梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)(Piriform sinus carcinoma)とは、喉の入口近くにある「梨状陥凹」に生じるがんの一種で、下咽頭癌の中でも特に多いものです。
「梨状陥凹」とは、喉頭の後面に位置し、食道の入り口に存在する部位です。具体的には、喉頭の両側で食道に移行する部位に形成されるくぼみのことを指します。
病気が進行するまで自覚症状がほとんどなく、進行した段階で声がかすれたり、飲み込みにくさ、首のリンパ節の腫れなどの症状が出始めます。
この記事では、梨状陥凹癌の原因や症状、治療法について解説します。
梨状陥凹癌の症状
梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)は、早期発見が難しい癌の一つです。
咽頭の違和感や痛みが兆候として挙げられ、進行すると声がかすれたり、飲み込みにくさや首のリンパ節の腫れが現れます。
- 咽頭の違和感や痛み
- 嗄声(声のかすれ)
- 嚥下困難(飲み込みにくさ)
- 頸部リンパ節の腫脹
進行度 | 症状 |
---|---|
初期 | 咽頭の違和感や痛み、嗄声 |
進行期 | 嚥下困難、頸部リンパ節の腫脹 |
咽頭の違和感や痛み
梨状陥凹癌の最初の兆候は、咽頭の違和感や痛みです。
食べ物が喉に引っかかるような感じや、喉の片側が痛むことがあります。これらの症状は風邪の症状と似ているため、見過ごされがちです。
嗄声(声のかすれ)
癌が進行すると、声がかすれてくる場合があります。これは、腫瘍が声帯に影響を及ぼしているために起こります。
嚥下困難(飲み込みにくさ)
癌がさらに進行すると、飲み込む動作が難しくなります。
腫瘍が食道の入り口を狭めているため、固形物や液体を飲み込む際に、つかえる感覚や痛みが生じます。
頸部リンパ節の腫脹
癌がリンパ節に転移した場合の特徴が、首のリンパ節の腫れです。通常は無痛性で触れることができますが、腫瘍が大きくなると圧迫感や痛みが伴う場合もあります。
梨状陥凹癌の原因
梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)の原因は、タバコや飲酒、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染、遺伝的要因などが挙げられます。
喫煙とアルコール摂取の影響
梨状陥凹癌の発症には、喫煙とアルコールの摂取が大きく関わっています。
タバコに含まれる発癌物質は、咽頭の粘膜に直接ダメージを与え、癌になるリスクを高めます。 また、アルコールは粘膜を弱くし、発癌物質の影響を受けやすくなる可能性があります。
危険因子 | 影響 |
---|---|
喫煙 | 発癌物質による粘膜の損傷 |
アルコール摂取 | 粘膜の脆弱化 |
ウイルス感染との関連性
最近の研究で、ヒトパピローマウイルス(HPV)の感染と梨状陥凹癌の関連性が注目されています。 HPVは子宮頸癌の主な原因として知られていますが、咽頭癌とも関係があるのではないかと示唆されています。
※HPV感染が梨状陥凹癌の発症に直接関与しているかどうかは、さらなる研究が必要です。
遺伝的要因の影響
梨状陥凹癌の発症には、遺伝的な要因も関係している可能性があります。
例えば、癌を抑制するp53遺伝子の変異や、発癌物質の代謝に関わる酵素の遺伝子多型などが、梨状陥凹癌の発症に関連していることが示唆されています。 ただし、遺伝的要因の影響については、さらなる研究が必要です。
遺伝的要因 | 影響 |
---|---|
p53遺伝子の変異 | 癌抑制機能の低下 |
発癌物質代謝酵素の遺伝子多型 | 発癌物質の影響を受けやすくなる可能性 |
環境要因と生活習慣の影響
環境要因や生活習慣は、咽頭の粘膜に慢性的な刺激や炎症を引き起こし、癌になるリスクを高める可能性があります。
- 不適切な食生活(野菜や果物の摂取不足、加工肉の過剰摂取など)
- 慢性的な胃酸逆流(逆流性食道炎など)
- 職業上の発癌物質への曝露(アスベストなど)
梨状陥凹癌の発症には、複数の要因が複雑に絡み合っていると考えられます。
喫煙やアルコールの摂取といった生活習慣の改善、ウイルス感染の予防、バランスの取れた食生活の維持などが、梨状陥凹癌の予防のために大切です。
梨状陥凹癌の検査・チェック方法
梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)が疑われる場合は、CTやMRIなどの画像診断や内視鏡検査・生検を行い、癌かどうかを調べます。
内視鏡検査と生検
内視鏡検査は、梨状陥凹癌の早期発見に欠かせない検査法の一つです。 この検査では、喉頭や下咽頭の粘膜表面を詳しく観察します。
医師が細胞の異常や腫瘍の存在を確認した場合には、生検を行って癌かどうかを確定診断します。
検査方法 | 目的 |
---|---|
内視鏡検査 | 喉頭・下咽頭の観察 |
生検 | 癌の確定診断 |
画像診断の役割
内視鏡検査だけでなく、CT(コンピュータ断層撮影)やMRI(磁気共鳴画像)などの画像診断も重要な検査法です。
画像診断では、腫瘍の大きさや広がり方、リンパ節への転移の有無などを評価できます。
自己チェックのポイント
以下のような症状がある場合は、医療機関への受診を推奨します。
- 嗄声(かすれ声)が続く
- 喉の違和感や痛みがある
- 首のリンパ節が腫れている
- 飲み込みにくさを感じる
早期発見は、梨状陥凹癌の予後を大きく左右します。 異常を感じたらすぐに医療機関を受診することが大切です。
梨状陥凹癌の治療方法と治療薬について
梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)の治療には、手術療法、放射線療法、化学療法を組み合わせた総合的な治療が行われます。
手術療法
腫瘍の大きさや広がり具合に応じて、喉頭全摘出術や咽喉頭食道全摘出術などの手術方法が選ばれ、腫瘍を完全に取り除くことを目指します。
放射線療法
放射線療法は手術療法と一緒に行われることが多く、手術の前後に用いられます。
強いエネルギーを持つX線やガンマ線を使って癌細胞を破壊するこの療法は、腫瘍を小さくしたり、再発を防いだりする効果があります。
放射線療法の種類 | 詳細 |
---|---|
外部照射 | 体外から放射線を照射する方法 |
小線源療法 | 放射性物質を体内に埋め込む方法 |
化学療法
化学療法は、抗がん剤を使って全身的に癌細胞を攻撃する治療法です。梨状陥凹癌の治療では、シスプラチンやドセタキセルなどの薬が使われます。
これらの薬は、癌細胞の増殖を抑え、腫瘍を小さくする働きがあります。
- シスプラチン:白金系の抗がん剤で、DNA合成を阻害することで癌細胞の増殖を抑制する
- ドセタキセル:タキサン系の抗がん剤で、細胞分裂を阻害することで癌細胞の増殖を抑制する
分子標的薬
最近では、分子標的薬も梨状陥凹癌の治療に使われるようになりました。
分子標的薬は、癌細胞の増殖や生存に関係する特定の分子をターゲットにし、正常な細胞への影響を最小限に抑えながら癌細胞を攻撃します。
分子標的薬 | 作用機序 |
---|---|
セツキシマブ | 上皮成長因子受容体(EGFR)を阻害 |
ニボルマブ | PD-1/PD-L1経路を阻害し、免疫応答を活性化 |
梨状陥凹癌の治療期間と予後
梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)の治療期間は、病期や治療方法によって大きく異なります。
治療期間
早期の梨状陥凹癌(Stage I、II)では、手術や放射線療法による治療期間は、通常2〜3ヶ月程度が見込まれます。
一方、進行した梨状陥凹癌(Stage III、IV)の場合、手術、化学療法、放射線療法を組み合わせた集学的治療が必要となるため、治療期間は6ヶ月以上になる場合があります。
病期 | 治療方法 | 治療期間の目安 |
---|---|---|
I、II | 手術または放射線療法 | 2〜3ヶ月 |
III、IV | 手術、化学療法、放射線療法 | 6ヶ月以上 |
予後
梨状陥凹癌の予後は、病期や治療方法によって大きく異なります。 早期発見と適切な治療が行われた場合、5年生存率比較的良好ですが、進行した梨状陥凹癌では、5年生存率は低下します。
下咽頭癌の疾患特異的生存率―ステージ分類別(328 例)
- Stage 0:100%
- Stage I:67.9%
- Stage II:67.2%
- Stage III:49.4%
- Stage IV:33.6%
出典:https://hospital.ompu.ac.jp/cancercenter/img/images/clinic/data/ka.pdf
薬の副作用や治療のデメリットについて
梨状陥凹癌(りじょうかんおうがん)治療法は主に手術療法、化学療法、放射線療法の3つに分けられ、それぞれにリスクが存在します。
手術療法の副作用
手術療法は、癌組織を直接切除する治療法です。 体への負担が大きく、手術後に合併症が起こるリスクがあります。
例えば、感染症、出血、傷口の治りが悪くなるなどの可能性があります。
また、手術によって発声や飲み込む機能に影響が出る場合もあり、術後の生活の質が低下するおそれがあります。
化学療法の副作用
化学療法は、抗癌剤を使って全身的に癌細胞を攻撃する治療法です。副作用として、吐き気、嘔吐、脱毛、口内炎、骨髄抑制などが知られています。
また、抗癌剤の投与によって免疫力が下がるため、感染症にかかりやすくなります。
副作用 | 症状 |
---|---|
吐き気・嘔吐 | 抗癌剤によって消化器系に影響が出る |
脱毛 | 抗癌剤が毛根に作用し、脱毛が起こる |
口内炎 | 粘膜が傷つき、口内に痛みや潰瘍ができる |
骨髄抑制 | 白血球や血小板などが減少し、感染症や出血のリスクが高まる |
放射線療法の副作用
放射線療法は、癌組織に放射線を照射して癌細胞を死滅させる治療法です。副作用として、皮膚炎、粘膜炎、唾液腺機能低下、味覚障害などが挙げられます。
また、照射部位の周りの正常な組織にもダメージを与えるため、長期的な影響が心配されます。
- 皮膚炎:照射部位の皮膚が赤くなったり、痛みを伴ったりする
- 粘膜炎:口腔内や咽頭の粘膜に炎症が起き、痛みや潰瘍ができる
- 唾液腺機能低下:唾液の分泌量が減少し、口の中が乾燥する
- 味覚障害:味覚が変化したり、味を感じにくくなったりする
治療後の長期的な影響
梨状陥凹癌の治療後は、長期的な影響にも注意が必要です。例えば、手術によって発声や飲み込む機能に障害が残るケースがあります。
また、放射線療法による組織の線維化や、化学療法による神経障害などの晩期障害が生じる可能性もあります。
長期的な影響 | 詳細 |
---|---|
発声・嚥下障害 | 手術により発声や嚥下機能に影響が残ることがある |
組織の線維化 | 放射線療法により照射部位の組織が硬くなり、機能低下を引き起こす |
神経障害 | 化学療法により末梢神経が傷つき、しびれや感覚異常が生じる |
保険適用の有無と治療費の目安について
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
梨状陥凹癌の治療は、基本的に健康保険が適用されます。手術、放射線療法、化学療法など、よく使われる治療法は保険診療の対象です。
※ただし、新しい治療法や高度先進医療の中には保険適用外のものもあります。
梨状陥凹癌の一般的な治療費
梨状陥凹癌の治療費は、治療法や病期、合併症の有無などによって異なります。
治療法 | 概算費用(円) |
---|---|
手術 | 100万~300万 |
放射線療法 | 50万~150万 |
化学療法 | 50万~200万 |
これらの費用はあくまで目安であり、実際の治療費は患者さんのご状況により変わってきます。 入院費や通院費、検査費用なども別途必要です。
治療費について詳しくは担当医や医療機関へご確認ください。
高額療養費制度の活用
梨状陥凹癌の治療費が高額になったとき、高額療養費制度を利用できます。
この制度は、一定の上限額を超えた医療費について、超過分を支給してくれるものです。 上限額は年齢や所得によって違いますので、詳しくは厚生労働省のホームページをご確認ください。
高額療養費制度を利用される皆さまへ(厚生労働省ホームページ)
その他の費用負担軽減制度
その他、治療にかかる費用負担を軽くするための制度は以下のとおりです。
- 医療費控除制度:年間の医療費が一定額を超えたら、所得税や住民税の控除を受けられる制度です。
- がん患者医療費助成制度:自治体が実施している制度で、がん患者の医療費の一部を助成してくれます。
- 民間医療保険:がん保険などの民間医療保険に入っていれば、保険金の支払いを受けられます。
詳細はそれぞれの窓口へご確認ください。
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