特発性大腿骨頭壊死症

特発性大腿骨頭壊死症(Idiopathic femoral head necrosis , IFHN)とは、大腿骨頭の一部が血流の低下により壊死(骨が腐った状態ではなく、血が通わなくなって骨組織が死んだ状態)する疾患です。

1830年頃にフランスの解剖学者であるJean Cruveilhierによって、股関節外傷の合併症として初めて報告されました。

骨壊死の発生と痛みの出現には時間差が出る場合が多いです。

特発性大腿骨頭壊死症の危険因子としては、免疫異常の疾患やステロイド投与、アルコール、喫煙などが挙げられます。

この記事では、特発性大腿骨頭壊死症の原因や症状、治療法などについて解説します。

この記事の執筆者

臼井 大記(うすい だいき)

日本整形外科学会認定専門医
医療社団法人豊正会大垣中央病院 整形外科・麻酔科 担当医師

2009年に帝京大学医学部医学科卒業後、厚生中央病院に勤務。東京医大病院麻酔科に入局後、カンボジアSun International Clinicに従事し、ノースウェスタン大学にて学位取得(修士)。帰国後、岐阜大学附属病院、高山赤十字病院、岐阜総合医療センター、岐阜赤十字病院で整形外科医として勤務。2023年4月より大垣中央病院に入職、整形外科・麻酔科の担当医を務める。

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目次

特発性大腿骨頭壊死症の病型

特発性大腿骨頭壊死症には16以上の異なる分類が提唱されており、そのほとんどがレントゲンやMRIの所見に基づいています。

文献でよく使用されている分類には、FicatとArlet(研究の63%)、Steinberg(20%)、Association Research Circulation Osseous(ARCO)(12%)、日本整形外科学会(5%)があります。

FicatとArletの分類

分類所見
Stage 1X線:正常
Stage 2正常な大腿骨頭真球度、嚢胞や骨硬化領域などの骨再形成の徴候
Stage 3大腿骨頭の軟骨下崩壊または扁平化
Stage 4寛骨臼※1に関節腔の狭小化を伴う退行性変化が認められる

ただし、Ficat分類は壊死部位の大きさと位置を考慮していないため、しばしば信頼性に欠けると指摘されます。

※1 寛骨臼:骨盤にあるくぼみ状の陥没部

Steinberg分類

分類所見
Stage 0症状なし
X線:正常
MRI:非特異的
Stage 1軽度の臀部痛または内旋時痛
X線:正常
MRI:診断可能
Stage 2痛みの悪化または持続、大腿骨頭の硬化または嚢胞の増大
Stage 3軟骨下病変(三日月徴候)
Stage 4大腿骨頭の扁平化、正常な関節腔
Stage 5大腿骨頭の病変を伴う(もしくは伴わない)関節腔の狭小化
Stage 6進行した退行性変化

Steinberg分類は、痛みの度合いや持続が所見に含まれているのが特徴です。

ARCO病期分類(2019年に改訂)

分類所見
IX線:正常
MRI:T1強調MRIで低信号域
IIX線:異常
MRI:異常
IIIX線またはCTでの軟骨下骨折
IIIA(早期)大腿骨頭陥凹2mm以下
IIIB(後期)大腿骨頭陥凹>2mm
IVX線:変形性関節症

ARCO分類は、Ficat分類に欠けている壊死の大きさや位置まで考慮されています。

特発性大腿骨頭壊死症の症状

特発性大腿骨頭壊死症の症状は、初期・中期・進行・末期の進行状態により異なります。

初期段階では症状がほとんどない場合もありますが、病状が進行するにつれ股関節の痛みや違和感が現れます。

特発性大腿骨頭壊死症の症状段階

初期段階では、特に痛みや不快感がないケースが多いです。

大腿骨頭壊死が発生してから症状が出始まるまでは、数ヶ月や数年以上かかる場合もあります。

ステージ症状
初期段階無症候性(症状がない)
中期段階股関節の痛みや違和感(特に歩行時や階段昇降時に感じやすい)
進行段階痛みの増加、股関節可動域の制限
末期段階日常生活での動作に支障、股関節の機能障害が進む

特発性大腿骨頭壊死症の症状の詳細

特発性大腿骨頭壊死症の具体的な症状としては、股関節や足の痛み、股関節の固まりなどが挙げられます。

  • 股関節の痛み:歩く時や階段を上がる時に痛みを感じる
  • 足の痛み:股関節から足に痛みが広がる
  • 股関節が固まる:特に朝起きた時に股関節が動かしにくくなる
  • 動きの制限:普段できるような動きが制限される

股関節の痛みや不快感は、大腿骨頭の血行不良がもとで起こる骨の陥没が原因です。

股関節に負荷がかかる活動時には、特に痛みが増しやすいです。

特発性大腿骨頭壊死症の原因

特発性大腿骨頭壊死症の原因としては、ステロイドの使用やアルコールの過剰摂取などがあります。

原因詳細
ステロイド使用長期間のステロイド薬の使用、短期間での大量のステロイド使用
アルコールの過剰摂取320g/週のアルコール摂取歴を半年以上でリスク増
特定の医療状況鎌状赤血球貧血※2、遺伝性血栓症、抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍、炎症性腸疾患など
血液凝固異常血液が通常より固まりやすい状態にあるとき
遺伝的要素家族歴や遺伝的背景によるもの
生活習慣不健康な食生活、運動不足

※2 鎌状赤血球貧血:酸素を運搬する能力が低下し、貧血などの症状を引き起こす病気。

特発性大腿骨頭壊死症の検査・チェック方法

特発性大腿骨頭壊死症の検査・チェック方法には、 病歴聴取や理学所見、画像診断、血液検査が用いられます。

病歴聴取、理学初見

患者様の症状を詳しく聞き、股関節の動きや痛みの程度を物理的に調べます。

病歴聴取の内容
  • 痛みの位置
  • 痛みや違和感の発生部位
  • 痛みの性質
理学初見の内容
  • 股関節の痛みや可動域の確認
  • 歩行や階段昇降時の動作の観察
  • 股関節周囲の圧痛の有無

画像診断

画像診断には、X線検査、MRI、CTスキャンが用いられます。

検査内容
X線検査骨の変形や壊死の範囲を確認。骨頭の陥没(軟骨下骨折)が生じていなければ異常がみらない。
MRI骨の内部の詳細な状態を見るのに最適。初期の変化も捉えられる。骨折前病変を捉えるゴールドスタンダードで感度と特異度は99%。
CTスキャン骨の構造を詳細に観察するために用いられるが、大腿骨頭壊死の診断についてはMRIに劣る。

特発性大腿骨頭壊死症の診断には、これらの検査を組み合わせるのが一般的です。

血液検査

血液検査を通じて、他の疾患が原因で症状が起きていないかを確認します。また、全体的な健康状態や他のリスク要因を評価するのにも役立ちます。

その他の追加検査

疾患の状況によっては、通常の検査に加え、骨シンチグラフィーや生体力学的評価が行われる場合があります。

  • 骨シンチグラフィー:骨の代謝活動を評価
  • 生体力学的評価:歩行解析など、股関節の機能を詳細に分析

特発性大腿骨頭壊死症の治療方法と治療薬

特発性大腿骨頭壊死症の治療には、非外科的治療と外科的治療があります。

治療方法対象者内容
非外科的治療初期段階の方
外科的治療が禁忌の方
生活習慣の改善や物理療法(活動制限や体重管理を含む)
外科的治療病状が進行した方股関節の骨切り保存手術や人工関節置換手術など

非外科的治療

非外科的治療は、Steinberg分類では0期と1期の方、ARCOの分類では0期と1期の方が対象となります。

非外科的治療のうち、免荷療法は効果がみられない場合が多く、高圧酸素療法もエビデンスは多くありません。他には、体外衝撃波治療(ESWT)が使用されることもあります。

治療方法内容
免荷療法体の免疫システムを利用した治療法
高圧酸素療法患者様を高気圧の酸素環境に置く治療法
体外衝撃波治療体外から衝撃波を患部に照射して、痛みや炎症を和らげる治療法

外科的治療

外科的治療には、Core decompression、骨移植、血管柄付き骨移植、大腿骨近位部骨切り術、人工関節手術(BHA, THA)があります。

治療方法内容補足説明
Core decompression骨内圧を下げると同時に大腿骨頭への血行を回復軟骨下骨骨折前の治療に用いられる
骨移植壊死部に正常な骨を移植皮質自家骨移植、海綿自家骨移植、同種骨移植など
血管柄付き骨移植血管とつながっている骨を移植微小血管手術の技術が必要
大腿骨近位部骨切り術骨壊死部位にかかる負荷を減らす手術対象は年齢が40歳未満、ACROの病期がⅡとⅢ、寛骨臼に病変がない、股関節の可動域が正常であるケース
人工関節手術(BHA, THA)壊死した骨頭を切除して金属でできた関節を埋め込む手術成績良好でリハビリも早期開始可能。ただし、ゆるみやすり減りが問題になるため、若年者に対しては要検討。

特発性大腿骨頭壊死症の治療薬

特発性大腿骨頭壊死症の治療に用いられる治療薬には、非ステロイド性抗炎症薬、ビスホスホネート製剤、スタチン、抗凝固薬、プロスタグランジンアナログがあります。

治療薬効果
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)痛みや炎症を和らげる
ビスホスホネート製剤骨の代謝(ターンオーバーとリモデリング)を調整し骨密度の低下を防ぐ
※最近では効果がないとする報告もあり
スタチン(高脂血症治療薬)骨髄脂肪細胞のサイズを減少させ、ステロイド関連の大腿骨頭壊死から保護する
抗凝固薬血栓形成予防
プロスタグランジンアナログ全身性の血管拡張と血小板凝集を阻害

特発性大腿骨頭壊死症のリハビリテーション

特発性大腿骨頭壊死症のリハビリテーションでは、主に物理療法と作業療法が行われます。

リハビリテーション内容
物理療法股関節可動域の維持や筋力強化のための運動
作業療法股関節への負担を軽減するための指導(日常生活の動作を改善)

リハビリテーションは、患者様の生活の質の向上と、股関節機能の維持や改善を目的としています。

特発性大腿骨頭壊死症の治療期間

特発性大腿骨頭壊死症の治療期間は、非外科的治療では数週間から数ヶ月程度、外科的治療では数ヶ月以上から1年以上が目安です。

治療期間は患者様の病状や治療方法に応じて異なります。

進行性の疾患であるため、長期のフォローが必要になるケースも多いです。

外科的治療の治療期間の目安
  • 骨切り手術:1.5ヶ月~3ヶ月
  • 人工関節手術:1ヶ月前後

薬の副作用や治療のデメリット

特発性大腿骨頭壊死症の治療に使用される薬や治療法は、症状の緩和に役立つ一方で、副作用やデメリットがあります。

治療薬の副作用

特発性大腿骨頭壊死症の薬の副作用には、胃腸障害や腎臓への負担などがあります。

治療薬副作用
非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)胃腸の不調、肝臓への負担
ビスホスホネート製剤胃腸の不調、稀に顎骨壊死のリスク

外科的治療のデメリット

外科的治療のデメリットとしては、手術時の感染や再手術のリスク、術後のリハビリテーションの必要性などが挙げられます。

手術内容リスク・デメリット
関節の保存手術手術後の回復期間が長い、一定期間のリハビリテーションが必要、再手術のリスク
人工関節置換術手術時の感染のリスク、人工関節の摩耗や脱臼のリスク
骨切り手術手術後の回復期間が長い、再手術のリスク

保険適用の有無と治療費の目安について

特発性大腿骨頭壊死症は指定難病の一つであり、医療費が助成されます。

指定難病の診断を受けると、1か月の負担額上限は上位所得の方でも最高30,000円です。

ただし、保険適用のある治療でも一部自己負担が必要な場合があります。入院中の食費などは全額自己負担になるため、注意が必要です。

保険適用外の治療には再生医療がありますが、全額自己負担となります。

治療費について詳しくは、担当医師や医療機関にご確認ください。

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大垣中央病院・こばとも皮膚科

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