がん細胞の「核」を読み解く – 治療方針を決める「核異型度」という指標

がん細胞の「核」を読み解く - 治療方針を決める「核異型度」という指標

がんの告知を受けると、病名や「ステージ」といった言葉と共に、多くの専門的な情報が伝えられます。その中で「グレード」や「核異型度(かくいけいど)」という言葉を聞いたことがあるかもしれません。

これらは、がんの性質、特にその「顔つき」や「悪性度」を評価するための重要な指標です。核異型度は、がん細胞の核の状態を顕微鏡で観察し、その悪性度の高さを判断するものです。

この評価は、がんの進行速度や再発のリスクを予測し、あなたにとってどのような治療がより効果的かを判断する上で、医師にとって貴重な情報を提供します。

この記事では、治療方針を決定する上で重要な「核異型度」とは何か、それがどのように評価され、治療にどう影響するのかを、一つひとつ丁寧に解説していきます。

核異型度とは – がんの悪性度を測るものさし

がんの診断や治療方針を考える上で、がん細胞そのものの性質を理解することがとても大切です。その性質を評価する指標の一つが「核異型度」です。

これは、がん細胞の「核」が正常な細胞の核と比べて、どれだけ形や大きさが異なっているか、その度合いを示します。

いわば、がんの「顔つきの悪さ」を評価するものであり、悪性度を測るための客観的なものさしとして機能します。

細胞の設計図である「核」の異常度

私たちの体の細胞の中心には「核」と呼ばれる部分があります。核には遺伝情報が詰まっており、細胞の活動をコントロールする司令塔の役割を担っています。

正常な細胞では、核の形や大きさは均一に整っています。しかし、がん細胞ではこの核に異常が生じ、大きさや形が不揃いになります。

核異型度は、この乱れの度合いを評価することで、がん細胞がどれだけ正常から逸脱しているか、つまり悪性度が高いかを判断する手がかりになります。

病理診断で評価するがんの悪性度

核異型度は、手術や生検で採取した組織を調べる「病理診断」という検査の中で、病理医が顕微鏡を使って評価します。

病理医は、細胞の核の大きさ、形の不揃い、色の濃さなどを総合的に観察し、その異型性の度合いを判定します。

この評価は、後述する「グレード(異型度分類)」を決定するための基礎情報となり、治療方針の決定に大きな影響を与えます。

なぜ細胞の「核」に注目するのか – 生命の設計図が乱れるとき

がんの評価において、数ある細胞の構成要素の中で、なぜ特に「核」が重要視されるのでしょうか。

それは、核が細胞の生命活動の根幹を担う「設計図」そのものである遺伝情報(DNA)を格納している場所だからです。がんとは、この設計図に異常が起きて、細胞が無秩序に増殖を続ける状態を指します。

そのため、核の状態を観察することは、がんの本質を理解することに直結します。

遺伝情報の乱れが形に現れる

がん細胞では、遺伝子に多くの傷がつき、染色体の数や構造に異常が生じます。この内部の混乱は、核の見た目、つまり大きさや形、色の濃淡といった外見上の変化として現れます。

例えば、遺伝情報が異常に増えれば核は大きくなり、細胞分裂が制御不能になれば、奇妙な形の核が出現します。

つまり、核の異型性は、がん細胞内部で起きている遺伝子レベルの異常を反映する鏡のようなものなのです。

細胞分裂の制御不能を示すサイン

正常な細胞は、体のルールに従って適切に分裂し、増殖をコントロールしています。しかし、がん細胞はそのコントロールを失い、無秩序に分裂を繰り返します。

この異常な細胞分裂の活発さは、核の中にある「核小体」と呼ばれる部分が目立ったり、数が多くなったりすることに現れます。病理医はこうしたサインを読み取り、がんの増殖する勢いを評価します。

核の異型性が強いほど、細胞分裂の勢いが強く、悪性度が高いと判断される傾向にあります。

正常細胞との違いで見る – あなたのがんはどのグレード?

核異型度の評価は、がんの悪性度を段階的に分類する「グレード」を決定するために用いられます。

グレードは、がん細胞が元の正常な組織の細胞とどれくらい似ているか(分化度)、そして核の異型性がどの程度かによって総合的に判断します。

この分類により、がんの性格をおおまかに把握することができます。

グレード分類の基本

グレードは、多くの場合、3段階で分類します。これはがんの種類によって基準が異なりますが、一般的な考え方は共通しています。

核異型度に基づくグレード分類の概要

グレード分類核異型度の特徴細胞の分化度
グレード1 (G1)異型度は軽度。核の大きさや形が比較的均一。高分化(正常細胞に近い)
グレード2 (G2)異型度は中等度。核の不揃いが目立つ。中分化
グレード3 (G3)異型度は高度。核の大小不同が著しく、奇形核も見える。低分化(正常細胞から大きくかけ離れる)

「分化度」との関係性

グレード分類を理解する上で、「分化度」という言葉も重要です。「分化」とは、細胞が特定の役割を持つ成熟した細胞に変化していくことを指します。

高分化ながん細胞は、元の正常な細胞の姿や特徴を比較的よく保っていますが、低分化ながん細胞は、未熟で原始的な細胞の姿をしており、正常細胞との違いが大きくなります。

一般的に、核異型度が高い細胞は、分化度も低い(低分化)傾向にあり、悪性度が高いと評価します。

分化度とがん細胞の性質

  • 高分化癌 – 比較的おとなしい性質で、増殖がゆっくりな傾向がある。
  • 中分化癌 – 両者の中間的な性質を持つ。
  • 低分化癌 – 増殖が速く、転移しやすい傾向がある。

核異型度が高いと何が起こるのか – 進行速度と再発リスク

核異型度が高く、グレードが高い(例 G3)と診断された場合、それはがん細胞の増殖する勢いが強く、悪性度が高い性質を持っていることを意味します。

この情報は、今後の病状の見通し(予後)を予測し、治療戦略を立てる上で非常に重要になります。

予後予測の指標として

一般的に、核異型度が高いがんは、低いがんに比べて増殖速度が速く、周囲の組織に浸潤したり、他の臓器に転移したりする可能性が高いと考えられています。

そのため、グレードは予後を予測するための重要な因子の一つとなります。

ただし、予後はグレードだけで決まるわけではなく、後述するステージや全身の状態、治療の効果など、多くの要因を総合して判断します。

核異型度の評価項目例

評価項目異型度が高い場合の特徴意味すること
核の大きさの不揃い大小さまざまな核が混在する遺伝情報が不安定
核の形の不整いびつな形、切れ込みがある細胞分裂の異常
核クロマチンの増量・濃染核内が濃く不均一に染まる遺伝子の異常な活性化

治療への反応性との関連

がん細胞の性質は、薬物療法(抗がん剤治療)や放射線治療への反応性にも影響を与えることがあります。

例えば、増殖が活発ながん細胞は、細胞分裂を標的とするタイプの抗がん剤が効きやすい場合があります。

一方で、悪性度が高いがんは、治療後に再発するリスクも高まる傾向があるため、より強力な治療や、手術後の補助的な治療(術後補助療法)を検討する根拠となります。

「悪性度(グレード)」と「病期(ステージ)」- 似ているようで全く違う二つの指標

がんの説明で、グレードとともによく使われるのが「ステージ(病期)」です。この二つは混同されがちですが、評価しているものが全く異なります。

グレードががん細胞の「性質(顔つき)」を評価するミクロの視点であるのに対し、ステージはがんの「広がり」を評価するマクロの視点です。

正確な病状の理解と適切な治療選択のためには、この違いを理解することが大切です。

評価する視点の違い

二つの指標が何を示しているのか、その根本的な違いを整理しましょう。

グレードとステージの主な違い

項目悪性度(グレード)病期(ステージ)
評価対象がん細胞の「顔つき」(悪性度の高さ)がんの「広がり」の程度
評価方法顕微鏡による組織の観察(病理診断)画像検査(CT、MRIなど)や手術所見
示すものがんの増殖スピードや性質がんがどのくらい進行しているか

ステージ分類の考え方(TNM分類)

ステージは、国際的に用いられている「TNM分類」に基づいて決定します。これは以下の3つの要素の組み合わせで、がんの進行度を評価するものです。

TNM分類の構成要素

  • T因子 – 原発巣の大きさや周囲への広がり
  • N因子 – 所属リンパ節への転移の有無と範囲
  • M因子 – 他の臓器への遠隔転移の有無

これらの組み合わせによって、ステージは0期からⅣ期までの段階に分類されます。例えば、グレードが高くても(顔つきが悪くても)、初期の段階で発見されればステージは低くなります。

逆に、グレードが低くても(顔つきがおとなしくても)、発見が遅れればステージは進行している可能性があります。

癌の核異型度はどう決まるのか – 病理診断の現場

あなたが受けた検査で採取された組織片は、「病理診断」という過程を経て、専門家である病理医によって詳細に分析されます。

核異型度やグレードの評価は、この病理診断の中核をなす作業であり、あなたの癌に対する最終的な診断(確定診断)を導き出します。

生検や手術で採取した組織の検査

核異型度を評価するためには、まずがんの組織そのものを採取する必要があります。

これは、内視鏡検査の際にごく小さな組織片を採取する「生検」や、治療のためにがんを摘出する「手術」によって行います。採取された組織は、病理検査室に運ばれ、標本が作られます。

病理診断で行う主な検査

検査の種類目的わかること
組織診組織の構造や細胞の異型を調べるがんの確定診断、組織型、グレード
細胞診個々の細胞の形を調べるがん細胞の有無(スクリーニング)
免疫染色特殊な染色で細胞の性質を調べるがんの種類の特定、ホルモン受容体の有無など

病理医による顕微鏡での評価

病理医は、薄くスライスして染色された組織の標本を顕微鏡で観察します。

そして、がん細胞の核の大きさ、形、色の濃さ、核小体の状態、細胞分裂の頻度などを、基準に照らし合わせて詳細に評価し、核異型度のスコアをつけます。

例えば乳癌では、核異型度、組織構造、細胞分裂数の3つの要素をスコア化し、その合計点でグレードを決定する手法が広く用いられています。

病理診断報告書の重要性

これらの評価結果は、「病理診断報告書」という書類にまとめられます。

この報告書には、がんの最終的な診断名、組織型、グレード、大きさ、リンパ節転移の有無など、治療方針を決定するための極めて重要な情報が記載されています。

主治医はこの報告書に基づいて、あなたに病状を説明し、今後の治療計画を立てていきます。

核異型度が左右するがん治療の選択 – 手術から薬物療法まで

核異型度から判断されるグレードは、がんの悪性度を示す重要な情報であり、治療法の選択に直接的な影響を与えます。

グレードが高いがんは、より進行が速く、再発のリスクも高いと想定されるため、より積極的な治療が必要になる場合があります。

医師は、ステージ(がんの広がり)の情報とグレード(がんの性質)の情報を組み合わせ、あなた個人に合わせた治療計画を立案します。

治療方針決定におけるグレードの役割

グレードは、特に手術後の追加治療(補助療法)が必要かどうかを判断する際に重視されます。

グレードに応じた治療法の一般的な考え方(例)

グレードがんの性質治療選択への影響
グレード1おとなしい性質、増殖が遅い手術のみで経過観察となる可能性。補助療法は不要な場合も。
グレード2中間的な性質ステージや他の因子を考慮し、補助療法の要否を慎重に判断。
グレード3攻撃的な性質、増殖が速い再発リスクが高いため、手術後に薬物療法や放射線治療を追加することを積極的に検討。

乳癌など特定のがんにおける重要性

特に乳癌の治療においては、グレードはホルモン受容体の有無やHER2というタンパク質の発現状態と並んで、治療方針を決定する上で極めて重要な因子です。

グレードが高い乳癌では、術後の再発予防のために、抗がん剤治療(化学療法)が推奨されることが多くなります。

他の因子と合わせた総合的な判断

最終的な治療方針は、グレードだけで決まるわけではありません。

がんの種類、ステージ、患者さん自身の年齢や体力、合併症の有無、そして何よりもご本人の希望などを総合的に考慮して、主治医と相談しながら決定していきます。

グレードは、その判断材料の一つとして、客観的な情報を提供してくれるのです。

自分の状態を正しく知る – 医師との対話を深めるための知識

ご自身の癌について、核異型度やグレードといった情報を正しく理解することは、漠然とした不安を軽減し、主体的に治療に参加するためにとても重要です。

医師からの説明を十分に理解し、疑問や不安な点を解消することで、納得のいく治療選択につながります。知識は、あなたと医療チームとの間の架け橋となります。

病理診断の結果を確認する

主治医から病状の説明を受ける際には、病理診断の結果について尋ねてみましょう。特に、ご自身の癌の「グレード」がいくつか、そしてそれがどのような性質を意味するのかを確認することが大切です。

もし可能であれば、病理診断報告書のコピーをもらい、自宅で落ち着いて読み返すのも良いでしょう。

医師に確認したい質問の例

カテゴリ質問の具体例
グレードについて「私の癌のグレードはいくつですか?」
「このグレードは、どのような性質を意味しますか?」
予後について「このグレードは、今後の見通しにどう影響しますか?」
治療について「このグレードであることが、治療法の選択にどう関係していますか?」
「なぜこの治療法が必要なのですか?」

納得して治療に臨むために

専門用語が多く、一度の説明ですべてを理解するのは難しいかもしれません。わからない言葉があれば遠慮なく質問し、理解できるまで説明を求めましょう。

メモを取ったり、家族に同席してもらったりすることも助けになります。ご自身の体のこと、これからの治療のことです。

核異型度やグレードという指標を手がかりに、ご自身の癌への理解を深め、医師としっかり話し合うことが、安心して治療を進めるための第一歩となります。

よくある質問

核異型度やグレードに関して、患者さんからよく寄せられる質問とその回答をまとめました。

核異型度はすべての癌で評価しますか?

多くの固形癌で評価しますが、癌の種類によって重要度は異なります。

乳癌、前立腺癌、子宮体癌、一部の脳腫瘍などでは、グレード分類が治療方針決定や予後予測に直結するため、非常に重要視されます。

一方で、胃癌や大腸癌などでは、グレードよりもがんが組織のどの深さまで達しているか(深達度)の方がより重要な因子とされることもあります。

血液のがんのように、グレード分類を用いない癌もあります。

グレードは途中で変わることがありますか?

基本的には変わりませんが、再発時には変化する可能性があります。

最初に診断された時点でのグレードが、その癌の基本的な性質を示します。治療によってグレードが変化するという考え方は一般的ではありません。

ただし、まれに再発や転移をした際に、元の癌とは少し性質の異なる(より悪性度の高い)細胞が優勢になることで、グレードが高いと評価されることがあります。

そのため、再発した場合にも再度組織を採取して病理診断を行うことがあります。

自分の核異型度やグレードを病理診断報告書で確認できますか?

はい、通常は病理診断報告書に記載されています。

病理診断報告書には、「Nuclear Grade」「Histological Grade」などの項目で記載されていることが一般的です。例えば「Nuclear Grade 3/3」「Grade 2」のように表記されます。

もし報告書を見てもわからない場合は、どの部分が該当するのかを主治医に直接尋ねてみてください。報告書は専門的な内容ですが、ご自身の診断の根拠となる重要な書類です。

用語の簡単な対応

日本語英語表記の例意味
核異型度Nuclear Atypia, Nuclear Grade細胞核の異型性の度合い
組織学的異型度/グレードHistological Grade, Grade組織構造や分化度を含む総合的な悪性度評価
分化度Differentiation正常組織との類似度
分化度による分類

この記事では、がんの悪性度を評価する「核異型度」と「グレード」について解説しました。

これらの指標は、がん細胞の「顔つき」や性質を理解し、今後の治療方針を決定するための重要な手がかりとなります。

特に、がん細胞が正常な細胞からどれだけかけ離れているかを示す「分化度」は、グレード分類の根幹をなす考え方です。

高分化、中分化、低分化といった分類が、がんの増殖スピードや性質をどのように反映するのか、さらに詳しく知りたい方は、分化度の解説記事もお読みください。

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