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食道がん – 早期発見と治療選択のための基礎知識

食道がん - 早期発見と治療選択のための基礎知識

「食道がん」と診断された方、あるいはご自身やご家族に気になる症状があり、不安を感じている方へ。

この記事では、食道がんという病気について、その基本的な知識から、原因、症状、検査、そして治療法に至るまで、専門的な情報を分かりやすく解説します。

病気を正しく理解することは、不安を和らげ、ご自身に合った治療を選択するための第一歩です。この記事が、あなたが前向きに病気と向き合い、より良い未来を築くための一助となることを願っています。

食道がんとは何か – 発生部位と特徴を知る

私たちの体の中で、食べ物が口から胃へと送られる通り道が「食道」です。この食道は、のど(咽頭)と胃をつなぐ管状の臓器で、長さは約25cm、太さは2〜3cmほどあります。

食道がんは、この食道の粘膜から発生する悪性腫瘍です。食道は体の中心深くに位置し、周囲には心臓、大動脈、肺、気管といった重要な臓器が隣接しています。

この解剖学的な特徴が、食道がんの治療を複雑にする一因ともなります。

食道がんの主な種類

食道がんは、がん細胞の見た目(組織型)によって、主に二つのタイプに分けられます。日本人では「扁平上皮がん」が圧倒的に多く、全体の約90%を占めます。

一方、欧米では「腺がん」が多く見られます。この二つのタイプは、発生する原因や好発部位が異なるため、区別して理解することが重要です。

食道がんの種類と特徴

種類主な原因特徴
扁平上皮がん飲酒、喫煙日本人に最も多いタイプ(約90%)。食道の中部から下部に発生しやすい。
腺がん逆流性食道炎食生活の欧米化に伴い増加傾向。胃とのつなぎ目である食道下部に発生しやすい。

なぜ食道にがんができるのか – 主な原因とリスク要因

食道がん、特に日本人に多い扁平上皮がんの発生には、特定の生活習慣が深く関わっています。その中でも、最も重要な危険因子が「飲酒」と「喫煙」です。

この二つの習慣は、それぞれが独立してリスクを高めるだけでなく、両方が重なることで、がんの発生リスクを飛躍的に増大させます。

飲酒と喫煙の相乗効果

アルコールが体内で分解される過程で生じる「アセトアルデヒド」という物質には、発がん性があります。

特に、少量の飲酒ですぐに顔が赤くなる、いわゆる「フラッシャー」と呼ばれる体質の人は、このアセトアルデヒドを分解する酵素の働きが遺伝的に弱いことが分かっています。

このような人が飲酒を続けると、高濃度の発がん性物質が食道粘膜を長時間にわたって刺激し、がんのリスクが著しく高まります。

さらに、喫煙が加わると、タバコの煙に含まれる多くの発がん物質が唾液に溶け込み、食道を通過することで、粘膜へのダメージがさらに深刻になります。

食道がんの主なリスク要因

リスク要因関連するがんの種類解説
飲酒扁平上皮がん特にアセトアルデヒドの分解能力が低い体質の人はリスクが高い。
喫煙扁平上皮がん飲酒との相乗効果でリスクが飛躍的に高まる。
逆流性食道炎腺がん胃酸の逆流が食道粘膜を傷つけ、「バレット食道」という前がん状態を引き起こす。

腺がんの原因となる逆流性食道炎

一方、腺がんの主な原因は、胃酸が食道へ逆流する「胃食道逆流症(GERD)」です。長期間にわたって胃酸の刺激にさらされると、食道下部の粘膜が胃の粘膜のような組織に変化してしまうことがあります。

この状態を「バレット食道」と呼び、腺がんの発生母地となります。脂肪分の多い食事や肥満、加齢などが、胃食道逆流症のリスクを高める要因です。

初期症状を見逃さない – 食道がんの警告サイン

食道は「沈黙の臓器」とも呼ばれ、がんが発生しても、ごく初期の段階では自覚症状がほとんど現れません。これが食道がんの発見を遅らせる大きな原因となっています。

しかし、病状が進行するにつれて、少しずつ体からのサインが現れ始めます。これらの警告サインに早く気づき、専門医に相談することが、早期発見と治療成功の鍵を握ります。

気づきにくい初期症状

がんがまだ小さい初期の段階では、症状は非常に軽微で、見過ごされがちです。以下のような症状が一時的に現れては消えることもあります。

  • 熱いものや酸っぱいものがしみる感じ
  • 胸の奥の違和感やチクチクする痛み
  • 食べ物がつかえるような感覚

これらの初期症状は、食道炎など他の病気でも起こりうるため、自己判断は禁物です。特に飲酒や喫煙の習慣がある方は、些細な変化でも注意を払うことが大切です。

進行によって現れる明確な症状

がんが大きくなり、食道の内側を狭くするようになると、よりはっきりとした症状が現れます。これらの症状は、病気が進行しているサインである可能性が高いです。

症状の進行度と目安

症状考えられる状態
食べ物のつかえ感がんが大きくなり、食道を狭くしている。
体重減少食事が十分に摂れないことや、がん自体が原因。
声のかすれ(嗄声)がんが声帯を動かす神経に影響を及ぼしている。
胸や背中の痛み、咳がんが食道の壁を越えて周囲の臓器に広がっている。

検査と診断 – 早期発見のための検査方法

食道がんが疑われる場合、その存在を確定し、がんの広がりや進行度を正確に把握するために、いくつかの検査を行います。診断の中心となるのは内視鏡検査です。

これにより、食道粘膜の状態を直接観察し、疑わしい部分の組織を採取して詳しく調べることができます。

確定診断の中心となる内視鏡検査

内視鏡検査(一般に「胃カメラ」と呼ばれる)は、食道がんの診断において最も重要な検査です。先端に小型カメラがついた細い管を口や鼻から挿入し、食道の内部を隅々まで観察します。

このとき、特殊な光(NBI)を使ったり、色素(ルゴール)を散布したりすることで、正常な粘膜との違いが際立ち、ごく小さな初期のがんも見つけやすくなります。

がんが疑われる部分が見つかった場合は、その組織の一部を採取(生検)し、顕微鏡でがん細胞の有無を確認することで診断を確定します。

がんの広がりを調べる検査

内視鏡検査でがんが確定したら、次に治療方針を決めるために、がんがどの程度広がっているか(病期、ステージ)を詳しく調べます。これには、主に画像検査を用います。

食道がんの主な検査方法と目的

検査名検査方法主な目的
内視鏡検査カメラで食道内を直接観察し、組織を採取する。がんの確定診断、位置や表面的な広がりの確認。
CT検査X線で体の断面を撮影する。がんの大きさ、周囲臓器への広がり、リンパ節や遠隔臓器への転移の有無を調べる。
超音波内視鏡検査(EUS)内視鏡の先端から超音波を出し、食道壁の内部を観察する。がんが食道壁のどの深さまで達しているか(深達度)を精密に調べる。

病期(ステージ)を理解する – がんの進行度と分類

検査によって得られた情報をもとに、がんの進行度を判定します。

これを「病期(ステージ)分類」と呼びます。

食道がんのステージは、がんの深さ(T因子)、リンパ節への転移の有無(N因子)、他の臓器への遠隔転移の有無(M因子)という3つの要素を組み合わせて、0期からIV期までの5段階に分類します。

このステージは、治療方針を決定し、今後の見通し(生存率)を予測する上で、極めて重要な指標となります。

TNM分類とは

TNM分類は、がんの進行度を客観的に評価するための世界共通の基準です。

TNM分類の概要

因子評価する内容詳細
T因子(深達度)がんが食道の壁のどの深さまで達しているか浅いほど数字が小さく、深いほど大きくなる。
N因子(リンパ節転移)食道周囲のリンパ節にがんが転移しているか転移がない場合はN0、転移がある場合はその個数に応じて数字が大きくなる。
M因子(遠隔転移)肺や肝臓など、食道から離れた臓器に転移しているか転移がない場合はM0、転移がある場合はM1となる。

ステージ別の状態と生存率

ステージは、がんとの闘いにおける現在地を示す地図のようなものです。ステージが早期であればあるほど、体への負担が少ない治療で根治を目指せる可能性が高くなります。

生存率は、同じステージと診断された多くの患者さんのデータを集計した統計的な指標であり、個人の余命を示すものではありません。

医療は日々進歩しており、新しい治療法の登場によって、生存率は年々向上しています。

ステージ別の5年相対生存率の目安

ステージ状態の目安5年相対生存率(※)
I期がんが食道壁の比較的浅い層にとどまり、リンパ節転移がほとんどない。約80%
II期・III期がんが深くなり、リンパ節への転移が見られる。約50% (II期) / 約25% (III期)
IV期肺や肝臓など、他の臓器への遠隔転移がある。約5%

※生存率はあくまで目安であり、全国がんセンター協議会のデータを参考に簡略化して示しています。年齢や健康状態、治療法によって異なります。

治療の選択肢 – 手術・放射線・薬物療法の実際

食道がんの治療は、がんのステージや全身の状態、そして患者さんご本人の希望などを総合的に考慮して決定します。

主に「内視鏡治療」「手術」「放射線治療」「化学療法(薬物療法)」の四つがあり、これらを単独、あるいは組み合わせて行います(集学的治療)。

ステージに応じた治療法

治療の目標は、ステージによって異なります。早期がんであれば根治を目指し、進行がんであっても、がんの進行を抑え、症状を和らげることで、生活の質を保つことを目指します。

ステージ別の主な治療法の選択肢

ステージ主な治療法解説
0期〜I期の一部内視鏡治療(ESD)食道を温存できる、体への負担が最も少ない治療。
I期〜III期手術、化学放射線療法根治を目指す中心的な治療。手術と化学療法、放射線治療を組み合わせることが多い。
IV期、再発化学療法、放射線治療がんの進行を抑え、症状を緩和することが主な目標となる。

各治療法の詳細

内視鏡治療

がんが食道粘膜の浅い部分にとどまっている場合に行う治療です。内視鏡を使って、食道の内側からがんを電気メスで剥ぎ取るように切除します。

手術に比べて体への負担が格段に少なく、食道を温存できるのが最大の利点です。

手術

進行食道がんに対する根治を目指す治療の中心です。がんを含んだ食道と、転移の可能性がある周囲のリンパ節を広範囲に切除します。その後、胃などを引き上げて、食べ物の通り道を再建します。

近年は、胸腔鏡や腹腔鏡を用いた、傷が小さく体への負担が少ない手術も普及しています。

放射線治療

高エネルギーのX線をがん細胞に照射して破壊する治療法です。多くの場合、化学療法と同時に行い(化学放射線療法)、手術と同等の効果を目指したり、手術が難しい場合の根治治療として選択したりします。

また、骨転移による痛みなど、症状を和らげる目的でも行います。

化学療法(薬物療法)

抗がん剤を用いて、全身に広がったがん細胞を攻撃する治療です。

手術の前後に再発を防ぐ目的で行ったり、放射線治療と組み合わせて効果を高めたり、切除が難しい進行がんや再発がんの進行を抑える目的で行ったりします。

治療後の生活 – 食事と日常生活の工夫

食道がんの治療、特に手術を受けた後は、食生活や日常生活に工夫が必要になります。これは、治療によって変化した体と上手に付き合い、再発を防ぎながら、生活の質を維持していくためにとても重要です。

治療後の体調管理で最も大きな課題となるのが食事です。

手術後の食事のポイント

食道切除の手術では、胃を細い管状にして食道の代わりとすることが多いため、一度に食べられる量が減り、食べ物が逆流しやすくなります。

退院後の食事は、体の回復に合わせて、焦らず少しずつ慣らしていくことが大切です。

手術後の食事のポイント

ポイント具体的な工夫
少量・頻回食1回の食事量を減らし、1日5〜6回に分けて食べる。
よく噛む消化を助けるため、一口30回以上を目安によく噛む。
逆流を防ぐ食後2時間程度は横にならない。寝るときは上半身を少し高くする。

再発への備えと定期検診

食道がんは、治療後に再発する可能性があるがんです。そのため、治療が終わった後も、定期的に通院し、検査を受けることが重要です。

定期検診では、CT検査や内視鏡検査などを行い、再発や、食道以外の場所に新しくできる「重複がん」の兆候がないかをチェックします。万が一、再発が見つかった場合でも、早期に発見できれば、再び治療を行うことが可能です。

不安なことや体調の変化があれば、一人で抱え込まず、主治医や看護師に相談しましょう。

予防できることから始める – リスクを減らす生活習慣

食道がんの発生には、長年の生活習慣が大きく影響します。つまり、日々の生活を見直すことで、そのリスクを下げることが可能です。

がんの予防は、特別なことではなく、健康的な生活を送るための基本的な心がけと共通しています。

禁煙と節度ある飲酒

食道がん予防において、最も効果的なのは「禁煙」です。タバコは百害あって一利なし。ご自身の健康のため、そして周りの大切な人のためにも、禁煙を決意しましょう。

また、「飲酒」は完全に断つ必要はありませんが、節度ある量にとどめることが大切です。

特に、お酒で顔が赤くなる人は、食道がんのリスクが非常に高いことを自覚し、飲酒量を控えるか、できれば禁酒することが望ましいです。

予防のために心がけたいこと

  • 禁煙を徹底する
  • 飲酒は適量を守る(顔が赤くなる人は特に注意)
  • バランスの取れた食事(野菜や果物を十分に)
  • 熱すぎる飲食物を避ける
  • 適度な運動と適正体重の維持

よくある質問

お酒に弱い(顔が赤くなる)と、本当に食道がんになりやすいのですか?

はい、その通りです。お酒で顔が赤くなるのは、発がん性物質であるアセトアルデヒドを分解する酵素の働きが弱い体質の証拠です。

このような方が飲酒を続けると、食道がん(扁平上皮がん)のリスクが著しく高まることが科学的に証明されています。

飲酒習慣のある方は、ご自身の体質を理解し、飲酒量をコントロールすることが非常に重要です。

食道がんは遺伝しますか?

食道がんそのものが直接的に遺伝することは稀です。

しかし、前述した「お酒に弱い体質」は遺伝によって決まるため、ご両親がお酒に弱い場合、お子さんも同じ体質を受け継いでいる可能性が高くなります。

その意味では、間接的に家族内でリスクが高い傾向が見られることがあります。

治療にはどのくらいの費用がかかりますか?

治療費は、行う治療法(内視鏡、手術、化学療法など)や入院期間によって大きく異なります。

日本の公的医療保険制度には、医療費の自己負担額が一定の上限を超えた場合に、その超過分が払い戻される「高額療養費制度」があります。

この制度を利用することで、経済的な負担を大幅に軽減できます。詳しい手続きについては、病院の相談窓口やソーシャルワーカーに相談することをお勧めします。

関連情報:胃がん

食道がんのリスク要因である飲酒や喫煙は、胃がんのリスクにも影響を与えることがあります。

また、食道と胃は隣接する臓器であり、両方の病気について理解を深めておくことは、ご自身の健康管理に役立ちます。胃がんの原因の多くはピロリ菌感染ですが、生活習慣も無視できません。

胃がんの症状、検査、治療法についてまとめた以下の記事も、ぜひ合わせてお読みください。正しい知識を持つことが、早期発見と適切な対処につながります。

胃がん – 予防から治療まで知っておくべき基本知識

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