遺伝性がん症候群 – 生まれ持った遺伝子変異と発症リスク

遺伝性がん症候群とは何か、がん家系の科学的根拠を解説。HBOCやリンチ症候群などの代表例、遺伝子検査の目的と限界、診断後の選択肢(サーベイランスやリスク低減手術)、家族との情報共有の重要性を、がん患者さんとご家族のために専門家が分かりやすく説明します。ご自身の遺伝的リスクと向き合い、主体的な予防と治療につなげるための情報を提供します。
遺伝性がん症候群 - 生まれ持った遺伝子変異と発症リスク

「うちはがん家系だから」という言葉を耳にしたことはありませんか。漠然とした不安の背景には、科学的に解明されつつある「遺伝性がん症候群」が関係しているかもしれません。

これは、生まれつき特定のがんになりやすい遺伝子の変異を持つことで、生涯にわたって特定のがんの発症リスクが高まる状態を指します。

しかし、遺伝子の情報を正しく知ることは、いたずらに不安を煽るものではなく、むしろご自身とご家族の健康を主体的に守るための第一歩です。

この記事では、遺伝性がん症候群の基本的な知識から、リスクの考え方、遺伝子学的検査、そして診断後の選択肢まで、専門的な情報を分かりやすく解説します。

遺伝性がん症候群とは – 「がん家系」の科学的根拠

家族や親族にがんを経験した方が多い場合、「がん家系」という言葉が使われることがあります。

この背景には、特定の遺伝子の変異が世代を超えて受け継がれ、がんの発症に強く関わっている可能性が存在します。遺伝性がん症候群は、このような遺伝的要因によって引き起こされる状態の総称です。

その本質を理解することは、ご自身の健康状態を把握し、将来のリスクに備える上でとても重要です。

生まれ持った遺伝子の「変異」が原因

私たちの体は、約2万種類の遺伝子が持つ設計図に基づいて作られています。その中には、細胞が異常に増殖してがん化するのを防ぐ「がん抑制遺伝子」と呼ばれる重要な遺伝子群が存在します。

遺伝性がん症候群は、このがん抑制遺伝子の一つに、生まれつき機能に影響を及ぼすような変化、すなわち「病的バリアント(変異)」がある状態です。

親から子へは、遺伝子が2つで1セットのうち、片方ずつが受け継がれます。そのため、片方の親が病的バリアントを持つ場合、子どもには性別に関わらず50%の確率でそのバリアントが遺伝します。

がん抑制遺伝子の基本的な役割

項目正常な場合変異がある場合
遺伝子の状態2つのがん抑制遺伝子が正常に機能する生まれつき1つの遺伝子に機能しない変異がある
細胞のがん化後天的な要因で2つの遺伝子に変異が起きないとがん化しにくい後天的な要因で残りの1つの遺伝子に変異が起きるとがん化する
がん化への速さがん化までの時間が長いがん化までの時間が短い

発症リスクを高める遺伝子の働き

生まれつきがん抑制遺伝子の一つに病的バリアントがあると、正常な遺伝子は残り一つだけになります。この状態でも、すぐさまがんを発症するわけではありません。

しかし、人生のどこかの段階で、後天的な要因(生活習慣、加齢、環境など)によって残りの正常な遺伝子にも傷がついてしまうと、がん化のブレーキを失った細胞が異常な増殖を始めます。

つまり、遺伝性がん症候群の方は、がん抑制遺伝子の「予備」が一つ少ない状態で人生をスタートするため、そうでない方と比較して、若いうちから、あるいは生涯にわたって複数回がんを発症するリスクが高くなるのです。

遺伝形式の基本 – 常染色体優性遺伝

遺伝性がん症候群の多くは、「常染色体優性遺伝」という形式で遺伝します。

これは、病気の原因となる遺伝子が性別を決める性染色体ではなく、常染色体上にあり、一対の遺伝子のうち片方に変異があれば発症のリスクが高まる遺伝形式を指します。

このため、性別に関係なく次世代に受け継がれる可能性があります。

遺伝するがんと、しないがんの違い

全てのがんが遺伝するわけではありません。むしろ、遺伝的な要因が強く関与するがんは全体の一部です。がんをその原因から分類すると、大きく3つに分けられます。

この違いを理解することは、ご自身の状況を客観的に捉え、正しい情報を得るために役立ちます。

散発性がん – 生活習慣や環境要因が主

がん全体の約90%を占めるのが「散発性がん」です。これらは遺伝的な要因とは直接関係がなく、加齢や喫煙、食生活、ウイルス感染といった、生まれてからの様々な環境要因が積み重なって発生します。

特定の遺伝子の変異が原因ではないため、血縁者に同じがんの方がいても、それは偶然である可能性が高いと考えます。

家族集積性がん – 遺伝的要因と環境要因の複合

がん全体の約5-10%は「家族集積性がん」とされます。これは、家族や親族に特定のがんが多く見られるものの、原因となる単一の遺伝子変異が特定できない状態を指します。

体質的にがんにかかりやすい複数の遺伝的要因と、共通する生活習慣や環境要因が複雑に絡み合って発症すると考えられています。遺伝性がん症候群と似ていますが、原因が明確ではない点が異なります。

遺伝性がん – 特定の遺伝子変異が強く関与

そして、がん全体の約5%が「遺伝性がん」です。これは、これまで説明してきた通り、特定のがん抑制遺伝子に生まれつき病的バリアントがあることで、発症リスクが著しく高まる状態です。

原因となる遺伝子変異が明確であるため、遺伝子学的検査によって診断することが可能です。

がんの分類と特徴の比較

分類割合主な要因
散発性がん約90%加齢、生活習慣、環境要因
家族集積性がん約5-10%遺伝的要因と環境要因の複合
遺伝性がん約5%特定の遺伝子における生まれつきの変異

あなたの家系は大丈夫- 遺伝性がんを疑うべきサイン

遺伝性がん症候群は、家族歴やご自身の病歴の中に特徴的なサインとして現れることがあります。

これから挙げる項目に複数当てはまる場合は、遺伝的な要因が関わっている可能性を考慮し、専門の医療機関に相談することをお勧めします。

これはあくまで可能性を探る手がかりであり、当てはまるからといって必ずしも遺伝性がんであると決まるわけではありません。

家族歴から読み解く危険信号

血縁者のがんの罹患状況は、遺伝的リスクを考える上で重要な情報源となります。特に、親子や兄弟姉妹など、近親者に注目することが大切です。

  • 親子や兄弟姉妹など、近親者に同じがん(または関連するがん)と診断された人が複数いる
  • 世代を超えて(例 祖母、母、娘)同じがん(または関連するがん)を発症している
  • 男性で乳がんと診断された血縁者がいる

若年でのがん発症

一般的にがんが高齢で発症しやすい病気であるのに対し、遺伝性がん症候群では比較的若い年齢で発症する傾向が見られます。

例えば、閉経前に乳がんと診断されたり、50歳未満で大腸がんと診断されたりした場合は、遺伝的要因を疑うきっかけの一つになります。

一般的ながんと遺伝性がんの発症年齢の傾向

がんの種類一般的な発症年齢遺伝性がんを疑う発症年齢の目安
乳がん40代後半から60代がピーク45歳以下での診断
大腸がん60代から増加50歳未満での診断
卵巣がん50代から60代がピーク年齢を問わず診断された場合

複数のがんを経験する

一人の人が生涯で複数回、異なる種類の原発がんを発症することも遺伝性がん症候群の特徴です。

例えば、乳がんと卵巣がんの両方、あるいは大腸がんと子宮体がんと診断された場合などがこれにあたります。また、左右両方の乳房にがんが発生する「両側性乳がん」も重要なサインです。

代表的な遺伝性がん症候群 – HBOCとリンチ症候群

遺伝性がん症候群には多くの種類がありますが、ここでは特に知られている「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)」と「リンチ症候群」の二つについて詳しく解説します。

これらの症候群は、原因となる遺伝子が特定されており、検査や診断後の対策についても研究が進んでいます。

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)

HBOCは、BRCA1遺伝子またはBRCA2遺伝子の生まれつきの病的バリアントが原因で発症する遺伝性腫瘍です。これらの遺伝子は、傷ついたDNAを修復し、がんの発生を抑制する重要な働きを担っています。

この遺伝子に変異があると、乳がんや卵巣がんをはじめとする特定のがんの発症リスクが著しく高まります。

HBOCと関連するがんの発症リスク

がんの種類一般女性のリスク(生涯)HBOCのリスク(70歳まで)
乳がん約9%46-87%
卵巣がん約1.3%16-63%
男性乳がん約0.1%1-8%

このほか、膵臓がんや前立腺がんのリスクも上昇することが知られています。特にBRCA2遺伝子に変異がある場合、これらのリスクが高まる傾向があります。

リンチ症候群(遺伝性非ポリポーシス大腸がん)

リンチ症候群は、大腸がんや子宮体がんなどを発症しやすい遺伝性腫瘍です。

原因として、MLH1、MSH2、MSH6、PMS2といった、DNAの複製エラーを修復する「ミスマッチ修復遺伝子」の病的バリアントが挙げられます。

この機能が低下すると、細胞分裂の際に生じる遺伝子のコピーミスが修正されずに蓄積し、がん化につながります。

リンチ症候群と関連するがんの発症リスク

がんの種類一般のリスク(生涯)リンチ症候群のリスク(70歳まで)
大腸がん約5%20-80%
子宮体がん約2-3%15-60%
胃がん・卵巣がんなど数%リスクが上昇

リンチ症候群では、大腸がんが比較的若年で発症し、ポリープの数が少なくてもがん化しやすいという特徴があります。

また、大腸がん以外にも様々な臓器にがんを発症する可能性があります。

リスクを知るための遺伝子学的検査 – その目的と限界

遺伝性がん症候群が疑われる場合、原因となる遺伝子の病的バリアントの有無を調べる「遺伝子学的検査」を検討することがあります。

この検査は、採血によって得られた血液を用いて遺伝子を解析するもので、ご自身の将来のがん発症リスクを評価し、適切な対策を立てるための重要な情報をもたらします。

しかし、検査を受ける前にはその目的と限界を十分に理解することが必要です。

遺伝子学的検査の流れ

検査は、単に血液を採取して結果を聞くだけではありません。検査の前後に専門家によるカウンセリングを受けることが一連の流れに含まれます。

この対話を通じて、検査の意義や遺伝がもたらす影響について理解を深め、納得した上で検査に進むことが大切です。

一般的な遺伝子学的検査の進行

段階内容関わる専門家
遺伝カウンセリング(検査前)検査の意義、メリット・デメリット、家族への影響などを説明医師、認定遺伝カウンセラーなど
同意取得と採血十分に理解した上で、検査を受けることに同意し、採血を行う医師、看護師
遺伝子解析専門の検査機関で血液からDNAを抽出し、目的の遺伝子を解析臨床検査技師など
遺伝カウンセリング(検査後)結果の説明、今後の対策、心理的サポート、家族への伝え方などを相談医師、認定遺伝カウンセラーなど

検査を受ける前に知っておくべきこと

遺伝子学的検査は、将来を予測するための確定的な「がん診断」ではありません。

病的バリアントが見つかったとしても、必ずがんを発症するわけではなく、逆に見つからなくてもがんになるリスクがゼロになるわけではありません。

また、検査結果はご自身だけでなく、血縁者の遺伝的リスクにも関わる情報であるため、その取り扱いには慎重な配慮が必要です。

遺伝カウンセリングの重要性

遺伝カウンセリングは、遺伝子学的検査を受ける上で中心的な役割を果たします。専門家との対話を通じて、医学的な情報だけでなく、検査結果がもたらす心理的・社会的な影響についても相談できます。

不安や疑問を解消し、ご自身が主体的に意思決定できるよう支援するのが遺伝カウンセリングの目的です。

カウンセリングで話し合う主な内容

  • 遺伝性がん症候群に関する正確な医学的情報
  • 遺伝子学的検査でわかること、わからないこと
  • 検査結果が陽性・陰性だった場合のそれぞれの意味
  • 血縁者への影響と情報共有の方法
  • 検査に関わる費用や公的支援制度

診断後の選択肢 – サーベイランスとリスク低減手術

遺伝子学的検査によって遺伝性がん症候群と診断された場合、それは将来の健康管理に向けた具体的な対策を始めるためのスタートラインに立ったことを意味します。

がんの発症リスクを完全にゼロにすることはできませんが、リスクを管理し、がんに備えるためのいくつかの有効な選択肢が存在します。

どのような対策を取るかは、医師やカウンセラーと十分に相談し、ご自身の価値観やライフプランに基づいて決定することが重要です。

サーベイランス(検診)による早期発見

サーベイランスとは、通常よりも高い頻度や早い年齢から、専門的な検診を定期的に行うことです。目的は、万が一がんが発生しても、治療成績の良いごく早期の段階で発見することにあります。

対象となるがん種や個人のリスクに応じて、具体的な検診の内容や間隔を計画します。

HBOCと診断された場合のサーベイランス計画例

対象検査項目開始年齢・頻度
乳がんマンモグラフィ、乳房MRI検査、視触診、超音波検査25歳頃から半年~1年ごと
卵巣がん経腟超音波検査、血液検査(CA125)30歳頃から半年ごと

リスク低減手術(RRM/RRSO)という予防的選択

リスク低減手術は、がんを発症する可能性が高い臓器を、がんになる前に予防的に切除する手術です。

HBOCの場合、両側の乳房を切除する「リスク低減乳房切除術(RRM)」や、卵巣と卵管を切除する「リスク低減卵管卵巣摘出術(RRSO)」が選択肢となります。

これらの手術は、対象となるがんの発症リスクを大幅に低下させることが科学的に証明されていますが、体の変化や妊娠・出産への影響も伴うため、慎重な検討が必要です。

薬物療法による化学予防

一部のがんでは、特定のお薬を服用することで発症リスクを下げられる可能性があります。これを化学予防と呼びます。

例えば、乳がんのリスクが高い場合にタモキシフェンなどのホルモン剤を使用したり、リンチ症候群でアスピリンを内服したりする研究が進められています。

ただし、副作用もあるため、その適応は医師が慎重に判断します。

あなただけの問題ではない – 血縁者への情報共有の重要性

遺伝子学的検査の結果は、ご自身の健康管理に役立つだけでなく、血縁者にとっても非常に重要な情報となり得ます。

遺伝子の病的バリアントは家族内で共有されている可能性があるため、その情報を伝えることで、血縁者も自身の健康リスクを知り、適切な対策を講じる機会を得ることができます。

なぜ家族への情報共有が大切なのか

ご自身に病的バリアントが見つかった場合、ご両親のどちらかから受け継いだ可能性があり、またご自身の兄弟姉妹や子どもにも同じバリアントが50%の確率で受け継がれている可能性があります。

彼らがその事実を知ることで、遺伝子学的検査を受けるかどうかを検討したり、早期からサーベイランスを開始したりするなど、自らの健康を守るための行動を起こすきっかけになります。

情報を共有することは、家族全体の健康を守ることにつながるのです。

誰に、いつ、どのように伝えるか

情報を共有する相手は、第一度近親者(親、子、兄弟姉妹)が優先されます。

伝えるタイミングや方法に決まりはありませんが、ご自身の気持ちが落ち着き、検査結果について十分に理解してからが望ましいでしょう。

直接会って話すのが理想ですが、手紙や電話など、相手との関係性に応じた方法を選びます。

伝える際には、遺伝カウンセリングで相談した内容や、医療機関から受け取った資料を活用すると、正確な情報を伝えやすくなります。

  • 伝える相手:第一度近親者(親、子、兄弟姉妹)から
  • 伝える時期:ご自身の心が落ち着いてから
  • 伝え方:正確な情報を、相手を気遣いながら

共有に伴う心理的配慮

遺伝情報は非常にデリケートな個人情報です。相手によっては、情報を知ることで大きな不安を感じたり、知りたくないと考えたりするかもしれません。

相手の気持ちを尊重し、情報を受け取るかどうか、検査を受けるかどうかは本人の自由な意思に委ねる姿勢が大切です。

情報共有の仕方に悩んだ場合は、一人で抱え込まず、遺伝カウンセリングで認定遺伝カウンセラーや医師に相談しましょう。

遺伝情報と向き合い、主体的な癌対策へ

遺伝性がん症候群と診断されることは、決して「がんになる運命」を告げられることではありません。

むしろ、科学的根拠に基づいたご自身の体質を深く理解し、将来起こりうるリスクに対して先手を打つための「道しるべ」を得ることだと捉えることができます。

遺伝情報を正しく活用し、医療者と手を取り合うことで、より主体的で計画的な健康管理が可能になります。

遺伝子検査の結果をどう活かすか

検査結果は、あなた専用の健康管理計画書を作成するための基礎情報となります。病的バリアントが見つかった場合は、サーベイランスやリスク低減策を具体的に検討します。

見つからなかった場合でも、一般的ながん検診の重要性が変わることはありません。

いずれの結果であっても、それを今後の生活習慣の見直しや健康意識の向上につなげることが、検査を受けた意義を最大化します。

医療者との連携で築く健康管理

遺伝性がん症候群の診療には、遺伝医療の専門家だけでなく、乳腺外科、婦人科、消化器内科など、様々な分野の医師の連携が重要です。

主治医や認定遺伝カウンセラーと定期的に面談し、ご自身の年齢やライフステージの変化に合わせて、健康管理計画を柔軟に見直していくことが大切です。

信頼できる医療チームと共に、長期的な視点で健康管理に取り組んでいきましょう。

自分らしい選択をするために

遺伝情報と向き合う中で、様々な選択肢を前に悩むことがあるかもしれません。サーベイランス、リスク低減手術、化学予防、そして家族への情報共有。

どの選択肢が最善かは、人それぞれ異なります。

大切なのは、正確な情報に基づいてそれぞれのメリット・デメリットを理解し、ご自身の人生観や価値観に照らし合わせて、最終的に「自分自身が納得できる選択」をすることです。

そのための意思決定を、医療者は全力で支援します。

よくある質問

ここでは、遺伝性がん症候群に関して多くの方が抱く疑問について、Q&A形式で解説します。

遺伝子検査は誰でも受けられますか?

誰でも受けられるわけではありません。遺伝子学的検査は、家族歴やご本人の病歴などから、遺伝性がん症候群の可能性が高いと医師が判断した場合に推奨されます。

まずは、かかりつけの医師やがん診療連携拠点病院の相談支援センター、遺伝カウンセリング外来などに相談することが第一歩です。

検査費用はどのくらいかかりますか?保険適用は?

費用は検査する遺伝子の種類や医療機関によって異なります。近年、HBOCやリンチ症候群など一部の遺伝子学的検査については、特定の条件を満たす場合に保険適用が拡大されています。

例えば、すでに乳がんや大腸がんなどを発症している患者さんで、いくつかの条件を満たせば保険で検査が可能です。詳細は医療機関で確認が必要です。

遺伝子に変異がなかったら、がんに絶対にならないのですか?

いいえ、そうではありません。検査で病的バリアントが見つからなかった場合でも、一般の方と同じか、あるいは家族歴などからそれよりは高いがんのリスクは残ります。

がんの大部分は遺伝と直接関係のない「散発性がん」です。そのため、定期的ながん検診を受けることの重要性は変わりません。

親が遺伝性がん症候群と診断されました。自分も必ず遺伝しますか?

必ず遺伝するわけではありません。遺伝性がん症候群の多くは、原因となる遺伝子の病的バリアントが50%の確率で子どもに受け継がれます。

したがって、ご自身が病的バリアントを受け継いでいる可能性も、受け継いでいない可能性も、どちらも50%です。

これを確かめるためには、ご自身も遺伝子学的検査を受ける必要があります。

遺伝情報は就職や保険で不利になりますか?

日本では、「遺伝情報差別禁止法」のような包括的な法律はまだありませんが、「ゲノム医療実現推進法」の基本理念として、遺伝情報による不当な差別を受けないことの重要性がうたわれています。

生命保険の加入においては、遺伝子検査の結果を告知する義務はありません。しかし、検査の結果に基づいて受けた検診や手術については告知が必要です。

就職においても、遺伝情報を理由に採用の可否を判断することは不適切であるとされています。不安な点があれば、遺伝カウンセリングで相談できます。

重複がん・多発が

この記事では遺伝性がん症候群について解説しました。遺伝性がん症候群の特徴の一つに、一人の人が異なる種類の原発がんを複数回発症することがあります。

これは「重複がん・多発がん」と呼ばれ、その背景に遺伝的な要因が隠れている可能性があります。

もしご自身やご家族が複数のがんを経験されている場合、あるいは遺伝性のがんについてさらに理解を深めたいとお考えの場合は、「重複がん・多発がん」も併せてお読みいただくことをお勧めします。

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