がんという病気を理解する上で、その発生起源を知ることは治療方針の決定や予後の把握において重要な意味を持ちます。
がんは発生する組織の種類によって性質が大きく異なり、それぞれに適した治療法が存在します。
本記事では、がんの組織学的分類について、専門的な知識を分かりやすく解説し、患者さんやご家族の方々が病気への理解を深める一助となることを目指します。
組織学的分類を知ることで、医師との対話もより建設的なものになるでしょう。
上皮性腫瘍(癌腫)
私たちの体の表面や臓器の内側を覆う上皮組織から発生する腫瘍を上皮性腫瘍といい、悪性のものを癌腫と呼びます。
癌腫は全てのがんの約80-90%を占め、多くの患者さんが診断されるがんがこのタイプに該当します。上皮組織は体の様々な部位に存在するため、癌腫も多様な臓器で発生する可能性があります。
扁平上皮癌の特徴と発生部位
扁平上皮癌は、皮膚や口腔、食道、肺などの扁平上皮から発生するがんです。これらの組織は外界と接する部位に多く存在し、タバコや紫外線などの外的刺激を受けやすい特徴があります。
主な扁平上皮癌の種類
皮膚扁平上皮癌は紫外線の影響を受けやすい顔面や手背に好発し、高齢者に多く見られます。口腔扁平上皮癌は喫煙や飲酒が危険因子となり、舌や歯肉、頬粘膜などに発生します。
食道扁平上皮癌は日本人に多く、飲酒と喫煙の相乗効果が発がんリスクを高めることが知られています。
肺扁平上皮癌は喫煙との関連が強く、肺の中心部の太い気管支に発生することが多いという特徴があります。
腺癌の多様性と臓器特異性
腺癌は分泌機能を持つ腺上皮から発生するがんで、胃、大腸、肺、乳房、前立腺など様々な臓器で見られます。
腺癌は各臓器の特性を反映した多様な形態を示し、それぞれ異なる治療戦略が必要となります。
消化器系の腺癌
胃腺癌は日本人に多いがんの一つで、ピロリ菌感染や塩分の多い食事が危険因子となります。早期発見により内視鏡的治療が可能な場合も多く、定期的な検診が重要です。
大腸腺癌は食生活の欧米化に伴い増加傾向にあり、便潜血検査による早期発見が予後改善につながります。
膵臓腺癌は早期発見が困難で予後不良なことが多いため、危険因子を持つ方は定期的な画像検査が推奨されます。
腺癌の代表的な臓器別特徴
臓器 | 主な危険因子 | 特徴的な症状 |
---|---|---|
胃 | ピロリ菌、塩分摂取 | 上腹部痛、体重減少 |
大腸 | 高脂肪食、運動不足 | 血便、便通異常 |
肺(腺癌) | 喫煙、大気汚染 | 咳、血痰 |
移行上皮癌(尿路上皮癌)の理解
移行上皮癌は主に泌尿器系の腎盂、尿管、膀胱に発生するがんです。移行上皮は尿の貯留に応じて伸展する特殊な上皮組織で、化学物質への暴露が発がんリスクとなります。
膀胱癌は移行上皮癌の中で頻度が高く、血尿を主症状とします。喫煙は膀胱癌の重要な危険因子で、禁煙により発がんリスクを低下させることができます。
職業性暴露として、染料工場や化学工場での勤務歴がある方は注意が必要です。腎盂・尿管癌は膀胱癌と同様の性質を持ちますが、発見が遅れやすく、水腎症などの合併症を起こすことがあります。

非上皮性腫瘍(肉腫)
非上皮性腫瘍は、骨、軟骨、筋肉、脂肪、血管などの間葉系組織から発生する腫瘍で、悪性のものを肉腫と呼びます。
肉腫は全悪性腫瘍の約1%と稀ですが、若年者にも発生し、治療に専門的な知識と技術が必要となります。肉腫は発生する組織により多様な種類があり、それぞれ異なる臨床的特徴を示します。
骨肉腫と軟骨肉腫
骨肉腫は骨組織から発生する悪性腫瘍で、10代から20代の若年者に多く見られます。好発部位は大腿骨遠位部や脛骨近位部などの長管骨の骨幹端で、膝関節周囲に多く発生します。
初期症状として運動時の痛みや腫脹が見られ、進行すると安静時にも痛みが持続します。
軟骨肉腫は軟骨組織から発生し、中高年に多く見られます。骨盤や肩甲骨、肋骨などに好発し、骨肉腫と比較して進行が緩徐な傾向があります。
画像検査では特徴的な石灰化像を示すことが多く、診断の手がかりとなります。
軟部肉腫の多様性
軟部肉腫は筋肉、脂肪、血管、神経などの軟部組織から発生する悪性腫瘍の総称です。発生頻度は低いものの、全身のあらゆる部位に発生する可能性があり、組織型も50種類以上と多岐にわたります。
主要な軟部肉腫の種類と特徴
肉腫の種類 | 好発年齢 | 好発部位 |
---|---|---|
脂肪肉腫 | 中高年 | 大腿、後腹膜 |
平滑筋肉腫 | 成人 | 子宮、消化管 |
横紋筋肉腫 | 小児 | 頭頸部、泌尿生殖器 |
脂肪肉腫は成人の軟部肉腫で頻度が高く、大腿部や後腹膜に好発します。無痛性の腫瘤として発見されることが多く、サイズが大きくなるまで症状が現れないことがあります。
平滑筋肉腫は平滑筋から発生し、子宮や消化管、血管壁などに発生します。横紋筋肉腫は小児に多い肉腫で、胎児型と胞巣型に分類され、それぞれ予後が異なります。
血液・リンパ系腫瘍の位置づけ
白血病やリンパ腫などの血液・リンパ系腫瘍は、広義の非上皮性腫瘍に分類されます。これらは固形腫瘍とは異なり、血液や骨髄、リンパ節などの造血器系組織に発生します。
白血病は骨髄で異常な血液細胞が増殖する疾患で、急性と慢性、骨髄性とリンパ性に分類されます。リンパ腫はリンパ系組織から発生する腫瘍で、ホジキンリンパ腫と非ホジキンリンパ腫に大別されます。
多発性骨髄腫は形質細胞が骨髄で異常増殖する疾患で、骨痛や貧血、腎機能障害などを引き起こします。

組織学的分類(発生組織による分類)
がんの組織学的分類は、顕微鏡下での細胞や組織の形態学的特徴に基づいて行われます。この分類法により、がんの起源となった正常組織を推定し、適切な治療法を選択することが可能になります。
病理医による正確な診断は、個別化医療の実現に欠かせない要素となっています。
分化度による悪性度評価
がん細胞が正常細胞にどの程度似ているかを示す分化度は、予後を予測する重要な指標です。高分化型は正常組織に近い形態を保持し、一般的に予後が良好です。
中分化型は高分化型と低分化型の中間的な性質を示します。低分化型は正常組織の特徴をほとんど失い、悪性度が高く進行が速い傾向があります。
未分化型は起源となった組織の特徴を完全に失い、極めて悪性度が高いとされます。
組織型による治療選択
組織型の違いは治療薬の選択に直接影響します。例えば、肺癌では腺癌と扁平上皮癌で使用できる分子標的薬が異なり、組織型の正確な診断が治療成績を左右します。
乳癌ではホルモン受容体やHER2の発現状況により治療戦略が大きく変わるため、免疫組織化学的検査が必須となっています。
分子病理学的分類の進歩
近年、遺伝子解析技術の進歩により、従来の形態学的分類に加えて分子病理学的分類が重要性を増しています。がん細胞の遺伝子変異や融合遺伝子の検出により、より精密な診断と治療選択が可能になりました。
肺腺癌におけるEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子の検出は、対応する分子標的薬の適応を決定します。大腸癌では、KRAS遺伝子変異の有無により抗EGFR抗体薬の効果が予測できます。
軟部肉腫の一部では特異的な融合遺伝子が診断マーカーとなり、確定診断に役立ちます。
免疫組織化学の役割
免疫組織化学検査は、特定のタンパク質の発現を検出することで、がんの組織型や起源を特定する重要な検査法です。この検査により、形態学的に判断が困難な症例でも正確な診断が可能となります。
サイトケラチンは上皮性腫瘍のマーカーとして広く使用され、癌腫と肉腫の鑑別に有用です。ビメンチンは間葉系腫瘍のマーカーで、肉腫の診断に用いられます。
CD20はB細胞性リンパ腫、CD3はT細胞性リンパ腫の診断に必須のマーカーです。Ki-67は細胞増殖能を評価し、悪性度の判定に用いられます。

その他の特殊な腫瘍
上皮性腫瘍や非上皮性腫瘍以外にも、特殊な起源を持つ腫瘍が存在します。これらの腫瘍は発生頻度は低いものの、それぞれ独特の臨床的特徴を持ち、専門的な診断と治療が必要となります。
以下では代表的な特殊腫瘍について解説します。
胚細胞腫瘍
胚細胞腫瘍は生殖細胞から発生する腫瘍で、精巣や卵巣に好発しますが、縦隔や後腹膜などの性腺外にも発生することがあります。若年者に多く、適切な治療により高い治癒率が期待できる腫瘍です。
精巣胚細胞腫瘍は20-40歳の男性に好発し、無痛性の精巣腫大として発見されることが多く、早期発見が重要です。
セミノーマと非セミノーマに大別され、それぞれ治療方針が異なります。腫瘍マーカー(AFP、HCG、LDH)は診断と治療効果判定に有用です。
卵巣胚細胞腫瘍は若年女性に発生し、急速に増大する腹部腫瘤として発見されます。未分化胚細胞腫、卵黄嚢腫瘍、絨毛癌などの組織型があり、化学療法への感受性が高いという特徴があります。
妊孕性温存を考慮した治療計画が重要となります。
神経内分泌腫瘍
神経内分泌腫瘍は神経内分泌細胞から発生する腫瘍で、全身の様々な臓器に発生します。ホルモンを産生することがあり、特徴的な症状を呈することがあります。
神経内分泌腫瘍の分類と特徴
分類 | 増殖能 | 予後 |
---|---|---|
NET G1 | 低い(Ki-67 < 3%) | 良好 |
NET G2 | 中等度(Ki-67 3-20%) | 中間 |
NEC | 高い(Ki-67 > 20%) | 不良 |
消化管神経内分泌腫瘍は胃、十二指腸、直腸に好発し、内視鏡検査で偶然発見されることが多くあります。小型のものは内視鏡的切除が可能ですが、サイズや深達度により外科的切除が必要となります。
膵神経内分泌腫瘍には機能性と非機能性があり、インスリノーマやガストリノーマなどの機能性腫瘍は特徴的な症状を呈します。非機能性腫瘍は症状に乏しく、画像検査で偶然発見されることがあります。
肺神経内分泌腫瘍にはカルチノイド、非定型カルチノイド、小細胞肺癌、大細胞神経内分泌癌が含まれます。小細胞肺癌は極めて悪性度が高く、化学療法が治療の中心となります。
中皮腫
中皮腫は胸膜、腹膜、心膜などの中皮から発生する悪性腫瘍で、アスベスト暴露との関連が強く認められています。潜伏期間が20-50年と長く、職業歴の聴取が診断に重要です。
悪性胸膜中皮腫は胸痛や呼吸困難で発症し、胸水貯留を伴うことが多くあります。画像検査では胸膜の不整な肥厚として認められ、胸腔鏡下生検により確定診断を行います。
上皮型、肉腫型、二相型の組織型があり、上皮型の予後が比較的良好です。
腹膜中皮腫は腹部膨満感や腹水貯留で発症し、診断が困難なことがあります。女性では卵巣癌との鑑別が重要で、免疫組織化学検査が診断に有用です。
治療は外科的切除と化学療法の組み合わせが基本となりますが、温熱化学療法などの新しい治療法も試みられています。

よくある質問
- 組織型の検査にはどのくらい時間がかかりますか
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病理組織検査の結果は、通常の場合で3-7日程度、免疫組織化学検査を追加する場合は1-2週間程度かかります。遺伝子検査を行う場合は、さらに2-4週間必要となることがあります。
正確な診断のためには十分な検査時間が必要であることをご理解ください。
- 組織型によって治療費は変わりますか
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組織型により使用する薬剤や治療法が異なるため、治療費も変動します。分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬を使用する場合は、従来の化学療法と比較して高額になることがあります。
高額療養費制度などの公的支援制度を活用することで、自己負担を軽減できる場合があります。
- セカンドオピニオンで組織型の診断が変わることはありますか
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稀ですが、病理診断が変更されることはあります。特に診断が困難な症例では、専門施設でのセカンドオピニオンが有用な場合があります。
追加の免疫組織化学検査や遺伝子検査により、より正確な診断が得られることもあります。
- 組織型不明のがんと診断されたらどうすればよいですか
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原発不明がんや組織型不明のがんと診断された場合でも、治療法はあります。包括的な遺伝子検査により治療標的が見つかることもあり、経験豊富な腫瘍内科医による診療が重要です。
臨床試験への参加も選択肢の一つとなります。
- 家族に同じ組織型のがんが多い場合、遺伝の可能性はありますか
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特定の組織型のがんが家族内で多発する場合、遺伝性腫瘍症候群の可能性があります。遺伝カウンセリングを受けることで、リスク評価や適切な検診計画を立てることができます。
遺伝子検査により、家族のリスク管理にも役立つ情報が得られる場合があります。
がんの組織学的分類について理解を深めていただけたでしょうか。発生起源による分類と同様に重要な観点として、がんが体のどの部位に発生したかによる分類方法があります。
「臓器別分類(発生部位による分類)」では、肺がん、胃がん、大腸がんなど、各臓器に特有のがんの特徴や症状、検査方法、治療選択について詳しく解説しています。
組織学的分類と臓器別分類の両方の視点を持つことで、がんという病気をより立体的に理解することができ、主治医との対話もより深いものになるでしょう。
ご自身やご家族のがんについて、さらに詳しく知りたい方は、ぜひ臓器別分類の記事もご覧ください。
以上
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