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がんの原因とリスク要因遺伝的・生物学的要因

がんという病気は、私たちの生活に深く関わるものです。

その発生には、食生活や運動習慣といった生活習慣要因だけでなく、自分ではコントロールすることが難しい「遺伝的要因」や「生物学的要因」も関係しています。

親から受け継いだ遺伝子の特徴や、年齢、性別、人種といった要素が、がんの発生しやすさにどのように影響するのか、不安を感じる方も少なくないでしょう。

この記事では、がんの遺伝的・生物学的要因について、一つひとつ丁寧に解説します。正しい知識を持つことは、ご自身の健康状態を理解し、適切な向き合い方を見つけるための第一歩となります。

遺伝子変異と家族歴

私たちの体は約37兆個の細胞から成り立っており、その一つひとつの設計図となるのが遺伝子です。がんの発生は、この遺伝子に生じる変化、すなわち遺伝子変異と深く結びついています。

ここでは、遺伝子とがんの基本的な関係から、家族の中でがんが多発する場合に考えられる遺伝性のがん、そして家族歴を把握することの重要性について解説します。

遺伝子とがんの関係

遺伝子は、細胞が正常に分裂し、増殖し、機能するための指示を出しています。

しかし、何らかの原因で遺伝子に傷がつくと、その指示に異常が生じ、細胞が制御不能な状態で増殖を始めることがあります。これが、がんの始まりです。

細胞のがん化と遺伝子の役割

正常な細胞は、体からの指令に従って増殖し、古くなったり傷ついたりすると自然に消滅する仕組み(アポトーシス)を持っています。

しかし、遺伝子変異によってこの仕組みが壊れると、細胞は無秩序に増え続け、がん細胞のかたまりである腫瘍を形成します。がんの発生には、多くの場合、複数の遺伝子変異の蓄積が必要です。

がん関連遺伝子とは

がんの発生に直接関わる遺伝子として、「がん遺伝子」と「がん抑制遺伝子」が知られています。

がん遺伝子は、細胞の増殖を促進するアクセルのような役割を持ち、これが活性化しすぎると細胞が無制限に増殖します。

一方、がん抑制遺伝子は、細胞増殖を抑えるブレーキの役割を担っており、この機能が失われると、細胞増殖を止めることができなくなります。これらのがん関連遺伝子の変異が、がん化の引き金となります。

遺伝性のがんとは

がんの多くは、生まれた後の生活の中で遺伝子が傷つくことによって発生する「散発性のがん」です。

しかし、一部のがんは、親から子へと受け継がれる特定の遺伝子変異が原因で発生します。これを「遺伝性のがん」と呼びます。

遺伝性腫瘍症候群

特定の遺伝子変異が原因で、特定のがんになりやすい、あるいは複数のがんを発症しやすい体質のことを「遺伝性腫瘍症候群」といいます。

例えば、BRCA1/2遺伝子の変異は遺伝性乳がん卵巣がん症候群の原因として知られており、乳がんや卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんなどのリスクを高めることが報告されています。

主な遺伝性腫瘍症候群の例

症候群名関連する主な遺伝子リスクが高くなるがんの種類
遺伝性乳がん卵巣がん症候群BRCA1, BRCA2乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がん
リンチ症候群MLH1, MSH2など大腸がん、子宮体がん、卵巣がん、胃がん
家族性大腸腺腫症APC大腸がん

遺伝カウンセリングと遺伝子検査

家族に特定のがんが多い、若くしてがんになった血縁者がいるなど、遺伝性のがんが疑われる場合には、遺伝カウンセリングを受ける選択肢があります。

遺伝カウンセリングでは、専門家が遺伝やがんに関する医学的情報を提供し、心理的、社会的なサポートを行います。その上で、遺伝子検査を受けるかどうかを本人の意思で決定します。

検査によって遺伝子の変異が見つかった場合、定期的な検診や予防的な措置について検討することになります。

家族歴の重要性

血縁者のがん罹患歴、すなわち「家族歴」は、ご自身のがんリスクを評価する上で重要な情報です。

遺伝性のがんだけでなく、生活環境や体質などを家族で共有していることも、リスク評価の参考になります。

家族にがん患者がいる場合のリスク

第一度近親者(親、子、兄弟姉妹)にがんの既往歴がある場合、同じ種類のがんになるリスクが一般より高くなることがあります。

特に、複数の血縁者が同じがんに罹患している、若年で発症している、一人が複数のがんを発症しているなどの特徴がある場合は、注意が必要です。

家族歴を伝えることの意味

医師に家族歴を正確に伝えることは、適切な診断や治療方針の決定、そして将来の健康管理に役立ちます。どのような種類のがんに、誰が、何歳の時に罹患したのかを把握しておくことが大切です。

これにより、医師は遺伝的な要因を考慮した上で、より効果的な検診計画を提案できます。

年齢とがんリスク

がんの発生には様々な要因がありますが、その中で最も大きな影響を与えるものの一つが「年齢」です。年齢を重ねるごとに、がんの罹患率は上昇する傾向にあります。

ここでは、なぜ加齢ががんのリスクを高めるのか、そして年齢に応じた対策の重要性について解説します。

加齢がリスク要因である理由

人が長く生きるほど、がんを発症する可能性が高まります。これには、体内で起こる二つの大きな変化が関係しています。

細胞分裂と遺伝子変異の蓄積

私たちの体では、古い細胞が新しい細胞に入れ替わるために、生涯を通じて細胞分裂が繰り返されています。

細胞が分裂する際には、設計図であるDNAを正確に複製する必要がありますが、ごくまれにコピーミス(遺伝子変異)が生じます。

若い頃は、体に備わった修復機能がこれらのミスを直してくれますが、年齢とともに修復機能が衰えたり、修復しきれない変異が蓄積したりします。

がんの発生につながる変異が複数積み重なることで、がん細胞が誕生します。

免疫機能の低下

体内では、毎日数千個のがん細胞が生まれていると考えられています。しかし、通常は免疫細胞がこれらを発見し、攻撃して排除するため、がんとして発症することはありません。

しかし、加齢に伴い免疫機能も徐々に低下していきます。これにより、免疫の見張りをすり抜けるがん細胞が増え、増殖を許してしまう可能性が高まります。

年齢別にみたがんの罹患傾向

がんの種類によって、発症しやすい年齢層は異なります。全体的には高齢になるほど罹患率が高まりますが、一部には若い世代に多いがんも存在します。

高齢者に多いがんの種類

一般的に、肺がん、胃がん、大腸がん、前立腺がんなどは、50歳代から罹患率が上昇し始め、高齢になるほど高くなります。

これは、長年の生活習慣や遺伝子変異の蓄積が発症に大きく関わっているためです。

年齢階級別のがん罹患率(人口10万人あたり)

年齢階級男性女性
40-44歳約100人約160人
60-64歳約700人約450人
80-84歳約3,500人約1,600人

※数値は説明のための模式的なものであり、実際の統計とは異なります。

若年層でみられるがん

白血病や悪性リンパ腫などの血液のがん、胚細胞腫瘍(精巣がんや卵巣がんの一部)、骨肉腫などは、比較的若い世代での発症もみられます。

また、子宮頸がんのように、特定のウイルス感染が主な原因となるがんは、20代や30代の若年層から罹患率が上昇します。

年齢に応じたがん検診の重要性

がんは早期に発見し、治療を開始することが極めて重要です。多くのがんは、自覚症状が現れる前に検診で発見できます。

年齢というリスク要因を考慮し、ご自身の年齢に合ったがん検診を定期的に受けることが、健康を守る上で大切です。

定期的な検診の推奨

国や自治体は、科学的根拠に基づいて効果が確認されているがん検診を推奨しています。

例えば、胃がん検診、大腸がん検診、肺がん検診、乳がん検診、子宮頸がん検診などがあり、それぞれ対象年齢が定められています。ご自身の対象となる検診を確認し、定期的に受診する習慣をつけましょう。

性別とがんの罹患傾向

がんの罹患率や死亡率は、男女で違いが見られます。これは、男性と女性の生物学的な違い、特に体の構造やホルモンの働きが関係していると考えられています。

ここでは、性別によって異なるがんのリスクや、その背景にある要因について解説します。

男女で異なるがんリスク

生涯でがんに罹患する確率は、男性の方が女性よりも高い傾向にあります。また、罹患しやすいがんの種類も、性別によって大きく異なります。

こうした違いは、生物学的な要因と、性別によって傾向が異なる生活習慣要因の両方が影響し合って生じます。

生物学的な性の違い

男性と女性では、生殖器をはじめとする体のつくりが異なります。前立腺は男性特有の臓器であり、乳房、子宮、卵巣は女性特有の臓器です。

したがって、前立腺がんは男性のみ、子宮がんや卵巣がんは女性のみに発生します。乳がんはまれに男性でも発症しますが、そのほとんどは女性です。

ホルモンの影響

性ホルモンは、生殖機能だけでなく、体の様々な働きに関与しています。女性ホルモンであるエストロゲンや、男性ホルモンであるアンドロゲンは、特定のがん細胞の増殖を促進することがあります。

そのため、ホルモン環境の違いが、がんの罹患リスクに差を生む一因となります。

  • 乳がん
  • 子宮体がん
  • 卵巣がん
  • 前立腺がん

男性に多いがん

男性では、かつては胃がんが罹患数の第1位でしたが、近年は食生活の変化やピロリ菌除菌の普及などにより減少し、前立腺がんが増加傾向にあります。

また、喫煙率が女性より高いことなどを背景に、肺がんも依然として多いがんの一つです。

肺がん、胃がん、大腸がん、前立腺がん

これらのがんは、男性のがん罹患数・死亡数の上位を占めています。特に前立腺がんは、加齢とともにリスクが上昇し、男性の高齢化に伴い患者数が増えています。

大腸がんは、食生活の欧米化がリスク要因の一つと考えられており、男女ともに増加傾向にあります。

女性に多いがん

女性では、乳がんの罹患数が最も多く、特に40代後半から60代後半にかけて発症のピークを迎えます。次いで大腸がん、肺がん、胃がん、子宮がんの順となっています。

女性の社会進出やライフスタイルの変化に伴い、罹患するがんの種類にも変化が見られます。

男女別のがん罹患数上位(2019年データに基づく例)

順位男性女性
1位大腸がん乳がん
2位胃がん大腸がん
3位肺がん肺がん

※この表は説明のための簡略化されたものであり、実際の統計とは順位や名称が異なる場合があります。

乳がん、大腸がん、肺がん、子宮がん

乳がんは、初経年齢が早い、閉経年齢が遅い、出産経験がない、初産年齢が高いといった、女性ホルモンであるエストロゲンの曝露期間が長くなる要因がリスクを高めると考えられています。

子宮がんは、子宮頸部(入り口)にできる子宮頸がんと、子宮体部(奥)にできる子宮体がんに大別され、それぞれ原因や好発年齢が異なります。

人種・民族的背景による違い

がんの発生率や死亡率は、住んでいる国や地域、そして人種や民族によっても差があることが知られています。

これは、人々が共有する遺伝的な背景の違いに加え、文化的な食生活や生活習慣、環境要因などが複雑に絡み合っているためです。ここでは、がんのリスクにおける人種・民族的背景について解説します。

がん罹患率における人種差

世界的に見ると、がんの種類ごとの罹患率には顕著な地域差が存在します。

例えば、胃がんは東アジア(日本、韓国、中国など)で多く、皮膚がんは日差しの強いオーストラリアの白人に多いといった特徴があります。

こうした違いは、遺伝的な要因と環境要因の両方が影響していることを示唆しています。

遺伝的背景の多様性

人種や民族は、長い歴史の中で特定の地域で形成された集団であり、それぞれ遺伝的な特徴を共有しています。

特定の遺伝子多型(遺伝子の個人差)が、特定のがんのリスクを高めたり、逆に低めたりすることがあります。

人種・民族によってその遺伝子多型の頻度が異なるため、がんのなりやすさに差が生じる一因となります。

生活習慣や環境要因との関連

遺伝的背景だけでなく、各人種・民族が受け継いできた伝統的な食事や生活習慣も、がんのリスクに大きく影響します。

例えば、塩分摂取量の多い食文化を持つ地域では胃がんのリスクが、動物性脂肪の摂取量が多い食文化を持つ地域では大腸がんや乳がんのリスクが高い傾向にあります。

また、その地域特有の感染症などもがんの原因となり得ます。

特定の人種・民族でリスクが高いがん

具体的な例として、いくつかのがんと人種・民族的背景の関連が指摘されています。これらの知見は、がん予防や検診の戦略を考える上で重要です。

特定の人種・民族におけるがんリスクの例

人種・民族リスクが高いとされるがんの例考えられる要因
アフリカ系アメリカ人前立腺がん、乳がん(若年性・悪性度が高いもの)遺伝的要因、社会経済的要因
東アジア系(日本人など)胃がん、肝臓がんピロリ菌・肝炎ウイルス感染、食生活
アシュケナージ系ユダヤ人遺伝性乳がん卵巣がん症候群BRCA1/2遺伝子の創始者変異

地域によるがんの種類の違い

同じ国の中でも、民族的背景によってがんの罹患傾向が異なる場合があります。例えば、多民族国家であるアメリカでは、がんの種類ごとの罹患率や死亡率を人種別に比較する研究が数多く行われています。

その結果、白人、アフリカ系、アジア系、ヒスパニック系などで、それぞれがんのリスクに違いがあることが明らかになっています。

背景を考慮した予防と検診

ご自身の人種・民族的背景を知ることは、特有のがんリスクを理解し、より効果的な予防策や検診計画を立てるのに役立つ可能性があります。

ただし、これらはあくまで集団としての傾向であり、個人のリスクを決定づけるものではありません。個人のリスクは、家族歴や生活習慣など、様々な要因を総合的に評価することが重要です。

個別化医療への応用

将来的には、遺伝的背景や人種的背景といった情報も活用し、一人ひとりのリスクに合わせた「個別化予防」や「個別化医療」がさらに進展することが期待されています。

個人の体質に合わせた最適な予防法や治療法を選択することで、がんを克服する可能性が高まります。

よくある質問

親ががんであれば、自分も必ずがんになりますか?

必ずしもそうではありません。がんの多くは遺伝しない「散発性のがん」です。

血縁者にがんの方がいると、同じがんになるリスクが一般より少し高くなる傾向はありますが、それは遺伝子だけでなく、似た生活習慣なども影響していると考えられます。

ただし、家族に若くしてがんになった人が多いなど、特定の条件に当てはまる場合は遺伝性のがんの可能性も考慮し、医師に相談することをお勧めします。

遺伝性のがんは、すべてのがんの中でどのくらいの割合を占めますか?

すべてのがんのうち、遺伝的な要因が強く関わっている「遺伝性のがん」は、5%から10%程度と考えられています。つまり、がんの大部分は、遺伝以外の要因が積み重なって発生します。

したがって、がんになったからといって、必ずしも遺伝が原因とは限りません。

年齢を重ねると、なぜがんになりやすくなるのですか?

主な理由として二つ挙げられます。一つは、長年にわたる細胞分裂の過程で、DNAの複製ミス(遺伝子変異)が蓄積していくためです。

がんの発生には複数の遺伝子変異が必要なため、時間が経つほどその条件が揃いやすくなります。

もう一つは、加齢に伴い、体内で発生したがん細胞を攻撃・排除する免疫機能が低下するためです。

がんのリスクを知るために、誰でも遺伝子検査を受けるべきですか?

現時点では、すべての人に遺伝子検査を一律で推奨しているわけではありません。遺伝子検査は、がんの発症を確定させるものではなく、あくまで「リスクの高さ」を知るためのものです。

家族歴などから遺伝性のがんが強く疑われる場合に、遺伝カウンセリングを受けた上で、本人の意思に基づいて行われるのが一般的です。

検査を受けることのメリットとデメリットを十分に理解することが重要です。

生活習慣要因

この記事では、遺伝や年齢など、自分では変えることが難しい生物学的な要因について解説しました。

しかし、がんのリスクには、食事や運動、喫煙、飲酒といった日々の「生活習慣」も大きく関わっています。これらの要因は、ご自身の意識や行動によって変えることが可能です。

次の記事「生活習慣要因」では、具体的にどのような生活習慣ががんのリスクを高め、どのような対策が予防につながるのかを詳しく解説します。

ご自身の健康を守るために、あわせてお読みください。

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