シェーグレン症候群(SS)(Sjögren’s syndrome)とは、涙腺や唾液腺などの外分泌腺に慢性的な炎症が生じ、進行性の機能低下を起こす自己免疫疾患です。
この疾患は、免疫システムが自身の組織を誤って攻撃することにより、主に目の乾燥感や口腔内の乾燥感といった特徴的な症状を起こします。
40代から50代の女性に多く見られ、全身性エリテマトーデスや関節リウマチなどの他の自己免疫疾患を合併することもあるため、早期発見と継続的な経過観察が必要です。
この記事の執筆者
小林 智子(こばやし ともこ)
日本皮膚科学会認定皮膚科専門医・医学博士
こばとも皮膚科院長
2010年に日本医科大学卒業後、名古屋大学医学部皮膚科入局。同大学大学院博士課程修了後、アメリカノースウェスタン大学にて、ポストマスターフェローとして臨床研究に従事。帰国後、同志社大学生命医科学部アンチエイジングリサーチセンターにて、糖化と肌について研究を行う。専門は一般皮膚科、アレルギー、抗加齢、美容皮膚科。雑誌を中心にメディアにも多数出演。著書に『皮膚科医が実践している 極上肌のつくり方』(彩図社)など。
こばとも皮膚科関連医療機関
シェーグレン症候群(SS)の症状
シェーグレン症候群は、涙腺や唾液腺をはじめとする外分泌腺に慢性的な炎症が生じることで全身性の乾燥症状を主体としながら、多彩な自己免疫反応による症状を呈します。
全身の乾燥症状
眼の乾燥症状は、涙腺からの涙液分泌が著しく低下することにより、単なる異物感や痒みだけでなく、長時間のパソコン作業や読書の際には充血や疲労感を伴います。
特に夕方から夜にかけて症状が強くなり、進行すると角膜びらんや視力低下などの合併症を起こすこともあるので注意が必要です。
口腔内の乾燥は、唾液腺の機能低下により唾液分泌量が減少することで、会話中や食事の際に特に顕著となり、食べ物が飲み込みにくい、味がわかりにくいといった症状として現れ、さらに唾液による口腔内の自浄作用も低下するため、虫歯や歯周病のリスクが高まります。
慢性的な乾燥状態は口腔内粘膜の炎症や潰瘍形成を生じることがあり、香辛料を含む食事や熱い飲み物を摂取した際に増悪することがあるほか、二次的な細菌感染のリスクも上昇させる要因です。
乾燥部位 | 主な症状 |
眼 | 異物感、痒み、充血 |
口腔 | 嚥下困難、味覚障害 |
皮膚 | 掻痒感、炎症 |
気道 | 咳嗽、嗄声 |
関節症状と筋肉症状
関節の痛みや腫れは、手指や手首、膝関節などに好発し、朝方に症状が強くなる傾向が見られるほか、天候や気圧の変化によって増悪することがあり、長時間の同じ姿勢や過度の運動後には関節の違和感がより強く感じられます。
筋肉の症状としては四肢の近位筋を中心とした筋力低下や持続的な疲労感があり、階段の昇降や重い物を持ち上げるといった日常的な動作に支障をきたすようになることに加え、首や肩、腰などの筋肉の痛みや凝りが慢性的に続くことも多いです。
- 朝のこわばり感
- 関節の腫れと痛み
- 筋力低下
- 疲労感
- 筋肉痛
臓器病変による症状
呼吸器系の症状として、気道の乾燥による慢性的な咳嗽や労作時の息切れといった症状が現れ、これらは間質性肺炎や気管支炎といった病態を反映していることが多く、湿度の低い環境や空気の汚染された場所では症状が悪化します。
腎臓の症状は、主に尿細管機能の障害として現れ、電解質バランスの乱れを起こすことで全身の倦怠感や脱力感、時には筋力低下などの症状を引き起こすほか、むくみや血圧の変動といった症状としても現れることも。
臓器 | 代表的な症状 |
肺 | 間質性肺炎、気管支炎 |
腎臓 | 尿細管機能障害 |
肝臓 | 肝機能障害 |
甲状腺 | 機能低下症 |
神経症状
神経系の症状は末梢神経と中枢神経の両方に現れ、末梢神経障害による症状としては手足の末端から徐々に進行する感覚異常や運動機能の低下が特徴的で、夜間に症状が強くなり睡眠の質の低下を起こすことも少なくありません。
自律神経症状として発汗異常や循環器症状、消化器症状なども見られ、症状は日内変動を示すことが多く、気温や気圧の変化、精神的なストレスによって悪化します。
- 手足のしびれ
- 感覚異常
- 自律神経症状
- 筋力低下
- 反射異常
血液学的異常による症状
血液学的な異常は、貧血による倦怠感や息切れ、また白血球減少による易感染性といった形で症状が生じることが多く、緩徐に進行することから気付きにくいです。
免疫系の活性化による症状としては、無痛性のリンパ節腫脹が首や脇の下、鼠径部などに認められ、時に発熱や全身倦怠感を伴うこともあるため、悪性リンパ腫などの合併症との鑑別が重要となってきます。
シェーグレン症候群(SS)の原因
シェーグレン症候群は、遺伝的要因と環境因子が複雑に絡み合って発症し、外分泌腺に対する自己免疫反応が中心的な役割を果たしています。
遺伝的素因の影響
遺伝的背景はシェーグレン症候群の発症に深く関与しており、HLA-DR遺伝子との関連性が強く示唆されていて、HLA-DRB10405やDRB10410といった特定のHLAハプロタイプを持つ方に発症頻度が高いです。
また、免疫系の制御に関わる多くの遺伝子多型が本疾患の発症リスクを修飾することが分かってきており、インターフェロン関連遺伝子やT細胞シグナル伝達に関与する遺伝子の変異が注目されています。
遺伝子型 | 相対リスク |
HLA-DRB1*0405 | 3.2倍 |
HLA-DRB1*0410 | 2.8倍 |
STAT4遺伝子多型 | 1.7倍 |
IRF5遺伝子多型 | 1.5倍 |
自己免疫応答のメカニズム
通常は自己の組織を攻撃しないように制御されている免疫系が、何らかの要因によって活性化され、涙腺や唾液腺といった外分泌腺を標的として攻撃を開始します。
この過程で自己反応性T細胞とB細胞の異常な活性化が起こり、様々な自己抗体が産生されることで組織障害が進行していき、SS-A/Ro抗体やSS-B/La抗体といった特異的な自己抗体の存在が、特徴的な所見です。
観察される免疫学的異常
- T細胞サブセットのバランス異常
- B細胞の過剰活性化
- 炎症性サイトカインの過剰産生
- 免疫複合体の沈着
- 補体系の活性化
環境因子の関与
外部環境からの様々な刺激が発症トリガーとして作用することが明らかになってきていて、ウイルス感染や化学物質への暴露、ホルモンバランスの変化などが、発症リスクを高める要因です。
環境因子 | 想定される影響 |
EBウイルス感染 | T細胞活性化 |
紫外線暴露 | 自己抗原の露出 |
化学物質 | 組織損傷誘導 |
大気汚染 | 炎症反応惹起 |
性ホルモンと内分泌環境
本疾患は圧倒的に女性に多く見られることから、性ホルモンの関与が強く示唆されています。
エストロゲンは免疫系に対して複雑な調節作用を持っており、特に更年期前後でのホルモンバランスの変化が、発症のきっかけとなることがあります。
発症リスクを高める内分泌環境の変化
- 妊娠・出産に伴うホルモン変動
- 甲状腺機能異常
- 副腎皮質機能の変化
- 性腺機能低下
- ストレスによる内分泌変化
これらの複数の要因が相互に作用し合うことで外分泌腺を中心とした臓器障害が起き、多彩な臨床症状へとつながっていくのです。
シェーグレン症候群(SS)の検査・チェック方法
シェーグレン症候群の診断過程においては、問診から始まり、涙液・唾液分泌機能検査、血液検査による自己抗体の評価、そして最終的な確定診断のための生検まで、複数の検査を組み合わせながら段階的にアプローチしていくことが必要です。
問診と視診による初期評価
診察では患者さんの症状の経過や程度を確認することから診断を始め、同時に口腔内の乾燥状態や眼の充血具合といった視診による所見を総合的に評価することで、初期段階での診断の手がかりを得ていきます。
問診では、症状の発現時期や進行の様子、日常生活への影響度合いなどを確認していくとともに、他の自己免疫疾患の合併の有無や、服用中の薬剤による影響についても評価を進めます。
- 目の乾燥感や異物感の有無と程度
- 口腔内の乾燥感や飲水量の変化
- 症状の持続期間と日内変動
- 家族歴や既往歴
- 服用中の薬剤の確認
涙液・唾液分泌機能検査
涙液量の測定にはシルマー試験を用い、特殊な濾紙を下まぶたに留置して5分間での涙液の浸潤距離を測定することで、涙液分泌機能を評価します。
検査名 | 基準値 |
シルマー試験 | 5mm/5分以上 |
ローズベンガル染色 | スコア3以下 |
唾液分泌量 | 10ml/10分以上 |
ガムテスト | 10ml/10分以上 |
唾液分泌機能の評価では、安静時と刺激時の両方の状態で唾液量を測定することに加え、唾液腺シンチグラフィーや造影検査などの画像診断も組み合わせることで、より正確な機能評価を行うことが可能です。
口腔内の乾燥状態を評価するための検査
- 唾液腺シンチグラフィーによる機能的評価
- 唾液腺造影検査による形態学的評価
- 安静時および刺激時の唾液分泌量測定
- 専用機器による口腔内乾燥度の定量的評価
血液検査による自己抗体の評価
血液検査では、シェーグレン症候群に特徴的な自己抗体の検出を行うとともに、炎症マーカーや他の自己免疫疾患との関連を示す指標についても評価を行い、疾患の活動性や重症度の判定に役立てます。
検査項目 | 陽性基準 |
抗SS-A抗体 | 10U/ml以上 |
抗SS-B抗体 | 10U/ml以上 |
リウマトイド因子 | 15IU/ml以上 |
抗核抗体 | 40倍以上 |
抗SS-A抗体と抗SS-B抗体の存在は本症候群に特異的な所見として診断の決め手となることが多く、疾患の確定診断において重要な意味を持つちます。
生検による組織診断
確定診断の過程では、下唇内側からの小唾液腺生検を実施することが多く、局所麻酔下で小さな唾液腺組織を採取し、顕微鏡による病理学的評価を行うことで、炎症細胞の浸潤程度や腺組織の破壊状態を正確に把握できます。
生検組織の評価においては、国際的に統一された基準であるフォーカススコアを用い、より客観的な診断が可能です。
シェーグレン症候群(SS)の治療法と治療薬について
シェーグレン症候群の治療は、症状の程度や病態に応じて、局所療法から全身療法まで段階的に行い、免疫抑制剤や副腎皮質ステロイドなどの薬物療法を中心に、長期的な経過観察を必要とします。
涙液・唾液分泌低下に対する局所療法
人工涙液や人工唾液の使用は、乾燥症状の緩和に有効で、日常生活における基本的な対処方法です。
局所療法では、涙点プラグによる涙液の温存や、ムスカリン受容体作動薬による唾液分泌促進など、複数のアプローチを組み合わせることで、より効果的な症状改善を目指します。
局所治療薬 | 投与方法 |
人工涙液 | 点眼 |
シクロスポリン点眼薬 | 点眼 |
ピロカルピン錠 | 内服 |
セビメリン錠 | 内服 |
免疫抑制療法による全身治療
全身性の免疫異常に対しては、副腎皮質ステロイドや免疫抑制剤を用いた治療が中心となり、症状の重症度に応じて投与量を調整していきます。
- プレドニゾロン
- メトトレキサート
- タクロリムス
- ミゾリビン
- シクロフォスファミド
免疫抑制療法では定期的な血液検査を行いながら、薬剤の効果と安全性を慎重にモニタリングしていくことが重要です。
生物学的製剤による治療
従来の治療に抵抗性を示す症例では、生物学的製剤の使用を考慮することがあります。
生物学的製剤 | 作用機序 |
リツキシマブ | B細胞除去 |
アバタセプト | T細胞抑制 |
ベリムマブ | BLyS阻害 |
トシリズマブ | IL-6阻害 |
生物学的製剤は、特異的な免疫経路を標的とすることでより選択的な治療効果が期待でき、投与方法は主に点滴静注や皮下注射となり、投与間隔や用量は薬剤ごとに細かく設定されています。
合併症に対する治療アプローチ
関節症状に対しては、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)や低用量ステロイド薬を使用することで、炎症と疼痛のコントロールを図ります。
自己免疫性肝炎や間質性肺炎などの臓器病変を合併している場合には、それぞれの病態に応じた追加の薬物療法が必要です。
また、疾患の活動性や重症度に応じて、ヒドロキシクロロキンやミコフェノール酸モフェチルなどの免疫調節薬を併用することで、より効果的な治療効果を目指します。
薬の副作用や治療のデメリットについて
シェーグレン症候群の治療に用いられる免疫抑制剤や副腎皮質ステロイド薬などの薬剤は、疾患活動性の抑制に有効である一方で、感染症のリスク増加や骨粗鬆症、消化器症状などの様々な副作用があります。
免疫抑制剤による副作用
免疫抑制剤の使用により、通常の感染症に対する抵抗力が低下することで、一般的な細菌感染症だけでなく、ニューモシスチス肺炎などの日和見感染症のリスクが上昇するほか、結核の再活性化や帯状疱疹の発症リスクも高まります。
白血球減少や血小板減少などの骨髄抑制が生じ、易感染性や出血傾向が起きることがあるため、定期的な血液検査によるモニタリングが不可欠です。
免疫抑制剤 | 主な副作用 |
メトトレキサート | 骨髄抑制、肝機能障害 |
シクロホスファミド | 出血性膀胱炎、不妊 |
タクロリムス | 腎機能障害、高血圧 |
ミコフェノール酸 | 消化器症状、感染症 |
副腎皮質ステロイド薬の副作用
副腎皮質ステロイド薬の長期使用により、耐糖能異常や高血圧、脂質異常症などの代謝性疾患のリスクが増加することに加え、骨粗鬆症による骨折リスクの上昇や、満月様顔貌、中心性肥満といった体型の変化をもたらすことがあります。
胃潰瘍や消化性潰瘍のリスクが高まることから、予防的な胃薬の併用が必要となることが多く、また、創傷治癒の遅延や皮膚の菲薄化、皮下出血の増加といった皮膚症状も現れやすいです。
注意が必要な副作用
- 感染症に対する抵抗力の低下
- 骨密度の低下と骨折リスクの上昇
- 皮膚の脆弱化と創傷治癒の遅延
- 精神症状(不眠、興奮、抑うつなど)
- 白内障や緑内障のリスク上昇
乾燥症状改善薬の副作用
人工涙液や人工唾液の使用により一時的に刺激感や違和感を感じることがあり、防腐剤を含む製剤では、長期使用による角膜上皮への影響や、アレルギー反応を起こすことがあります。
唾液分泌促進薬においては、発汗過多や頻尿、動悸といった副作用が生じるることがあり、高齢者や心疾患を持つ患者さんでは、自律神経症状による血圧変動や不整脈にも注意が必要です。
薬剤分類 | 代表的な副作用 |
人工涙液 | 眼刺激、アレルギー |
人工唾液 | 口腔内違和感、粘膜刺激 |
唾液分泌促進薬 | 発汗過多、頻尿 |
涙点プラグ | 異物感、感染 |
関節症状治療薬の副作用
非ステロイド性抗炎症薬の使用により、胃腸障害や腎機能障害、肝機能障害などが起こされる可能性があり、高齢者や腎機能低下のある患者さんは、より慎重な経過観察が重要です。
- 消化器症状(胃痛、食欲不振、嘔気)
- 腎機能への影響
- 肝機能障害
- 血圧上昇
- 浮腫
生物学的製剤の副作用
生物学的製剤の投与では、投与時反応として発熱や悪寒、頭痛などの症状が見られることがあり、また投与部位における発赤や腫脹、かゆみといった局所反応も高頻度に認められることから、投与時の慎重な観察と対応が大切です。
免疫学的な作用により、結核をはじめとする日和見感染症のリスクが上昇することに加え、悪性腫瘍の発症リスクについても長期的な観察が必要とされており、高齢者や感染症の既往がある患者さんでは注意を要します。
保険適用と治療費
以下に記載している治療費(医療費)は目安であり、実際の費用は症状や治療内容、保険適用否により大幅に上回ることがございます。当院では料金に関する以下説明の不備や相違について、一切の責任を負いかねますので、予めご了承ください。
一般的な外来診療での治療費
外来診療では薬剤の処方に加え、定期的な血液検査や画像診断を行います。
治療内容 | 一般的な費用(3割負担) |
定期診察 | 2,000円~3,000円 |
血液検査 | 3,000円~5,000円 |
画像検査 | 5,000円~8,000円 |
処方薬 | 3,000円~10,000円 |
専門的検査にかかる費用
涙液・唾液分泌機能検査など、専門的な検査には追加の費用が必要となり、1回の検査は数千円から1万円です。
生検などの組織診断が必要な場合には、局所麻酔料や病理診断料などが加わり、2〜3万円程度になります。
治療経過のモニタリングに必要な検査
- 涙液分泌量検査(シルマー試験)
- 唾液分泌量検査
- 血清自己抗体検査
- 唾液腺造影検査
- 唾液腺エコー検査
合併症の検査・治療費用
他の自己免疫疾患を合併している場合は、それぞれの疾患に対する検査や治療費用が必要です。
合併症 | 追加費用の目安(月額) |
関節リウマチ | 15,000円~25,000円 |
全身性エリテマトーデス | 20,000円~30,000円 |
強皮症 | 10,000円~20,000円 |
多発性筋炎 | 15,000円~25,000円 |
以上
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