTT)
検査前日の夜から絶食し、当日の朝に75gのブドウ糖を含む溶液を飲みます。 その後、空腹時、1時間後、2時間後の血糖値を測定。
OGTTの判定基準
時間 | 血糖値 |
空腹時 | 92mg/dL以上 |
1時間後 | 180mg/dL以上 |
2時間後 | 153mg/dL以上 |
上記の基準のうち、1つ以上を満たすと、妊婦糖尿病と診断されます。
自己血糖測定
妊婦糖尿病と診断された方には、自己血糖測定が推奨されます。
- 食前(朝食、昼食、夕食)
- 食後1時間または2時間
- 就寝前
自己血糖測定の目標値
- 食前:95mg/dL未満
- 食後1時間:140mg/dL未
- 食後2時間:120mg/dL未満
定期的な産科検診
妊婦糖尿病の妊婦は、定期的な産科検診を受ける必要があります。
産科検診でのチェック項目
- 母体の体重増加
- 血圧
- 尿中ケトン体
- 胎児の発育状況(超音波検査)
産科検診の頻度は、妊婦糖尿病の重症度や血糖コントロールの状況によって異なりますが、通常は2週間から4週間ごとに行われます。
妊婦糖尿病の治療方法と治療薬
妊婦糖尿病の治療は、治療を行うことで、合併症のリスクを減らせます。
食事療法と運動療法
妊婦糖尿病の治療の基本は、食事療法と運動療法です。
食事療法では、栄養のバランスを考えながら糖質の摂取量を調整し、 また、運動療法は、インスリンの効きを良くし、血糖値を下げる効果が期待できます。
療法 | 目的 |
食事療法 | 適切な体重管理と血糖値のコントロール |
運動療法 | インスリンの効きを良くする |
インスリン療法
食事療法と運動療法でも血糖値のコントロールが難しい場合、インスリン療法が取り入れられます。
妊娠中は、速効型インスリンと中間型インスリンを組み合わせた1日数回の注射や、インスリンポンプを使った持続的な注入療法(CSII)が用いられることが多いです。
- 速効型インスリン:食事前に注射し、食後の血糖値の上昇を抑える
- 中間型インスリン:基礎インスリンとして、空腹時の血糖値を下げる
- 持続皮下インスリン注入療法(CSII):インスリンポンプを用いて、継続的にインスリンを注入する
経口血糖降下薬
一部の妊婦糖尿病の患者さんでは、飲み薬である経口血糖降下薬が使用されることがあります。
薬剤 | 作用 |
メトホルミン | インスリンの効きを良くする |
グリベンクラミド | インスリンの分泌を促す |
糖代謝疾患の一種である妊婦糖尿病の治療期間と予後
妊婦糖尿病は、管理と治療を行うことで、母体と胎児の健康を守ることが可能です。 ここでは、妊婦糖尿病の治療期間と予後について解説します。
妊婦糖尿病の治療期間
妊娠週数と治療の関係
妊娠週数 | 治療 |
24週〜28週 | 診断と治療開始 |
28週〜出産 | 血糖コントロールと経過観察 |
食事療法と運動療法
妊婦糖尿病の治療の基本は、食事療法と運動療法です。栄養士による個別の食事指導が行われ、 また、適度な運動は、血糖値の改善に役立つことが分かっています。
分娩方法と時期
分娩方法の選択基準
条件 | 分娩方法 |
血糖コントロール良好、胎児発育正常 | 自然分娩 |
血糖コントロール不良、巨大児 | 帝王切開 |
分娩時期は、通常、妊娠37週以降に設定されるのが一般的ですが、母体や胎児の状態によっては、早期の分娩が選択されることもあります。
妊婦糖尿病の予後
適切な管理と治療を受けた場合、妊婦糖尿病の予後は良好です。
ただし、妊婦糖尿病の既往がある女性は、将来、2型糖尿病を発症するリスクが高くなることが分かっているので、出産後も定期的な血糖チェックと生活習慣の管理が大切になってきます。
薬の副作用や治療のデメリット
妊婦糖尿病の治療は、母体と胎児の健康を守るために大切ですが、治療に伴う副作用やデメリットにも注意が必要です。
食事療法と運動療法の注意点
食事療法と運動療法は、妊婦糖尿病の治療の基本ですが、極端な糖質制限は、お母さんのエネルギー不足や栄養のアンバランスを招く可能性があります。
また、妊娠中は関節が柔らかくなるため、運動療法では怪我のリスクが高くなることに注意が必要です。
療法 | 注意点 |
食事療法 | 極端な糖質制限による栄養のアンバランス |
運動療法 | 妊娠中の怪我のリスク |
インスリン療法の副作用
インスリン療法は、血糖値のコントロールに有効ですが、副作用として低血糖の症状が起こることがあります。 低血糖の症状には、手の震え、冷や汗、動悸、集中力の低下などがあり、ひどくなると意識を失うことも。
また、インスリン注射をした部分に、局所的な副作用が生じることがあります。
経口血糖降下薬の副作用
妊婦さんへの経口血糖降下薬の使用は限定的ですが、使用される場合は副作用に注意が必要です。 メトホルミンでは、消化器の症状(吐き気、下痢、お腹の不快感)が比較的多く見られます。
また、まれではありますが、重い副作用として乳酸アシドーシスの報告も。
薬剤 | 主な副作用 |
メトホルミン | 消化器の症状、乳酸アシドーシス(まれ) |
グリベンクラミド | 低血糖の症状 |
保険適用の有無と治療費の目安について
妊婦糖尿病の治療は、保険適用の対象です。
妊婦糖尿病の治療に対する保険適用
保険適用の範囲
・診察費 ・血糖値測定などの検査費
・食事療法や運動療法に関する指導料
・インスリン療法に関する費用(インスリン、注射器、針など)
ただし、自己血糖測定器や測定用のセンサーなどは、保険適用外となる場合があります。
一般的な治療費の目安
妊婦糖尿病の治療費は、症状の重症度や治療内容によって異なります。
治療内容 | 費用(月額) |
食事療法・運動療法のみ | 5,000円〜10,000円 |
インスリン療法(食事療法・運動療法含む) | 10,000円〜20,000円 |
インスリン療法の費用
インスリンの種類と一般的な費用の目安
インスリンの種類 | 費用(月額) |
超速効型インスリン | 5,000円〜8,000円 |
持効型インスリン | 3,000円〜5,000円 |
これらの費用は、保険適用後の自己負担額であり、インスリンの使用量によって変動します。
その他の費用
妊婦糖尿病の治療では、以下のような費用が追加で発生する可能性があります。
・自己血糖測定器とセンサーの費用
・母親学級や栄養指導などの参加費
・分娩時の入院費用
妊婦糖尿病の治療に関する費用は、保険適用の対象となるものが多くありますが、自己負担額は症状や治療内容によって異なるため、事前に医療機関に確認してください。
また、上に記載した治療費より高くなることもありますので、予めご了承ください。
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