がんの診断を受けると、「悪性度」や「グレード」という言葉を耳にすることがあります。
これは、がん細胞の性質や見た目(顔つき)を評価し、そのがんがどれくらいの速さで増殖し、広がる可能性があるかを示す指標です。
悪性度を理解することは、ご自身の病状を正確に把握し、医師と共に治療方針を決定する上で非常に重要です。この分類は、がんの「進行度(ステージ)」とは異なる視点からがんを評価するものです。
この記事では、がんの悪性度分類(グレーディング)の基本である「分化度」「組織学的悪性度」「核異型度」について、それぞれが何を意味するのかを詳しく、そして分かりやすく解説していきます。
分化度とは – がん細胞の顔つき
がんの悪性度を評価する上で最も基本的な指標の一つが「分化度」です。これは、がん細胞が、元となった正常な細胞の姿や性質をどれだけ保っているかを示すものです。
言い換えるなら、がん細胞の「成熟度」や「顔つき」を評価していると考えてください。正常な細胞は、特定の役割を持つために成熟した形(分化)をしていますが、がん細胞はこの分化の度合いが様々です。
一般的に、正常な細胞に近い顔つきをしているほど「高分化」、かけ離れているほど「低分化」と判断し、悪性度を評価します。
分化度の定義と評価
医師は、手術や生検で採取した組織を顕微鏡で観察し、がん細胞の形や並び方を確認して分化度を判断します。正常な細胞は規則正しく並び、組織ごとに決まった構造を作ります。
一方、がん細胞は無秩序に増殖するため、この構造が乱れます。がん細胞が正常な細胞の構造をどれだけ再現できているか、その度合いによって悪性度を分類するのです。
この評価は、がんの増殖速度や転移のしやすさを予測する上で重要な情報となります。
正常細胞との類似性
分化度が高い(高分化)がん細胞は、正常な細胞とよく似た形をしており、比較的ゆっくり増殖する傾向があります。
例えば、胃の粘膜から発生したがんであれば、高分化なものは正常な胃の腺構造に似た形を作ろうとします。
反対に、分化度が低い(低分化)がん細胞は、正常細胞とは似ても似つかない未熟な形をしており、細胞分裂が速く、周囲に広がりやすい性質を持ちます。
この「顔つき」の違いが、がんの性格を大きく左右する要因の一つです。
高分化型、中分化型、低分化型
分化度は、主に「高分化型」「中分化型」「低分化型」の3段階に分類します。
高分化型は最もおとなしい性質のがん、低分化型は最も攻撃的な性質のがん、中分化型はその中間の性質を持つがんと理解してください。
この分類は、治療方針を決定する際の重要な判断材料となります。
例えば、高分化型で進行が遅いと予測される場合は、経過観察を選択することもありますし、低分化型であれば、より積極的な治療を早期に開始することが一般的です。
分化度による性質の違い
分類 | 細胞の見た目(顔つき) | 性質・増殖速度 |
---|---|---|
高分化型 | 正常な細胞によく似ている。組織の構造も保たれている。 | 増殖が比較的遅く、おとなしい性質。 |
中分化型 | 高分化型と低分化型の中間の特徴を持つ。 | 中程度の増殖速度と悪性度。 |
低分化型 | 正常な細胞とはほとんど似ていない。未熟な見た目。 | 増殖が速く、浸潤や転移をしやすい攻撃的な性質。 |
未分化がんという分類
低分化型よりもさらに分化度が低く、元の組織が何であったかさえも顕微鏡では判別できないほど未熟な状態のがんを「未分化がん」と呼びます。
未分化がんは、細胞の増殖能力が非常に高く、極めて攻撃的な性質を持つため、悪性度が最も高いがんと位置づけられます。
進行が非常に速く、早期から転移を起こしやすい特徴があるため、診断された場合は迅速かつ集学的な治療が必要です。治療法の選択も、他のがんとは異なるアプローチを検討することが多くなります。

組織学的悪性度 – がんの構造的な特徴
分化度が個々のがん細胞の「顔つき」を見る指標であるのに対し、「組織学的悪性度」は、がん細胞が集まって形成する「組織」全体の構造的な乱れや特徴を評価する指標です。
がん細胞の形の不均一さ(異型度)だけでなく、細胞分裂の頻度や、組織がどれだけ正常な構造から逸脱しているかなどを総合的に判断して、がんの悪性度を評価します。
これにより、より客観的で詳細ながんの性質の把握を目指します。特定のがんでは、この組織学的悪性度をスコア化する独自の分類法を用いています。
異型度と構造異型
組織学的悪性度の評価では、「細胞異型」と「構造異型」という二つの要素が重要です。
細胞異型は、一つ一つの細胞の大きさや形がどれだけバラバラか、核の形がどれだけいびつか、といった点を見ます。悪性度が高いがんほど、細胞の大きさや形は不揃いになります。
一方、構造異型は、がん細胞が作り出す組織構造の乱れの度合いを評価します。例えば、正常な腺組織が管のような構造を作るのに対し、がん組織ではその管の形が崩れたり、不規則な塊を形成したりします。
この二つの異型の度合いを総合的に評価し、悪性度を判断します。
組織学的悪性度の評価項目
- 細胞の大きさや形の不均一さ
- 核の大きさや形の不規則性
- 細胞分裂像の数
- 組織構造の乱れの度合い
特定の評価方法 – グリソンスコア
前立腺がんの悪性度評価では、「グリソンスコア」という国際的な基準が広く用いられています。
これは、前立腺の組織内に存在するがんの中で、最も面積の大きい部分のパターンと、次に大きい部分のパターンをそれぞれ1から5の5段階で評価し、その二つの数値を合計してスコアを算出する方法です(合計2-10点)。
スコアが高いほど、がんの悪性度が高いと判断します。例えば、最も多いパターンが3で、次に多いパターンが4であれば、グリソンスコアは3+4=7となります。
このスコアは、治療方針の決定や予後の予測に極めて重要な役割を果たします。
グリソンスコアの解釈
グリソンスコア | 悪性度の評価 | 解説 |
---|---|---|
6点以下 | 悪性度が低い | がん細胞の分化度が高く、比較的おとなしい性質。 |
7点 | 中程度の悪性度 | 治療方針を決定する上で重要な境界となるスコア。 |
8点以上 | 悪性度が高い | がんの増殖が速く、転移のリスクが高い状態。 |

核異型度 – 細胞核から見る悪性度
細胞の活動をコントロールする司令塔である「核」。この核の形や大きさ、内部の状態を詳しく観察することで、がんの悪性度を評価する方法が「核異型度」の評価です。
がん細胞では、遺伝情報が不安定になるため、核に様々な異常が現れます。正常な細胞の核と比較して、どれだけ形や大きさが異なっているか(異型性)を評価することで、細胞の悪性度を判断します。
核異型度は、特に乳がんや甲状腺がん、肉腫などの悪性度分類で重要な指標として用いられています。
細胞核の大きさや形の変化
悪性度の高いがん細胞では、核が正常細胞に比べて異常に大きくなる傾向があります。また、形も綺麗な円形や楕円形ではなく、いびつで不規則な形を示します。
細胞全体の大きさに占める核の割合(N/C比 – 核/細胞質比)も重要な指標です。
正常細胞では核の割合は比較的小さいですが、がん細胞、特に悪性度の高いものでは核が細胞質の大部分を占めるようになり、N/C比が増大します。
これらの変化は、細胞のコントロールが失われ、無秩序な増殖が起きていることを示唆しています。
クロマチンと核小体の異常
核の内部には、遺伝情報を持つDNAとタンパク質から成る「クロマチン」が存在します。正常な細胞ではクロマチンは均一に分布していますが、がん細胞では増量し、不規則に凝集して濃淡の差が激しくなります。
これをクロマチンの増量と不均等分布と呼び、悪性度が高い徴候と捉えます。また、核の中には「核小体」という小さな構造体があり、細胞の増殖に重要な役割を果たします。
がん細胞ではこの核小体が大きく、数も増える傾向があります。これも活発な細胞分裂、つまり高い悪性度を示す所見です。
核異型度の主な評価ポイント
評価項目 | 悪性度の高い細胞での変化 | 意味すること |
---|---|---|
核の大小不同 | 核の大きさが不揃いになる | 細胞分裂の異常や遺伝子の不安定性 |
N/C比(核/細胞質比) | 核が細胞質に比べて異常に大きくなる | 細胞の成熟障害と増殖コントロールの喪失 |
クロマチンの状態 | 増量し、濃淡が不均一になる | 遺伝情報の異常な複製と凝縮 |

がんの悪性度分類に関するよくある質問
がんの悪性度(グレード)について、患者さんやご家族から寄せられることの多い質問にお答えします。ご自身の状況をより深く理解するための一助としてください。
- グレードが高いと必ず予後が悪いのですか?
-
必ずしもそうとは言えません。グレードはあくまでがんの性質の一側面を示す指標であり、予後を左右する要素は他にもたくさんあります。
がんの広がりを示す「ステージ(病期)」、がんの種類、発生した場所、患者さんご自身の全身状態、そして治療法に対する反応性など、多くの要因が複雑に関わり合って予後が決まります。
近年では、分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬など、特定のがんの性質に合わせた治療法が開発されています。
グレードが高い(悪性度が高い)がんであっても、効果的な治療法が見つかることで、良好な経過をたどるケースも増えています。
- 悪性度の分類はどのように決まりますか?
-
悪性度の分類は、病理医という専門の医師が、生検や手術で採取されたがん組織を顕微鏡で詳細に観察して決定します。これを「病理診断」と呼びます。
病理医は、この記事で解説した「分化度」「組織学的悪性度」「核異型度」といった複数の観点から、がん細胞の顔つきや組織の構造を総合的に評価し、最終的なグレードを判断します。
診断の精度を高めるために、特殊な染色(免疫染色など)を行うこともあります。この病理診断の結果は、治療方針を決定する上で最も重要な情報の一つとなります。
- 悪性度は治療中に変化しますか?
-
基本的には、最初に診断された悪性度(グレード)が治療の途中で大きく変わることは稀です。ただし、がんは不均一な細胞の集まりであり、同じ腫瘍の中にも異なる性質の細胞が混在していることがあります。
また、長期間の治療、特に抗がん剤治療などを経て、がん細胞の性質が変化(形質転換)し、悪性度が変化したように見えることもあります。
再発した場合など、再度組織を採取して病理診断を行い、悪性度を再評価することもあります。
- ステージとグレードの違いは何ですか?
-
これは非常によくある質問であり、理解しておくべき重要な違いです。
簡単に言うと、「グレード」はがんの「質」や「顔つき」を評価するもので、「ステージ」はがんの「広がり」や「量」を評価するものです。
グレード(悪性度): がん細胞そのものの性質を顕微鏡で見た評価です。「高分化」「低分化」など、がん細胞がどれだけ悪そうな顔つきをしているかを示します。
ステージ(病期): がんが原発巣(最初に発生した場所)にとどまっているか、周囲のリンパ節や他の臓器にまで広がっているか(転移)を示す指標です。通常、ステージIからIVのように数字で表され、数字が大きいほどがんが進行していることを意味します。
この二つは独立した指標であり、両方を組み合わせることで、がんの状態をより立体的に把握し、最適な治療方針を立てることができます。
これまで解説してきた悪性度(グレード)は、顕微鏡で見た細胞の「形」や「顔つき」に基づく分類でした。
しかし現代のがん医療では、さらに踏み込んで、がん細胞の「遺伝子」や「タンパク質」の特性を調べる「分子生物学的分類」が極めて重要になっています。
この分類によって、特定のがんの増殖に関わる原因遺伝子を特定し、その働きをピンポイントで抑える分子標的薬が使用できるかどうかを判断できます。
がんの顔つきだけでなく、その設計図である遺伝子レベルの情報を知ることは、より個別化された治療、すなわち「がんゲノム医療」への第一歩です。
がんの分子生物学的分類の解説記事で、治療選択に直結するこの重要な分類について学んでいきましょう。
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