がん抗原の役割– category –

基礎・仕組みがん抗原の役割

がん抗原とは、がん細胞だけが持つ特有の目印となるタンパク質の断片であり、免疫システムが正常な細胞と異常な細胞を見分けるために決定的な役割を果たします。

私たちの体内では日々多くのがん細胞が生まれていますが、免疫細胞はこの抗原を認識して攻撃し、排除しています。

本記事では、がん抗原がどのように生成され、免疫細胞がそれをどうやって感知するのか、その精緻な仕組みを詳しく解説します。

また、検査によって自分の持つ抗原を知る意義や、抗原の種類による免疫反応の違いについても触れます。

正しい知識を持つことで、免疫療法の原理を深く理解し、納得して治療選択に向き合うための土台を築くことができます。

がん抗原とは?免疫細胞ががん細胞を見つけ出す目印の正体

がん抗原とは、がん細胞の表面に提示される特定のタンパク質断片のことであり、免疫細胞にとって攻撃対象を識別するための決定的な標的として機能します。

私たちの体には、自己の細胞と外部からの侵入者や異常な細胞を区別する高度な監視機能が備わっています。

通常、免疫細胞は正常な細胞を攻撃しませんが、がん細胞が表面に出している「がん抗原」という特殊な目印を見つけると、それを排除すべき敵であると認識します。

この目印がなければ、たとえ強力な免疫細胞が存在しても、どのがん細胞を攻撃してよいかわからず、素通りしてしまうことになります。

つまり、がん抗原は免疫システムが攻撃を開始するためのスイッチのような役割を果たしています。

免疫システムが異物と認識するための分子構造の基本

免疫システムがどのようにして「自分」と「自分ではないもの」を見分けているのかを知るには、細胞レベルでの分子構造を理解することが重要です。

すべての細胞は、その内部で絶えずタンパク質を合成し、分解しています。

この代謝の中で生じたタンパク質の断片であるペプチドは、細胞の表面にあるMHC分子(主要組織適合遺伝子複合体)というお皿のような土台に乗せられて提示されます。

これは、細胞が「私は今、体内でこのようなタンパク質を作っています」と外部に自己紹介しているような状態です。

正常な細胞であれば、提示するペプチドも正常な自己のタンパク質由来であるため、免疫細胞であるT細胞はこれを見て「問題なし」と判断し、攻撃を控えます。

しかし、ウイルスに感染した細胞や、遺伝子変異を起こしたがん細胞の場合、そこから作られるタンパク質は正常なものとは異なる構造を持ちます。

結果として、MHC分子上に提示されるペプチドも異常な形状や配列を持つことになります。

免疫細胞はこのわずかな構造の違いを鋭敏に察知し、異常なペプチドを持っている細胞を「排除すべき異物」として認識するのです。この異常なペプチドこそが、抗原と呼ばれるものの正体です。

正常細胞とがん細胞で見られるタンパク質発現の差異

がん細胞と正常細胞の決定的な違いは、遺伝子の変異にあります。細胞ががん化する過程で、DNAに傷がついたり複製ミスが起きたりすることで、本来作られるはずのない異常なタンパク質が生成されます。

例えば、細胞の増殖をコントロールする遺伝子に変異が入ると、増殖信号を出し続ける異常なタンパク質が作られ、これががん抗原の元となります。

また、胎児の時期にしか働かないはずの遺伝子が、がん細胞において誤って再活性化し、大人になってからは通常見られないタンパク質が作られることもあります。

がん抗原の役割と特徴

  • がん細胞特有のタンパク質断片として免疫細胞の標的となる役割。
  • 正常細胞との識別を可能にし誤攻撃を防ぐ安全装置としての機能。
  • キラーT細胞による攻撃開始のトリガーとして作用する性質。

これらのタンパク質は、正常な成人の細胞には存在しないか、ごく微量しか存在しません。そのため、免疫細胞にとっては「見たことのない異物」として映ります。

正常細胞では整然としたコントロール下で作られるタンパク質のみが存在する一方で、がん細胞では無秩序に作られた、あるいは構造が変化したタンパク質が溢れかえっており、それが抗原として細胞表面に現れる頻度や密度も異なります。

この発現の差異こそが、免疫療法においてがん細胞だけを狙い撃ちにするための鍵となります。

免疫監視機構が機能するために必要な目印の役割

私たちの体内では、健康な人であっても毎日数千個ものでき損ないの細胞、すなわちがん細胞の候補が生まれていると言われます。

それでも多くの人ががんに罹患しないのは、免疫監視機構と呼ばれるパトロール隊が常に体内を巡回し、これらの異常細胞を見つけ次第、即座に排除しているからです。

この監視活動において、がん抗原は犯人を特定するための「人相書き」のような役割を果たします。

キラーT細胞などの攻撃部隊は、闇雲に細胞を攻撃するわけではありません。彼らは抗原という確かな証拠を確認して初めて、攻撃のための武器である細胞傷害性顆粒を放出します。

もしがん細胞が抗原を一切出していなければ、免疫細胞はその細胞が異常であることに気づけず、監視網をすり抜けて増殖を許してしまいます。

したがって、がん抗原がしっかりと細胞表面に提示されていること、そして免疫細胞がそれを正しく認識できることは、私たちが健康を維持するために極めて重要な条件です。

このように、がん抗原は単なる物質ではなく、生体防御システムを正しく機能させるための必須の情報源と言えます。

自己のがん細胞に発現する特異的抗原を特定する検査の手順

自分のがん細胞がどのような抗原を持っているかを知ることは、適切な治療法を選択する上で極めて重要であり、そのためには腫瘍組織を用いた専門的な検査を行う必要があります。

がんの種類や患者の体質によって、発現している抗原は千差万別です。ある患者に効果があった免疫療法が別の患者には効かない場合があるのは、標的となる抗原が異なっていることが大きな要因の一つです。

現在では、採取した組織を詳しく調べることで、特定のがん抗原が出ているかどうか、またどの程度の強さで出ているかを確認できます。

腫瘍組織を採取してから遺伝子解析を行うまでの流れ

抗原を特定するための第一歩は、がん細胞そのものを手に入れることです。これには生検と呼ばれる処置が必要で、手術や内視鏡を用いて体内から腫瘍の一部を採取します。

採取された組織は、まず病理医によって顕微鏡で観察され、がんの確定診断が行われますが、同時に遺伝子解析やタンパク質解析のための検体としても利用されます。

近年では、組織を採取する負担を減らすために、血液中に漏れ出した微量のがん由来DNAを調べるリキッドバイオプシーという技術も進化していますが、抗原の確実な特定には依然として腫瘍組織の解析が主流です。

抗原検査の種類とその特徴

検査手法解析対象得られる情報と特徴
遺伝子パネル検査DNA / RNA一度に数百種類の遺伝子変異を解析し、治療薬の標的となる遺伝子異常を見つけます。個人の遺伝子変異に基づく抗原予測に役立ちます。
免疫組織化学染色(IHC)タンパク質組織切片上の抗原タンパク質を色付けして可視化します。抗原の発現量や分布を直接確認できるため、治療適応の判定に広く使われます。
リキッドバイオプシー血液中のDNA血液検査だけでがんの遺伝子情報を調べます。体への負担が少ない反面、組織検査に比べて感度が劣る場合があり、補助的に用いられます。

採取した組織からDNAやRNAを抽出し、次世代シーケンサーなどの高度な分析機器にかけて、がん細胞に起きている遺伝子の変異を網羅的に調べます。

この解析によって、どの遺伝子が壊れているか、あるいは異常に働いているかが分かり、そこから作られる変異タンパク質、すなわち「ネオアンチゲン」の候補を予測することが可能になります。

この情報は、患者一人ひとりに合わせた完全オーダーメイドの治療戦略を立てるための設計図となります。

免疫組織化学染色法によるタンパク質発現の確認手法

遺伝子レベルの解析に加えて、実際にタンパク質が細胞表面に存在しているかどうかを目で見て確認する手法も広く行われています。これが免疫組織化学染色法(IHC法)です。

この検査では、特定の抗原にだけ結合する抗体(試薬)を採取した組織切片に反応させます。

もし組織の中に探している抗原が存在すれば、抗体がそこに結合し、さらに化学反応によってその部分が茶色や赤色に染まります。

顕微鏡でこの染色された組織を観察することで、抗原が「あるか・ないか」だけでなく、「どのくらいの密度で存在するか」「腫瘍全体の何パーセントの細胞が持っているか」といった量的な情報まで得ることができます。

例えば、HER2タンパク質やPD-L1タンパク質などの発現状況を調べる際には、この染色法が標準的に用いられます。

遺伝子に変異があっても、実際にタンパク質として細胞表面に出ていなければ免疫細胞は攻撃できないため、この染色による確認は治療効果を予測する上で欠かせない裏付けとなります。

がん抗原の種類とそれぞれの抗原が持つ免疫誘導能力の比較

がん抗原と一口に言ってもその種類は多岐にわたり、免疫細胞を呼び寄せる力(免疫原性)の強さもそれぞれ異なります。

大きく分けると、正常な細胞にもわずかに存在するががん細胞で過剰に増えているものや、正常細胞には全く存在しないがん特有のものなどがあります。

一般的に、正常細胞とは全く異なる構造を持つ抗原ほど、免疫システムはそれを「強い異物」として認識しやすく、激しい攻撃反応を引き起こします。

治療戦略を立てる際には、標的とする抗原がどのタイプに属するかを理解することが重要です。

腫瘍特異抗原と腫瘍関連抗原の明確な分類と特徴

がん抗原は大きく「腫瘍特異抗原」と「腫瘍関連抗原」の二つに分類されます。腫瘍特異抗原は、その名の通りがん細胞にしか存在しない抗原です。

これは遺伝子の突然変異によって生じた異常なタンパク質であり、正常な細胞には絶対に存在しません。

そのため、免疫細胞にとっては明確な敵として認識されやすく、攻撃しても正常細胞を傷つけるリスクが低いという理想的な特徴を持っています。

主要ながん抗原の分類と特徴比較

抗原の種類発現場所免疫誘導能力と特徴
腫瘍特異抗原(ネオアンチゲン)がん細胞のみ正常細胞にはないため免疫原性が極めて高く、強力な攻撃を誘導します。患者ごとに異なるため個別解析が必要です。
腫瘍関連抗原がん細胞と一部の正常細胞多くの患者で共通して見られますが、正常細胞への誤攻撃リスクや免疫寛容による攻撃力低下の懸念があります。
がん精巣抗原がん細胞と精巣のみ精巣以外の正常組織にはないため安全性が高く、強力な標的となり得ます。多種のがんで発現が確認されています。

一方、腫瘍関連抗原は、がん細胞に多く発現しているものの、正常な細胞にも少量ながら存在する抗原です。

例えば、胎児期にだけ働くタンパク質や、一部の正常組織でも作られているタンパク質がこれに該当します。

これらはがん細胞で爆発的に増えているため標的になり得ますが、正常細胞にも存在するため、免疫システムが「自分の一部」と認識して攻撃を抑制してしまう(免疫寛容)可能性があります。

また、治療によって正常な細胞まで攻撃してしまう副作用のリスクも考慮する必要があります。

ネオアンチゲンが持つ強力な免疫活性化の可能性

近年、特に注目を集めているのが「ネオアンチゲン」と呼ばれる種類の抗原です。これは腫瘍特異抗原の一種で、がん細胞ごとの個別の遺伝子変異によって新しく生まれた、完全に未知のタンパク質です。

ネオアンチゲンは、患者自身の正常な細胞には存在しないため、免疫システムによる強い拒絶反応を引き起こすことができます。

従来の治療法で標的としてきた腫瘍関連抗原は、免疫のブレーキがかかりやすいという課題がありましたが、ネオアンチゲンはこのブレーキを解除し、強力なキラーT細胞を誘導できる可能性を秘めています。

ただし、ネオアンチゲンは患者一人ひとり、さらには同じ患者の中でもがん細胞ごとに異なるため、個別に解析して特定する必要があります。

この「世界に一つだけの抗原」を見つけ出し、それを標的としたワクチンや治療法を開発することが、次世代の免疫療法の中心的なテーマとなっています。

がん精巣抗原の分布特性と治療標的としての価値

もう一つ、治療標的として有望視されているのが「がん精巣抗原」です。この抗原は、通常は精巣(精子を作る細胞)にのみ発現し、それ以外の正常な臓器や組織には一切現れません。

しかし、多くのがん細胞において、この抗原が異常に発現することが分かっています。

精巣は免疫細胞が立ち入らない特殊な聖域(免疫特権部位)であるため、たとえ精巣にこの抗原があっても免疫攻撃を受けません。

したがって、全身の他の場所で見つかるがん精巣抗原を標的にすれば、正常な臓器を傷つけることなく、がん細胞だけを特異的に攻撃できる可能性が高まります。

NY-ESO-1やMAGEなどの抗原がこれに分類され、これらをターゲットとしたワクチン療法やT細胞輸注療法の開発が進められています。

がん精巣抗原は、高い特異性と安全性を両立できる魅力的なターゲットと言えます。

がん細胞が抗原を隠して免疫から逃げる仕組みと対策の道

がん細胞は単に増殖するだけでなく、免疫システムからの攻撃を回避するために様々な狡猾な手段を持っています。

その代表的な手口の一つが、自分自身の目印である抗原を隠してしまう、あるいは免疫細胞を疲れさせて攻撃をやめさせることです。

がん細胞が体内で生き残るために獲得したこの「免疫逃避機構」を理解することは、なぜ治療が効かなくなるのかを知り、それを克服するための対策を講じるために必要です。

MHCクラスI分子の消失による免疫回避の巧妙な手口

免疫細胞であるT細胞ががん細胞を見つけるためには、がん細胞の表面にMHCクラスI分子という「お皿」があり、その上に抗原ペプチドが乗っている必要があります。

しかし、がん細胞の中には、このMHCクラスI分子を細胞表面から消してしまうものが存在します。お皿がなければ、いくら抗原ペプチドを持っていても細胞の外に提示することができません。

がん細胞による主な免疫回避戦略

  • 抗原提示に必要なMHC分子の発現を低下させ消失させる戦略。
  • 免疫細胞を疲弊させる抑制性物質を周囲に放出しバリアを作る。
  • PD-L1などの分子を出してT細胞のブレーキボタンを押す手法。
  • 免疫を抑える細胞を呼び寄せ攻撃部隊を妨害する仕組み。

これは、指名手配犯が顔を隠して街中を歩いているようなものです。

T細胞はMHC分子を目印にパトロールしているため、それがない細胞を「異常なし」として、あるいはそもそも認識できずに素通りしてしまいます。

このMHC分子の消失または低下は、がん細胞が免疫攻撃から逃れるための主要な戦略の一つとなっており、これに対抗するために、MHC分子に依存しない別の免疫細胞(NK細胞など)を活性化させるなどの対策が研究されています。

免疫抑制環境を作り出すサイトカイン放出の影響

がん細胞は、自分を隠すだけでなく、周囲の環境を自分に有利なように作り変える能力も持っています。がん細胞は、免疫細胞の働きを抑える物質(免疫抑制性サイトカインなど)を周囲に放出します。

その結果、がん組織の周りには「免疫抑制環境」と呼ばれるバリアが形成されます。

この環境下に近づいたキラーT細胞は、本来の攻撃力を奪われ、戦う意欲を失ったような状態(疲弊状態)に陥ります。

さらに、がん細胞は制御性T細胞などの、免疫を抑える役割を持つ細胞を味方につけ、攻撃部隊の活動を妨害させます。

このように、がん細胞は単独で戦うのではなく、周囲の細胞や物質を巧みに利用して、免疫システム全体を無力化しようと画策します。

このバリアを打ち破るために、免疫チェックポイント阻害薬などが開発され、疲弊したT細胞を再活性化させる治療が行われています。

共通抗原と個人特有の抗原の違いが左右するワクチン開発難度

がんに対するワクチンを開発する際、どの抗原をターゲットにするかが成功の可否を握ります。

ここで問題となるのが、多くの患者に共通して見られる「共通抗原」を狙うか、患者一人ひとりで異なる「個人特有の抗原(プライベート抗原)」を狙うかという選択です。

この二つのアプローチには、それぞれメリットとデメリットがあり、開発の難易度やコスト、そして期待される効果に大きな違いをもたらします。

現在の医療では、この両方の特性を見極めながら、より実用的な治療法の確立を目指しています。

多くの患者で共通して見られる抗原を利用する利点

共通抗原とは、特定のがん種において多くの患者が共有している抗原のことです。例えば、HER2やWT1などがこれに当たります。

このタイプの抗原を標的とする最大のメリットは、「既製品」としてのワクチンや治療薬を作れる点です。

一度有効な製剤が開発されれば、同じ抗原を持つ多くの患者に対してすぐに投与することができ、大量生産によってコストも抑えることが可能です。

共通抗原とプライベート抗原の開発比較

項目共通抗原アプローチプライベート抗原アプローチ
対象患者同じ抗原を持つ多数の患者個々の患者(完全オーダーメイド)
製造とコスト大量生産が可能で低コスト個別製造のため高コスト・時間がかかる
期待される効果免疫反応は中程度だが汎用性が高い非常に強い免疫反応が期待できる

インフルエンザワクチンのように、予め用意されたものを接種するスタイルがこれに近いです。開発の面でも、対象となる患者数が多いため臨床試験が進めやすく、データの蓄積も早くなります。

一方で、共通抗原はもともと正常な体にも存在するタンパク質由来であることが多く、免疫原性が低い(免疫反応が起きにくい)傾向があることや、すべての患者がその抗原を持っているわけではないという限界もあります。

個別化医療が必要となるプライベート抗原の複雑さ

それに対して、プライベート抗原(主にネオアンチゲン)は、患者個人の遺伝子変異によって生じるため、他人とは共有されません。

この抗原を利用するには、患者ごとにがん組織を採取し、遺伝子解析を行って、その人だけの変異を見つけ出す必要があります。

そして、その情報に基づいて、その患者専用のワクチンを一から製造しなければなりません。

この手法は究極の個別化医療であり、免疫システムに対して非常に強力な攻撃指令を出すことが期待できます。自分のがん細胞だけにある目印を狙うため、効果は高いと考えられます。

けれども、一人ひとりに合わせて解析と製造を行うため、膨大な時間とコストがかかるのが最大のネックです。

また、解析技術の精度や、迅速にワクチンを製造する体制の構築など、技術的なハードルも極めて高いのが現状です。

現在では、AI技術などを活用してプライベート抗原を迅速に特定する技術開発が進んでおり、将来的にはコストや時間の問題が解決されることが期待されています。

抗原提示細胞の役割とT細胞への情報伝達プロセスの重要性

免疫システムががん細胞への攻撃を開始するためには、単に抗原が存在するだけでは不十分です。その抗原情報を正確に読み取り、攻撃部隊であるT細胞に伝える「司令塔」の働きが必要です。

この重要な役割を担うのが、樹状細胞やマクロファージといった抗原提示細胞です。

彼らががん細胞の情報を適切に処理し、T細胞へと受け渡す一連の流れがスムーズに行われて初めて、獲得免疫という強力な防御システムが作動します。

樹状細胞が抗原を取り込み成熟するまでの経路

樹状細胞は、体内を巡回して異物を監視する、いわば免疫システムの偵察部隊です。

がん組織の中で死滅したがん細胞や放出された破片を見つけると、樹状細胞はそれらを自分の中に取り込みます(貪食)。

取り込んだ後、樹状細胞はがんの特徴を分析しながら、リンパ節へと移動を開始します。

抗原提示から攻撃開始までの流れ

段階場所主な出来事
1. 取り込みがん組織樹状細胞ががん細胞の破片やタンパク質を自分の中に取り込む。
2. 移動と成熟リンパ管内樹状細胞がリンパ節へ移動しながら、情報を提示できる状態へ成熟する。
3. 情報提示リンパ節樹状細胞がT細胞へ抗原情報を渡し、攻撃指令を与える。

この移動の間に、樹状細胞は「成熟」という変化を遂げます。成熟した樹状細胞は、取り込んだがんのタンパク質を分解してペプチドにし、それを自分の表面にあるMHC分子に乗せて提示する準備を整えます。

同時に、T細胞を活性化させるために必要な補助シグナル分子なども表面に出現させます。

この成熟過程がうまくいかないと、たとえ抗原を取り込んでもT細胞に情報を伝えることができず、免疫応答は起こりません。

がん環境下ではこの成熟が妨害されることもあるため、樹状細胞をいかに元気に成熟させるかが治療の鍵となります。

獲得免疫を始動させるペプチド提示の精密な仕組み

リンパ節に到着した樹状細胞は、そこで待機している数多くのナイーブT細胞(まだ敵を知らないT細胞)の中から、自分が持っている抗原ペプチドにぴったり合う受容体を持つT細胞を探し出します。

これは鍵と鍵穴の関係に似ており、無数にあるT細胞の中から特定の相手を見つける非常に精密な作業です。

正しい相手が見つかると、樹状細胞はMHC分子に乗せた抗原ペプチドをT細胞に提示し、「この顔をした敵を攻撃せよ」という指令を与えます。

これを受け取ったT細胞は活性化して増殖し、キラーT細胞となって全身を巡り、教えられた目印を持つがん細胞を探し出して攻撃します。

この一瞬の接触と情報の受け渡しこそが、獲得免疫を始動させる決定的な瞬間です。この伝達が正確に行われなければ、強力な免疫部隊も動くことができません。

Q&A

がん抗原や免疫の仕組みについて、患者様やご家族から寄せられる疑問にお答えします。複雑な免疫のシステムを理解する助けとしてお役立てください。

がん抗原はすべての患者で同じものが見つかりますか?

いいえ、患者様によって見つかる抗原は異なります。がんの種類が同じであっても、遺伝子の変異の仕方は一人ひとり違うため、発現している抗原も個人差があります。

多くの人に共通して出る抗原もありますが、それすらも全員に出るわけではありません。

そのため、治療前には個別に組織検査を行い、ご自身の細胞がどのような抗原を持っているかを確認することが大切です。

免疫療法を受ける前に抗原検査は必ず必要ですか?

特定のがん抗原を標的とする治療薬を使う場合は、検査が必要です。標的となる抗原が発現していないのにその薬を使っても、効果は期待できません。

一方で、オプジーボなどの免疫チェックポイント阻害薬は、特定の抗原そのものを標的にするわけではありませんが、効果を予測するためにPD-L1というタンパク質の量を調べることが推奨される場合があります。

医師と相談し、最適な治療選択のために必要な検査を受けてください。

生活習慣の改善でがん抗原の発現を増やせますか?

残念ながら、食事や運動などの生活習慣を変えることで、がん細胞の表面にある抗原の数を直接的に増やすことは難しいと考えられています。

抗原の発現は遺伝子の変異や細胞内部のプログラムによるものだからです。

しかし、生活習慣を整えて免疫細胞(T細胞やNK細胞)の働きを元気に保つことは、提示された抗原を見つけて攻撃する力を維持するために非常に重要です。

正常な細胞にもがん抗原が含まれることはありますか?

はい、あります。「腫瘍関連抗原」と呼ばれるタイプのものは、正常な細胞にもわずかに存在することがあります。しかし、がん細胞ではその量が異常に多いため、免疫の標的になり得ます。

治療においては、正常細胞への影響を最小限に抑えつつ、がん細胞だけを攻撃できるように工夫された薬や治療法が選ばれます。

抗原が見つからない場合は免疫療法はできませんか?

特定の抗原が見つからなくても、すべての免疫療法ができないわけではありません。

抗原を特定せずに免疫全体の底上げを図る治療法や、免疫チェックポイント阻害薬のように、抗原の種類に関わらず免疫のブレーキを外すことで効果を狙う薬もあります。

ただし、抗原が少ない「免疫学的に冷たいがん」に対しては、治療の効果が出にくい傾向があるため、他の治療法(放射線や抗がん剤)と組み合わせて抗原の放出を促すなどの複合的なアプローチが検討されます。

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