「がん」という言葉を聞いて、不安や恐怖を感じる方は少なくないでしょう。しかし、がんはもはや特別な病気ではありません。現代の日本では「2人に1人」が一生のうちにがんと診断される時代です。
大切なのは、がんを正しく理解し、冷静に向き合うことです。
この記事では、がんの基本的な知識から、原因、治療、そして心の持ちようまで、専門的な観点から分かりやすく解説します。
正しい情報を知り、あなたやあなたの大切な人が、がんと共に歩む道を考える一助となれば幸いです。
がんとは何か – あなたの体で起こる細胞の変化
私たちの体は約37兆個もの細胞から成り立っています。これらの細胞は、体の設計図である遺伝子の情報に基づいて、分裂して新しい細胞を作り、古くなると自然に消滅するというサイクルを繰り返しています。
この精巧な生命活動のバランスが崩れることで、がんは始まります。
正常な細胞の秩序ある営み
健康な体では、細胞は必要な時にだけ分裂し、不必要になれば自ら死を選ぶ「アポトーシス」という仕組みを持っています。
皮膚が新しく生まれ変わったり、怪我が治ったりするのは、この細胞の秩序ある営みのおかげです。このコントロールが、私たちの体を正常に保っています。
がん細胞の誕生 – 遺伝子の傷
がんの根本的な原因は、細胞の核にある遺伝子に傷がつくことです。様々な要因によって遺伝子に変異が起こると、細胞の増殖をコントロールするシステムに異常が生じます。
その結果、本来なら消滅するはずの異常な細胞が増え続けてしまうのです。これが「がん細胞」の始まりです。
がん細胞の持つ厄介な性質
がん細胞は、正常な細胞にはないいくつかの厄介な性質を持っています。これらが、がんを恐ろしい病気にしている要因です。
悪性腫瘍としての振る舞い
がん細胞の塊を「悪性腫瘍」と呼びます。良性の腫瘍がゆっくりと大きくなるのに対し、悪性腫瘍は自律的に無制限に増殖し続けます。
また、周囲の正常な組織を破壊しながら広がっていく特徴があります。
浸潤と転移という危険性
がんの最も危険な性質が「浸潤」と「転移」です。浸潤とは、がん細胞がじわじわと周囲の組織に染み込むように広がることです。
さらに、がん細胞が血管やリンパ管に入り込み、血液やリンパの流れに乗って体の別の場所に移動し、そこで新たな塊を作ることを転移と呼びます。転移が起こると、治療はより複雑になります。
正常細胞とがん細胞の主な違い
| 性質 | 正常な細胞 | がん細胞 |
|---|---|---|
| 増殖の仕方 | コントロールされている | コントロールなく無制限に増殖 |
| 寿命 | 決まっている(アポトーシス) | 不死(ほとんど死なない) |
| 周囲への影響 | 協調して組織を形成 | 浸潤し、組織を破壊する |
がんの原因を知る – 遺伝と環境要因の真実
「なぜ自分ががんになったのか」と多くの方が考えます。
がんの発生は、単一の原因で説明できるものではなく、遺伝的な要因(内的要因)と、生活習慣や環境といった要因(外的要因)が複雑に絡み合って起こると考えられています。
内的要因 – 遺伝と体質
親から子へと受け継がれる遺伝子によって、特定のがんになりやすい体質が存在することが分かっています。これを「遺伝性腫瘍」と呼びます。
ただし、がん全体の中で遺伝が直接的な原因となるケースは5%から10%程度であり、多くの場合は遺伝以外の要因が大きく関わっています。
遺伝性のがんとは
特定の遺伝子に変異があると、若い年齢でがんを発症したり、複数の臓器にがんができやすくなったりすることがあります。
血縁者に特定のがんになった方が複数いる場合は、遺伝カウンセリングなどで相談することも一つの選択肢です。
外的要因 – 生活習慣と環境
がんの発生原因の多くは、私たちが日々送る生活習慣や、身を置く環境に潜んでいます。これらは自分自身の努力で変えられる可能性のある要因です。
生活習慣に潜むがんのリスク
| リスク要因 | 関連が指摘されるがんの例 | 対策 |
|---|---|---|
| 喫煙 | 肺がん、食道がん、すい臓がんなど | 禁煙 |
| 過度な飲酒 | 肝臓がん、食道がん、大腸がんなど | 節度ある飲酒量を守る |
| 偏った食生活 | 大腸がん、胃がんなど | バランスの取れた食事 |
感染症とがんの関連
特定のウイルスや細菌への持続的な感染が、がんの引き金になることもあります。これらの感染は、慢性的な炎症を引き起こし、細胞ががん化しやすい環境を作り出します。
- B型・C型肝炎ウイルス(肝臓がん)
- ヒトパピローマウイルス(子宮頸がん)
- ヘリコバクター・ピロリ菌(胃がん)
知っておきたいがんの種類と特徴
「がん」と一言でいっても、その種類は200以上存在します。発生した臓器や、がん細胞の元となった細胞の種類によって分類され、それぞれ性質や治療法が異なります。
自分の病気を正しく知ることは、治療への第一歩です。
がんの分類方法
がんは様々な観点から分類できます。大きく分けると、固形の塊を作る「固形がん」と、血液やリンパ組織で増える「血液がん」があります。
組織型による分類
がん細胞がどの組織から発生したかによる分類も重要です。
体の表面や内臓の粘膜などを覆う「上皮細胞」から発生するがんを「癌腫(がんしゅ)」、骨や筋肉、脂肪などの「非上皮性細胞」から発生するがんを「肉腫(にくしゅ)」と呼びます。
一般的に「がん」という場合、多くは癌腫を指します。
主な固形がんの種類と発生部位
| がんの種類 | 主な発生部位 | 特徴 |
|---|---|---|
| 胃がん | 胃 | ピロリ菌感染との関連が深い |
| 肺がん | 肺 | 喫煙が最大の原因。咳や血痰などの症状。 |
| 大腸がん | 大腸(結腸・直腸) | 食生活の欧米化で増加傾向。便潜血検査が有効。 |
| 乳がん | 乳腺 | 女性で最も多いがん。自己触診やマンモグラフィが重要。 |
日本人に多いがん
日本では、ライフスタイルの変化などにより、がんの罹患状況も変化しています。現在、罹患数(がんと診断される人の数)が多いのは以下の通りです。
- 大腸がん
- 肺がん
- 胃がん
- 乳がん(女性)
- 前立腺がん(男性)
【参考データ】日本人が一生のうちにがんと診断される確率 (国立がん研究センターがん情報サービス「がん登録・統計」より)
- 男性: 65.5%(およそ3人に2人)
- 女性: 51.2%(およそ2人に1人)
※がんは決して特別な病気ではなく、誰にとっても身近な病気です。しかし、医療の進歩により「治る病気」「共存できる病気」になりつつあります。
見逃してはいけない症状のサイン
がんは初期段階では自覚症状がほとんどないことが多く、「サイレントキラー」とも呼ばれます。しかし、進行すると体に様々なサインを送ってきます。
普段と違う体調の変化に気づくことが、早期発見に繋がる可能性があります。
がんの一般的な症状
特定のがんに限らず、進行したがんでは共通した症状が現れることがあります。原因不明の体重減少、極度の疲労感、持続する発熱などは注意が必要です。
注意すべき身体の変化や症状の例
| 症状 | 考えられるがんの例 |
|---|---|
| しこり、腫れ | 乳がん、甲状腺がん、リンパ腫など |
| 長引く咳、血痰 | 肺がん |
| 便通の異常、血便 | 大腸がん |
| 原因不明の体重減少 | 消化器系のがん、進行がん全般 |
症状がないからこそ重要な早期発見
繰り返しになりますが、多くのがんは症状が出てからでは、ある程度進行しているケースが少なくありません。症状がない段階でがんを発見する唯一の方法が「がん検診」です。
定期的に検診を受けることが、あなた自身の命を守る上で極めて重要です。
診断から治療選択まで – 医療の現場で何が行われるか
「がんの疑いがある」と告げられた後、正確な診断を下し、一人ひとりに合った治療方針を決めるために、様々な検査が行われます。
ここでは、医療現場で行われる診断から治療決定までの流れを解説します。
がんの診断を確定するための検査
がんの診断は、単一の検査で決まるものではありません。複数の検査結果を総合的に判断して、がんの有無、種類、広がり(病期・ステージ)を確定します。
主な診断検査
| 検査の種類 | 目的 | 代表的な検査方法 |
|---|---|---|
| 画像診断 | がんの場所や大きさ、転移の有無を確認する | CT、MRI、PET、超音波(エコー)検査 |
| 内視鏡検査 | 食道や胃、大腸などの内部を直接観察する | 胃カメラ、大腸カメラ |
| 病理診断 | 組織や細胞を採取し、顕微鏡でがん細胞の有無を確定する | 生検 |
がんの三大標準治療
がん治療の基本となるのは、「手術(外科治療)」「放射線治療」「薬物療法(化学療法)」の3つで、これらを「標準治療」と呼びます。
標準治療とは、科学的な根拠に基づいて、現在利用できる最も効果が期待できると認められた治療法のことです。
- 手術(外科治療)
- 放射線治療
- 薬物療法
三大標準治療の特徴
| 治療法 | 特徴 | 対象 |
|---|---|---|
| 手術 | がん組織を物理的に切除する。根治性が高い。 | 固形がん、転移がない早期がんが中心 |
| 放射線治療 | 高エネルギーの放射線を当ててがん細胞を破壊する。 | 手術が困難な部位のがん、機能温存を目指す場合など |
| 薬物療法 | 抗がん剤などの薬剤で全身のがん細胞を攻撃する。 | 進行・転移がん、血液がん、手術後の再発予防など |
予防できることとできないこと – 生活習慣の見直し
がんのリスクをゼロにすることはできませんが、リスクを低減させるために私たち自身ができることはたくさんあります。
がんの予防には、がんにならないための「一次予防」と、がんを早期に発見する「二次予防」という考え方が重要です。
一次予防 – がんにならないための生活習慣
日々の生活習慣を見直すことで、がんの発生リスクを下げることが科学的に示されています。
- 禁煙する
- 節酒を心がける
- バランスの良い食事をとる
- 塩分を控える
- 適度な運動を続ける
二次予防 – がん検診による早期発見
万が一がんが発生しても、早期に発見し治療を開始すれば、治癒する可能性は格段に高まります。そのために最も有効な手段が、定期的ながん検診の受診です。
国が推奨する5大がん検診
| がんの種類 | 対象年齢 | 検査内容 |
|---|---|---|
| 胃がん | 50歳以上(当面の間40歳以上も可) | 問診、胃部X線検査または胃内視鏡検査 |
| 肺がん | 40歳以上 | 問診、胸部X線検査、喀痰細胞診 |
| 乳がん | 40歳以上 | 問診、マンモグラフィ |
| 子宮頸がん | 20歳以上 | 問診、視診、内診、頸部細胞診 |
| 大腸がん | 40歳以上 | 問診、便潜血検査 |
がんと向き合う – 患者と家族の心構え
がんと診断されることは、ご本人だけでなく、ご家族にとっても大きな衝撃です。治療に向けて進むためには、体だけでなく心のケアも非常に重要になります。
ここでは、がんと向き合う上での心構えについて触れます。
告知を受けたときの心のケア
診断直後は、怒り、不安、孤独感など、様々な感情が渦巻くのが自然な反応です。自分の感情を無理に抑え込まず、信頼できる家族や友人、医療スタッフに気持ちを話すことが大切です。
時間をかけて、少しずつ現実を受け止めていきましょう。
治療と生活の両立
治療中も、可能な限り普段通りの生活を続けることが、精神的な安定に繋がります。仕事や趣味など、社会との繋がりを保つことも重要です。
治療の副作用などで体調が優れないときは無理をせず、自分のペースで過ごすことを心がけてください。
家族や周囲のサポートのあり方
ご家族もまた、どう支えれば良いか戸惑うことが多いでしょう。過度に心配したり、腫れ物に触るように接したりするのではなく、これまで通り自然な態度で接することが、ご本人の安心に繋がります。
話を聞く姿勢を持ち、必要な手助けを申し出ることが大切です。
正しい情報を見極める力
インターネット上には、がんに関する情報が溢れていますが、その中には科学的根拠のない不確かな情報も少なくありません。
誤った情報に振り回されないために、信頼できる情報源を見極める力を持つことが重要です。
信頼性の高い情報源の例
| 情報源の種類 | 具体例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 公的機関 | 国立がん研究センターがん情報サービス、自治体のウェブサイト | 客観的で正確な情報を提供 |
| 医療機関 | 大学病院、がん専門病院のウェブサイト | 専門家による監修・執筆 |
| 学会 | 日本癌治療学会などの専門学会 | 専門家向けの正確な情報が多い |
主治医との対話の重要性
あなたにとって最も信頼でき、重要な情報源は、あなたの体の状態を一番よく知る主治医です。インターネットで得た情報だけで判断せず、疑問や不安に思うことは必ず主治医に相談してください。
納得して治療に臨むことが、良い結果に繋がります。
よくある質問
- Q. がんは遺伝しますか?
-
全てのがんが遺伝するわけではありません。がん全体のうち、遺伝的な要因が強いとされる「遺伝性腫瘍」は5~10%程度です。多くのがんは、遺伝以外の生活習慣や環境要因が複雑に関わって発症します。
ご家族に特定のがんが多いなど、ご心配な場合は専門の遺伝カウンセリングで相談できます。
- がん検診は毎年受けるべきですか?
-
検診の種類やあなたの年齢、リスクによって推奨される頻度は異なります。例えば、子宮頸がん検診は2年に1回、その他のがん検診は1年に1回が基本です。
お住まいの自治体の案内に従うか、かかりつけ医に相談して、あなたに合った検診計画を立てることが重要です。
- がんと診断されたら仕事は辞めるべきですか?
-
必ずしも辞める必要はありません。近年は、治療と仕事の両立を支援する制度や環境が整ってきています。
治療法や体の状態によって働き方を調整する必要はありますが、主治医や会社の産業医、相談支援センターなどと相談しながら、あなたらしい働き方を模索することが可能です。
- 代替療法は効果がありますか?
-
代替療法とは、いわゆる民間療法や健康食品などを指します。中には、科学的根拠が乏しいものや、標準治療の効果を妨げる可能性があるものも含まれます。
もし代替療法を試したい場合は、必ず事前に主治医に相談し、安全性を確認してから行うようにしてください。
この記事では、がん細胞の基本的な性質について触れました。
私たちの体を構成する正常な細胞と、がん細胞とでは、その生まれ方から増え方、そして寿命に至るまで、多くの点で違いがあります。
この違いを理解することは、なぜがんが恐れられ、どのような治療が行われるのかを知る上で非常に重要です。 「正常細胞とがん細胞の違い」では、より専門的な視点で二つの細胞の違いを詳しく解説しています。
ご興味のある方はぜひご覧ください。
以上
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