突発性膝関節血症

特発性膝関節血症(Idiopathic hemarthrosis of the knee)とは、原因不明の膝関節内出血を特徴とする疾患です。

多くの場合60歳以上の高齢者に発症し、膝の腫れや痛みが典型的な症状として現れます。

症状の程度は軽微なものから日常生活に支障をきたすほどの重篤なものまで幅広く、個人差があります。

本記事では、特発性膝関節血症の症状の特徴、治療方法について詳しく解説します。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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目次

特発性膝関節血症の症状

特発性膝関節血症は、膝関節内に出血が生じて、膝の腫れや動きの制限などの症状が現れます。

症状説明
膝の腫れ関節内出血が原因で膝が腫れる
動きの制限やこわばり膝の動きが制限されたりこわばりが起きたりする
発熱感関節内出血により膝周辺が熱を持つ
圧痛膝を触ると痛みを感じる

膝の腫れ

突発性膝関節血症の症状として最も一般的なのが、突然起こる膝の腫れです。

膝の腫れは関節内の出血によって起こりますが、ぶつけたり運動で怪我をしたりなどの原因が思い当たらないケースがほとんどです。

動きの制限とこわばり

膝の動きの制限やこわばりは、突発性膝関節血症の典型的な症状の一つです。

長時間膝を動かさなかったときや、朝起きた際に、こわばりが強く現れる例が頻繁に報告されています。

膝の動きの制限やこわばりが起こる原因は、膝関節内の出血による腫れや炎症です。

発熱感

突発性膝関節血症の症状の一つとして発熱感も挙げられ、一般的に膝の腫れと共に起こります。

膝周辺に熱を持っているような感覚を自覚する人もいて、これは炎症のサインであるケースが多いです。

圧痛

膝に軽く触れる、圧力を加えるなどを行った際に感じる痛み(圧痛)も、特発性膝関節血症の特徴的な症状です。

圧痛は膝の特定の点に局所化する場合が多く、膝関節内の出血や炎症が原因で生じます。

また、膝に触れたり圧力を加えたりしなくても痛みを感じる人もいて、階段を上る動作や椅子から立ち上がる動作を行った際、長時間同じ姿勢を保っていた際にもみられます。

特発性膝関節血症の症状への注意点

  • 膝の腫れや痛みがあるときは、無理に関節を動かさないようにしましょう。
  • 動きの制限やこわばりがあるときは、日常生活での活動や膝への負担を軽減するための工夫が必要です。
  • 発熱感や圧痛がみられるときは炎症の可能性が考えられるため、医療機関への受診が推奨されます。

特発性膝関節血症の原因

特発性膝関節血症は「突発性」の名前の通り、原因がはっきりとわかっていません。

ただ、膝の中に血が溜まる「膝関節血症」の原因には、外傷や解剖学的異常などさまざまなものが考えられます。

そのため、突発性膝関節血症の原因についても「膝関節血症の原因のいずれかに該当する場合がある」と言われています。

膝関節血症の原因と考えられるもの

外傷最も一般的な原因で、膝に対する直接的な衝撃や過度な運動、不慮の事故による打撲などが含まれます。動きの激しいスポーツを行う人や膝関節をよく動かすような職業に就いている人にとくに多く見られます。
解剖学的異常膝関節や周辺組織の先天的または後天的な構造的異常に起因します。具体例は、関節の形状異常、靭帯の弱さ、軟骨の損傷などです。加齢や特定の活動による身体的な変化が、解剖学的な問題を引き起こすケースがあります。
血液凝固障害体内の血液が正常に凝固しない場合も膝関節血症が起こり得ます。遺伝的要因や血友病のような特定の疾患が原因で関節内出血が起こりやすくなります。
薬物の副作用一部の薬物は血液の凝固能力に影響を与えるため、関節内出血のリスクが増加します。抗凝固剤や非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)などの薬物を長期間使用している人は、とくに注意が必要です。
神経学的な要因反射性交感神経性ジストロフィー※1や糖尿病性神経障害性関節症※2なども膝関節内で出血が起こる原因の一つです。
血管性ビタミンC欠乏症、末梢動脈瘤破裂※3、外側半月板後角に伴う末梢動脈の変性断裂などの変形性膝関節症も膝関節血症の原因として挙げられます。
新生物、腫瘍性良性滑膜血管腫※4や色素性絨毛結節性滑膜炎※5、関節内に生じた悪性腫瘍などが原因で膝関節の出血が起こる例もあります。
術後再発性関節血症膝関節内の出血は、人工膝関節置換術後にも起こりやすいと言われています。これは、関節内に発達した血管性組織が出血を生じさせるためです。

膝関節血症の背景にある疾患

※1反射性交感神経性ジストロフィー(RSD):外傷や手術をきっかけに発症する難治性の病気で、神経の異常過敏症が主です。

※2糖尿病性神経障害性関節症(シャルコー関節):神経を侵す基礎疾患である糖尿病が主な原因で起こる関節障害です。

※3末梢動脈瘤破裂:動脈壁がもろくなって抹消動脈が異常に拡張した状態になったために起こる動脈瘤の破裂です。

※4良性滑膜血管腫:稀な疾患ですが、関節角膜や腱鞘滑膜で発生する良性の血管腫です。

※5色素性絨毛結節性滑膜炎:膝関節に多く発生する疾患で、滑膜に絨毛状や結節状の腫瘤を形成して出血を繰り返します。

特発性膝関節血症の診断に用いられる検査方法

特発性膝関節血症の診断は、身体所見や画像診断、血液検査などの複数の検査方法で実施されます。

検査方法説明
身体所見膝の腫れ、痛み、可動域、安定性などを直接評価
画像診断X線、MRI、超音波を用いて膝関節の構造と状態を詳細に調べる
血液検査血液の凝固機能を調べ、出血傾向の有無を評価
関節液検査関節内液体の採取と分析を通じて、出血の原因や炎症の有無を判断

身体所見

身体所見では、膝の形状や色変化などの膝の状態を医師が直接観察します。

さらに、触診によって腫れや痛みの有無、膝の安定性や可動域などを細かく評価しますが、突発性膝関節血症では膝の腫脹や可動域の減少が認められます。

画像診断

画像診断で主に使用する方法は、X線検査やMRI(磁気共鳴画像)検査、超音波検査です。

X線検査は骨の状態や関節の位置異常を評価するのに有用で、MRI検査では軟骨、靭帯、筋肉などの軟部組織の詳細な画像が得られます。

また、超音波検査は関節内の液体の蓄積を視覚化し、出血の有無を確認するために使用されるケースがあります。

血液検査

血液検査では、血液凝固の異常を示す指標を調べて出血傾向の原因を探ります。

具体的には、血小板の数や凝固因子のレベル、炎症の程度をチェックさせていただきます。

関節液検査

関節液検査は関節内の液体を針で採取して性質や成分を分析する検査です。

関節液の色や粘度、細胞成分の分析を通じて、出血の原因や関節炎の有無、感染症の兆候を評価します。

特発性膝関節血症の治療方法と治療薬

特発性膝関節血症の治療は、症状の軽減と関節機能の回復を目的としています。

治療方法には物理療法や薬物療法、関節穿刺が含まれ、人によっては手術が推奨されます。

物理療法

突発性膝関節血症の初期治療として行われるのが物理療法です。

具体的にはアイシングや圧迫固定を行い、出血が止まるよう処置していきます。

  • アイシング:膝関節の腫れや痛みを軽減するために、氷を用いた冷却療法が有効です。
  • 圧迫包帯:膝の腫れを抑えるために圧迫包帯やサポーターを使用していただく場合があります。

薬物療法

特発性膝関節血症の薬物療法は、炎症や痛みを軽減するための治療方法です。

重度の症状を持つ患者さんに対しては、関節内注射としてコルチステロイドが使用されます。

コルチステロイド注射では滑膜の炎症が抑えられ、膝関節の腫れや痛みが短期間で軽減される例があります。

関節穿刺や手術

関節穿刺(かんせつせんし)は、関節内に注射針を刺して行います。

膝関節内に溜まっている血性内容物を排出するため、症状の改善がみられます。

一方、薬物療法や物理療法、関節穿刺で症状が改善しないときや出血を繰り返すときに選択されるのが手術です。

  • 選択的動脈塞栓術:出血している血管を塞ぐ手術です。
  • 関節鏡視下半月板切除術:半月板の損傷部を切り取り形成する手術です。
  • 滑膜切除:関節膜を覆う薄い膜上の組織(滑膜)を取り除く手術です。

特発性膝関節血症の治療期間と予後

特発性膝関節血症の治療期間と予後は個人差がありますが、適切な治療が行われた場合、多くの人で良好な回復がみられます。

分類説明
短期的治療数週間~数カ月で症状が改善するケースが多い
中長期的治療数カ月~数年にわたる治療やリハビリテーションが行われる
予後多くは良好な回復を見せるが、一部は慢性的な管理が必要

特発性膝関節血症の一般的な治療期間

軽度の症状では物理療法や薬物療法などの短期的な治療が行われ、数週間から数カ月で改善される人が多いです。

一方、重度の症状や慢性化している場合には治療期間が長引き、数カ月から数年を要する可能性があります。

また、症状が安定した後も再発を防ぐためには、定期的な医師の診察が大切です。

特発性膝関節血症の予後

特発性膝関節血症の予後は、一般的には良好です。

ただし、一部の患者さんでは症状を何度も繰り返し、原因に対する根本治療が必要になるケースもあります。

症状の重さに関わらず、日常生活で膝に負担がかからないような工夫も予後を良くするためのポイントとなります。

薬の副作用や治療のデメリット

特発性膝関節血症の治療に用いられる治療方法は効果的な一方で、副作用やデメリットが存在します。

治療方法副作用やデメリット
治療薬皮膚が薄くなる、高血圧、感染リスク
関節穿刺感染リスク、関節の損傷
手術感染、出血、長期リハビリの必要性

治療薬の副作用

突発性膝関節血症の治療に使用されるコルチステロイド注射には、皮膚が薄くなったり高血圧になったりする副作用があります。

また、免疫抑制作用があるため、肺炎や真菌症などの感染症が起こる可能性があります。

関節穿刺のデメリット

関節穿刺のデメリットは、感染のリスクや関節への損傷の可能性がある点です。

感染の発生頻度は少ないですが、発症すると治療に時間がかかる点に注意が必要です。

また、膝の液体が取り除かれるため症状が緩和されますが、膝に負担をかけると炎症が悪化する可能性があります。

関節穿刺で症状が改善されても、しばらくの間は膝に負担がかからないように気をつけて生活しましょう。

手術のデメリット

重度の症例に対して行われる手術には、感染、出血、長期的なリハビリテーションが必要な点がデメリットです。

手術を行うと必ず完治する訳ではなく、再発の可能性も考えられますので、術後も定期的な診察が欠かせません。

術後も膝関節の出血を繰り返す症例では、止血剤の併用が有効とされています1)

保険適用の有無と治療費の目安について

特発性膝関節血症の治療には、保険適用となる治療と保険適用外の治療があります。

保険適用の治療

保険適用となる治療には物理療法や薬物療法、関節穿刺や手術などの一般的な治療法があります。

保険適用外の治療

保険適用外の治療には、再生医療の一つであるPRP(多血小板血漿)療法※6や自家培養軟骨移植術※7があります。

これらの治療は自由診療となり、全額が自己負担です。

※6 PRP(多血小板血漿)療法:自己血液から血小板を濃縮し、その血液を膝関節に注射する方法で、自己治癒力を高める治療法です。
※7 自家培養軟骨移植術:関節の軟骨細胞を採取し、シート状に増殖させた後に患部に移植する治療法です。

1カ月あたりの治療費の目安

保険適用の治療については、保険の種類や治療の頻度により費用が変動します。

一方、保険適用外のPRP療法の場合、順天堂大学医学部附属順天堂医院では1回のPRP注射にかかる費用は片膝約5万円となっています。

また、自家培養軟骨移植術の費用については具体的な金額は公表されていませんが、一般的には数十万円から数百万円程度となるケースが多いです。

治療方法保険適用1カ月あたりの治療費
薬物療法保険の種類や治療の頻度による
リハビリテーション保険の種類や治療の頻度による
PRP療法×約5万円/片膝  
自家培養軟骨移植術×数十万円~数百万円  

具体的な金額については、担当の医師や医療機関に直接ご相談ください。

参考文献

1) 突発性膝関節血症の治療経験/福島赤十字病院整形外科

Potpally N, Rodeo S, So P, Mautner K, Baria M, Malanga GA. A review of current management of knee hemarthrosis in the non-hemophilic population. Cartilage. 2021 Dec;13(1_suppl):116S-21S.

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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