咽頭後壁癌(Posterior pharyngeal wall cancer)は、咽頭の後壁に発生する悪性腫瘍です。
咽頭は口の奥から食道へと続く道で、上咽頭、中咽頭、そして下咽頭と三つに分類されます。下咽頭は声を出す部分、喉頭のすぐ上にあり、この部分の最も深いところが咽頭後壁と呼ばれています。
咽頭後壁癌は比較的まれな疾患で、進行が速く、早期発見が難しいのが特徴です。
この記事では、咽頭後壁癌の症状や原因、診断方法や治療について解説していきます。
咽頭後壁癌の症状
咽頭後壁癌は下咽頭癌の一種で、症状が出にくい癌です。下咽頭癌は、発生する部位により「梨状陥凹癌」「輪状後部癌」「咽頭後壁癌」に分類され、咽頭後壁癌は約25%を占めます。
早期発見が難しく、多くの場合、病気が進行してから発見されます。
初期段階では症状がほとんど現れず、癌が成長するにつれて、次のような症状が現れます。
- 食べ物や飲み物の飲み込みにくさ、痛み
- 喉の違和感や圧迫感
- 喉が痛い、または焼けるような感じがする
- 声がかすれたり、しわがれたりする
嚥下困難や嚥下時の痛み
咽頭後壁癌が進行すると、食べ物や飲み物を飲み込むのが難しくなったり、痛みを感じたりする症状が現れます。
これは、癌によって喉が圧迫されたり、癌が喉の組織に広がって痛みを引き起こしたりするためです。
このような症状が続くと、食事の量が減り、体重が落ちたり、栄養不足になったりするリスクがあります。
嚥下困難 | 食べ物や飲み物を飲み込むのが難しい |
---|---|
嚥下時の痛み | 食べ物や飲み物を飲み込む時に痛みがある |
咽頭の違和感や圧迫感
癌が成長すると、喉に違和感や圧迫感が生じることがあります。これは、腫瘍が大きくなって喉を圧迫する、癌が喉の感覚を変えて違和感を引き起こすためです。
咽頭痛や咽頭の灼熱感
咽頭後壁癌が原因で、喉に痛みや灼熱感が生じるケースもあります。これは、癌が喉の組織に広がり、炎症を引き起こすためです。
これらの症状は、癌が進行するにつれて強くなることがあります。
声のかすれや嗄声
癌が声帯を圧迫したり、声帯の動きを妨げたりするため、声がかすれたり、しわがれたりする症状が現れます。
咽頭後壁癌の原因
咽頭後壁癌の発症には、喫煙やアルコール摂取、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染や遺伝的要因など、複数の要因が関与していると考えられています。
喫煙とアルコール摂取の影響
喫煙や飲酒の習慣は、咽頭粘膜に長期的な刺激を与え、細胞のDNAに損傷を与えるため、癌化のリスクが増大します。
喫煙とアルコール摂取の両方を行う場合は、発症リスクがさらに高くなります。
ヒトパピローマウイルス(HPV)感染の影響
最近では、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染も咽頭後壁癌の原因の一つとして注目を集めています。
HPVは性行為を通じて感染するウイルスで、一部の型は咽頭癌の発症に関与していることが明らかになりました。HPV関連の咽頭癌は、非HPV関連の咽頭癌と比べて予後が良好である特徴をもちます。
遺伝的要因の可能性
咽頭後壁癌の発症には、遺伝的要因も関与している可能性があります。
ただし、遺伝的要因のみで咽頭後壁癌が発症するのは稀で、他の環境要因との相互作用が重要だと考えられています。
その他の危険因子
不適切な口腔衛生 | 口腔内の慢性的な炎症が、癌化のリスクを高める可能性がある |
---|---|
特定の食事習慣 | 野菜や果物の摂取不足、加工肉の過剰摂取などが関連する可能性がある |
職業的曝露 | 特定の化学物質や粉塵への長期的な曝露が、リスクを高める可能性がある |
咽頭後壁癌の検査・チェック方法
- 視診と触診:医師が目で喉の奥を見たり、手で触って腫瘍がないか、どのくらいの大きさかをチェックします。
- 内視鏡検査:細長いカメラを使って、咽頭や喉頭の様子を細かく見ます。
- 画像検査(CT、MRI、PET-CT):これらの機械を使って、腫瘍がどれくらい広がっているか、深く進んでいるか、リンパ節に広がっていないかを調べます。
- 生検:実際に腫瘍の一部を取り出して、顕微鏡で細かく見ることで、癌かどうかを確かめます。
内視鏡検査
検査 | 詳細 |
---|---|
喉頭ファイバースコープ | 細い管にカメラをつけて鼻から入れ、咽頭や喉頭を見る |
上部消化管内視鏡 | 口から管を入れて、咽頭から食道までをくまなく調べる |
画像検査
CTやMRIで腫瘍の範囲を把握し、PET-CTでがんが他に広がっていないかを確認します。
検査 | 詳細 |
---|---|
CT | X線を使って体の断面を撮影し、腫瘍の広がりや深さを見る |
MRI | 強い磁力で体の詳細な画像を撮り、軟部組織をチェックする |
PET-CT | 放射性物質を使ってがん細胞の活動を見て、転移しているかを調べる |
咽頭後壁癌の早期発見のポイント
咽頭後壁癌を早く見つけるためには、次のような症状に注意しましょう。
- のどに違和感や痛みがある
- 声がかすれる
- 飲み込みにくさ(嚥下困難)
- 首にしこりができる
これらの症状が2週間以上続いたら、専門医への受診が推奨されます。
咽頭後壁癌の治療方法と治療薬について
咽頭後壁癌の治療には、患者さんの状況やがんの段階に合わせて、手術、放射線、化学療法、またはこれらの組み合わせによる集学的治療が適用されます。
手術療法
手術によって、がん細胞を取り除くことで完治を目指す方法です。
咽頭後壁癌の場合、内視鏡を使った咽頭切除や、咽頭と喉頭、そして頸部食道を取り除く手術が行われることがあります。手術の選択は、がんの大きさや位置、深さに基づいて決められます。
放射線療法
がん細胞に高エネルギーの放射線を当て、DNAを損傷させてがんの成長を止めます。
咽頭後壁癌治療においては、体外から放射線を照射する外部照射や、がん組織の近くに放射性物質を置く小線源治療が利用されることがあります。
外部照射 | 体外から放射線を照射する方法 |
---|---|
小線源治療 | 癌組織の近くに放射性物質を留置する方法 |
化学療法
抗がん剤を使って、体内のがん細胞を攻撃する方法です。咽頭後壁癌には、シスプラチンや5-フルオロウラシル、ドセタキセルなどの薬が単独で、または組み合わせて使用されます。
- シスプラチン:DNAの合成を妨げてがん細胞の増殖を止めます。
- 5-フルオロウラシル:DNAの合成を阻害し、がん細胞の増殖を抑えます。
- ドセタキセル:細胞の分裂を妨げることでがん細胞の成長を阻止します。
集学的治療
手術、放射線療法、化学療法を組み合わせた治療です。咽頭後壁癌の進行具合や、患者さんの体調を考慮して治療計画が立てられます。
治療法の組み合わせ | 詳細 |
---|---|
手術療法+放射線療法 | 手術でがん組織を取り除いた後、放射線療法で残ったがん細胞を攻撃する |
化学放射線療法 | 放射線療法と化学療法を同時に行い、効果を高める |
咽頭後壁癌の治療期間と予後
咽頭後壁癌の治療期間は、がんがどの程度進行しているか、また、その進行度に合わせてどのような治療法を選ぶかによって異なります。
咽頭後壁癌の治療期間
早期のがん(StageI~II)の場合、主に放射線療法や化学放射線療法が選ばれ、治療期間は通常6~7週間が目安です。
一方、進行がん(StageIII~IV)では、手術療法を中心とした複数の治療法を組み合わせる必要があり、治療期間が2~3ヶ月以上になる場合もあります。
咽頭後壁癌の予後を左右する要因
咽頭後壁癌の予後は、以下のような要因に大きな影響を受けます。
- がんの進行度(Stage)
- リンパ節転移の有無と範囲
- がんの組織型と悪性度
- 患者の年齢と全身状態
- 治療に対する反応性
咽頭後壁癌の5年生存率
咽頭後壁癌単体でのデータはありません。下咽頭癌の5年生存率は、以下のとおりです。
Stage | 5年生存率 |
---|---|
I | 88.3% |
II | 78.8% |
III | 72.3% |
IV | 37.4% |
薬の副作用や治療のデメリットについて
放射線療法の副作用
放射線療法は咽頭後壁癌の治療によく用いられますが、以下のような副作用が生じる場合があります。
副作用 | 症状 |
---|---|
口内炎 | 口内の粘膜が荒れ、痛みや出血が起こる |
味覚障害 | 味覚が変化したり、感じにくくなったりする |
口腔乾燥 | 唾液の分泌が減少し、口の中が乾燥する |
化学療法の副作用
化学療法も咽頭後壁癌の治療に用いられますが、全身への影響が大きいため、以下のような副作用が現れることがあります。
- 悪心
- 嘔吐
- 食欲不振
- 脱毛
- 骨髄抑制(白血球減少、貧血、血小板減少)
手術療法のデメリット
咽頭後壁癌の手術療法では、腫瘍を切除するために周囲の正常な組織も一部切除する必要があり、以下のようなデメリットが生じる可能性があります。
デメリット | 詳細 |
---|---|
嚥下障害 | 食べ物や水分を飲み込みにくくなる |
発声障害 | 声が出しにくくなったり、声質が変化したりする |
美容面への影響 | 手術痕が残る、顔貌の変化が生じるなど |
治療後の長期的な影響
咽頭後壁癌の治療後は、放射線療法や化学療法によって、唾液腺の機能低下が生じ、口腔内の乾燥が続くことがあります。
また、手術療法によって、嚥下機能や発声機能に障害が残るケースもあり、リハビリテーションが必要になる可能性もあります。
保険適用の有無と治療費の目安について
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
咽頭後壁癌の手術治療や放射線治療、化学療法などの一般的な方法は保険が適用されます。
しかし、最新の治療法や特別な医療技術を使うと、保険が使えない場合もあります。
咽頭後壁癌の治療費の目安
咽頭後壁癌の治療にかかる費用は、がんの進行度や選ぶ治療法によって大きく異なります。がんの進行度に応じた治療費の大まかな目安は以下のとおりです。
病期 | 治療方法 | 治療費の目安 |
---|---|---|
I期 | 手術または放射線治療 | 100万円~200万円 |
II期 | 手術または放射線治療 | 150万円~300万円 |
III期 | 手術と放射線治療の組み合わせ | 300万円~500万円 |
IV期 | 手術、放射線治療、化学療法の組み合わせ | 500万円~1,000万円 |
これらの金額はあくまで目安です。実際の費用は、患者さんの状態や治療方法により異なります。
高額療養費制度
治療費が高額になったときは、高額療養費制度の利用により支払う金額を抑えられます。この制度では、医療費が一定の金額を超えた場合、その超えた分が戻ってくる仕組みです。
自己負担の上限は所得により異なりますので、詳しくは厚生労働省のホームページをご確認ください。
当記事に掲載されている情報は、信頼できる情報源に基づいて作成されていますが、その正確性、完全性、最新性を保証するものではありません。記事の内容は一般的な情報提供を目的としており、個別の医療的助言や診断、治療の代替となるものではありません。
また、記事に掲載されている情報を利用したことによって生じたいかなる損害についても、当方は一切の責任を負いかねます。医療に関する判断や行動を行う際は、必ず医療専門家にご相談ください。
なお、当記事の内容は予告なく変更される場合がありますので、あらかじめご了承ください。
参考文献
JULIERON, Morbize, et al. Surgical management of posterior pharyngeal wall carcinomas: functional and oncologic results. Head & Neck: Journal for the Sciences and Specialties of the Head and Neck, 2001, 23.2: 80-86.
SPIRO, Ronald H., et al. Squamous carcinoma of the posterior pharyngeal wall. The American journal of surgery, 1990, 160.4: 420-423.
PENE, Françoise, et al. A retrospective study of 131 cases of carcinoma of the posterior pharyngeal wall. Cancer, 1978, 42.5: 2490-2493.
CANIS, Martin, et al. Oncologic results of transoral laser microsurgery for squamous cell carcinoma of the posterior pharyngeal wall. Head & Neck, 2015, 37.2: 156-161.
COULTHARD, Mark; ISAACS, David. Retropharyngeal abscess. Archives of disease in childhood, 1991, 66.10: 1227-1230.
HARKANI, A., et al. Retropharyngeal abscess in adults: five case reports and review of the literature. The Scientific World Journal, 2011, 11: 1623-1629.
TALTON, Brooks M., et al. Cancer of the posterior hypopharyngeal wall. International Journal of Radiation Oncology* Biology* Physics, 1981, 7.5: 597-599.
GOURIN, Christine G.; TERRIS, David J. Carcinoma of the hypopharynx. Surgical Oncology Clinics, 2004, 13.1: 81-98.
BAŞARAN, Bora; ÜNSALER, Selin. Carcinoma of the posterior wall of the hypopharynx: surgical treatment with larynx preservation. Brazilian Journal of Otorhinolaryngology, 2022, 88: 174-180.