がんの発生には、喫煙や食生活といった生活習慣だけでなく、私たちの体内で起こるさまざまな医学的な現象が深く関わっています。
例えば、体の一部で長く続く「慢性炎症」、体を守る「免疫」の働きの低下、体の調子を整える「ホルモン」のバランス、そして過去に受けた治療などが、がんのリスクを高める要因となることがあります。
この記事では、がんの発生につながる可能性のある医学的な要因を一つひとつ掘り下げて解説します。
ご自身の体の状態とがんリスクの関係を正しく理解し、健康管理に役立てるための情報としてお読みください。
慢性炎症性疾患とがんリスク
体の一部で炎症が長期間続くと、細胞が傷つき、修復するサイクルが絶えず繰り返されます。この過程で細胞の遺伝子に異常が起こりやすくなり、がんの発生につながることがあります。
ここでは、慢性的な炎症がどのようにがんのリスクを高めるのか、そして具体的にどのような疾患が関連しているのかを見ていきます。
慢性炎症が細胞に与える影響
炎症は本来、体を守るための正常な反応です。しかし、この反応が慢性化すると、組織の細胞に持続的なストレスを与え、がん化の土壌を作り出すことがあります。
細胞増殖の促進とDNA損傷
炎症が起こっている場所では、損傷した組織を修復するために細胞分裂が活発になります。細胞分裂が頻繁に行われると、その分だけDNAのコピーミス(遺伝子変異)が起こる可能性が高まります。
また、炎症反応の過程で発生する活性酸素は、細胞のDNAを直接傷つけ、がんの引き金となる遺伝子変異を誘発します。
炎症性サイトカインの役割
炎症が長引くと、免疫細胞から「サイトカイン」と呼ばれる物質が過剰に放出されます。
一部のサイトカインは、細胞の増殖を促したり、血管を新たに作ったりする働きを持ちます。これらの作用は、がん細胞が育ち、広がるのを手助けしてしまうことがあります。
がんリスクを高める具体的な疾患
特定の慢性炎症性疾患は、特定のがんのリスクを高めることが知られています。定期的な検査と適切な治療が、がんの早期発見と予防につながります。
潰瘍性大腸炎と大腸がん
潰瘍性大腸炎は、大腸の粘膜に慢性的な炎症が起こる病気です。長期間にわたって炎症が続くと、大腸の細胞ががん化しやすくなり、大腸がんのリスクが高まります。
特に、炎症の範囲が広く、罹患期間が長いほど注意が必要です。
B型・C型肝炎ウイルスと肝細胞がん
B型肝炎ウイルスやC型肝炎ウイルスに持続的に感染すると、肝臓に慢性的な炎症(慢性肝炎)が起こります。
この炎症が肝硬変へと進行し、肝細胞がんを発生させる主要な原因となります。ウイルスの活動を抑える治療が、肝細胞がんの予防に重要です。
慢性炎症に関連するがんのリスク要因
| 疾患・感染症 | 関連するがん | 主な要因 |
|---|---|---|
| 潰瘍性大腸炎 | 大腸がん | 長期間の腸管粘膜炎症 |
| C型肝炎ウイルス | 肝細胞がん | 肝臓の慢性的な炎症 |
| ヘリコバクター・ピロリ菌 | 胃がん | 胃粘膜の持続的な炎症 |

免疫不全・免疫抑制状態とがんリスク
私たちの体には、がん細胞のような異常な細胞を見つけ出して排除する「免疫」という監視システムが備わっています。
しかし、病気や治療によってこの免疫の働きが低下すると、がん細胞が監視をすり抜けて増殖しやすくなり、がんを発症するリスクが高まります。
免疫システムのがん監視機能
免疫は、体外からの侵入物だけでなく、体内で発生した異常な細胞からも体を守っています。この働きは「免疫監視」と呼ばれ、がんの予防に重要な役割を果たしています。
免疫監視の働き
体の中では、日々少数のがん細胞が生まれていると考えられています。
Tリンパ球やNK細胞といった免疫細胞は、常に体内をパトロールし、がん細胞の表面にある目印(がん抗原)を認識して攻撃・排除します。
この働きのおかげで、多くのがん細胞は腫瘍として大きくなる前に処理されます。
がん細胞の免疫逃避
一方で、がん細胞の中には、免疫細胞からの攻撃を巧みにかわす能力を獲得するものもあります。
例えば、自身の目印を隠したり、免疫の働きにブレーキをかける物質を出したりします。免疫の力が弱まると、このようながん細胞が生き残り、増殖する機会が増えてしまいます。
がんリスクを高める要因
免疫の機能が低下する状態には、生まれつきのものと、後天的なものがあります。どちらの場合も、特定のがんのリスクが高まることがわかっています。
- 先天性免疫不全症
- 後天性免疫不全症候群(AIDS)
- 臓器移植後の免疫抑制剤使用
特に、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の感染によるAIDSや、臓器移植後に拒絶反応を抑えるために免疫抑制剤を使用している状態では、免疫力が著しく低下します。
そのため、ウイルスに関連した悪性リンパ腫やカポジ肉腫、皮膚がんなどのリスクが高くなります。
免疫状態と関連が深いがん
| 状態 | 関連するがんの例 | 概要 |
|---|---|---|
| AIDS(後天性免疫不全) | カポジ肉腫、悪性リンパ腫 | HIV感染による免疫低下 |
| 臓器移植後 | 皮膚がん、悪性リンパ腫 | 拒絶反応抑制のための薬剤使用 |
| 先天性免疫不全 | 悪性リンパ腫、白血病 | 遺伝的な免疫機能の欠損 |

ホルモン・内分泌要因とがんリスク
ホルモンは、体のさまざまな機能を調節する重要な化学物質です。
特定のホルモンは、細胞の増殖を促す働きを持っており、そのバランスが崩れることで、一部のがんの発生や進行に関与することがあります。
特に性ホルモンは、生殖器に関連するがんのリスクと深い関係があります。
ホルモン依存性がんとは
特定ホルモンの作用によって増殖する性質を持つがんを「ホルモン依存性がん」または「ホルモン感受性がん」と呼びます。乳がん、子宮体がん、前立腺がんなどがその代表です。
エストロゲンと乳がん・子宮体がん
女性ホルモンであるエストロゲンは、乳腺や子宮内膜の細胞増殖を促す働きがあります。そのため、生涯でエストロゲンにさらされる期間が長いほど、乳がんや子宮体がんのリスクが高まると考えられています。
初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、出産経験がない、といった要因は、エストロゲンへの曝露期間を長くするため、リスク要因となります。
アンドロゲンと前立腺がん
男性ホルモンであるアンドロゲン(テストステロンなど)は、前立腺の細胞の増殖を刺激します。
前立腺がんの多くは、このアンドロゲンの働きによって増殖するため、治療ではアンドロゲンの作用を抑えるホルモン療法が行われます。
ホルモンバランスに影響する要因
体内のホルモン環境は、年齢や生活習慣、治療などさまざまな要因によって変化します。これらの変化が、がんのリスクに影響を与えることがあります。
内因性要因-生涯のホルモン曝露量
前述の通り、初経から閉経までの期間の長さや、妊娠・出産の有無は、生涯におけるホルモンの総曝露量に影響し、がんリスクと関連します。また、肥満もリスク要因の一つです。
脂肪組織は、閉経後の女性においてエストロゲンを産生する主要な場所であるため、肥満は乳がんや子宮体がんのリスクを高めます。
ホルモンと関連するがんの概要
| 関連ホルモン | 主な関連がん | リスクに影響する要因 |
|---|---|---|
| エストロゲン | 乳がん、子宮体がん | 初経・閉経年齢、出産歴、肥満 |
| アンドロゲン | 前立腺がん | 年齢、人種、家族歴 |
| インスリン様成長因子 | 複数のがん | 肥満、高インスリン血症 |

過去の放射線治療・化学療法とがんリスク
がんを治療するための放射線治療や化学療法(抗がん剤治療)は、がん細胞を破壊する強力な効果を持ちますが、一方で正常な細胞のDNAにもダメージを与える可能性があります。
そのため、治療から数年あるいは数十年が経過した後に、新たな種類のがん(二次がん)が発生するリスクとなることがあります。
治療と二次がんの関係
二次がんは、最初の治療が原因で発生するものであり、元のがんの再発や転移とは区別します。そのリスクは、受けた治療の種類や量、治療部位、年齢などによって異なります。
放射線治療によるDNA損傷
放射線は、照射された範囲の細胞のDNAを切断する作用があります。
ほとんどの正常細胞はこの損傷を修復しますが、まれに修復が不完全であったり、誤った修復が行われたりすると、それが原因で細胞ががん化することがあります。
特に、甲状腺や乳房、皮膚、血液細胞などは放射線の影響を受けやすいとされています。
特定の抗がん剤(化学療法)の影響
一部の抗がん剤、特にアルキル化剤やトポイソメラーゼ阻害薬と呼ばれる種類の薬剤は、細胞のDNAに直接作用してがん細胞を攻撃します。
これらの薬剤は、正常な細胞、特に分裂が活発な血液細胞のDNAにも影響を与え、治療後に急性骨髄性白血病や骨髄異形成症候群といった血液のがんを引き起こすことがあります。
二次がんのリスクと特徴
二次がんのリスクは、治療を受けたすべての人に高く現れるわけではありません。しかし、治療を受けた場合は、長期的な視点での健康観察が大切です。
治療からの経過時間とリスク
二次がんの種類によって、発生しやすい時期は異なります。
例えば、化学療法による白血病は治療後数年から10年以内に発生のピークがありますが、放射線治療による固形がん(乳がんや肺がんなど)は、10年以上経過してから発生することが多いです。
そのため、治療が終わった後も長期的なフォローアップが必要です。
治療法と二次がんリスクの例
| 治療法 | リスクのある二次がん | 特徴 |
|---|---|---|
| 放射線治療 | 白血病、甲状腺がん | 照射部位とその周辺に発生しやすい |
| アルキル化剤 | 急性骨髄性白血病 | 治療後数年で発生リスクがある |
| トポイソメラーゼ阻害薬 | 急性骨髄性白血病 | 比較的早期に発生リスクがある |
治療経験者(サバイバー)の方へ
「二次がん」という言葉に不安を感じるかもしれませんが、これは過去の治療によって命が守られ、長く生きられるようになったからこそ生じる課題でもあります。
現代の医療では、二次がんのリスクを考慮した上で、治療後の定期的なフォローアップ(検診)が行われています。
万が一新しいがんが見つかっても、定期検診を受けていれば早期発見・治療が可能です。過度に恐れず、主治医と連携して健康管理を続けていきましょう。

前がん病変とがんリスク
「前がん病変」とは、現時点ではがんでないものの、そのまま放置するとがんに進行する可能性のある細胞の変化を指します。
すべての前がん病変ががんになるわけではありませんが、がんへの移行リスクを持つ状態として、慎重な経過観察や治療が必要です。
早期に発見し対処することが、がんの予防において非常に重要です。
前がん病変の考え方
正常な細胞が、複数の遺伝子変異を段階的に積み重ねてがん細胞に変化していく中で、その途中の段階にあるのが前がん病変です。
見た目や性質が正常細胞とがん細胞の中間的な特徴を示します。
異形成とは何か
前がん病変の多くは、「異形成」という状態で発見されます。異形成とは、細胞の形や大きさ、配列が不規則になった状態を指します。
異形成は、その程度によって軽度、中等度、高度に分類され、一般に高度になるほどがんに近い状態と考えます。
がん化への段階的変化
例えば、大腸がんの多くは、まず「腺腫」という良性のポリープ(前がん病変)として発生します。
この腺腫が時間をかけて大きくなり、その内部で細胞の異形成が進み、最終的にがん化するという段階的な変化をたどることが知られています。
代表的な前がん病変
体のさまざまな部位に、特有の前がん病変が存在します。これらを検診などで早期に発見し、適切に管理することががん予防の鍵となります。
子宮頸部異形成と子宮頸がん
ヒトパピローマウイルス(HPV)の持続感染によって引き起こされる子宮頸部の細胞変化で、子宮頸がんの前段階です。定期的な子宮頸がん検診(細胞診)によって発見できます。
多くは自然に治癒しますが、一部が数年かけてがんに進行します。
大腸ポリープ(腺腫)と大腸がん
大腸の粘膜にできるイボのような隆起で、その多くは腺腫です。大腸内視鏡検査で発見し、切除することで、大腸がんへの進行を予防できます。
主な前がん病変と進行先のがん
| 前がん病変 | 進行する可能性のあるがん | 主な検査・対処法 |
|---|---|---|
| 大腸腺腫 | 大腸がん | 内視鏡による切除 |
| 子宮頸部異形成 | 子宮頸がん | 定期的な細胞診、HPV検査 |
| バレット食道 | 食道腺がん | 定期的な内視鏡検査 |

よくある質問
- 遺伝的な要因も医学的要因に含まれますか?
-
はい、含まれます。遺伝性腫瘍症候群のように、特定の遺伝子の変異が生まれつき存在することで、がんのリスクが著しく高まる場合があります。
これは重要な医学的要因の一つです。そのため、がんの診断や治療方針を検討する際には、家族に同じようながんの既往歴があるかどうか(家族歴)も参考にします。
- 前がん病変と診断されたら、必ずがんになりますか?
-
必ずしもがんになるわけではありません。病変の種類や異形成の程度によりますが、変化しない、あるいは自然に消えることもあります。
しかし、がんに進行するリスクがある状態であることは事実です。そのため、医師の指示に従って定期的な検査で経過を観察し、必要に応じて病変を切除するなどの治療を行うことが重要です。
- 慢性的なストレスはがんの医学的要因になりますか?
-
ストレスが直接がんを引き起こすという明確な科学的証拠はまだ十分ではありません。
しかし、慢性的なストレスは免疫機能の低下を招いたり、喫煙、過度の飲酒、不健康な食生活といった行動につながったりすることがあります。
これらの行動は、それぞれが確立されたがんのリスク要因であるため、ストレスはがんの間接的なリスク要因になると考えられています。
- がんのリスク要因を複数持っていても、がんにかからない人もいるのはなぜですか?
-
がんの発生は、単一の原因ではなく、複数の要因が複雑に絡み合って長い時間をかけて起こります。
リスク要因は、あくまでがんが発生する確率を高めるものであり、その要因があれば必ず発症するというわけではありません。
個人の遺伝的な背景、生活習慣、さらには偶然の要素など、多くの事柄が影響し合うため、リスク要因を持っていても生涯がんにかからない人も大勢います。
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