がんのリスクを高める環境要因 – 私たちが知っておくべきこと

がんの原因となる環境要因【紫外線・化学物質・大気汚染・職業的曝露】について専門家が解説。日常生活に潜むがんのリスクを正しく理解し、予防に繋げるための具体的な対策や知識を提供します。がんについて悩む患者さんやそのご家族が、自身の生活を見直すきっかけとなる情報をお届けします。
がんのリスクを高める環境要因 - 私たちが知っておくべきこと

がんの発生には、遺伝的な要因だけでなく、私たちの日常生活を取り巻く様々な「環境要因」が深く関わっています。

毎日浴びる太陽の光、呼吸する空気、口にする食品、そして働く環境。これらの中に、がんのリスクを高める可能性のある因子が潜んでいることがあります。

この記事では、科学的知見に基づき、紫外線や放射線、化学物質、大気汚染、職業上の曝露といった主要な環境要因を詳しく解説します。

リスクを正しく理解し、日々の生活で実践できる予防策について考えていきましょう。

紫外線・電離放射線への曝露

太陽光に含まれる紫外線や、医療現場などで用いられる電離放射線は、私たちの生活において身近な存在です。

これらは適切に管理しなければ、細胞のDNAに損傷を与え、がんの発生につながる可能性があります。ここでは、これらの放射線が持つリスクと、健康を守るための具体的な対策について解説します。

紫外線(UV)と皮膚がん

紫外線は、波長の長さによってUVA、UVB、UVCの3種類に分類します。地上に到達するのは主にUVAとUVBで、これらが皮膚がんの主要な原因となります。

特に、日焼けによる肌へのダメージの蓄積は、長期的に見てがんのリスクを高めます。

UVAとUVBの性質と影響

UVAは波長が長く、皮膚の深い部分(真皮)まで到達し、しわやたるみの原因となる光老化を引き起こします。

一方、UVBは波長が短く、皮膚の表面(表皮)に強いダメージを与え、日焼けやシミの原因となります。どちらもDNAを傷つけ、皮膚がんの発生に関与します。

代表的な皮膚がんの種類

紫外線への曝露によって引き起こされる主な皮膚がんには、悪性黒色腫(メラノーマ)、基底細胞がん、有棘細胞がんがあります。悪性黒色腫は転移しやすく、特に注意が必要です。

早期発見と早期治療が、これらの皮膚がんの予後を大きく左右します。

紫外線を防ぐための具体的な対策

紫外線対策は、がん予防において非常に重要です。日差しの強い時間帯(午前10時から午後2時頃)の外出を可能な限り避け、外出時には日焼け止めをこまめに塗り直すことが基本です。

また、帽子、サングラス、長袖の衣類などを活用し、物理的に肌を守る工夫も有効です。

紫外線の種類と皮膚への影響

紫外線の種類特徴主な皮膚への影響
UVA波長が長く、皮膚の深部に到達しわ、たるみ、皮膚がん
UVB波長が短く、皮膚表面に作用日焼け、シミ、皮膚がん
UVCオゾン層で吸収され地表に届かない

電離放射線とその影響

電離放射線は、原子から電子を弾き飛ばすほどの高いエネルギーを持つ放射線です。自然界にも存在しますが、医療用のX線検査やCTスキャン、原子力発電など、人工的に利用する場面もあります。

高線量の電離放射線は、細胞を死滅させたり、DNAを傷つけてがん化させたりする作用を持ちます。

自然放射線と人工放射線

私たちは、大地や宇宙、食物などから常に自然放射線を浴びています。これに加えて、医療や産業活動によって人工放射線に曝露することがあります。

日常生活で浴びる程度の低線量放射線による健康への影響は極めて小さいと考えられていますが、不必要な被ばくは避けるべきです。

医療被ばくのリスク管理

CTスキャンやレントゲン検査は、病気の診断に非常に有用ですが、電離放射線を利用するため被ばくを伴います。そのため、検査の利益が被ばくのリスクを上回る場合にのみ実施することが原則です。

医師は、患者一人ひとりにとって検査が本当に必要か、より被ばくの少ない代替手段がないかを常に検討しています。

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化学物質・発がん性物質への曝露

私たちの身の回りには、数多くの化学物質が存在します。

建材や家庭用品、食品、化粧品などに含まれるこれらの物質の中には、長期的に体内に取り込まれることで、がんのリスクを高めるものが含まれていることがあります。

どのような物質に注意が必要で、どのように曝露を減らせるかを理解することが大切です。

日常生活に潜む化学物質

すべての化学物質が危険なわけではありませんが、一部の物質は国際がん研究機関(IARC)などによって発がん性が指摘されています。

特に、過去に広く使用されていたアスベストのように、その危険性が後から明らかになるものもあります。

アスベスト(石綿)の危険性

アスベストは、かつて断熱材や建材として広く使用されていましたが、極めて細い繊維を吸い込むことで、肺がんや悪性中皮腫といった深刻な病気を引き起こすことが分かっています。

古い建物の解体作業などで飛散する可能性があるため、現在では厳しく規制しています。

食品添加物や残留農薬

食品添加物や農薬は、国が定めた安全基準に基づいて使用されています。通常、食品を通じて摂取する量では健康への影響はほとんどないと考えられています。

しかし、特定の物質への感受性には個人差があるため、不安を感じる場合は、信頼できる情報源から知識を得て、バランスの取れた食生活を心がけることが重要です。

  • 定期的な室内換気
  • 信頼できるメーカーの製品選択
  • 野菜や果物の十分な洗浄
  • 多様な食品の摂取

特定の化学物質とがんリスク

特定の化学物質は、職業的な環境だけでなく、一般的な生活環境においても曝露のリスクがあります。例えば、ベンゼンはガソリンやタバコの煙に含まれ、白血病のリスクを高めます。

ホルムアルデヒドは、家具や建材の接着剤から放出され、鼻咽頭がんとの関連が指摘されています。

発がん性が指摘される主な化学物質

化学物質名主な曝露源関連が指摘されるがん
アスベスト建材、断熱材肺がん、悪性中皮腫
ベンゼンガソリン、タバコの煙白血病
ホルムアルデヒド家具、建材、接着剤鼻咽頭がん
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大気汚染・環境汚染

都市部での生活や産業活動は、大気や水、土壌の汚染を引き起こします。これらの環境汚染物質に長期間さらされることは、呼吸器系のがんをはじめとする、様々な健康問題のリスクを高める可能性があります。

環境全体の問題として捉え、社会的な対策と個人でできる防御策の両方が求められます。

大気汚染物質と肺がん

大気汚染は、世界保健機関(WHO)によって発がん性があると分類されています。特に、工場や自動車から排出される微小粒子状物質(PM2.5)やディーゼル排気ガスは、肺がんの明確なリスク要因です。

PM2.5(微小粒子状物質)の脅威

PM2.5は、直径2.5マイクロメートル以下の非常に小さな粒子状物質で、呼吸によって肺の奥深くまで入り込みます。

粒子に付着した有害な化学物質が、肺の細胞に炎症や遺伝子の損傷を引き起こし、がん化を促進すると考えられています。

ディーゼル排気ガスの影響

ディーゼルエンジンから排出されるガスには、発がん性のある多環芳香族炭化水素(PAHs)などが含まれています。

交通量の多い道路の近くに住んでいる人や、運輸業などで働く人は、曝露量が多くなる傾向があり、注意が必要です。

主な環境汚染物質とその影響

汚染物質主な発生源関連が指摘されるがん
PM2.5工場、自動車、石炭燃焼肺がん
ディーゼル排気ガスディーゼル車肺がん
ヒ素鉱工業、汚染された井戸水皮膚がん、肺がん、膀胱がん

水質汚染・土壌汚染とがん

工業排水や不適切な廃棄物処理によって、河川や土壌が有害な化学物質や重金属で汚染されることがあります。

これらの汚染物質が、飲料水や農作物を通じて体内に取り込まれ、がんのリスクとなることがあります。

ヒ素やカドミウムなどの重金属

自然界にも存在するヒ素ですが、高濃度のヒ素で汚染された井戸水を長期間飲み続けると、皮膚がんや肺がん、膀胱がんのリスクが高まることが知られています。

カドミウムもまた、土壌汚染を通じて米などの農作物に蓄積し、腎臓障害やがんの原因となる可能性があります。

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職業的曝露

特定の職業に従事する人々は、その労働環境において、一般の人々よりも高濃度のがんリスク要因にさらされることがあります。これを「職業がん」と呼びます。

事業者は、労働者の安全と健康を守るための対策を講じる義務があり、労働者自身もリスクを認識し、適切な防御策をとることが重要です。

特定の職業とがんリスク

職業がんは、原因となる物質に曝露してから発症するまでに数十年かかることも少なくありません。そのため、過去の労働環境が現在の健康問題につながっているケースもあります。

現代では、化学物質の管理や作業環境の改善が進んでいますが、依然としてリスクが残る職業も存在します。

建設業とアスベスト

前述の通り、建設業、特に解体作業に従事する労働者は、アスベストに曝露するリスクが歴史的に高い職業でした。現在も古い建物の解体時には、厳重な管理のもとで作業を行う必要があります。

化学工業と化学物質

化学物質を製造・使用する工場では、ベンゼン、塩化ビニル、芳香族アミン類など、多種多様な発がん性物質に曝露する可能性があります。適切な排気設備の設置や、保護具の着用が不可欠です。

農業と農薬

農業従事者は、殺虫剤や除草剤などの農薬に曝露する機会があります。

一部の農薬には発がん性が疑われるものもあり、使用する際には、国が定める使用基準を遵守し、マスクや手袋などの保護具を正しく着用することが健康を守る上で大切です。

職業と関連するがんリスクの例

職業曝露の可能性がある物質関連するがんの種類
建設・解体業アスベスト、シリカ粉じん肺がん、悪性中皮腫
塗装工ベンゼン、有機溶剤白血病、膀胱がん
農業特定の農薬、紫外線血液がん、皮膚がん

職業がんを防ぐための取り組み

職業がんの予防は、事業者と労働者が協力して取り組むべき課題です。

事業者は、有害物質をより安全なものに代替する、作業環境の測定を行い基準を遵守する、労働者に健康診断を受けさせるなどの義務を負います。

労働者も、定められた作業手順を守り、支給された保護具を正しく使用することが自分の身を守ることにつながります。

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よくある質問

環境要因は遺伝的要因よりがんリスクに大きく影響しますか?

がんの発生は、遺伝的要因と環境要因、そして生活習慣が複雑に絡み合って起こります。どちらか一方だけが原因となるわけではありません。

しかし、多くのがんにおいて、生涯にわたる環境要因や生活習慣の積み重ねが、発症リスクに大きな影響を与えると考えられています。

遺伝的にがんになりやすい体質の人であっても、健康的な生活を送り、環境リスクを避けることで、発症の可能性を低くすることが期待できます。

日焼け止めは毎日塗るべきですか?

紫外線は季節や天候に関わらず一年中降り注いでいます。特に顔や首、手など、日常的に衣類で覆われていない部分は、気づかないうちに紫外線のダメージを蓄積しています。

皮膚がんの予防という観点からは、屋外で過ごす時間が短い日でも、日常的に日焼け止めを使用することが推奨されます。

住んでいる地域の大気汚染が心配です。個人でできる対策はありますか?

大気汚染は広域的な問題ですが、個人レベルでも曝露を減らす工夫は可能です。

PM2.5の濃度が高いと予測される日は、不要不急の外出を控えたり、屋外での長時間の激しい運動を避けたりすることが有効です。

外出する際には、性能の確かなマスク(例-医療用や産業用の高性能なもの)を着用することも一つの方法です。

また、室内では空気清浄機を使用したり、こまめに床を掃除したりすることも、室内に入り込んだ汚染物質を除去するのに役立ちます。

職場で化学物質を扱っています。どのような点に注意すればよいですか?

まず、職場で使用している化学物質の安全性データシート(SDS)を確認し、どのような危険性があるのかを正確に把握することが重要です。

その上で、会社が定めた作業手順や安全規則を必ず守ってください。

排気装置などの設備が正常に作動しているか日常的に点検し、指定されたマスクや手袋、保護メガネなどの個人用保護具を正しく着用することが、曝露を防ぐ基本です。

少しでも体調に異変を感じた場合は、すぐに上司や産業医に相談してください。

感染症要因

がんの原因は、今回解説した環境要因だけではありません。特定のウイルスや細菌への感染が、特定のがんの主要な原因となることが分かっています。

例えば、ヒトパピローマウイルス(HPV)と子宮頸がん、ヘリコバクター・ピロリ菌と胃がんの関係はよく知られています。

これらの感染症要因によるがんについて、その種類や予防法、検診の重要性を詳しく解説した記事も以下にご用意しています。

▶ 感染症要因

参考文献

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