免疫力低下とがんリスク|免疫抑制剤・HIV・リンパ腫の関係

体の防御システムが弱まる「免疫不全・免疫抑制状態」と発がんリスクの関係

私たちの体には、病原体や体内で発生した異常な細胞から身を守る「免疫」という優れた防御システムが備わっています。

しかし、病気や治療など様々な医学的要因によってこの免疫の力が低下することがあります。

この記事では、免疫の働きが弱まる「免疫不全」や「免疫抑制」の状態が、なぜがんの発生リスクを高めるのか、その背景にある関係性を詳しく解説します。

目次

あなたの体を守る力 – 免疫の役割とは

免疫は、私たちの健康を維持するために、体内に侵入する細菌やウイルスなどの外敵や、体内で発生するがん細胞といった異常な細胞を識別し、攻撃・排除する複雑で精巧な自己防衛システムです。

このシステムが正常に機能することで、私たちは多くの病気から守られています。

免疫システムの主要な機能

免疫の働きは多岐にわたりますが、主に「体を守る」「健康を維持する」「異常を監視する」という三つの大きな役割を担っています。

これらの機能が連携し、私たちの体を内外の脅威から保護します。

体を守る三つの重要な働き

  • 生体防御 – 体外から侵入する病原体を排除する
  • 恒常性維持 – 老化したり傷ついたりした細胞を除去し、体を正常に保つ
  • 免疫監視 – 体内で発生した がん細胞などの異物を監視し、取り除く

免疫を担う主役「免疫細胞」

免疫システムの中核を担うのが、白血球に分類される多様な「免疫細胞」です。それぞれの細胞が特定の役割を持ち、連携して異物を攻撃します。

例えば、T細胞は司令塔として他の免疫細胞に指示を出したり、自らウイルス感染細胞を攻撃したりします。

B細胞は抗体を作り出し、NK細胞は常に体内をパトロールしてがん細胞やウイルス感染細胞を見つけ次第、攻撃します。

主要な免疫細胞とその役割

免疫細胞の種類主な役割特徴
T細胞司令塔・攻撃役ウイルス感染細胞やがん細胞を直接攻撃する
B細胞抗体産生異物(抗原)を記憶し、抗体を作って攻撃する
NK細胞パトロール役常に体内を監視し、異常な細胞を初期に発見し攻撃する

免疫が正常に働かない「免疫不全・免疫抑制」という状態

免疫システムが何らかの理由で正常に機能しなくなる状態を広く「免疫不全」と呼びます。

これには、生まれつき免疫機能に問題がある場合と、病気や治療など後天的な要因で機能が低下する場合があります。

一方、「免疫抑制」は、主に治療目的で意図的に免疫の働きを抑える状態を指します。

先天性と後天性の免疫不全

先天性免疫不全症は、遺伝子の異常により生まれつき免疫機能の一部が欠けていたり、働きが弱かったりする病気の総称です。

一方、後天性免疫不全は、出生後、何らかの原因で免疫機能が低下する状態で、代表的なものに後天性免疫不全症候群(エイズ)があります。

免疫機能が正常に働かなくなる二つの状態

分類主な原因具体例
免疫不全先天的な遺伝子異常、HIVウイルス感染など重症複合免疫不全症、後天性免疫不全症候群(エイズ)
免疫抑制治療(薬剤、放射線)、特定の疾患臓器移植後の免疫抑制剤の使用、がん化学療法

治療で引き起こされる免疫抑制

臓器移植や自己免疫疾患の治療では、拒絶反応や過剰な免疫反応を抑えるために、意図的に「免疫抑制剤」を使用して免疫の働きをコントロールします。

これは治療上必要な処置ですが、同時に体全体の防御機能を低下させることになります。

がん細胞の発生と免疫システムの監視機能

私たちの体内では、細胞分裂の際にコピーミスなどが原因で、毎日数千個のがん細胞が生まれていると言われています。

しかし、通常は免疫システムがこれらの異常な細胞を「異物」として認識し、本格的ながんになる前に排除しています。この働きを「免疫監視」と呼びます。

免疫監視から逃れるがん細胞

がん細胞は非常に巧妙で、増殖の過程で性質を変化させ、免疫細胞からの攻撃を回避する能力を獲得することがあります。

例えば、自身の目印(抗原)を隠したり、免疫細胞の働きにブレーキをかける物質を出したりして、免疫監視の網をすり抜けます。

がん細胞が免疫から逃れる手口

手口内容
抗原の隠蔽免疫細胞が認識する目印を少なくする、または隠す
免疫抑制物質の放出T細胞などの働きを弱める物質を出し、攻撃を抑制する
PD-L1の発現免疫細胞のブレーキ(PD-1)と結合し、攻撃を停止させる

なぜ免疫が弱ると「がん」になりやすくなるのか

免疫システムの力が低下すると、前述の免疫監視機能が十分に働かなくなります。

その結果、体内で発生したがん細胞を見逃しやすくなり、それらが排除されずに増殖を続け、やがて目に見える大きさの「がん」へと成長するリスクが高まります。

免疫監視機能の低下

免疫力が低下した状態では、がん細胞を発見し攻撃するNK細胞やT細胞の数が減少したり、活動が鈍くなったりします。これにより、がんの芽を早期に摘み取ることが困難になります。

特に、ウイルスが関与するがんの発生において、この影響は顕著に現れます。

免疫低下ががん発生につながる流れ

  • 免疫細胞の数や機能が低下する
  • 免疫監視システムが弱体化する
  • 発生したがん細胞が見逃され、排除されなくなる
  • がん細胞が増殖し、腫瘍を形成する

ウイルス感染と発がんリスクの増大

一部のがんは、特定のウイルス感染が引き金となって発生します。

健康な状態であれば免疫システムがウイルスを排除、あるいはコントロールしますが、免疫力が低下するとウイルスが再活性化し、長期間にわたって細胞にダメージを与え続け、がん化を促進することがあります。

例えば、EBウイルスはバーキットリンパ腫、ヒトパピローマウイルス(HPV)は子宮頸がんの原因として知られています。

注意が必要な医学的要因 – 病気や治療による免疫低下

免疫力の低下は、加齢やストレスといった日常的な要因だけでなく、特定の病気やその治療によっても引き起こされます。

これらの医学的要因を持つ人々は、がんの発生リスクについて特に注意が必要です。

臓器移植と免疫抑制剤

臓器移植を受けた患者は、ドナーの臓器に対する拒絶反応を防ぐため、生涯にわたり免疫抑制剤を服用する必要があります。

この治療は移植医療の成功に不可欠ですが、長期間にわたって免疫システム全体の働きを抑えるため、感染症や特定のがん(悪性腫瘍)の発生リスクが高まります。

臓器移植後にリスクが高まる主な悪性腫瘍

がんの種類特徴
皮膚がん特に有棘細胞がんのリスクが高い
移植後リンパ増殖症(PTLD)EBウイルスに関連するリンパ腫の一種
カポジ肉腫ヒトヘルペスウイルス8型が関与する

HIV感染症とエイズ

HIV(ヒト免疫不全ウイルス)は、免疫システムの司令塔であるヘルパーT細胞に感染し、これを破壊するウイルスです。

HIV感染が進行し、免疫力が著しく低下した状態がエイズ(後天性免疫不全症候群)です。

エイズ患者では、健康な人では問題にならないような弱い病原体による「日和見感染」や、特定のがん(エイズ指標疾患)を発症しやすくなります。

がん治療に伴う免疫低下

抗がん剤治療(化学療法)や放射線治療は、がん細胞を攻撃すると同時に、分裂が活発な正常細胞にもダメージを与えます。

骨髄にある造血幹細胞もその影響を受けやすく、白血球(免疫細胞)の産生が抑制されるため、一時的に免疫力が大きく低下します。この期間は、重篤な感染症のリスクが非常に高くなります。

治療による免疫低下の主な副作用

治療法免疫への影響主な副作用
化学療法骨髄抑制により白血球が減少感染症(発熱性好中球減少症など)
放射線治療照射部位の骨髄機能が低下局所および全身の免疫力低下

自己免疫疾患とその治療

自己免疫疾患は、本来は体を守るはずの免疫システムが、誤って自分自身の正常な細胞や組織を攻撃してしまう病気です。

この疾患自体の慢性的な炎症が一部のがんのリスクを高めるほか、治療に用いられるステロイドや免疫抑制剤が、がんに対する監視機能を低下させる可能性があります。

自己免疫疾患の治療で用いられる薬剤

  • ステロイド
  • 免疫抑制剤(メトトレキサートなど)
  • 生物学的製剤

免疫低下時に特に警戒したいがんの種類

免疫機能が低下している状態では、特定の種類のがんが発生しやすくなることが知られています。

これらは主に、免疫システムが深く関与する血液系のがんや、ウイルス感染が原因となるがんです。

リンパ腫(悪性リンパ腫)

リンパ腫は、白血球の一種であるリンパ球ががん化する病気です。免疫細胞そのものががん化するため、免疫不全状態と密接に関連します。

特に、臓器移植後やHIV感染者では、EBウイルスが関与するタイプのリンパ腫のリスクが著しく高まります。

免疫低下と関連の深いリンパ腫

リンパ腫の名称関連する状態関与するウイルス
移植後リンパ増殖症(PTLD)臓器移植EBウイルス
中枢神経原発悪性リンパ腫HIV感染症(エイズ)EBウイルス
バーキットリンパ腫HIV感染症(エイズ)EBウイルス

ウイルス関連のがん

免疫力が低下すると、体内に潜伏しているウイルスが再活性化しやすくなります。これにより、ウイルスが原因となるがんのリスクが上昇します。

警戒すべきウイルス関連のがん

がんの種類関連ウイルスハイリスク群
カポジ肉腫ヒトヘルペスウイルス8型 (HHV-8)HIV感染者、臓器移植患者
子宮頸がん・肛門がんヒトパピローマウイルス (HPV)HIV感染者、臓器移植患者
肝臓がんB型・C型肝炎ウイルス慢性肝炎患者

自分にできることは? – 早期発見に向けた検診の重要性

免疫機能が低下している、あるいはその可能性があると分かっている場合、がんの発生リスクを完全にゼロにすることは難しいかもしれません。

しかし、定期的な検診によってがんを早期に発見し、適切な治療を開始することは可能です。早期発見は、治療の選択肢を広げ、体への負担を軽減し、より良い経過につながる重要な鍵となります。

定期的ながん検診のすすめ

ご自身の状況に合わせて、主治医と相談の上で適切な検診計画を立てることが大切です。

一般的ながん検診に加えて、リスクが高いとされる特定のがんについて、より専門的な検査を定期的に受けることを検討しましょう。

生活習慣の見直し

免疫力を直接的に高める特効薬はありませんが、バランスの取れた食事、適度な運動、十分な睡眠、ストレス管理など、健康的な生活習慣を心がけることは、体全体のコンディションを整え、免疫システムが正常に働くための土台作りにつながります。

また、禁煙や節度ある飲酒は、がんの直接的なリスク要因を減らす上で非常に重要です。

免疫の状態を理解し、がんと向き合うために

免疫とがんの関係は非常に複雑ですが、そのつながりを理解することは、ご自身の健康状態を客観的に把握し、がんと向き合う上で大きな力となります。

病気や治療によって免疫力が低下している場合でも、過度に不安になる必要はありません。主治医と密に連携を取り、ご自身の状態に合った健康管理やがん検診を継続することが何よりも大切です。

免疫療法という選択肢

近年、がん治療の世界では、自分自身の免疫細胞の力を利用してがんと闘う「免疫療法」が注目されています。

これは、弱った免疫の働きを再活性化させたり、がん細胞が免疫にかけるブレーキを解除したりする治療法です。すべてのがんに有効なわけではありませんが、治療の新たな選択肢として期待されています。

ノーベル賞の治療薬「オプジーボ」の仕組み

2018年にノーベル医学・生理学賞を受賞した本庶佑先生の研究から生まれた「免疫チェックポイント阻害薬(オプジーボなど)」は、まさにこの「免疫の仕組み」を利用した薬です。

がん細胞は、免疫細胞に「攻撃するな」というブレーキ(PD-L1など)をかけて身を守っています。

この薬は、そのブレーキを解除することで、患者さん自身の免疫力を復活させ、再びがん細胞を攻撃できるようにします。

従来の手術や抗がん剤とは異なる、第4の治療法として期待されています。

よくある質問

ストレスで免疫力は低下し、がんになりやすくなりますか?

強い精神的ストレスが長期間続くと、自律神経やホルモンバランスが乱れ、免疫細胞の働きに影響を与える可能性があると考えられています。

しかし、ストレスが直接的にがんの発生率を有意に高めるという明確な科学的証拠はまだ限定的です。

ただし、ストレスは喫煙や過食などの不健康な行動につながりやすく、間接的にがんのリスクを高める可能性はあります。心身の健康を保つことは、がん予防の観点からも重要です。

免疫抑制剤を服用している場合、がん検診はどのように受ければよいですか?

免疫抑制剤を服用している方は、特定のがん(特に皮膚がんやリンパ腫)のリスクが一般の方より高いことが分かっています。

そのため、主治医や専門医と相談し、個々のリスクに応じた検診スケジュールを組むことが重要です。

例えば、皮膚科での定期的な診察や、必要に応じた画像検査などが推奨される場合があります。自己判断で検診を中断せず、必ず医療機関に相談してください。

自己免疫疾患があれば、必ずがんのリスクは高まりますか?

全ての自己免疫疾患が、がんのリスクを大幅に高めるわけではありません。

しかし、関節リウマチや全身性エリテマトーデス、炎症性腸疾患など一部の疾患では、慢性的な炎症や治療薬の影響により、リンパ腫や特定臓器のがんのリスクが若干高まることが報告されています。

リスクの程度は疾患の種類や重症度、治療内容によって異なりますので、こちらも主治医とよく話し合い、適切な健康管理を続けることが大切です。

ホルモン・内分泌要因によるがんのリスク

がんの発生には、免疫状態だけでなく、体内のホルモンバランスも深く関わっています。

特に乳がんや子宮体がん、前立腺がんなどは、特定のホルモンの影響を強く受けることが知られています。

ホルモンがどのようにがんの発生や増殖に関与するのか、そしてどのような対策が考えられるのかについて、次の記事で詳しく解説しています。ご興味のある方はぜひご覧ください。

▶ ホルモン・内分泌要因によるがんのリスク

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